授業が終わり、予感が走る
授業初日、授業の前半が終わったところで昼休憩となった。
「授業終わったね」
リンネが背伸びをしてそういう。
「討伐軍についてはだいたい理解できてきたところだな」
「まさか、対人戦も想定しているなんてね」
リンネもその辺りのことは知らなかったようだ。まぁ名前からして魔族に対しての軍隊かと思うのは無理もない話か。
「知っているようで知らないことだらけだ」
「うんうん」
リンネはどこか楽しそうに俺と話している。
そんなことをしていると、後ろからの視線が俺の後頭部を刺激する。
「そういえば、練習試合の件だが……」
「あ、それね。三日後の放課後にしようと思うの」
「三日後の放課後だな」
「当然聖剣を使って、実戦形式で行うから」
リンネはそう指を立てて強調するように言う。
「わかった」
すると、前の席からアレイがきた。
「お姉ちゃん、お昼どうするの?」
「食堂行こっか」
「うん」
「ごめんね。お昼行ってくるから」
「ああ」
そう言うとリンネとアレイは食堂の方へと向かった。それを見ていたリーリアは椅子から立ち上がり、俺の方へと近寄る。
「随分と仲良さそうでしたね」
「何か問題か?」
「いえ、とても学生生活を満喫していらっしゃると思いまして」
何か含みのあるようにな言い方だが、ここは言及しないようにしよう。
「お昼はどうすればいい?」
「お弁当があります。今朝、アレイシアと私で作りました」
「そうか。それをいただくとするよ」
そう言うとリーリアは弁当箱を包んだ布を広げて、俺の机に並べる。
机に並べられた食材はどれも色鮮やかで、見ているだけで食欲をそそられるものだ。
「エレイン様、どうぞ」
そう言うとリーリアは箸を持って、食材を口元へ持ってくる。
「それはどう言う意味だ?」
「いわゆる”あーん”と言うものです。アレイシアのご命令ですから」
「……周りからの視線が痛いからやめてくれないか」
男女ともに俺への視線が強烈である。変な噂が立つのも面倒なのでここは断っておこう。
「そう、ですか」
すると、リーリアはどこか残念そうに俯いた。
ここでそんなことをすると、俺が悪いことをしているように見えてしまうためそれもやめて欲しいところだ。仕方ない、ここは譲歩した方が良さそうだ。
「あまり人目のつかないところならいいのだがな」
「……では屋上、と言うのはどうでしょうか」
屋上か、そこならまだ人目はつかないだろう。
「わかった。そこなら問題ない」
そう言うとリーリアは手早く弁当を片付け、移動する準備を始める。俺もそれに続いて屋上に向かった。
学院の屋上は風が心地よく吹いており、気分転換にちょうどいい場所であった。そして景色も遠くの方まで見えていてとても見晴らしがいい。
「風が心地いいですね。では早速」
リーリアがそう言うと、膝においた弁当から綺麗な箸使いで俺の方へと食材を持ってくる。
ベンチに座って、人気のない場所でこのようなことをするのはどこか不自然な感じもするが、アレイシアのことだ。ここはそれに従う方が良さそうだ。
彼女の箸によって運ばれた料理は口の中で程よく崩れ、食材の味が広がる。自分で食べるのとまた違った感覚がする。味そのものは変化していないのだろうが、こうした雰囲気ではまた感じ方が変わるようだ。
「どうですか?」
「どこか優しさを感じるな」
「そうなのですか」
リーリアはそう言うとまた箸で料理を口元へ持ってくる。
こうしてゆっくりと雰囲気と食材の味を確かめるように昼ごはんを食べるのであった。
昼ごはんを食べ終え、俺たちは教室に戻る。午後の授業が始まる時間ギリギリまで昼食を堪能していたため、すでにほとんどの生徒は席に座っていた。
そうして、席に座った俺はリンネから鋭い視線を感じた。
「どうかしたのか?」
「食堂、来ると思ったのだけど」
「悪いな。弁当があったからそれを食べた」
そう言うとリンネは露骨にため息を吐いた。
「それなら言って欲しかったな。私も結局食堂で弁当食べてたんだから」
「リンネも弁当だったのか?」
「そうだよ」
そう言ってリンネは机に吊り下げてある鞄を少し開いて弁当箱を見せる。そこには可愛らしい赤い色の弁当箱が確かにあった。
「アレイが一人で寂しいからって一緒に向かったけど、てっきりエレインも食堂で食べるものだと思って」
「言ってくれれば俺も向かったのだが」
「それじゃ意味ないじゃん」
どう意味がないのかわからないが、そこは無視しておくことにしよう。
そうこうしているとこのクラスの教師であるルカが教師に入ってきた。もうまもなく午後の授業が始まるのだ。
午後の授業では午前の復習と剣術史についての授業がメインになるようで、ルカの手元には小テストであろう紙束があった。
「午後の授業を始める」
ルカの一言で教室は静まりかえり、授業が始まる。
無事に小テストを終え、剣術史の概要を触れたところで今日の授業は終わった。この国の歴史ある流派のことやどのようにして進化して、派生していったのかがよくわかる内容であった。これからより深く勉強することになるのはどことなく楽しいものだ。
俺の知らないこの国の剣術の歴史はとても新鮮であった。
意外だったのは聖剣が作られる前からこの国では剣術が盛んだったことだ。しかし魔族が侵攻してからは流派を継いでいた剣士が次々と戦死してしまい、ほとんどの剣術はそこで失われてしまったようだ。
門外不出の剣術も多かったようで、今では復元することは不可能のようだ。
その生き残った数少ない剣術家たちが聖剣を使って新たな剣術へと進化させた結果、現代のような剣術に至ったようだ。しかし、失われた剣術もまた重要な資料となった可能性もあるため、その時代の古典剣術を研究しようとする人もいるようだ。
非常に少ない書類から剣術を紐解くのはかなり難しいだろうが、研究してみないとわからないことも多いのも確かで、そう言った活動をしているのはこの国の専売特許でもあるようだ。
「授業終わったね。剣術のことは好きだからすぐに時間が過ぎちゃった」
隣のリンネは少し楽しそうにそう話した。もちろん俺も同じように思っていたので軽く同意する。
「まぁ俺も知らないことを知れるのは楽しいものだ」
「えへへ、そうだよね」
リンネは少しあざとく机に突っ伏して返事する。その様子を見ていると、奥の方でミーナが立ち上がり、布で隠されている大剣を背負って教室から出るのが見えた。
「ところでこれからどうするんだ?」
「放課後はアレイとまた練習。エレインもそうでしょ?」
「まぁそんなところだな」
リンネも俺と同じく訓練を続けるようだ。その辺に関して言えば努力家なのかもしれない。俺はそこまで自主的に訓練を続けるようなことはしないからよくわからないのだが。
そんな会話をしていると、奥から視線を感じた。どうやらアレイが俺たちの会話を伺っているようだ。
それに気づいたリンネは申し訳なさそうにこちらに向く。
「ごめんね。そろそろ行かないと」
「ああ、俺ももうすぐに行く」
「うん。じゃまたね」
そう言って鞄を手に取り、小さく手を振ってアレイの方へ向かっていった。
俺もそろそろ行くとしようか。ミーナが待っていることだろう。
そうして俺が席から立ち上がろうとすると、鋭い視線を感じた。殺気ではないものの強い警戒の目が俺に向けられていることに気がついた。
俺の後ろに座っているリーリアはなにも気付いていないが、確かに俺に向けて何かよくない視線を向けている人がいる。
しかし、まだ教室には人が半数近くまだいる。その中から誰が俺に視線を向けているのかは判断が難しい。まぁ学院内ではそこまで目立った行動はしないだろうから、今のところは無視していても問題はない、か。
そんな背中を針でなぞられるような視線を感じながらも俺は練習場に向かうことにした。
こんにちは、結坂有です。
剣術史の授業はエレインにとってどうやら面白かったようです。
そして、放課後となり彼に警戒を向けた人物は一体誰なのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。




