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最強の女騎士に目を付けられる

「……遅かったわね」


 練習場に入るとミーナはじとっとした目で俺を見つめた。


「時間的にはまだ早い方だ」

「そうだけど、敵と楽しく会話をするのは感心しないわ」


 ミーナの言う通り、敵と交流することはあまり好ましいことではないのかもしれない。しかし、俺には色々と情報を得る必要があるのだ。それは仕方のないことだ。


「不満なのか?」

「……別に。ただ、随分と仲がいいと思っただけだから」


 そうミーナは目を逸らしてそう言った。


 それからは練習場でミーナと訓練をした。ミーナは今朝の練習の段階でうまく理解できていたようで、訓練も俺が予定していた通りに終わった。


「初日にしてはよく動けている方だと思う」

「……ありがと」


 訓練も終わり、ミーナが帰る準備をしている。ただ気がかりなのはここに来る前の妙な視線だ。


 その正体はどうやら練習場の外で待機しているようだ。ミーナと練習をしている間も同じ場所に鼓動の音が聞こえていたからな。

 たとえ分厚い壁が隔てようとも微弱ながら音は届いている。音の波はそう簡単には消えないのだ。その鼓動音に注意を向けながらも俺はミーナとの練習に付き合っていたが、それなりに疲れてしまっている。以前であればこれぐらいは当然のようにできていた。


 特殊な環境でないとこのように感覚が鈍ってくるものだ。今後は鈍ってきている感覚を取り戻す必要がありそうだな。

 そんなことを考えながら、練習場から出る。

 ミーナは鍵を装置の中に返して、こちらに戻ってくる。


「私はもう帰るけど、エレインは?」

「俺は少し寄るところがある」

「そう、じゃまたね」

「ああ」


 そう言って、今日は解散することにした。この後は特に用事があるわけでもない。しかし、ミーナは一瞬寂しそうに顔を俯けたが、すぐに顔を戻して帰路についた。


「エレイン様、どうかなさったのですか?」


 その様子を見ていたリーリアは俺にそう質問する。


「気になったことがあってな」


 ミーナが練習場を出てしばらく待った後、俺たちもそこを出ることにした。

 そして、あの鋭い警戒の視線を向けていた正体が現れた。


「ちょっといい」


 そう俺に声をかけてきたのは意外にもセシルだった。騎士然としたその態度はどこかアレイシアを連想させるようで親近感があった。


「どうかしたか?」

「あなたに一つ聞きたいことがあるの」


 背筋を真っ直ぐに伸ばしたセシルは腰の右側に携えている剣に左手を添え、臨戦態勢に入る。もちろんそれを見たリーリアもまた臨戦態勢に入る。そしてセシルは続けて口を開く。


「私に刺客を向けたのはあなたなの?」


 全く覚えがない俺はとりあえず否定してみることにした。


「何のことだか……」

「今朝、私に一人の男が剣を向けてきたの。殺意剥き出しで襲ってきたわ」

「不思議だが、俺も昨日似たようなことが起きた」


 すると、セシルはその鋭くも綺麗な碧眼は俺をしっかりと捉えていた。

 今朝皆と少し遅れて学院に来た理由はそれだったのだろう。殺意剥き出しで襲いかかってきた男を何とか振り切ってきたと言ったところだ。彼女を襲った理由は俺にはわからないが、議会が関わっていることは確かのようだ。


「私を襲った男はエレインに雇われたと言っていた。学院にメイドを連れてくるぐらいのお金持ちならあれほどの剣士を雇えて当然だろう」

「ひとつ勘違いをしている。俺自身はそこまで貴族ではない」

「そうかしら。学院でメイドを連れてきているのは貴族ぐらいなものだけど」


 養子である俺には大金を所持しているわけではない。それは周りと比較してみても一般レベルと言える。階級は確かに高いかもしれないが、人を雇えるほどではない。


「俺もセシルと同じく、聖剣を二つ持っている。両方ともに強力なものだから特別にメイドを連れているだけだ」

「あくまで聖剣を管理するためというわけね」


 そういうがセシルはまだ納得していない様子だ。彼女もまた聖剣を二つ持っている。大聖剣クラスというわけではないが、十分に価値のあるものを二本携えている。そんな彼女だからこそ、不審に思うのだろう。


「それだけなら俺は帰る」


 踵を返そうとすると、セシルは非常に高速なステップと剣捌きで俺の首元に剣先を向けた。


「!!……エレイン様!」


 セシルの動きに一瞬遅れてリーリアが声を上げる。


「まさかと思うけど、この剣技を目で追えると言うの?」

「……悪いが、俺には何が起きたのか全くわからなかった」

「嘘、私の剣先をしっかりと目で捉えていたのは気づいているわ。一体何者なの?」

「ただの養子だ。それ以上もそれ以下もない」


 剣先を目で捉えていたと言うのは事実だ。セシルはどうやら俺の目を見てそう判断したのだろう。

 しかし、何者かと言われれば俺はただの養子としか答えられない。それは本当のことだからだ。


「私の剣を目で追えたのはあなただけよ」


 そうだろうな。あの動きは俺が見てきたどの剣術よりも高速だ。セシルの言う通り、誰もあれに追いつけることはできない。


「まぁ何にでも初めてはある」


 そして、俺は相手の間合いから離れるように一歩下がる。それを見たセシルは剣を鞘に納め、臨戦態勢を解く。


「実力を隠してる相手に無闇に挑むのは愚策ね。今日のところは見逃してあげる」


 セシルはそう言って警戒しながらも俺から離れていった。どうやら今日のところは見逃してくれるようだ。

 彼女の姿が消えるまでリーリアは臨戦態勢を維持していたが、今はそれを解いていた。


「申し訳ございません。注意を怠ってしまいました」

「初見であれを止めろと言うのは無理な話だ。気にすることはない」

「エレイン様を危険から守るのも私の役目ですので」


 リーリアはそう深く頭を下げ、謝罪をする。


「流石にセシル相手では例外だ。無理なことはしない方がいい」

「……エレイン様はあれを止められるのでしょうか」


 リーリアは少し首を傾げてそういう。


「少なくともあの程度なら簡単なことだ。俺が動かなかったのはセシルに攻撃の意思がなかったからだ」


 あの高速な剣技は俺に対する注意喚起という意味だったのだろう。しかし、逆に彼女が警戒してしまったようだが、それは後々解消していくことにしよう。


「あの程度、と言いますか……私もまだまだですね」

「別に気にすることではない」

「そういうわけにはいけません」


 どうやら余計に気にしてしまったようだ。これからは言葉選びには気をつけた方が良さそうだ。

 そういうわけで、俺は授業初日にして学院評価一位に目を付けられてしまったのだ。


   ◆◆◆


 私、セシル・サートリンデには一つの悩みがあった。

 それは私以上に強い人がいないことだ。学院に入れば私よりも強い人がもっといると思っていた。しかし、それは違った。


 入学直前での剣術評価でも一位を獲得し、そして入学式でのパートナー選別でも上位勢は誰も私の剣先を目で捉えることはできなかった。

 他の人にも言えることだが、私は幼い頃から聖騎士団副団長の娘として特別な訓練を受けていた。それも特に厳しいものだ。私のことをよく知っている他の流派の剣士たちは口を揃えて、断りを入れるようなそんな厳しい訓練だ。

 副団長である父は聖騎士団最強と言われるほどに強い存在であった。そのため私もそれに倣って強くあり続けようとした。いつか父を超える存在になりたいと願っていた。


 だから私は強い人と組み、今の自分よりも一段強くなりたいと思った。エルラトラム高度剣術学院には国内の聖剣使いが多く集まる場所、そこでなら何か見つかると信じていたのだ。だが、それはどうやら私の思い違いのようだったのだ。


   〜〜〜


 昨日の学院での教授が言っていたこと、おそらく誰かとパートナーを組む必要があるということだ。これは私にとって想定外のことだった。

 学院には私よりも強い人がいると考えていたからだ。

 もちろん、クラス以外で学院評価上位の人とも顔合わせしたが、どれも私の基準には遠く及ばなかった。それでも妥協して、評価二位の人と組むことにした。

 それは入学式の日だった。そこから私は寮に戻り、明日の準備をして寝ることにした。


 そして、翌日。

 私は入学式と同じように寮から学院に通う通学路を一人で歩いているとある男が私の背後から近づいてきた。周りには不幸にも人はいない。身嗜みを整えるのに少し時間がかかってしまい、寮を出るのが少し遅くなってしまったからだ。


「よお、ねえちゃん」

「何でしょうか」


 その殺気に満ちたオーラから道を聞いてきたわけではなさそうだ。男の左手はすでに剣に添えられている。

 それを確認した私も臨戦態勢に入る。しかし私も一人の剣士だ。なるべく穏便に済ませたいと思っている。


「聞きてぇことがあんだけどよ。学院はどこなんだ?」

「ちょうど私の後ろに塔があると思います。そこが学院になっていますよ」


 それが本題ではないとわかっていながらも、男の質問に答えることにした。当然ながら振り向くことはせず、相手の動向を注意しながら答える。


「そうかよ。ありがとな」


 男はそういうと、私の右横を通り過ぎようとした。その瞬間に男は高速な剣(さば)きで私に攻撃を仕掛けてくる。当然、それを確認してから剣を引き抜き防衛するには位置的にも不可能だ。私は体を捻らせることで、それを(かわ)すことにした。


「つぇんだな。ねえちゃんよ」

「攻撃と見受けました。私も剣を抜きますよ」


 いったん距離を取った私は再び男に体を向ける。そして、二本ある剣のうち攻撃に特化した軽い剣を引き抜き臨戦態勢に入る。向こうも剣を引き抜いている以上、自己防衛のためにはこうするしかない。


「これはどうかな!」


 またもや高速な移動で距離を詰めてくる。ここまで速い動きはそうそういないだろう。しかし、私の目には少し遅いように思えた。

 相手の動きをしっかりと目で追いながら、的確に攻撃を受け止めることにした。それと同時に男の右足を斬る。これにより、男は次の攻撃に移行することができなくなる。


「なっ……!」


 男は右足に受けた傷で膝を突く。それと同時に私の剣先は男の喉元を捉えていた。


「ひとついいかしら。あなたは何者なの?」


 私の質問に対して男は何ひとつ答えない。しばらくの沈黙の後、男が口を開いた。


「……教えられねぇが、これだけは伝えておく。お前よりも強い存在が学院にいる」


 その言葉を聞いた私はこの男が何を言っているのかわからなかった。しかし、それと同時に興味も湧いた。


「誰かしら」

「エレイン・フラドレッドだ」


   〜〜〜


 その名を聞いたときは耳を疑った。エレインは入学当時、女子たちから注目されていたが、養子ということですぐに注目はなくなった。剣術的にも家柄的にも魅力が無くなったからだろう。

 そんな彼が私よりも強いというのだ。それももっと格上だと男は言った。学院評価は一〇八位と底辺帯であるこの順位の彼が私よりも強いはずがないとそう思っていた。ただ、それでも何かあるのかもしれないと、私は彼を試すことにした。


 そして今日、私は刺客を向けたであろう彼に直接会いに行ったのだ。

 同じ学院生に見つからないようにと苦労はしたが、運良く練習場に入っていくところを見つけた。そこで彼を試した。


 まずは誰も目で追うことができなかった私の中で最速の剣技を見せつけた。物怖じしない顔で彼は冷静にも私の剣先をしっかりと目で捉えていた。その時点で私に挑んできた数多くの上位勢よりも強いということがわかった。


 次に見極めるのは彼の本当の実力だ。私と直接対峙して私が負ければ私よりも強いということになる。

 勝負は実力の白黒をはっきりさせる。お互いに実力を高め合うことができるのだ。負けたときは私のまだ足りない部分、または弱い部分が露呈するのだろう。


 だが、エレインは恐ろしい人でもあるようだ。こうして刺客を差し向けた時点で良い人な訳がない。

 そんな怪しい人と学院のパートナーになるのは危険だ。


 おそらく、彼は私にとって最大の敵になるのだから……私はそう肝に銘じることにした。

こんにちは、結坂有です。


警戒を向けていた人物はセシルだったようです。

これからエレインは彼女からどのような関係となっていくのでしょうか。敵になるのか、それとも互いに仲間となるのでしょうか。


そして、次回にて第一章は終わりとなります。


それでは次回もお楽しみに。

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[気になる点] なんでエレインが刺客を送ったと思ったのかわからない
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