教えるのは難しい
教室でのやりとりを終えると私たちはすぐに大訓練場へと移動を開始した。
一斉に五〇人もの生徒と訓練をするのだ。かなりの広さが必要なことだろう。
そしてたどり着いた大訓練場は広大な屋外の訓練場であった。
「普段は中庭だが、流石にこの数の生徒が動き回れる場所はここしかなかった」
ルカがそう生徒たちに説明する。
どうやらこの大訓練場はもともと中庭だったそうで、地面を見てみると確かに机か何かが置いてあったような跡が残っている。
それに中庭を囲むように花壇が設置されていることから本当に中庭だったのだろう。
しかし、今はそのような面影はなくただ広大な敷地となっている。
「訓練場とはいってもすぐ横は校舎がある。聖剣を使って実戦的な訓練はできない。そのために木剣を主体とした訓練をする」
聖剣の能力を使うような訓練はできないため、訓練は剣術がメインとなるようだ。
いくら強力な力を持つ聖剣といえど、使い手が下手では意味がない。剣術を極めることでその聖剣の真価を発揮できることだろう。
「では、二人一組となって自主訓練を始めてくれ。ちょうど五〇人だったら二五組できるはずだな」
ルカがそういうと生徒たちはそれぞれ話し合い始め、ペアを組み始める。
私はふと彼女がいつもこんな厳しい態度をしているのか少し気になった。
「……いつも授業はこんな感じなの?」
「ふむ、そんなわけがないだろ」
私の質問に対して彼女はそう小声で即答した。エレインが学院に行っていたときはもう少し気楽な態度でもしていたのだろうか。
「じゃさっきのは演技?」
「そういった方がいいのかもな。君たちの信頼をある程度引き上げるにはああするしかないからな」
演技だとしてもかなり迫真だったようにも思える。
まぁどちらにしろ彼女のおかげで私たちは生徒たちに少し信用してもらえたのは確かだ。
私たちとしても彼ら相手なら剣を使わずとも無力化することができた。それならあの場で一瞬で黙らせる方法も考えていたが、彼女のおかげで力尽くで言い聞かせることをしなくても済んだ。
それからしばらくすると二五組のペアでそれぞれ訓練を始めた。
普段の授業では学院に登録しているペアと訓練をするようだが、今回はクラスの枠を越えての合同訓練という形を取っている。
「……これが訓練か?」
すると、レイが彼らの様子を見てそうつぶやいた。
確かに彼らがしていることは私たちからすればそれはただの腕慣らしのようなものであった。
「今の彼らにはこれぐらいが精一杯だ」
ルカがそういう。
言われてみれば彼らは私たちのように実戦形式で剣術を極めていったわけではない。
それぞれの流派に属し、師匠の言われるがままに技を習得していった。ただ、それは実戦で身につけたわけでもなくただ剣を振って身につけたもの、その技には重みがないのだ。
「でも、これだと次の段階へ行けないわ」
「そうかもしれないが、彼らはこれ以外の訓練を知らない」
彼らは互いに剣を振って型の練習をしているだけだ。
型は動きを体に覚え込ませるにはかなり効果的なものではあるのだが、それは実戦を交える必要がある。
そして、ペアの相方は型の相手をしているが、当然ながらそれらで実戦的な剣術を習得できるかと言われれば少し疑問が残るところだ。
昨日、エレインが少し言っていたように彼らは実戦をそこまで経験していないのだろう。
それゆえに技が弱い、切れが悪い。
「へっ、話になんねぇな。俺が本当の訓練ってやつを教えてやるぜ」
そう言ってレイが大声で一歩前に出た。
生徒たちはその言葉を聞いて一斉に彼の方を向く。
「よく聞け、軽く相手してやっから五組で来い」
どうやら彼は五組を同時に相手をするようだ。彼ならもう少し多い方がちょうどいいと思うのだが、手加減をすると言っていた。
「じゃ、僕たちが……」
すると、ゆっくりとだが数組が手を挙げた。
「あー面倒だなっ。手を挙げたやつ全員こっちに来いっ」
結局のところ抽選をするわけでもなく彼は手を挙げた全ての組を招いた。その数は九組だ。
大訓練場の中央に九組の生徒とレイが立った。
一八対一とかなりの数的戦力差ではあるが、彼ならそこまで問題はない。なぜなら彼は私たちの中で最も攻撃的な剣術の使い手だからだ。
「全員で来いよ。蹴散らしてやるからよ」
「……俺たちは木剣、そっちが聖剣なのは納得がいかないな」
当然ながらそう言ってくるが、彼はそんなことわかっているようだ。
「あ? 剣なんていらねぇ」
そう言って自分の剣を足元に置いた。
「なっ」
「本気で来いよ。そうでなきゃ怪我するからな」
小さいため息を吐いて、私は双方の間に入った。
「私が戦闘の合図を出す。手を下ろしたら彼に斬りかかっていいわ」
「いつでもいいぜ」
レイは準備できているようだが、生徒たちの方はまだ戸惑いがあるようだ。
丸腰の相手に本気で戦っていいのかと思っているのだろう。
「……どうせ怪我をするのは生徒だから妙な心配はいらないわ」
私はあえて生徒の怒りを買うような言葉を選んだ。
すると、生徒たちはすぐに決意したかのように剣を構える。どうやら私の言葉で一撃でも彼に与えて見返してやろうと思っていることだろう。
この実戦訓練は本気で立ち向かわないと意味がないからだ。
「では、開始っ」
そう言って私は腕を下ろした。
それと同時に生徒たちはレイに向かって走り込む。一八人の強烈な足音がこの訓練場を轟かせる。
だが、私とアレクには結果が見えている。
あの動き方では決して彼には勝てない。勝てるはずがないのだ。
踏み込みは十分だが、重心がブレてしまっている。やはり教室で見ていた通りに彼らは体幹をそこまで意識していないようだ。型の練習をしているのにも関わらずあの体たらくだ。
一撃も彼に剣が当たることはないだろう。
「おらっ!」
レイが正面から来た生徒の攻撃を寸前で躱すとすぐに生徒の腕へと一撃を入れる。その衝撃はかなりのものだったようでその生徒は一瞬で木剣を落とした。
「ちゃんと握ってろっ!」
その木剣が地面に落下する前に彼はそれを蹴り上げて他の生徒へと攻撃する。
もちろん、その攻撃も手加減しているようには見えないが、彼からすればかなり手を抜いていることだろう。
彼の本気の一撃を喰らえば腕なんか簡単に粉砕してしまう。そんな人間離れした怪力の持ち主なのだ。
そして何よりも体の動きが滑らかだ。理解はしていないが、しっかりと技術も持っている。だからこそ彼は強いのだ。
バスッ! ゴスッ!
鈍い音が訓練場を響かせること一〇分弱。
立てる生徒は誰一人いなくなった。
「そこまでっ。みんな軽傷ね」
生徒たち全員は痛がっているが、大した外傷を負っているわけではない。それに攻撃を受けて倒れているわけではないようだ。
一撃でも与えようと体力を使い果たしてしまったのが原因だろう。
「へっ、俺はまだまだいけるぜっ」
レイがそういうと生徒たちは彼を睨みつける。
「……こ、これのどこが訓練なんだよっ!」
「こんなのあんたらの自己満足だろ」
息を切らしながら彼らはそういう。
彼らからすると、これはレイの自己満足なのもしれない。
そんな声を聞いて私の後ろに立っていたアレクが口を開いた。
「そうだね。僕たちの自己満足のようにも見えるかもしれないね。でも、どうして一八対一で彼に負けたんだい?」
「っ! それは……」
「君たちが弱いから、そうじゃないかな?」
そうアレクは歯に衣着せずにそう言った。
だが、それに反論するような生徒はいなかった。事実だからだ。
「僕たちからすれば君たちがいくら束になったところで勝ち目はないんだ。それはどうしてだと思う?」
「どうしてだって?」
生徒は顔を上げてアレクの方を向いた。
彼らも強くなるためにこの学院で剣術に励んでいるのだ。もっと強くなるにはどうするべきなのか、それが知りたいのだろう。
「まず君たちに足りないのは体幹の強さ。訓練で学んでいるはずなのにそれを意識していないみたいだね。だからレイにすぐ姿勢を崩されるんだ」
常日頃から技の型だけを覚えるだけに剣を振っていては意味がないのだ。
型には体の使い方も学ぶことができる。それを習慣づけるためのものでもある。
「あれは力が強いからっ」
「……レイ、僕を体重で押してくれるかい?」
「あ? いいぜっ」
アレクが手を出して、レイがその手を体重をかけて押す。しかし、アレクは体勢を維持したまま彼の全体重を受け止めることができている。
「ど、どうしてっ」
「これが体幹を鍛えるってことだよ。まぁレイの全力を受ければ崩れてしまうかもしれないけどね」
「体の軸はかなり重要だぜ? お前ら腕力だけで剣を振ってるだろ。それじゃ話になんねぇ。体全体で剣を振るんだ」
アレクとレイの一言一言を生徒たちはしっかりと彼らの目を見て聞き込んでいる。
実際に目の前であのようなことをされては強くなりたいと思う誰もがそうなるのかもしれない。
最初、私たちに教師になってほしいと言われた時にどうなることかと思っていたが、なんとか彼らの訓練指導をすることができそうだ。
でも、少なからずハードな訓練になってしまうのは言うまでもないだろう。
こんにちは、結坂有です。
一日遅れの更新で申し訳ございません。
訓練はなんとかうまく進行していきそうですね。
それにしても一気に生徒たちが強くなって寮生の人との差がかなり開きそうですが、そのあたりは大丈夫なのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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