剣術の本質
私、ミリシアはアレク、レイと一緒にエレインの通っていた高度剣術学院へと向かった。
まさか、年齢を偽って教師として行くことになるとは思ってもいなかったが、議会の考えたことは理にかなっている。
しかしながら、エレインと一緒に授業をするわけではなかった。彼には別任務があるのだそうだ。
私たちにもやるべきことがあるように、彼にも仕事があるということだ。
「にしてもよ。俺たちが教師役とはな」
「役じゃないわ。実際に教師として授業しないといけないのよ」
「そうだね。そのために年齢まで変更してもらったんだからね」
昨日のうちにアレイシアとユレイナが私たちの年齢を書類的にも変更してくれるように手続きしてくれた。
そして、私たちの年齢は実年齢の四歳上の一九歳ということになっている。
「ま、どっちにしろ訓練を教えればいいんだろ?」
「どういった人たちを相手にするのかはわからないけれど、僕たちにできるかな」
「……そんな心配してどうするの」
正直に言えば、私も教えるのが得意というわけでもないのかもしれない。
地下施設の頃だって誰かに教えると言ったことはしなかった。エレインもアレクもレイも自分なりに解決策を考えてそれを実行していたのだ。
「教えることには自信ないけれど、アドバイスなら問題ないかな」
アレクは自身なさげにそう言っているが、私は彼が一番教師として向いていると思っている。
「へっ、ミリシアだったらいけるだろ」
「え、私?」
「そうだね。人の動きを見るのは得意そうだし、的確に指示を出すことができそうだね」
「私だって教える経験があるわけではないの。そんな得意ってわけではないわ」
経験のないものを得意とは言えないだろう。
そんなことを話していると学院の門の前に一人の女性が立っていた。
以前、防壁で火の粉を作ってくれたルカ・ヘルゲイツと言う人だった。
「本当に教師としてここに来るとはな」
彼女は私たちの服を見てそう言った。
私たちの着ている服は議会が用意してくれた。もともと議会軍の高官に与えられる制服を使い回しているもので、胸元には学院の紋章が縫い込まれている。
目の前の彼女も制服を着ているものの、私たちの制服とは違うようだ。
もしかすると、私たちは普通の教師として呼ばれたわけではないのだろう。
「……どうしてあなたがここに?」
「ん? 私も君たちと同じように呼ばれただけだが?」
どうやらルカも学生の訓練を指導するよう言われているようだ。実際に教師として働いていたことのある人がいるのは心強い。
「本業の人がいるのは嬉しいわ」
「だが、安心している場合ではないぞ? 生徒の数は五〇人だそうだ」
「そんなにいるのかよ」
「私たちがする授業は少し特殊でな。普通とは全く違うものだ」
それから学院の廊下を移動しながら、授業の内容をルカから聞くことにした。
話によると、寮に住んでいない生徒で前の魔族侵攻で怪我をしなかった生徒が五〇人ほどいるそうで私たちはその人たちの訓練の相手をすることになった。
そして、どのような授業内容かというと生徒たちの訓練の相手をしてほしいとのことであった。
もちろん、武器は木剣を使用するようで特に危険な要素はないように思える。
「へっ、木剣相手だったら全く問題ねぇ」
ただ、レイに関して言えばあまりにも筋力が強過ぎるために生徒に怪我をさせてしまうかもしれない。
その点は彼に気をつけるよう言わないといけない。
「余裕だと思うけれど、レイは本気を出してはダメよ」
「なんでだ?」
「あんたみたいな剛腕相手に生徒が怪我をしないわけがないからね。怪我をさせないようにも注意してね」
「怪我だ? まぁそこまで言うなら手加減してやっよ」
そう言って彼は大きく頷いた。
「教室に入る前に一ついいか」
教室の扉の前にルカが立つと振り向いて私たちにそう聞いてきた。
「何かしら」
「君たちはエレインと同じ一五歳で間違いないのだな?」
「ええ、実年齢ではそうよ。でも書類上では一九歳と言うことになっているわ。ここの教師として相応しい年齢がいいということでね」
すると、彼女は少しだけ俯いて考え事をした。
その真剣な眼差しを見るに何か不都合なことでもあったのだろうか。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない。早速授業を始めるとするか」
そう言ってルカが扉を開けた。
大教室の中には生徒が五〇人椅子に座って待っていた。
机の横にはそれぞれの剣を持っているようで、皆訓練をする気でいるようだ。
「遅くなってすまないな」
ルカがそう言いながら、教壇の方へと歩いて行く。私たちもそれに続くように歩いて行くことにした。
「君たちの訓練を指導するルカだ。これからよろしくな。それでこの三人は私の助手だ」
それから私たちが軽く自己紹介を済ませるとすぐに生徒たちが睨め付けるような目で私たちを見始めた。
そして、一人が眉間にしわを寄せて手を挙げた。
「ルカ先生、一つ質問があります」
「いいだろう」
「その人たちは先ほど一九歳と言いました。普通教師となる人は実戦経験の多い人が担当するのではないのですか?」
普通であれば、一九歳はそこまで経験を積んでいるとはいえない年齢だ。
ルカも若いとはいえ、かなりの実力者なのは雰囲気ですぐにわかる。ただ、生徒たちには実年齢一五歳の私たちにそのような雰囲気は感じられないのだろう。
当然ながら、不満を持つのも頷ける。
「ふむ、なかなかのいいようだな。だがな、経験を積んでいる奴が本当に教師になると思うか?」
「……それが普通なのでは?」
「言っておくが、私とて前線任務は数回しかしたことがないんだ。実戦経験を多く積んでいるとはいえない」
すると、他の生徒も立ち上がってルカに質問を始める。
「ですが、経験のない人がどうやって教育をするのですか?」
「マニュアルだ」
そう即答したルカは教壇の上に大量の資料を音を立てて置いた。そこには『教育プログラム』と書かれている。
「つまりはこれさえしっかりと頭に入れておけば、誰にでも教師が務まるということだ。それに実戦経験など関係ない」
「「……」」
そうはっきりと彼女は言うと生徒たちは黙り始めた。
そして、それに追い討ちをかけるように彼女は口を開いた。
「ふっ、それに弱いお前らが経験の多いベテランの何を教わるつもりだ? 剣術か? 体術か?」
「つ、強くなるためだろ」
一人だけ立っている生徒がそう目を背けながらつぶやいた。
「強くなるだと? どう強くなるんだ。まだ学生のお前ができることは何もないだろう」
「……強い人と模擬戦でもすりゃ、誰でも強くなんだろっ」
そう彼は机を叩いて苛立ちを見せる。
確かにそれは間違いではない。自分よりも強い人と戦って自分に足りない部分を見出すことができれば自分は強くなれるだろう。
しかし、そう簡単なものではないのだ。
「そんなことで強くなれるなんて思っているのか? そんな簡単なことで、自分を超えられると思っているなんてな」
そうルカはその生徒を嘲笑うかのように言い捨てる。
「だったら、戦わせろよ。そこの一九歳の新兵によっ」
席を立っている彼が私たちにそう指差した。
「あ? 本気でそんなこと言ってんのか?」
「っ!」
レイがそう彼に威圧をすると、彼は少しだけ怯んでしまった。レイの殺意のこもった視線は誰でもそうなってしまうことだろう。そして、その迫力は彼以外にも伝わったことだろう。
「お前たちは今まで訓練ばかりしてきただろ。魔族と戦ったことも人と戦ったことすらも少ないお前らに剣術の本質などわかるはずがない」
ルカがそうはっきりと言った。
ざっと目で見渡してみると、彼女の言うように正直言ってかなり弱い人たちだ。
訓練ばかりで対人戦をあまりしてこなかった人だということがよくわかる。
実際に立っている彼は体の軸が先ほどからブレてしまっている。あれではすぐに態勢を崩されてしまうことだろう。
そもそも剣術というものはただの技術であって強さではない。
本当の強さというものは剣術に頼ることではなく、剣術をうまく駆使することだ。うまく駆使するには技の本質を体に叩き込む必要がある。
それが剣術の訓練というものなのだ。
ただ型や技を覚えるために何回も繰り返し訓練をしているわけではない。
こんにちは、結坂有です。
これから本格的に授業が始まるそうですね。
ルカも雰囲気を変えて、ミリシアたちの年齢の低さを弁解したようですが、結果的に授業の導入としてはいい感じになったみたいですね。
それでは次回もお楽しみに。
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