変わり果てたその先へ……
寮の正門の方へと進んでいくと、血の匂いが漂っていた。
魔族の血ではない。これは明らかに人間のものに違いないだろう。
「っ! これはひでぇな」
正門近くへと到着すると、すでに混戦状態となっていた。
ほとんどの学生たちは自分の力を発揮できずに相手に弄ばれているような感じにも見え、一方的な戦場となっている。
俺はすかさず聖剣を引き抜き、前へと出る。
「おい!」
フィンが後ろから声をかけてきた。
「なんだ」
「どうすんだよ」
「助けるだけだ」
「あんな数、どうすることもできねぇ」
確かに数十体以上の魔族がいるな。二人が援護に駆けつけたぐらいでは数的戦況はそこまで変わらないのは確かだ。
「俺なら助けられる」
「は?」
無理だと彼は目で訴えかけているが、事実、俺は寮の裏手の魔族を壊滅させた。
この程度の数ならそこまで問題はない。
それに時間を止めなくともここはかなり広い広場となっている。聖剣イレイラの能力を上手く使えば、全滅は容易いことだろう。
「ふっ!」
素早い抜刀で正面の魔族を一体切断。続いて流れるような剣閃を描き、他の魔族を間合いの外から攻撃していく。
「勝てねぇ……」
俺の動きを見て後ろの方のフィンはそう吐露した。
間合いの外からの確実な一撃、この攻撃はそう簡単に避けることはできないからな。
「ま、魔族が勝手にっ」
剣を弾き飛ばされた学生がそう言って尻餅をついた。
確かに彼からすれば、なんの予兆もなく魔族が斬られたのだから不思議に思ったことだろう。
俺は丁寧に聖剣を納刀してから一番近い彼へと近づいた。
「……他の学生はどこに行った?」
先ほどから探しているのだが、リンネやミーナといった女子生徒が見当たらない。
「え、エレイン。女子は全員言葉の話せる魔族たちに連れて行かれてよ」
「その話せる魔族はどこに向かった」
「寮の方に……。だがそこには行くな。あいつらには勝てない」
そう怯えるように学生がいう。
見上げると正門が寮の建物へと突き刺さっている。この世の力とは思えない光景を彼らは目の当たりにしたのだろう。
魔族の力は人知を超えており、ありえない攻撃や能力を持っていたりするからな。
それにしてもゴーレム型に相当する魔族が言葉を話せるとは思ってもいなかった。確かに危険かもしれないが、知り合いが殺されるのを許すわけにはいかない。
「勝てないかどうかは関係ない。友人が死ぬのは嫌だからな」
「そ、それはっ」
「聖剣で倒せない魔族は見たことがない。まぁ大丈夫だろう」
俺は突き破られた扉の方へと進んでいった。
血痕があり、誰かが怪我をした状態で連れて行かれていったようだ。
それを辿っていくととある部屋の中へと進んでいた。
部屋の名称は集会所。それなりに大きな部屋なのだろう。
「いやああっ!」
扉を開こうとすると、中から女性の叫び声が聞こえてくる。
「暴れるなっ! 俺らの糧になるんだ。眷属となり魔族の繁栄のために尽くすんだっ」
一体何をしているというのだろうか。
魔族は俺たち人間を殺すだけではないのか。そういえば、氏族監督官の人も眷属と言葉を言っていた。
まぁどちらにしろ、魔族を殺すのには変わりないからな。
俺は扉を開けた。
「ガアアァッ!」
扉を開けた瞬間、十体以上の魔族が待ち構えていた。
ただ、その攻撃はあまりにも稚拙だ。
「なっ!」
神速の抜刀により魔族は一瞬にして斬り裂かれ倒れていく。
「あ?」
「言葉の話せる魔族は久しぶりだ」
「……なんだてめぇ」
イレイラに付着した魔族の血を払い納刀する。
魔族の死体の先へと目を向けると、服を無惨に破られた女子生徒たちがいた。
彼女たちの聖剣は部屋の隅へと無造作に投げ捨てられており、完全に抵抗できない状況になってしまっている。
言葉を話せる魔族は他にもいるようで、リーダー格の他に五体いるようだ。
「エレイン! 来ちゃだめっ!」
そう言ってくるのはリンネだ。鎧とまでは言わないが、防具であるプレートが剥がされ、美しい腹部と足があらわになってしまっている。
「まだ喋れんのか?」
「っ!」
巨大な剣を持ったリーダー格の魔族に睨まれた彼女は恐怖に口を閉ざした。
周囲を見渡してみると、教官らしき人物の胸に剣を何本も突き刺して壁に固定されていた。
大量の血が教官の足元に溜まってしまっている。
「……っあがぁ」
すると、瓦礫に埋もれてしまってわからなかった女性がゆっくりと起き上がった。
彼女はミーナのようだ。彼女の聖剣は完全に折れてしまっており、すぐに戦える状況ではない。受けた力を吸収するとはいえ、想定以上の力を受けてしまったが故に聖剣が破壊されてしまったようだ。
それに彼女の両腕は上腕から力が抜けたようにぶら下がっている。複雑に骨折してしまったのだろうか。
「所詮人間のことだ。黙って俺らの眷属になってりゃいいんだ」
「どういう意味かはわからないが、ここまでのことをしたんだ。これから死ぬ覚悟は出来ているんだろうな」
「あ? どっちのことだ?」
「さぁな」
すると、リーダー格の魔族は俺の方へと真っ直ぐに立った。
そしてすぐに不敵な笑みを浮かべて睨みつけてくる。
「おもしれぇ。殺れっ」
そういうと、周りにいた五体の言葉を理解できる魔族が襲いかかってきた。
全員先程の魔族と比べしっかりとした武器を持っているようだ。そして何よりもしっかりと構えがあるようだ。
攻撃の型、防御の型、反撃の型。個性的ではあるものの意味のある構えをしているのは見ればすぐにわかる。
その時点で普通の魔族とは格が違うということは理解できた。
「おぁ!」
魔族の一体が剣を振り下ろしてきた。
当然ながら先程の魔族とは比べものにならないほどに洗練された一撃だ。とはいえ、ミリシアやアレクほどに美しいわけではない。
「ふっ」
俺は体を捻ることでその剣撃を躱し、一瞬の力の緩みを見切ってその剣を蹴り飛ばした。
「テメェ!」
魔族に力で勝てるわけがない。それなら技術を使って戦うまでだ。
剣を飛ばされて素手で殴りかかってきた魔族を俺はうまく受け流し、相手の力を利用して投げ飛ばす。
相手の力を巧みに操ることで自分よりも大きい相手であっても全く問題ない。
「がぁあ!」
残りの魔族も襲いかかってくる。
剣術を少しだけかじっている程度なのか、その技は俺にとっては稚拙なものに見えた。
刃先がブレている。腕が伸びきってしまっている。重心が安定していない。そのどれもが集中しなければできない技だ。
彼らにそれが理解できていないようで、そんな相手に俺が負けるわけがない。
ジュゾンッ!
魔族の強力な剣閃は技術で引き出されたものではなく単純に彼らの力技だ。当然ながら、力は受け流すことができる。
聖剣イレイラを引き抜くとすぐに相手の剣を弾き落とした。
小手先の力を加減することで、剣を自在に操れる。もちろん相手の剣もだ。
「はっがっ!」
剣の制御ができなくなった魔族は簡単に急所を見せてくれる。
俺はその急所を容赦なく斬り刻み、一体一体確実に倒していく。剣術を軽く習得した程度で俺には勝てない。
五体の魔族を倒した俺はイレイラをリーダー格へと向けた。
「ふっへっ。まさかここまでとはな」
「あのような甘い技で俺が負けるわけがない」
「技術ではそうかもな。だが、力は全てを支配するんだぜ?」
そう言って目の前の魔族は剣を俺の方へと向けた。
その剣から放たれる禍々しい力はアンドレイアのそれに近い。おそらく彼が持っている武器は魔剣に違いないだろう。
「エレインっ。傷が治るの。あなただけでも逃げて……」
倒れているアレイが俺にそう声をかけてくる。
傷が治る、聖剣であれば彼らは回復することはないはずだ。しかし、それでもアレイは治ると言っていた。
目の前の魔族の体を見てみるが、確かに傷一つない。彼女たちと本気で戦ったとなれば普通は無傷で済むはずがない。
『ここはわしの力を使ってくれんか?』
魔剣に宿っているアンドレイアが俺にそう話しかけてきた。
『奴の魔剣は特殊じゃ。時空ごと斬り崩す必要があるじゃろな』
『アンドレイアさんの言う通りです。ご主人様』
クロノスまでもそういう。
一瞬でも間違えれば人間である俺は殺されてしまうことだろう。
これは殺し合い、手を抜いている場合ではないな。
「……」
俺は目を瞑り、息を整えて魔剣を構える。
この国に来てから初めて自分の構えを取ったのだ。人間や普通の魔族相手であればそこまで本気で戦わなくてもいいのだがな。
魔剣は頭の近くで構え、剣先を相手に向けている。そして、腰を深く下ろし姿勢を低く保つ。こうすることで重心をしっかりと安定して攻撃の重みが増す。
「へっ、圧倒的な力の前では技術は何の意味もない」
「……」
視界の情報を全て遮断し、そのほかの情報を脳に取り入れる。
相手の心拍や呼吸、そして筋肉の弛緩する音を耳で捉え、空気の流れを肌で感じ取る。
「黙ってねぇでなんとか言ってみろよっ!」
魔族が俺へと斬り込んでくる。
刃先の方向を肌で感じ取る。相手はどうやら袈裟斬りを仕掛けてくるようだ。
よくある攻撃手段ではあるのだが、なんとも稚拙だ。
『愚者は時の流れを知らぬ……”時の剪断”』
アンドレイアがそういった瞬間、歯車が急激に動き始め火花が飛び散る。
そして、俺は相手が剣を振り下ろす直前に一歩前に出て逆袈裟で魔族を斬り裂く。
その時、耳を擘くような轟音が響き、強烈な剣撃が魔族を襲った。
「っ! グゥアァ……。所詮はこの程度、すぐに治るぜ?」
すると、大きく斬り裂かれた胸部は修復を始める。
聖剣や魔剣で傷付けられてもすぐに治るとはな。しかし、俺が斬ったのは魔族の胸部だけではない。魔族を含め時空間ごと斬り裂いたのだ。
「時間から逃れることはできない」
「あ? 何言ってんだ?」
そう言って魔族は俺の方へと歩いてくる。
ただ、歩いてくるのは逆袈裟で斬り裂かれた下の部分だけであった。
腕や頭はその場に残ったまま、胴から足だけが歩いてくる。
「な、なんなんだ。これは……」
時空間ごと斬り割かれた彼はもはや死んだも同然だ。
そして、自然とは残酷なもので歪んだものを放置することはしない。無理矢理にでも斬られた時空を戻そうとする。
「あがああぁぁ!」
また轟音が鳴り響くと同時にリーダー格の魔族は血飛沫となって消えていった。時空間ごと斬られたあの魔族はその戻りゆく時間の力によって殺された。
絶対的な力には絶対的な力で対抗する。神樹によって力を授けられている強い精霊でもなければ、時の流れは誰にも止めることができないのだからな。
こんにちは、結坂有です。
更新すると言って、深夜になってしまいました……
被害が大きいようですが、死者はどうやら少ないみたいです。
今回の事件はエルラトラムにとって甚大な被害が出てしまいました。
次回はこの戦争の終結とその後について描いていきます。
そして、この章も終わりとなります。
それでは次回もお楽しみに。
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