弱さによる絶望
手足の痺れとともに私は目が覚めた。
「……」
「起きましたか? ミーナさん」
制服を着た看護師の一人が私にそう話しかける。
窓の外を見ると晴れている。先ほどまで魔族と戦っていた記憶があるが、魔族はどうなったのだろうか。
あれからどうなったのか記憶が曖昧だ。
「わ、私は……」
起きあがろうとすると、両腕に分厚い包帯が巻かれている。
「起きないでください。すぐに先生を呼んできますね」
そう言って看護師の人は私をゆっくりと寝かしつけると医師を呼びに個室を出て行った。
思い返してみれば私は聖剣で魔族の攻撃を防ごうとしたが、その攻撃は非常に強力で聖剣がすぐに破壊されたのは覚えている。
その時、私の腕がどうなったのかはわからない。急に力が入らなくなり、ただ痺れていただけを覚えている。いや、感覚すらなかったのかもしれない。
でも、今は痺れがあるということがわかることから、腕があるということは確実だろう。
「ミーナさん、起きましたか」
そんなことを考えていると医師の人が先ほどの看護師とともに個室に入ってきた。
「腕の調子はどうですか?」
「まだ痺れがある感覚がするけれど……」
「痺れ、ですね」
看護師の人がカルテに何かをメモすると医師の人が私の腕を固定器具から取り外して診断を始めた。
「……複雑に骨折していたが、よくここまで回復できたものですね」
医師の触診により骨に異常があるわけではないそうだ。
だが、傷付いた神経はそうすぐに回復するわけでもない。最悪の場合、一生この痺れと過ごすことになる可能性もある。
そう考えると、私の剣士としても生命はどうなるのだろうか。
「処置も早い段階で行うことができたので、大丈夫ですよ」
落ち込んでいる私に医師の人はそう声をかけてくれた。
授業で習ったことがあるが、神経に大きな損傷が起きた場合は回復しないのだそうだ。それは聖剣の”治癒”の能力を使っても無理なようだ。
「それに治療は私がしたんだからね」
そう言って個室に入ってきたのは私とほとんど歳が変わらないような女性だった。
「カイン様……。本当にあなたの聖剣は素晴らしいものですね」
「どんな怪我でも完治させる。これが私の聖剣の力だからね」
治癒の能力なのには変わりないが、その中でもかなり強力なものらしい。
そのあたりの知識はあいにくと私にはない。
「でも、痺れがあるのは妙ね」
彼女はそう言って私の腕を触る。
「骨は大丈夫。ってことは内側かしら」
彼女の触診は先程の医師のやり方とは少し違う。
「ミーナっ。起きたのか?」
慌てて来たのかフィンが個室へと入って来た。
この声を聞くのはどこか久しぶりな感じがする。
「さっき起きたとこよ。どうしたの?」
「お前、三日も寝込んでたんだぞ。心配したんだぜ?」
「三日?」
長いこと寝ていたのは分かっていたが、まさか三日も寝ていたとは思わなかった。
「先生よ。また剣は触れんのか?」
「……腕の痺れが治らなければ厳しいかもしれないですね」
医師の人はそう事実を言う。
確かにこの痺れが続いた状態で剣を振るうことは難しいのかもしれない。技術で補うことができればいいのだが、それも感覚がなければ厳しいことだろう。
「嘘だろ?」
フィンはひどく落ち込む。
当然ながら、彼は私のことを大切に思ってくれている。それは日々の訓練の相手をしてよくわかっていた。
一度、私に負けてからのこと彼は努力を積み重ねてきた。彼は学院で剣術評価二位という成績を持ちながらも最下位の私に負けたのだから。
でも、彼はそれでも自分の技に自信を持っている。だからこそ、私は彼を信頼できる。剣術とは関係なくだ。
「大丈夫、私が治してみせるから」
「ほ、本当か?」
「これでも治癒能力最上位の能力を持っているからね。それにはもっと情報がいるわ」
「情報……。そういえばエレインの奴が足の方も気にかけていたな」
「足?」
私は魔族の攻撃を腕で受け止めた。
つまりは腕以外には特に損傷を受けていないと思うのだが、違うのだろうか。
「他には?」
「俺、馬鹿だからよ。あいつの言ってることわかるわけねぇだろ? なんか、脊椎がどうのって言ってた気がするが……」
「ミーナさん、魔族の攻撃を受けた時はどんな状況だったのですか?」
すると、医師の人が私に質問してきた。
治療のために必要なら思い出す必要があるだろう。聖騎士団にもなっていないのにこんなところで剣を捨てるわけにはいかないからだ。
私はゆっくりと目を閉じて魔族との戦いを思い出してみる。
魔族の大群が女性だけを狙って寮の中へと連れ去っていった。
私自身も抵抗したのだが、魔族の強力な力の前では何もすることすらできなかった。その時に首元を殴られたような記憶がある。
ただ、それと同時に思い出したくないものも思い返してしまう。
あんなに大きな聖剣を持ちながらも、父の崇高な剣術すらも発揮できずに私はただ魔族の腕力に屈服してしまった。
心の弱さだ。
魔族の力は確かに強いが、技術をうまく使えばなんとかできたのかもしれない。エレインに教えてもらったあの技も繰り出すことすらできなかった。
「ミーナ?」
「……なんでもないわ。連れて行かれる前に首元を叩きつけられたかもしれない」
「そうか」
「外傷はないけど、内部で損傷しているかもしれないわね。任せて」
そう言ってカインが剣を取り出す。
その剣には刃というものがなく、誰も傷つけることすらできないようなそんな剣だ。
彼女はその剣を私の首元へと置くと一気に引いた。
刃があれば鋭く斬られているような勢いだが、刃がないため怪我することはない。そして、それと同時に緑の光が放たれる。
神聖なるその光は私の首へと巻き付く。
しばらくすると、手足の痺れが次第になくなっていく。
「どうかしら?」
「手足の痺れはなくなったわ」
「よかった。まさか、背骨も損傷していたなんてね」
すると、カインは医師の方へと向いた。
「背骨が変に癒着する前でよかったわ」
「ど、どういうことですか?」
「ヒビが入っていたみたいね。それが神経を圧迫していたから痺れていたの」
彼女がそう説明すると、看護師の人がカルテに詳しく記入していく。
「触っただけではわからなかったりするからね。治療が遅れても仕方ないわ」
手を握ったり開いたりする。
以前と変わらず感覚ははっきりしている。
だけど、本当に私が治っていいのだろうか。魔族を前にして私は何もすることができなかった。
事実、弱いからだ。
フィンには型の相性で勝てているが、技量においては私は彼に負けている。
そして何よりもエレインに一歩も近づくことすらできていない。こんな私なんかが聖騎士団になることなんてできるのだろうか。
こんな弱い私が再び剣を持って戦ってもいいのだろうか。
「お、おい。治ったんだぜ?」
そうフィンが声をかけてくれる。
ポツリ、ポツリと涙がベッドに滴リ落ちる。
どうして、どうして私はこんなにも弱いのだろうか。
こんにちは、結坂有です。
魔族を前にして何もできなかったミーナですが、これから立ち直ることができるのでしょうか。
そして、また強くなれるのでしょうか。
これからの彼女の活躍にも期待したいですね。
それでは次回もお楽しみに。
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