錯綜する事態
剣を引き抜いた俺は聖剣イレイラの能力で真っ先に老人の腕を斬り落とした。
「っ!」
これでレゼル隊長の心臓は守られたが、まだ安心できる状況ではない。
キャシュンッ!
強烈な金属音を立てて、老人の残りの四肢を切断した。これで彼は身動きを封じることができた。
しかし、彼は腕を斬り落とされた状態でも痛みを訴えることなく、平然としていた。
まるで使い捨ての装備を捨てたような目で転がった自分の四肢を見つめている。。
「……氏族監督官は代々、四肢を切断している。そこにあるのは本物に見せかけた義肢でな」
よく見てみると、血のように赤い液体はあるものの動力となる関節部分は金属のようですぐに義肢だとわかった。
「にしても、間合いの外から斬撃を飛ばしてくるとはな。そこの隊長とわしとの距離はかなり近い。その状況で一寸の狂いもなく、切断するのは至難の業であろう」
「悪いが、そのような話をしている場合ではない。今、第二防衛線で戦闘が起こっている。いち早く聖騎士団が動く必要がある」
「エレイン様の言う通りです。第二防衛線が破られたらその先は市民の住宅街が広がっています」
俺の言葉を捕捉するようにリーリアが飛び出してきた。
もちろん、魔剣である双剣を構えた状態で出てきているわけだが。
「……」
彼女の言葉を聞いてレゼル隊長は黙り込んでしまった。
「聖騎士団はいまや滅びるときのようじゃの。聖剣が支配する時代ではない」
「一体何のことだ?」
「魔族の眷属になればもう何も怖くはないのじゃよ」
目の前の老人が言っていることは一つも理解することができないが、要するに聖騎士団を潰そうとしているようだ。
だが、魔族に対抗するためには聖剣を持った強力な兵団が必要になる。その役目を聖騎士団が担っているのだ。
そういった状況で聖騎士団がなくなればすぐに魔族が押し寄せてくる。当然ながら、魔族防衛に特化した兵団がいないために国として滅んでしまうことだろう。
「そうよ。その人の言っていることは正しいわ」
気配を完全に消した状態で一人の女性が現れてきた。
「このエルラトラムを攻略するにはまず、この聖騎士団が邪魔なのよね。だからこうして氏族監督官に混乱を引き起こしてもらったの」
そうゆっくりと女性は俺たちのところへと歩いてくる。
「でも、本当に聖騎士団って脆いわね。以前の戦いもすんなり騙せたのに」
「……お前、やはりアドリスを嵌めた女かっ!」
どうやら聖騎士団の一人は彼女のことを知っているようだ。
何かがあったのは確かで、そして彼女が敵だと言うことも明白になった。
ただ、一つ気がかりなことがある。
それなりに距離があるものの、まだ彼女の気配を感じ取ることができない。もしかすると聖剣の能力で誤魔化しているのだろうか。
「ふふっ、その目は私を疑っているのね。生命反応がない、不思議だと言った目をしているわ」
すると、彼女は薄気味悪い笑みを浮かべながら俺の方を見つめてきた。
確かに違和感があるが、危機的な状況になっているわけでもない。彼女の能力は隠れることに特化したものなのだろう。
それに実態がそこにないとすれば……。
「ふっ」
俺はすぐ横の石像へと剣を振ったその直後、赤い鮮血が廊下に飛散した。
「はがぁっ!」
そして、目の前の幻影は消えて石像が溶け出し、中から女性が出てきた。
「女性だからと容赦するつもりはない。魔族に加担しているのはその薄気味悪い気配でわかっていた」
「……でもね。一つ勘違いしてるわよ」
腹部を大きく抉られた状況でも彼女は平然と話してくる。またしても普通の人間ではないのだろうか。
「魔族に加担している、ではないの。私たちは眷属なのよっ!」
鮮血を撒き散らしながら、彼女は突撃してきた。
普通であれば出血性ショックを起こしているような出血量だが、それでも彼女は勢いを失わずに走ってくる。
これが魔の気配を持つ者ということなのだろうか。
まぁどちらにしろ、その速度では俺を倒すことはできない。
「ふっ」
「っぁか!」
右肩部、左腹部を同時に斬り裂く。
魔の力を得ているとはいえ、痛みはあるようで苦痛に顔を歪ませているのが見て取れる。
「ふふっ、本当に強いのね。ここまで強いとやりがいがあるわね」
「どういうことだ?」
「こういうことよっ!」
そう言って彼女は俺に掴みかかってきた。
俺はそれに対して聖剣イレイラを構えて防ごうとするが、彼女は聖剣ごと掴みかかってきたのだ。
当然彼女の手はずたずたに斬り込まれて真っ赤になっている。
「っ!」
「エレイン様っ」
俺はそのまま壁の方へと押さえ込まれている。
「いいわ。今ここで、私たちが一緒になればっ!」
「せいっ!」
すると、リーリアが俺の目の前の女性の首を双剣で斬り落とした。
双剣に伸びているラインは深紅に輝いており、かなり怒りに満ちているということがわかる。
「……エレイン様、大丈夫ですか?」
「ああ。もう少し話が聞けると思ったのだがな」
「その女性は何か危険なことを企んでいました」
「何をしようとしていたんだ?」
俺がそう質問すると、リーリアはひどく赤面して顔を背けながら答える。
「エレイン様に……せ、接吻を仕掛けようとしていたのです」
「なるほど、それが何を意味しているのかはわからないが、助かった」
彼女の魔剣は相手の心理状態を把握することができる。
もちろん、相手が手練れの剣士だった場合は心理分析に時間がかかるのだろうが、目の前の女性は明らかに興奮状態だった。
当然ながらすぐに分析することができたようだ。
「っ! これは……」
すると、首を切断され即死してしまった女性の体から大量の蒸気が放たれて肉体が消えていった。
そして、残ったものは骨と黒く半透明な石だった。
「ま、魔族なのかっ」
拘束されてしまっている聖騎士の一人がそうつぶやいた。
正確には魔族ではないはずなのだが、一見すると魔族に見えてしまうようだな。
「氏族監督官といったな。魔族の眷属になるとはどういったことなんだ?」
「……」
手足がなく、まともに動くことができなくなった老人に俺は話しかけてみたが彼は黙り込んだままであった。
答えたくないと言った様子だ。
俺はレゼル隊長に突き刺さった杖を魔剣で斬り壊し、聖騎士の三人を解放した。
本人たちは長時間拘束された状態だったためにかなり疲弊してしまっているようだが、まだ動ける様子だった。
「非人間に助けられたのか」
まだ俺のことを疑っているのだろうか。
まぁ命を助けられたということで俺のことは敵だとはもう思っていないようだ。
「始末したと聞いていたが?」
「ああ、ティリアは嘘をついただけだ」
「……助けてくれたのには感謝する。だが、人間だと決めたわけではないからな」
胸に杖の先が刺さったままレゼル隊長はそういった。
それから聖騎士の一人が彼を支えて医務室の方へと向かって、もう一人の聖騎士が手足の失った老人を地下牢の方へと連れて行ったのであった。
これで聖騎士団本部が混乱状態になることはなくなったことだろう。
少し時間がかかってしまったが、これで第二防衛線に聖騎士団の本隊を出動させることができそうだ。
とは言っても、ミリシアたちがすでに到着しているのならもしかするともう解決しているのかもしれないがな。
◆◆◆
放課後にリルフィと訓練をした後、私は一旦寮へと着替えを持って彼女の家へと向かっていた。
少し距離があるために時間は八時を過ぎた頃だ。
門の横にあるベルを鳴らすと正門の横にある扉からリルフィが顔を出してきた。
「あ、意外と早かったね」
「急いだつもりはないけれどね。お邪魔していいのかしら?」
「うん。今はお母様しかいないから」
そういえば彼女の祖父は学院に不法侵入してきて、聖騎士団に引き渡されたと言っていた。
弟子は師匠に似るというが、リルフィはあのような過激なことはしない性格だ。それは彼女と長く関わっていてよくわかっている。
それから彼女の母親と挨拶をして彼女の部屋へと向かった。
彼女の部屋はとても質素なもので、それは流派の影響もあるのだろうと思える。
唯一装飾品と思えるものは写真立てで、そこには彼女ほ父親が写っていた。
「父に憧れていたの?」
「そうだね。ほんと、馬鹿なだけなんだけどね」
彼女は自虐を交えながらそういった。
祖父があのように過激な行動をしたということに憤りを感じているようで、少しばかり後悔しているとも以前訓練をしていたときに吐露していた。
確かに自慢の家系だとも言えないのかもしれない。
「馬鹿ではないわよ。悪いことがあったとしても、自ら新たな道に歩み出そうとしているのはとてもいいことだと思う」
「……ありがとう」
彼女の祖父はしてはいけないことをした。
決して許されるようなことではないが、リルフィはリルフィだ。祖父とは違う人間なのだから同一視してはいけない。
「まぁいいわ。どうして私を呼んだの?」
「だって、パートナー同士で家に行くのは当然なことなのでしょ? 私の相手は家になんて来てくれないし、少しでもそういった経験してみたいなと思ってね」
どうやら他人を家にあげてひと時を過ごしたいと思ったのだろうか。
だが、パートナー同士で一つ屋根の下で暮らすと言ったことは私がエレインに使った嘘の方便だ。
リルフィならわかってくれると思ったが、どうやら真に受けてしまったのだろう。
「そう、ね。本当のパートナーはあなたの負けを願っているぐらいだからこうしたことはできなさそうね」
「でしょ? だから、ね」
とりあえず、今日は一緒に一晩過ごすとしよう。
特に何もないことだろうし、悩むことは一つもないことだろう。
こんにちは、結坂有です。
一日遅れの更新となってしまいました。申し訳ございません。
さて、魔族を誘導していた女性が出てきましたが、一体何をしようとしていたのでしょうか。
そして、魔族の眷属になるということはどういうことなのか、気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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