広がる戦場
リルフィの家に着いたあと、この家の中を紹介してくれた。
この家は非常に広く、二人で住んでいるのがもったいないぐらいだ。それはリルフィ自身もそう思っているそうで、本来ならもっと多くの門下生が宿泊しているはずだと言っていた。
ただ、先日のある事件がきっかけでここにいた門下生の多くが実家に帰って行ったのだそうだ。
「それで、ここがいつも訓練に使っている道場なのだけど……」
そう言ってリルフィは道場の扉の前で一瞬だけ止まった。
道場の扉は非常に大きく、両手で押し込むようにして開けないといけないぐらいだ。
それほどの丈夫な扉を彼女は難しい表情で開ける。
言われてみればここは祖父との訓練を思い出す場所でもある。当然ながら、彼女にとっては少しばかり複雑な感情に駆られるのだろう。
「無理はしなくてもいいわ」
「大丈夫。この家を継ぐ者として踏ん切りをつけないとだし」
すると彼女は一歩踏み出してその大きな扉を開けた。
扉の先は非常に綺麗に掃除されているようで、床も輝くように磨かれている。
芸術的なほどに美しいこの空間は神秘のような力すら感じられる。
「綺麗、ね」
「うん。何十年も前からずっとこの美しさは変わっていないそうよ」
非常に手入れがしっかりしているのだろう。
壁にはリルフィの流派で用いられる独特な形状の木剣が立てかけられており、さらには奥の方に木製の人形も設置されている。
そして、その人形ですら綺麗に整えられている。
「訓練用の人形ね。あれは毎月、作り替えているのよ」
「普通は壊れるまで使うものなのだけど」
「私の流派って感覚が重要なのよね。だから常に新しい状態の人形で訓練しているの」
木製の人形は時間が経つと軽くなって、壊れやすくなる。
確かに古い人形では打っていて感覚が変わってくる。そういった感覚が変わらないように新しくしているのだろう。
それから広い道場を案内してくれたのだが、本当に充実した場所だ。
学院の訓練場と大差ないほどだ。いや、面積で言えばこの家の方が大きいのかもしれない。
門下生が集まって訓練をするようにと設計されているのに少し勿体無い気がする。
「だいたいこんなところかな。学院に入るまではここで訓練していたのよ」
「……ここまで充実しているなんてね」
「でも、宝の持ち腐れって感じかな」
そう言って彼女は俯いた。
充実した設備がありながら強くなれなかったと思っているのだろう。
しかし、訓練の成果はあった。
彼女には十分すぎるほどの素質がある。それを発揮できるようにするのが私の役目だ。今はエレインがいないから私がなんとか引き出す必要があるのだろう。
私は彼のパートナーなのだ。これぐらいできるはずだ。
「違うわ。リルフィには素質があるわ。それは断言できる」
「素質?」
「ええ、この前戦った時だって自然と体が動いたのでしょう? それは訓練で培ったものよ」
「そう、かもしれないね」
少しずつでも大丈夫。
自分の力を信じることができれば、新たな一歩を踏み出すのは簡単なはず。私がそうだったように、リルフィもまた一段強くなれる。
そうなれば、パートナーに嵌められた程度で屈することはないはずだろう。
そんなことを話していると、家の横から爆発音が聞こえた。
「っ! これって……」
「とりあえず、いきましょう」
「ええ」
それから道場から外に出て、爆発音のあった方向を見る。
「嘘っ」
すると、そこにいたのは魔族の集団であった。
◆◆◆
私、ミリシアはアレク、レイ、ユウナと共に防壁の方へと向かっていた。
ナリアは聖剣を持っていないためにユレイナと議会の方へと向かった。
もちろん、聖剣がないからと言って戦力が全くないというわけではない。彼女一人でも魔族と十分に渡り合えるほどの実力は身についてきていると思っている。
今までの訓練を通してそれは断言できる。
「ミリシア、あの炎はなんだ?」
「……わからないわ。でも何かが起きているのは確かなようね」
防壁の奥から巨大な火柱が上がっているのが見える。
魔族の力ではないようにも見えるが、それは行ってみなければわからない。
それから防壁近くへと向かうと、すでに厳戒態勢に入っていたようで私たちが近づくとすぐに兵士たちが集まってくる。
「これ以上は立ち入り禁止だ。魔族が攻撃してきているっ」
「大丈夫よ。私たちは許可を得ているの」
そう言ってユレイナから受け取った許可証を見せる。
そこには議会から一時的に自由行動が許されているといった内容が書かれている。もちろん、議会の印も押されている。
「……小さき盾。知らない部隊だが信頼してもいいのだな?」
「ええ、私たちを信じて」
「わかった。こっちだ」
すると、兵士たちは防壁へと上がらせてくれた。
防壁の上にはエレインの担任教師であるはずのルカと学院の制服を着た女性がいた。
「誰だ」
ルカがそう私たちに言い放つ。
かなり威圧的な言葉だが、別段怖いといった印象はない。
「先程の火柱はあなたが?」
「ああ。何か問題でもあったのか」
「いいえ、問題はないわ。魔族はどこにいるかわかるのかしら」
「ふふっ、子供がここにくるのはどうかと思うがな」
そう言っているが、彼女の隣にいる女性は私たちと同じ歳のように見える。何よりエレインと同じ制服を着ている時点できっとそうなのだろう。
「その横の人はなんなのかしら。それに、私たちは特別な許可を得ているのだからいいでしょ」
「……あのアレイシアが引き受けた人間か。まぁいい」
そう言ってルカは私たちを認めてくれたようだ。
「それで、魔族は確認できたのかしら?」
「まだ」
すると、横の女性が答えた。
どうやら視認できていない様子だ。この真っ暗な状況では当然ながら目で確認することは難しい。
「あ? だったらあの火柱はなんだったんだ?」
「試しに放っただけだ。久しぶりの力試しだったものでな」
「ルカの暴走、気にしないで」
「ふふっ、マフィに言われたくはないがな」
どうやら彼女の隣の女性はマフィと呼ぶらしい。
そのマフィはルカに怖い視線を一瞬だけ向ける。
「……感じたことを伝えただけ」
「んなことはどうでもいいけどよ。そろそろやばくねぇか?」
耳を澄ましてみると、確かに地響きのような音が聞こえてくる。
魔族が侵攻してきているのだろうか。
「そうだね。まるで、あの時みたいに……」
私の後ろにいるアレクが帝国での出来事を思い出すようにそう呟いた。
私は前線で戦っていたわけではないからなんとも言えないが、壮絶な戦いだったということは言うまでもないだろう。
「わ、私はどうしたらいいでしょうかっ!」
さらに後ろの方からユウナが焦りながらそう言っている。
「ユウナはレイの援護をお願い、私はアレクと一緒に前線を維持するわ」
「その方が良さそうだね」
アレクは私の作戦に乗じてくれるようで、レイも軽く頷いてくれた。
「……待て、突撃するつもりか?」
「ええ、当然よ。防壁での戦いは危険だわ」
「敵は最低でも二〇〇体はいると思う。それでも行くの?」
マフィも反対しているが、このままでは本当に防壁が突破されてしまう。
魔族はほんの数体でも内部に侵入されてしまったら、致命的な攻撃を受けてしまうのだ。それは一度私もアレク、ユウナも経験しているため、よく理解している。
「防壁での戦いは最小限に抑えるべきなんだ。僕たちがある程度倒すから安心して欲しい」
「いくらなんでも危険だ。自殺行為にも等しいだろ」
「一度は捨てた命よ。それに、私たちなら倒せるから大丈夫」
そう言って私は防壁から飛び降りた。
すると、すぐにアレクたちも私に付いてくる。
「まぁ良い。灯りは任せてくれ」
防壁の上でルカがそういった直後、強烈な炎の門が開いて大量の火の粉が噴射される。
真っ暗な暗闇で戦うよりかは少しでも明かりがある方が戦いやすい。すぐに援護をしてくれるあたりを見ると、本当に大騎士なんだなと思う。
大量に噴射された火の粉は外を照らしてくれるものの、防壁近くで魔族が潜んでいるわけではないそうだ。
地割れのような足音はまだ遠い。とりあえず、それぞれがすぐに援護できる距離を保って少しずつ前進することにした。
そして数分後、魔族が見えてきた。
「フガァア!」
空気を揺るがすような咆哮を放ちながら、魔族は私たちへと突撃してくる。
「うるせぇ!」
そう言ってレイが太い刀身の魔剣を振り下ろす。
ジュゾンッ!
爆発音かのような刃音を立てながら、魔族を一刀両断する。
「レイ、あまり前には出ないようにね」
「おうよ。わかってるって」
「アレク、大きい魔族は彼に任せて、私たちは別の魔族を相手にしましょう」
「そうだね」
彼がそう返事すると、私は駆け出した。
細い刀身のレイピアは非常に軽く、取り回しが良い。
素早い剣速で魔族を斬り倒していく。当然ながら、十体程度では私を止めることはできない。それに今はアレクもいる。
全体で三〇体が同時に攻め込んできても問題なく対処することができる。
「はっ」
魔族の攻撃は人間とは違って単調で読みやすく簡単にカウンターを与えられる。
これなら防壁にたどり着ける魔族は数体程度だろう。それであればあの兵士たちでもなんとか防ぐことができるはずだ。
こんにちは、結坂有です。
本日二本目となります。
急に市内で魔族が発生してしまいました。一体何が起きているのでしょうか。
またしても裏で動いている人間がいるようですね。
それでは次回もお楽しみに。
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