本当の恐ろしさ
俺、エレインはリーリアと共に別の場所へと向かっていた。
魔の気配がエルラトラム国外からこちらに向けて強まっていることはアンドレイアやクロノスから聞いてわかっていた。
しかし、それでも俺はそこに向かうことはしなかった。
理由としてはいくつもあるが、大きな理由はミリシアたちが向かうだろうと思っていた。
かなり大規模な攻撃のようで、それであれば当然エルラトラム議会は彼女たちを利用すると予想できるからな。
「エレイン様、聖騎士団本部はまだ動いていないようですね」
そう横にいるリーリアが呟いた。
確かに本部は大規模な魔族の攻撃があると気付いているはずなのだが、出動しようという様子ではない。
「そうだな。いったい何をしているのだろうな」
「ユレイナから第二防衛線にまで前線が後退していると聞いております。本来であればすぐにでも本隊が移動を開始していてもおかしくはないです」
彼女が言うように本来なら出動していてもおかしくはない。
だが、実際は動いておらず、準備すらしている様子ではないのだ。一体何が起きているのだろうか。
「とりあえず、異常事態が起きているというのは確かなようだな」
「そのようですね」
すると、俺たちの背後から誰かの気配を感じた。
「エレインか」
声をかけてきたのはブラドであった。
「聖騎士団が動いていないのが気がかりでな」
「そうか。議会の要請にも反応がなかったからな。様子を見に来たってわけだが……」
そう言って彼は聖騎士団本部の建物を見た。
建物の灯りはついているだけで何かをしている様子はない。
「この様子だと動いていないようだな」
「ああ」
「エレインはこれからどうするつもりだ?」
「無視してもいいのだが、悪いことが起きているようだしな」
それは先ほどから漂ってくるこの違和感。
人がいるはずなのに気配が感じられないのだ。
「……俺はもう聖騎士団の団長ではなくなった。俺としてはどうすることもできん」
確かにブラドの一声で聖騎士団が動くことはないということは知っている。
しかし、それでもこの気配は見過ごすことはできない。
「潜入しようと思っている」
「そうか」
「引き止めるのですか?」
俺の横でかなり警戒していたリーリアだが、ブラドは引き止める様子はなくそのまま踵を返した。
「聖騎士団の団員であれば引き止めたところだがな。今は議会の議長補佐官だ」
「このことは見なかったということにするのですか」
「ああ。そうだ」
そう言って彼は音を立てずに帰っていった。
「……エレイン様、本当に潜入するのですね」
「とは言っても正面から入るつもりだがな」
「正面から、ですか?」
それから俺たちは聖騎士団の正門の警備兵に話しかけることにした。
「許可なく入ることは禁じられている」
近づいただけで警備兵が険しい顔でそう言ってきた。
これから入ると一言も言っていないのだがな。
「その様子だと何か緊急のことでもあったのですか?」
やはり違和感があったようで、リーリアもそう警備兵に話しかけた。
しかし、警備兵は答えることもなく剣の柄に手を添えるだけだ。
「……私は元団員です。様子ぐらいは見てもいいと思いますけれど」
「学生のメイドになった落ちぶれ者がここに入れるわけがないだろう」
反対側の警備兵が口を挟んできた。
確かにリーリアは団員から公正騎士になり、そして俺のメイドとなった。
公正騎士になったということは他の団員には秘匿だったため、当然彼らは知らないようだ。
「それよりも防衛線が後退しているとの情報だが、ここには来ているのか?」
「そのことについては何も知らされていない。気が済んだのなら帰ってくれ」
依然として険しい表情を変えずに警戒体制に入っている彼らはこれ以上何も教えてくれないようだ。
まぁ仕方ない。
元から素直に入らせてくれるとは思っていなかった。少し強引にだが突破するか。
「ふっ」
俺が一歩前に踏み出た瞬間、警備兵が同時に剣を引き抜いた。
反応は遅くはないが、抜剣の動作が洗練されていないために遅れているように見える。
「なにっ!」
相手が剣を引き抜く前に俺は二人の柄頭を手で押さえて引き抜けないようにした。
「その程度では警備することはできないな」
それから俺は柄を握り込んで、左足で一人の体勢を崩して二人を倒した。
すると、すかさずリーリアが倒れた二人の意識をすかさず魔剣で刈り取った。
「本当に素早いですね」
「相手の動きが洗練されていないだけだ。先に進むか」
「はいっ」
俺たちは警備兵を一瞬で倒して気付かれる前に本部の中へと進むことにした。
今の時間帯は団員が多くないそうで、廊下には誰もいないようであった。
「物静かですね」
そう小声でリーリアが耳元で囁いてくる。
「珍しいのか?」
「第二防衛線まで引き下げられているとなればもう少し慌ただしいはずですから」
「まぁそうだろうな」
ここ一〇〇年近くも魔族がこの国に攻めていなかったのだ。
かなり押し込められてしまっているとなれば大問題だからな。普通であれば緊急出動をしているはずだ。
すると、廊下の奥の方から何人かの男が歩いてくる気配を感じた。
「んっ」
俺はリーリアの口元を押さえて近くの石像の裏へと隠れる。
「隊長、前線はかなり押し下げられているとのことですが、出動はなさるのですか?」
「まだ我々が出撃するタイミングではない」
「ですが、被害もかなり大きいと聞きます」
「軍勢の情報すら正確に出ていないんだ。緻密に作戦を組んでから防衛をしなければいけないんだ」
確かに隊長の言うように作戦が必要ではある。とは言っても今回の魔族侵攻は突発的なものだ。
当然ながら悠長にしている場合ではない。
いち早く防衛出動をしなければ、被害が拡大してしまい市民に影響が出てしまう可能性もあることだろう。
今は作戦がどうと言っている事態ではないはずだ。
「隊長っ!」
「なんだ、騒がしい」
「第二防衛線付近で大規模な火災が発生したとのことですっ」
「火災?」
どのような戦いになっているのかはわからないが、おそらくはルカが暴れているのではないだろうか。
あの強力な聖剣の能力であれば大火災が起きたとしても不思議ではないが。
「はい。そうですっ」
「……」
隊長と呼ばれる男性は考え込んだ。
想定していない情報が流れ込んでいるのだから当然だろうな。
作戦を立ててから行動するタイプの人だ。予想外の事態が起きればすぐに行動が破綻してしまう。
実際の戦場は情報だけが全てではない。
もちろん、情報も必要な要素の一つではあるのだが、一番大事なのは実行力と素早さだ。
どんな状況においても迅速さはかなり重要なのだ。
「今すぐにでも我々が向かわないと本当に前線が崩壊してしまいますよっ」
「だが、敵の情報すら掴めていないのだ」
なるほど、今まで静かだったのは作戦会議をしていたからなのだろうか。
まぁどちらにしても行動が遅過ぎたな。
俺が石像から出ようとした途端、もう一人の異質な気配の男が現れた。
「レゼル隊長、と申しましたね?」
「っ! 誰だ!」
急に背後に現れたその老人に団員はかなり驚いていた。
「私は氏族監督官でございます」
「……監督官がどうしてここに?」
「緊急出動をしようとしているようですが、それはやめていただきたいのですよ」
その老人は緊急出動をして欲しくないそうだ。
この状況で出動しない理由などないはずなのだが、一体何が目的なのだろうか。
「それは隊長である私が決めることだ」
「……その行動の遅さが君たちの命を取るのですよ」
そう言って老人は杖を地面に突いた。
そして次の瞬間、妙な力が地面から伝わってきた。
「こ、これはっ!」
レゼル隊長含め、団員たちは身動きができない状況のようだ。
「この私の聖剣の能力は”拘束”です。時間がかかりますが、この力に捕まった以上逃れることはできません」
そう冷たい口調で老人はそういった。
「何が目的だっ」
「この世界は間違っているのですよ。聖剣が全てではない」
すると、老人は杖を隊長の胸へと突き刺した。
「っあが!」
「聖騎士団がこのような体たらくでは何もできないでしょう。これからは私がこの国を生まれ変わらせるのですから」
これ以上はあの隊長の命が危ない。
俺は剣を引き抜いて飛び出した。
こんにちは、結坂有です。
更新がまたしても遅れてしまいました。申し訳ございません!
聖騎士団本部でも色々と複雑な事情が折り重なっているようです。
そして、氏族監督官は一体何を企んでいるのでしょうか。黒幕は本当に彼なのでしょうか。気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに。
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