人類の裏切り者
地下牢のナリアを助けてしばらくすると、上からブラドさんが降りてきた。武器を持った大柄な男は近くの牢屋へと縛って放置している。まともに話をするつもりがないそうだ。
彼にここで起きていたことを大まかに説明すると、彼はすぐにナリアに話しかけた。
「狙われたのに心当たりは?」
時間が経って落ち着きを取り戻したようで彼女はブラドさんの質問にゆっくりと答えた。
「……私に魔の気配があるだとか、人間にその石がないだとか言っていたわ」
ナリアは床に転がっていた一つの石を指差してそういった。
転がっていた石は心石と呼ばれるもので彼女や彼女の住んでいたと思われる村の住人の体内に存在している謎の物体だ。
確かに普通の人間にはこのような石がないのは確かだが、魔族に敵対されているということは少なくとも魔族ではないということだ。
純粋な人間かと言われるとそこも怪しいとはいえ、彼女自身が敵だとも言い切れない。そのことについては議会に報告書としてまとめた上に前線にいた聖騎士団の人たちも多くが納得してくれたはずだ。
「やはり資料だけでは信頼を得るのは難しいということだな」
「そのようですね。こうして議会の何者かに襲われているというわけですから」
「わ、私は罠に嵌められたの?」
そう少し不安そうな表情で彼女は私たちにそう聞いてきた。
「どういうことだ?」
「ミリシアたちが私を嵌めるために議会に向かわせたって一人の男が言っていて……」
「そんなことは絶対にないはずだ。彼女たちも確かに残忍な思考を持っている部分があるが仲間は大切にする」
ブラドさんは小さき盾のことをかなり信頼している。
確かに彼らは強い人たちだ。それは私もよく知っている。そして、強いからこそ心もしっかりとしている。
「そう、よね。わかってる」
実際にこのようなことが起きてしまったのだ。
小さき盾の人たちもまさかこのようなことが起きているとは考えてもいないだろう。
ただ、ここで起きたことは彼女が不安に思うには十分だったようだ。
「俺たちは議会の味方だ。そして、お前は議会の重要人物、守るために全力を尽くそう」
「……ありがとう」
ブラドさんが彼女にそう真っ直ぐな目でそういった。
私も彼女は重要な人物だと思っている。私たちの知らない魔族の謎を解き明かす鍵になるかもしれないからだ。
魔の気配が多少なりともあるとはいえ、味方である以上は私たちは彼女を全力で守り続ける。
「それよりもこれからどうするつもりですか? 逃げた人ももうどこかに行ってしまったようですし」
「そうだな。とりあえず、上にいた職員は俺の分身で拘束しているからな。そいつらにも話を聞くつもりだ」
「逃げた人は後回しでいいのですか」
「議会に所属している以上そいつに逃げ場はないからな。それに情報を辿れば誰なのかはわかることだ」
確かに調査を進めていくうちに犯人は見つかることだろう。とは言っても本心はナリアのためにもすぐに解決してあげたいところだ。
それからしばらく職員の人たちと話をしたのだが、特に進展があるわけでもなく議員の人に命令を受けたからとしかわからなかった。
その後、ナリアはすぐに自宅へと帰らせることにした。大きなフードを渡して顔を隠せば大丈夫だろう。
しかしながら、いくら職員に話を聞いても具体的に裏切り者が誰かまでは特定することができなかったのだ。
ただ、わかったことは議員に裏切り者がいるという事実が分かっただけであった。
そして、しばらく地下牢で放置していた大男に話をすることにした。
この場所でナリアに何かをしようとしていた人物だったからだ。少なくとも何かを知っているのは明らかだ。
「それで、ここで何をしようとしていたんだ?」
「へっ、ナリアって言ったか? あいつが魔族だってことを自白させようとしただけだぜ?」
「自白? 彼女は自分のことを人間だと主張している」
「あいつが自分のことを魔族だって一言でも言えば、どうでもいいだろ。自白なんてそんなもんだ」
無理矢理にでも言わせることができれば、それは証拠としてなりえると言いたいのだろう。
しかし、そんなことは倫理的に大きな問題が起きるというのは、彼も知っていることだろう。
とは言っても彼はこの議会を守る警備隊の一人だ。そんな彼がどうしてこのようなことをしたのだろうか。
「あなたはここの警備隊の人よね。どうしてこのような真似をしたの?」
「人類を守るためだ。当たり前だろ」
「でも、人間にもいろんな人がいるわよ。強い人もいれば弱い人もいるし、魔の気配を持った人がいても不思議ではないでしょ」
「だったら、そいつは人間じゃねぇ。魔族だろ。魔族ってのは魔の気配を持っている奴に言うんだ」
どうやら彼は自分の中で魔族の定義を作ってしまっているようだ。
そういえば、何が魔族なのかは決められていなかった。見れば分かる、そういった理由で定義のようなものは公的に作っていなかったはずだ。
「その考えを持っている奴は議員にいるんだな?」
「俺が言うと思うか?」
「死ぬか、議員の名を言うかどっちがいい」
ブラドさんは率直にそう言った。
拷問をしてでも議員の名を吐かせようとしているのはその言葉でわかった。
私自身も魔族から人間を守るためと大雑把なことを考えていたが、複雑に絡まったこの事情は綺麗事だけでは片付けられないのかもしれない。
こうして人間の中に裏切り者がいるということを目の当たりにしてそれを思い知らされたのだ。
「議会らしくねぇな。殺すなら殺せよ」
すると、ブラドさんは剣の柄へと手を添える。
そしてその直後に影の分身が一人、大男へと剣を突き刺した。心臓にかなり近い場所だが、即死するような場所ではない。
「うっがっ!」
男が大量に吐血するも痛みに屈している様子ではない。むしろ、死ぬことを望んでいるかのようにも見える。
「……お前らのような敵に教えることなんざねぇっ!」
さらにブラドさんは分身を使って彼の腹部を斬り裂いた。
鋭く斬り裂かれた腹部からは血液が出るよりも先に臓器が先に飛び出す。
「ゔあっ!」
「さ、流石にこれ以上は本当に死にますよっ」
「こいつは死んでも構わないと言っている。何か問題か?」
冷酷な男だとは思っていたが、まさかここまでとは思ってもいなかった。
一体ブラドさんはこれまで何人の人を殺してきたのだろうか。
「問題は、ありません」
「なら黙って見てろ」
そして、彼は男の手のひらを剣で突き刺した。
「本当に話すつもりはないんだな」
「言ってろよ。バカが」
「そうか。残念だ」
そうブラドさんが立ち上がると同時に高速に抜剣した。
シュンッ!
振り上げた剣先は確実に大男の首を捉えており一瞬で殺した。
あれほどの拷問を受けても答えることなどしなかったのだ。彼から聞き出すことは不可能に近いだろう。
「後処理は職員にやらせる。俺たちは別の仕事をしなければいけないからな」
「……わかりました」
明らかに残忍な性格ではあるのだが、絶対に人類を守るという強い意志が彼をそうさせている。
私はブラドさんの背中を見ながら、心の中であることを考えていた。
世の中には残酷なことをしなければいけないことがある。誰かが汚れ仕事をしなければ社会は成立しないからだ。
私も人類を救いたいと考えていた。そのためならどんなことでもすると誓った。
それがどんなに残酷で凄惨なことであっても私は逃げてはいけない。私たちがしなければいけないことは情報を集めて、議会のために人類のために尽くすことだ。
魔族の情報を探ることは人類の裏切り者を探ることも含まれている。だからこそ、私たちはどんな事実でも受け入れる必要があるのだ。
こんにちは、結坂有です。
諜報部隊として働くことになったフィレスですが、思っていた以上にきつい仕事になりそうです。
これから魔族の正体へと近づけるのでしょうか。これからの展開が気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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