最悪な事態は終わりを迎える
轟音とともに魔族が消え去り、この集会所は静寂に包まれた。ただ、血の匂いだけが充満している。
「エレイン……」
そう声をかけてきたのはリンネだった。
彼女には今の俺がどのように見えているのだろうか。怯えた表情は変わらず、俺を見つめている。
幸いにもリンネとアレイは目立った外傷はない。とは言ってもこの空間で精神は衰弱してしまっていることだろう。
それにあれほどの剛力だ。抵抗することすらできなかったに違いない。
そして、部屋の角の方へと目を向けると女子生徒たちが服を破られ半裸の状態にさせられている。
何があったのかはわからないが、恐ろしいことをしようとしていたのだろうな。
「先生! こちらですっ」
そう言って扉を開けたのは女性教師たちであった。
どうやら外の魔族はあらかた片付けることができたようだ。
「っ! あなたたちはそこにいなさい。ここは私たちでなんとかしますから」
確かにこの状況で男子生徒たちが大勢入ってくるのは問題だな。
「……あ、あなたが倒したの?」
「ある程度はな」
いつもならリンネがツッコミを入れてくると思ったのだが、今の彼女にはそのような元気は残っていないことだろう。
「そう、後で話は聞くから。生徒たちは私たちに任せて」
「わかった」
それだけ言って、俺はこの部屋を出ることにした。
両腕が完全に破壊されてしまったミーナのことが心配だが、聖剣でうまく治療しすれば少しは元通りになることだろう。
部屋を出るとフィンが走ってきた。
「中の様子は?」
「ひどい状況だったな。女性を喰い物にしようとしていたみたいだった」
「く、喰われたのかよ……」
「喰べられた人はいないから安心してくれ」
俺がそう言うと彼は少しだけほっとしたようだ。
とは言っても何も被害がなかったわけではない。確認しただと寮担当の教師が一人殺されていたからな。
「そうか。そうなんだな」
すると、外が騒がしくなってきた。
「あんたたちなんなんだよ!」
「退けっ! 俺はエレインに用があんだよ!」
この声はレイだ。俺を探しているのだろうか。
どちらにしてもちょうどいいタイミングで来てくれた。
「一つだけ言っておくが、パートナーのミーナが重傷を負ってな。あの様子だと回復もそこまで見込めない」
「み、ミーナが?」
「ああ」
彼女の大剣は非常に重たいものだ。
それを持った状態で強い衝撃を受ければ相当体に負荷がかかったことだろう。少なくとも骨が砕けていたのかもしれない。
「そうなんだな。わかった」
それからレイの声を頼りに彼の元へと向かった。
「レイ、どうかしたのか?」
廊下の奥で学生の人と揉めていた彼に声をかけた。
「お! 無事だったのかっ」
「エレインっ」
どうやら他の人もいるようでミリシアとアレクもいた。
「防壁の方はもう大丈夫なのか?」
「二〇〇体ぐらい俺たちで十分よっ」
確かに彼らなら問題なく対処できたことだろうな。
「僕たちのところは大丈夫だったけれど、兵士の全くいない内地に魔族が侵入してきて大丈夫だったのかい?」
「ここの寮が狙われて被害もそれなりにあったが、死者は比較的少ない」
俺が確認しただけでも死者は三人程度だ。
他は重傷者は多いだろうがな。
「この状況で人的被害を抑えられたのは大きいわ」
「それよりもここに来るまでに魔族がいただろう。それはどうしたんだ?」
「いたのだけど、たかだか五〇体ほどよ?」
寮の裏手にいた魔族の数は三〇〇を超えていたが、正門近くはそこまで多くはいなかったようだ。
「あと、ルカとマフィの援護もあったからね。苦労はしていないわ」
「だけど、街の中で学院の寮を重点的に狙うなんてかなり計画的だね。加えて地下の連絡通路を使って内地に侵入したことから誰かが手引きしたのは間違いなさそうだ」
アレクがそう話すが、言われてみれば地下の連絡通路のことは聖騎士団や以前の議会軍以外知らないはずだ。
そして、連絡通路から出た直後の寮への攻撃も素早かった。前もって計画を立てていたのは本当のことなのだろうな。
「手引きって誰がそんなことすんだよ」
「考えられるのが一人いる。今聖騎士団の地下牢にいる氏族監督官だな」
氏族監督官は魔族の眷属になるなどと言っていたことから少なくとも何らかの関係があるのは間違いないだろう。
それに彼ほどの上位階級であれば、あの連絡通路のことも知っていてもおかしくはない。
「……まぁいいわ。聖騎士団の本部に行きましょう」
ミリシアはそう言って踵を返した。
目星がついているのなら聞いてみる方が早いだろうからな。
寮のことは学生と教師たちに任せて俺たちは聖騎士団本部へと向かうことにした。
◆◆◆
私、アレイシアは議長室で報告を待っていた。
防壁付近の魔族はどうなったのか、内地に侵入してきた魔族は対処できたのか。不安を抑えながら連絡が入るのを待っている。
一〇分ほど前にリーリアが議会へと来て色々と報告してくれたが、それだけでは情報として不十分だ。
自分で情報を手に入れたいところなのだけど、魔族の攻撃を受けて不自由になってしまった足が枷となっているのは間違いない。
「……失礼します」
扉をノックして一人の職員が入ってくる。
「魔族はどうなったの?」
「はい。第二防壁にて魔族を完全に撃破、内地の方も全滅と報告がありました」
「はぁ……」
安堵とともにため息がでた。
だが、それよりも被害の方が気になる。状況によっては安心している場合ではないのかもしれない。
「被害は?」
「第二防壁付近の被害は皆無だそうですが、内地では学院の寮が狙われ怪我人が多数出ているとあります」
資料を片手に職員がそういった。
議長室にいても聞こえてきたあの爆発音。当然ながら被害が全くないわけがないか。
「死者は出たの?」
「今のところ、三人の死者が出ています」
「……わかったわ」
すると、横に立っていたユレイナが一歩前に出て職員に質問した。
「あの、寮生の方はどうなったのでしょうか。場合によってはこちらで対策を考える必要があると思いますが」
「学生の怪我人が多いようです。教師も一人、死者が出てしまっているようでして……」
剣術学院では日々剣術の鍛錬に勤しむ場所だ。
怪我人が多い状態でまともに授業や訓練ができる状況ではないだろう。
「……そのことについては詳しく聞くわ。でも、当分の間は学院は休校という形を取るしかないわね。そのことを他の議員にも連絡してくれるかしら」
「わかりました」
そういうと職員はすぐに議長室を出て、彼は他の議員のところへと向かったようだ。
「アレイシア様、大変なことになってしまいましたね」
「そうね。まさか学院寮が狙われるとは思ってもいなかったわ」
確かに近い場所で爆発が起きたとは聞いている。
それに防壁へと戦力を集中した途端に起きた事態だ。すぐに対処することができなかった。
「……エレイン様の件ですが、どうなされるおつもりですか?」
「しばらくは様子見ね。学院の休校のこともあるし」
学院が長期休校になれば、エレインは私とともに本家の方へと帰ることになるだろう。
父のアーレイクにも話をした方がいいこともあるし。
「そうですか。わかりました」
ユレイナは確実に私と一緒に行動してくれることだろうが、エレインのメイドであるリーリアは本家まで来てくれるのだろうか。
家柄の問題もあるし、そのことについても本人に伝えておかないと。
「ちょっと肩を貸してくれる?」
「はい。どこかに向かうのですか」
彼女は私をゆっくりと立ち上がらせて、杖を渡してくれた。
「うん。リーリアのところに向かいたいから」
「連絡だけでしたら、私にお任せください」
「いいのよ。これは家の問題だしね」
「……そう、ですか」
それから私はリーリアとブラドのいる部屋へと向かうことにした。
こんにちは、結坂有です。
これにてこの章は終わりとなります。
色々とありましたが、今後どのような展開になるのでしょうか。気になりますね。
次章でも戦闘が続きますので、お楽しみに。
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