戦争の代償
魔族の計画的な侵攻により、学院の寮は大打撃を受けた。
死者は少ないものの寮生の大半が軽傷または重傷を負ってしまっている。この状況では生徒として学院で授業を受けることはできないことだろう。
寮以外の生徒は怪我を負っているわけではないからな。その辺りはうまく対処してくれるはずだ。
なんといっても議長はアレイシアだ。彼女ならしっかりとそういった人たちのことも考えれる人だ。
「とりあえず、聖騎士団本部まで来たわけだけど……」
聖騎士団本部の前で待っていたのはセシルとリルフィであった。
ものすごい険相で俺の方を睨みつけている。
「ちょっと、先に行くってどういうことだったのよ! 一瞬で魔族が消えていくし、エレインもいなくなるしっ」
「そ、そんなに怒らなくてもいいんじゃ?」
確かに言われてみれば彼女からすればかなり振り回されたことだろう。
それに、彼女の言い方によれば魔族を全員倒すことができていたようだ。その点で言えばまぁ問題はなかったようだ。
「悪かったな。学院の寮まで無かったんだ」
「一人で魔族の群れに突っ込むなんてほんと、命知らずなんだからっ」
セシルがそう怒りながらいう。
「学院での被害が少なかったのはエレインのおかげなのよ? そのこと、わかってて言ってるの?」
すると、ミリシアが俺の前に立ってセシルに反論した。
「……誰なの?」
ミリシア越しに俺の方へと圧を強めて彼女が質問してくる。
そういえばまだミリシアたちと会ったことがなかったか。
「私はミリシアよ。それに後ろの男たちは右からレイとアレク」
「エレインとはどういった関係なの?」
「どう言ったって……。お、幼馴染だけど」
「そう、私は彼のパートナーよ」
セシルがそういった瞬間、ミリシアは一瞬だけ俺の方を振り向いて軽く睨みつけた。
一体何が問題なのだろうか。
学院では誰かとパートナーを組まなければいけない。それは彼女も知っているはずなのだがな。
「それとこれは関係ないでしょ。とりあえず、エレインのおかげで学院の寮は被害を最小限に抑えられたのよ」
「……エレインが一人で向かわなくてもよかったのに」
「速いに越したことはないからな。ただ、一人で突撃したのは悪かった」
「もう、反省しているのならいいんだけどね」
そうセシルは腕を組んで横目で俺の方を見た。
まぁセシルたちはあの後、魔族がいなくなってからすぐにこの本部に戻ってきたのだろう。魔族の残党を倒してくれと言ったのは俺だからな。
「そこで何をしている?」
すると、俺たちの後ろの方からブラドが歩いてきた。
一度議会に帰ったはずの彼だが、何かあったのだろうか。
「少し話していただけだ」
「本部に用があるのか?」
「魔族侵攻を手引きしたっていう氏族監督官に話があるのよ。何かやばいことでも考えているんじゃないかなってね」
ミリシアが俺たちの目的を話すと、ブラドは少し考え込んだ。
彼も氏族監督官に話があるのだろうか。それなら少しは話が早い。
「……わかった。俺も話を聞きたいと思ってな」
そう言って彼は門番の人へと向かった。
門番をしている警備隊の人は彼を見るなり嫌な表情をしていたが、すでにこの聖騎士団の団員ではない。
来客であるという対応をしなければいけないのだ。
彼が議会の要請だということを警備隊に伝えたところ、ため息をついて警備隊は門を開けた。
それから俺たちも彼に続いて本部の方へと向かった。
本部の廊下はしっかりと掃除されており、タイルなども綺麗に磨かれて輝いていた。
あれから三〇分ほどしか経っていないのだが、掃除の人たちがかなり優秀なのだろうか。
いや、少しだけ嫌な予感がする。
「……血の匂いがするな」
レイがそう呟いた。
確かに生臭い匂いが廊下の奥から漂ってきている。
ミリシアはそれを聞いて周囲を警戒し始めた。
「く、来るなっ!」
すると、地下牢の方から団員が走ってきた。
彼はレゼル隊長、聖騎士団のリーダーとなっている人だ。
彼は聖剣を手放しているようで、何かから逃げようとしているみたいだ。
「何があったの?」
ミリシアがそう彼に聞くと、彼は膝を突いて恐怖に怯えた表情で彼女に訴えかけた。
「魔族が……魔族になったんだっ」
「誰がだ?」
ブラドがそう質問するとレゼルは一瞬黙り込んだ。しかし、今は対立している場合ではない。
少しすると彼は口を開いた。
「氏族監督官の体が急に肥大化して、手足が生えたんだっ」
「怪しいとは思っていたのだがな」
ブラドの予感が当たっていたようで、地下の方から咆哮が聞こえてきた。
その音と同時に空気の流れが一気に変わった。
「ギャァア!」
地下から空気が震えるほどの咆哮が響く。
これでは話を聞こうにもできないか。
「……せっかくの情報源なのだが、仕方あるまいな」
ブラドがそういうと聖剣を引き抜いて構えた。
ドンドンッと床が震えている。そして、強烈な咆哮とともに地面が割れて巨大な魔族が現れる。
しかし、かといって俺たちは動揺しない。
巨大な魔族一体程度など、恐れる訳がないのだからな。
「オラァ!」
レイがその魔族に対して剣を大きく振りかぶった。
「ふっ」
それと同時にアレクが前に出て魔族の四本の足を斬り裂く。レイの攻撃を確実なものにするために行った攻撃だ。
当然、魔族は彼の放った豪撃に倒れるのであった。
「……本当にこれで意味はなくなったわね」
「確かに情報を知っていそうな人はこれでいなくなったわけだ」
魔族のことを知っているであろう唯一の証人が今ここで死んでしまったのだ。ただ、得られた情報としては人間も魔族に変化するということだ。
今思い返せば、ブラドもそのようなことを言っていた。
戦っているのは魔族だけではないとな。
「だが、これでエルラトラム国内にいる反逆者の一人がいなくなった。それだけでも十分な成果だろう」
ブラドの言ったようにそうなのだろう。事実、氏族監督官を殺したわけだからな。
「そうね。そう思っておいた方がいいかもね」
「へっ、こんな雑魚に手こずるなんてなっ!」
「ひっ!」
レイがそういうとレゼルが肩を震わせた。
自分と彼とでは圧倒的に実力が違うと思い知ったのだろうな。レゼルの能力はそこまで高くはない。今のフィンでも彼に勝てることだろう。
「どちらにしろ、氏族監督官が手引きしたってことね」
「他の協力者もいたみたいだが、主犯はそいつだろう」
あと女性も一人協力していたな。
彼女も一体何をしたかったのかは俺もまだわからない。
仲間を増やそうとしている可能性もあるとはいえ、どういった手法で仲間を増やそうとしているのかは不明だ。
「一旦は落ち着いたってことだけど、これからどうするんだい?」
「学院はしばらくの間は休校となるはずだ。”小さき盾”もしばらくは休めることだろう」
ブラドはそういう。
ミリシアたちが”小さき盾”という特殊部隊に選ばれたというのはここに来る道中で教えてもらったことだ。
確かに学院は休校になるはずだ。
それにすぐに魔族がまた攻め込んでくるとは考えられないため、彼ら”小さき盾”も働くことはないか。
「だったら、私たちで休暇を楽しもうよ」
そうミリシアがいうが、俺たちは休憩を楽しめる人たちではない。
地下施設の時からそうだ。休憩時間だと命令されても何かと勉強したり訓練したりと自主的に鍛錬を積んでいたのだからな。
まともに休暇を楽しめるとは思えない。
「……学院が休みでもエレインのパートナーは私なんだけど」
そうセシルが競り合うように割り込んできた。
学院の中でのパートナーは彼女で間違いないが、俺にもプライベートの生活もある。
プライベートでは……俺はリーリアがパートナーなのだと思っているのだがな。
「セシル、だったかしら。悪いけれど、私たちは旧知の仲なのそれに長いこと一緒に過ごしたことがなかったわけだしね」
「だったら、私も一緒してもいいはずよね。私とエレインは相思の仲なのだからね」
「それは少し語弊があるような気もするがな」
「間違ってないでしょ?」
いや、間違った使い方をしているような気がする。まぁセシルが俺のことをどう思っているのかは知らないのだがな。
「相思の仲ってどういうことよっ」
「ユウナもナリアも増えたわけだしね。セシルだけ仲間外れなのはよくないよ」
アレクも何かを誤解しているのかそうミリシアを宥める。
「……別にいいけどっ」
そう言ってミリシアはそっぽを向いた。
まだ怒っているようだが、セシルのことを許してくれたのはいいことだろう。
ミリシアとセシルは似たところがある。二人がもし共に訓練でもすれば、セシルはもっと上手くなれるはずだ。
そうすればセシルがつまずいているであろう何かも解決することだろう。
こんにちは、結坂有です。
唯一の情報を持っている人が死んでしまいましたね。
これから魔族の謎は解明されるのでしょうか。気になりますね。
次回もお楽しみに。
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