天界での日常
俺、トレドゲーテが精霊となってこの天界で生きることになってから何百年経っただろうか。もう数えることすら億劫になってしまった。
今、俺の子孫がどのように下界を生きているのかはわからない。
下界にいたときに俺がある程度は平和にしたとはいえ、あれから魔族の数もかなり増えてしまっていることだろうからな。
「わしらとて力が無限にあるわけではないのじゃ。こうして精霊の命となる神樹を守るだけで精一杯なのじゃ」
天界の神が住まうと言われている国、今となっては城だけなのだがその中で神の一人がそう言った。
確かに神の力はもう無限ではない。邪神ヒューハデリックが神の大多数を殺してしまったからだ。そして、神の勢力とともに世界の神樹すらも残り一本となってしまった。
「剣神トレドゲーテ・ゴドリックよ。何か解決策はないかの?」
俺はこの天界で剣神として生きている。下界にはまだいないようだが、少なくとも俺と同じ実力を持った者がいるはずだろう。もし俺の子孫が残っていたら剣聖として認めてやりたいところなのだがな。
「魔族の数は合計数百億もいると推定されているな。その数をどうにかするのは不可能に近い」
「それは……そうじゃの」
すると、神の一人が落ち込んだ。
この城にいる神は天使も含めて五〇と少しだ。対する魔族は百億を超えている。何よりも邪神の力を持っているというのが厄介だ。
とてもじゃないが、俺一人でどうにかするのは厳しいことだろう。
「こんな時に、武神ギャザリ・ヴェルセルクがいればもう少しは戦えたことにな」
神の言う通り、俺一人でどうにかするのは不可能だ。
せめてもう一人誰かがいれば問題はないのだが、そういった都合のいいことは起きるはずがない。
神の力は全て精霊に分け与えてしまったからだ。以前であれば神の頭数も多くいたためそこまで問題ではなかったが、今となっては状況が一変してしまった。
今、この天界に住む神々は選択を迫られている。
人間や精霊が住む下界を切り捨てるか、このまま城に現状維持を続けるのか。もちろん、下界を切り捨てるというのは精霊の力を取り戻すということだ。そうなれば、精霊は力を発揮することはできず、下界に住む人間や精霊たちは魔族によって蹂躙されることだろう。
その代わり、天界にいる神は力を取り戻し魔族との戦いに勝利する可能性が上がる。
そして、もう一つの現状維持はこの城に籠城することだ。
いつまで籠城することになるのかはわからないが、残り百年とないのは間違いない。下界が魔族に勝利しない限りは天界も同じく魔族に苦しむことになる。
「迷っている暇などない。下界は今は切り捨てるしなかろう」
「何を言っているっ。下界からの祈りがなければ力が戻ったとしても力は半減じゃぞ」
神は下界に住む人間や精霊たちの祈りから支えられていると言っても過言ではない。
当然ながら、下界がなくなるということは神の本来の力が失われるということと同じことなのだ。
色々と考えた結果、俺は下界を切り捨てずにここで籠城を続ける方がいいと思っている。
「……俺個人としての意見だが、現状維持は無理なのか?」
「確かに城の防壁は強固なものだ。聖なる力で守られている以上、魔族が入ってくることはない」
「じゃが、数百億もの魔族じゃ。その数が一斉に攻め込んできてはあの防壁もどうなることやら」
数の暴力で攻め込まれてはどうなるか予想できないということか。
それなら神の力を少しでも取り戻して戦いに備える方が生き残る確率は高いことだろう。
であれば、魔族の数を減らせば問題はないということか。
「その数をどれほど減らせば現状維持ができる」
「一〇〇分の一にまで減らすことができれば……なんとかなるとは思うが」
「なるほどな」
とてもじゃないが、俺一人でどうにかなるような数ではない。少なくとも五〇〇億もの数を倒す必要があるからだ。
まぁ少しは頑張ってみる価値はあるかもしれないがな。
「このまま現状維持はとても危険じゃよ」
確かにその一言に尽きるな。
どちらにしろ、ある程度は魔族の数を減らすことが重要であるのならやることは一つだ。
剣神である俺ができることなどこの剣を振るうことだけなのだからな。
「ど、どちらへ?」
俺が歩き出したと同時に神の一人が声をかけてくる。
「どのみち魔族の数を減らす必要があるようだからな。そこらにいる魔族を間引きに行こうとしただけだ」
「危険過ぎる。もし今の状況で剣神が死ぬようなことになれば我々の戦力は著しく低下するっ」
「そのことは当然ながら承知の上だ。とはいえ、このまま何もしないでいては変わるものも変わらん」
何をするにも行動することが重要だろう。
現状維持を続けるにも下界から力を取り戻すにしても周辺の魔族が邪魔なのには変わりないのだ。
少しでも状況を善くするためには魔族を減らすのが一番のはずだ。
「まぁ死ぬような真似はしない。安心しろ」
そう言って俺は城を出た。
城から出るときに他の神々も見て回ったのだが、明らかに疲弊しているのだろう。
どうして天界がこのような状況になったのか、それは話すと長くなってしまうが、簡単に言うと邪神であるヒューハデリックが自らを殺すためにこの世界を破壊させようとしているようだ。
邪神は死んでは生き返りの繰り返しをしているのだそうで、その繰り返しを止めるために世界を崩壊させようとしている。そのためにまずは神が維持している下界や天界を自ら生み出した魔族で埋め尽くそうとしている。
とまぁなんとも迷惑な話なのだが、とりあえずは邪神を殺せば全ては解決することだろう。
この無限に湧いてくる魔族の根源を断ち斬ることができれば、この醜い争いも終わるのだ。
そんなことを考えているとすぐに城から出た。
城壁を俺は飛び越え、外に出る。そこには大量の魔族がいた。
一面魔族の群れで埋め尽くされている。天界の美しい情景などは跡形も無くなってしまっている。
「少し破壊が過ぎるような気がするがなっ」
俺が剣を一振りするだけで空気が強烈に震え、光の剣撃が無数の魔族へと斬り進んでいく。
その光の剣撃は魔族の壁などでは止めることできず、奴らを半分に斬り裂きながら天界の端にまで進んでいく。一振りの剣撃で魔族の群れに道を作ったのだ。
しかし、その道もすぐに魔族に埋め尽くされ始める。
「ふっ」
さらにもう一撃と連続して剣を振り続ける。
目に見える範囲であればこれですぐに魔族は消えていくが、無限に増殖を繰り返す彼らはもはやそのようなやり方では全滅させることはできない。
少なくとも天界にいる魔族は邪神によって生み出されているのだ。下界にいる魔族は下界という性質上、無限に生み出すことはできない。
魔族の生殖行為は見たことはないが、そのような方法や人間を苗床にして増殖しているとは聞いたことがある。
「肩慣らしに魔族を一万ほど倒しておくか」
俺は人の胴体ほどの太い刀身の剣を肩に乗せて高速に魔族の群れへと突き進んだ。俺が踏み込むと同時に強烈な衝撃波が刃となって周囲の魔族を斬り殺していく。もちろん、剣の方が効率的に倒せるのだが、これでも十分に倒すことができる。
「グァバアッ!」
踏み込むだけで轟音が轟き、剣を振るうだけで落雷のような鳴り響く。
そして、魔族の群れの中心部へと走り込むと俺は剣を上段に構え、全身に力を込める。
「これが……神の力だっ!」
俺は全力の袈裟斬りをした。
斬り下ろすと同時に剣撃が閃光のように輝き、音を発するまでもなく周囲を埋め尽くしていた魔族の海が抵抗することなく斬り刻まれて赤い霧となり霧散した。
少し遅れて空気が唸るような音が轟き、強烈な衝撃波が全てを消し去った。
「一万ほどと思っていたが、これでは数えきれんな」
魔族の骨すらも霧となって消えていってしまった。これではどれだけの魔族を倒したのかはわからない。
もう少し肩慣らしをしたいところだったが、他の神に何かを言われるのは面倒だからな。ここは一旦城に戻った方がいいだろう。
俺は真っ赤に染まった地面を踏みしめるように城へと戻ることにした。
こんにちは、結坂有です。
エレインたちが住んでいる下界とは別に天界でも色々と起こっているようですね。
果たして天界に住む神々は一体どのような選択をするのでしょうか。その辺りも気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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