小さき盾
エレインがお風呂に入って三〇分ほど経ち、時刻は八時を過ぎた。
私、ミリシアは少し嫌な予感を感じ取っていた。
魔の気配があるというわけではないが、これから大きな事態が起きるのではないかといった危機感といったところだろうか。
「ミリシア、どうしたんだ?」
「いいえ、何もないわ。ただ胸騒ぎがするだけよ」
「ミリシアの予感はかなり的中するからな。地下施設の頃だって嫌な訓練内容が発表される直前とかいつもそうだっただろ?」
確かに言われてみればそういったこともあったような気がする。
一番面倒だった訓練といえば、やはり全方位展開戦闘訓練だろう。
全ての方角から人形が何体も襲いかかってくる訓練でそれを午前と午後合わせて一〇時間行うといった訓練だ。
いくらなんでも一〇時間通しで戦うのは体力を著しく消費するため、あまり得意ではなかった。
いつものようにエレインとアレクに助けてもらいながら訓練を突破したことを覚えている。
「それにしてもよ。胸騒ぎってどういったことなんだ?」
「なんて言ったらいいんだろう。でも悪い予感なのは間違いないかな」
「悪いって言ってもよ。あの魔族侵攻みてぇなことではないだろうな?」
どうだろうか。
以前、帝国でも同じように嫌な予感はあったのだが、色々とやることがあって気に留めることはなかった。
でも今魔族の規模な攻撃が起きることは確率としては考えられない。
数年で魔族がそのような攻撃をするとは考えられないからだ。とは言っても可能性がないというわけではない。
魔族の数は今や人口よりも多いと言われている。
そんな状態であれば、攻撃を仕掛けるのも容易だろうと思われる。
「わかんない。とは言っても特に警報とかなってないしね」
「安心はできないからね。魔族の方もいつ大規模な攻撃を仕掛けてくるのかは予想できないわ」
そうナリアが言う。
彼女はエルラトラムの外にあった村の人だ。
彼女の村もまた魔族の攻撃の危機にあったわけだが、偶然なのか殲滅することなく村として生活できていたと言っていた。
まぁ今となっては確かめようがないのだけれどね。
「可能性がないわけではないってことか?」
「そういうことになるわね」
「でもよ。俺らにできることなんてねぇよな」
「魔族が来てからでしか対処できないわ。私たちとしては自由に動けた方がいいのだけど、そうはいかないわね」
できることなら自由に動ける聖騎士になりたい。
しかしながら、今となってはそれすらもできない可能性があるのだ。
すると、階段を誰かが降りてきた。
「みなさん、少しお話があります」
そう言って降りてきたのはアレイシアのメイドを務めているユレイナであった。
話とはなんなのかはわからないが、聞いた方がいいだろう。
それからみんなでソファに座って彼女の話を聞くことにした。
ユレイナから聞いたことをまとめると、私たちは”小さき盾”と呼ばれるこの国の最終防衛部隊と呼ばれる特殊部隊として選ばれたようだ。
もちろんながら、これは急遽作られたものでどこまでの効力を持っているのかはまだわからないが、防衛時において自由に動いても良いとされているようだ。
「思ってもいなかった提案ね」
「そうだね。まさか僕たちが選ばれるとはね」
すると、ユレイナは首を振ってそれを否定した。
「いいえ、選ばれたというわけではなく作ったと言った方が正しいですね」
「どういうことかな?」
「アレイシア様はあなたたちの強さを国のために利用したいと考えていました。それで今回、”小さき盾”という部隊を作ったのです」
なるほど、私たちのために部隊を作ったということのようだ。
選ばれたにしては都合が良すぎると思っていたが、アレイシアが関わっていたとなれば納得がいく。
「でも、急過ぎるわ。今日に市民権を得たばかりよ?」
「そうですね。その点に関しては急だと思いますが、それは仕方のないことなのです」
「仕方のないこと?」
「はい。今、この国は危機的状況なのです」
彼女がそういうとレイが前のめりになって彼女の話を聞こうとする。
危機的状況というものがなんなのかはわからないが、私のこの嫌な予感の答えが聞けると思った。
「どういった状況だ?」
「つい一〇分ほど前に第一防衛線が魔族によって突破されたのです。今確認されているだけでも魔族は数百体いると考えられています」
「嘘、それって……」
「来やがったわけか」
魔族侵攻ということのようだ。
この国の第一防衛線には何回か行ったことがあるが、あれほどの堅牢な作りの防壁がそう簡単に突破されることはないはずだ。
数百体に囲まれては流石に厳しいかもしれないが、一体何があったのだろうか。
「魔族の大隊がエルラトラムに侵攻してきているとのことです」
「なるほどな。確かに危機的状況なのかも知れねぇな」
「ですので、部隊を作った直後にアレイシア様は”小さき盾”の出動命令を出しました」
どうやら本当に私たちを自由に動かしたいと思っているのだそうだ。
確かに私たちを利用することはこの国にとって有利になるはずだ。聖剣や魔剣の能力もかなり強力だという点からも利用しない意味はない。
「へっ、だったら話は早ぇ。早速俺が撃退してやるよ」
「待って、それは話を聞いてからよ。無謀な戦いだけは避けないといけないわ」
「あ? 無謀なんてあんのか?」
私たち全員が魔族と戦えばほとんどの場合は解決するのかもしれない。私たちの聖剣や魔剣の力はそれほどに強力なのだ。
ただ、できることとできないことがあるのも事実だ。
例えばレイの”超越”は彼自身の能力を大幅に引き上げることができる強力な能力だ。しかし、彼が防衛できる場所は一つしかない。
もし数カ所同時に攻撃されてはいくら彼でも食い止めることはできないのだ。
「第一防衛線の片翼が完全に突破されてしまい、今は第二防衛線へと後退しています。そこは一箇所だけの大きな拠点となっておりますので、皆さんの能力が存分に活かせると考えています」
「確かにそれなら勝ち目はあるわね」
勝ち目があるとはいえ、千体もの魔族がいれば対処は難しいと言える。
ただ、この剣を使って大規模戦ををするのは初めてだ。実際私たちでも太刀打ちできるのかもしれない。
実際にエレインが達成していることから不可能なことではないのかもしれない。
「やれることは全部するわ。それは任せて」
「うん。僕も協力するよ」
「……ありがとうございます」
アレクもどうやら勝ち目があると考えているようだ。
思い返してみれば、私たちは一度魔族侵攻を経験している。どのようなことが起きるのかは想像するまでもない。
魔族は防衛が手薄な場所から侵食するかのようにゆっくりと前進し続ける。
それによってどれほどの恐怖が兵士たちに襲いかかるのかを私たちはよく理解しているのだ。
「なるべく早く準備をするわ」
「お願いします」
それから私たちは装備を整えて第二防衛線へと向かうことにした。
エレインにも伝えようとしたのだが、彼もリーリアもいなかったことからすでにどこかへと向かったのだろうか。
とりあえず、私たちがするべきことは人が多く住んでいる地域に魔族を侵入させないことだ。
◆◆◆
私、ルカは第二防衛線へと待機していた。
魔族がまだ視界にはいないが、警戒はしておかなければいけない。
そして、しばらくすると警報が鳴り響く。
当然その警報は魔族がやってきたということだ。
視界には映っていないとはいえ、確実にいることは間違いないようだ。
「マフィ、ある程度の方向はわかるか?」
「……右手奥の森林地帯に魔族の気配」
「ふむ、焼き払うか」
「え?」
私は聖剣を振り上げる。
「”煉獄の門は今、開かれた”」
そう言った途端、前方に巨大な炎の門が出現する。
「待って、そこにいるかまだわからない」
「新月で視界が悪い。見えてからでは遅いだろう」
「でも……っ!」
話しているだけ無駄だと思い、私は聖剣を振り下ろした。
そして、強烈な熱波が私たちを襲いかかってくる。
マフィは疾風の鎧のおかげで熱波に耐えることができているようだ。
「……危険過ぎ」
「ふふっ、幸いにもここには私とマフィしかいない」
今、この防壁に登っているのは私たちだけだ。
もちろん、他にも兵士がいたらもう少し出力を下げている。
炎の門からは巨大な火球が放出し、森林地帯へと周囲を瞬間的に炭化させながら進んでいく。
そして、火柱が天高く燃え上がり森林が焼け野原になる。
もし魔族がいたとすれば、骨まで炭化してしまっていたかどうかわからない。
「……どうするの?」
「ふむ、この調子で魔族を倒すとするか」
「無計画」
当然だろう。
ここまで視界が悪いとなれば適当に技を放つしかない。
それからのことは後で考えればいいだけのことだ。
こんにちは、結坂有です。
ついに”小さき盾”が動き始めました。
しかし、肝心の攻め込んできている魔族は見当たらないようです。果たしてどういった戦いになるのでしょうか。
気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していますので、フォローしてくれると助かります。
Twitter→@YuisakaYu




