事態はより深刻に…
魔族の気配が強まってから数分、強烈な足音が防壁近くで発生した。
私、ティリアは一気に空気を冷やすことで魔族の動きを遅くさせ、その間にハーエルの雷動で攻撃を開始する。
防衛において、いかに素早く敵の攻撃に反応するかが重要だ。
敵の足音が聞こえたと同時に私は聖剣を地面に突き刺した。動きとしては申し分ない。
しかし、敵の具体的な数までは把握できていない。
一体どれほどの魔族がここに攻め込んできているのだろうか。今はそれを考えている暇はない。私にできることだけに専念しよう。
「ティリア様、私たちも援護をします」
「私には構わないで、それよりも前線の支援を」
「わかりました」
私は今、防壁の上にいる。
兵士がいるべき場所は前線だ。敵を防壁近くに近づけさせないことが先決なのだ。
真っ暗な暗闇にどれほどの魔族がいるのかは見当もつかない。とは言ってもここで食い止めなければ突破されてしまう。
カインには議会に連絡させたのだが、聖騎士団の方がよかっただろうか。
「ティリア様っ! 向こうから火の手が!」
「え!」
そんなことを考えていると私たちが防衛を固めている場所から少し離れた場所の詰所が完全に瓦解してしまったようだ。
暗闇の中、一箇所だけが赤く燃え盛っている建物がある。ちょうど私たちのところと同じような兵舎があった気がする。
本当に突破されてしまったのだろうか。
「まずいわね。三箇所同時攻撃……」
「あっちからも火がっ」
そう言って慌てて兵士が指さした。先程とは反対側の方向の建物も爆発したかのように燃えている。
これが、魔族侵攻なのだろうか。
しばらくはないと予想されていたが、まさかこのタイミングで起きるとは思ってもいなかった。
「ティリア様、ここは撤退したほうがいいと思いますが」
「……」
私は考えた。
少なくとも私とハーエルがいればここだけは守り切ることができるだろう。
しかし、包囲されれば持久戦となってしまい時間と共に不利になっていくことは明白だ。
ここは一旦撤退した方がいいだろうか。
ドゴォン!
ゴーレム型の魔族が防壁に向かって突撃している。
あの巨体で何度も突進されてしまってはこの堅牢な防壁でも瓦解していくのは目に見えている。
囲まれる前に撤退する方がいい。
「……撤退の鐘を鳴らして」
「はっ」
そう返事をした兵士は急いで鐘のある場所へと走って行った。
ここまで本格的な攻撃はここ一〇〇年近くは起きていなかった。。
当然、私も初めての経験だ。
二箇所の防衛拠点が制圧されているため、少なくとも一〇〇体近くの魔族がいるのは間違いないだろう。
そして、この暗闇のさらに奥の方には魔族の本隊が、おそらくは千体近くの軍勢がいるのだろう。
第二次魔族侵攻の記録では先行部隊として一〇〇体近くの部隊が突撃し、背後に陣取っている本隊は先行部隊の補給などを担っていたと言われている。
第二次では確認されているだけで五〇〇体近くの魔族がエルラトラムを取り囲んだと言われている。
カランッ!
甲高い鐘の音が暗闇の中響いている。
撤退の鐘、第一防衛線はこの時点で突破された。
前線に出て行った兵士たちは急いで防壁の中へと逃げ込んでくる。
それと同時に遮断門が閉まり、完全に門を塞いだ。
すると、上空に電撃が走り私の真横へと戻ってくる。
「撤退か?」
ハーエルが電撃を纏って戻ってきた。
息切れを起こしており、激しい戦いになっていたことはその姿を見て理解した。
「ええ、防衛拠点の二箇所が突破されたわ」
私は朝焼けのように空を照らしている拠点の二つを指さした。
「くそっ、大規模攻撃とは卑怯な奴らだな」
「そうね。でもこれが戦いなの。魔族も勝つために挑んできているのだからね」
「撤退は必然、そういった感じだな」
彼の言う通りでこのまま戦い続けたとしても包囲されてしまう。
そんなことを話していると勢いよく二人が防壁の上へと駆け上がってきた。
その一人は聖騎士団の制服を着ている。
「ティリア・フリザードとハーエル・ディゲルドだね。僕は聖騎士のアドリス」
「私はフィレスよ」
そう言って自己紹介をした二人は私たちへと近寄ってきた。
「事情は後で聞かせてもらうから、今は撤退しよう」
「……ええ、そうね」
この現状をよく知っているのは今のところ、私とハーエルだけだ。
当然、事情を聞かれるのはわかっていた。
私たちは兵士たちと共に第二防衛線へと撤退を開始した。
それから第二防衛線の拠点に到着した私はアドリスたちにここまでの経緯を詳しく説明することにしたのであった。
◆◆◆
私、ルカとマフィは急いで前線へと向かった。
第一防衛線は突破されたと無線で聞こえた。この状況で突破されたのはかなりまずいな。
「ルカ、これからどうする?」
「とりあえずは様子見だ。どれほどの規模が攻め込んできているのかは不明だそうだからな」
「そう、私は前線を維持する」
彼女の疾風の刃はかなり強力だ。
エレインには全く歯が立たなかったようだが、それは彼が異常なだけだ。
普通の魔族は風を見切ることなどできるはずがない。であれば十分に戦えることだろう。
そして、彼女の生存率をあげる最大の要因は”疾風の鎧”だ。
私の炎ですら突破することができない強力な風の鎧が彼女を包み込むように守っている。
エレインの攻撃を一回でも防ぐことができたのはそれが原因だろう。
「その方がいいだろう。それよりも気になることがあってな」
「何?」
「お前はエレインのことが好きなのか?」
「っ……魔族か人間かまだ決まってない」
少し顔を赤くしたマフィはそっぽを向いた。
歳が同じということで同情する気持ちもわかるが、まさか彼女をも振り向かせるとはエレインは別の意味でも恐ろしい人間だな。
「素直になった方がいいぞ?」
「それは、お互い様」
確かに私は素直ではないかもしれないな。だが、それとこれとはまた別の話だ。
それからしばらく走っていくと第二防衛線の拠点が見えてきた。
「る、ルカ・ヘルゲイツ様っ?」
「ああ、通してくれるか」
「はいっ!」
そう言ってぺこぺこと頭を下げて兵士たちは案内してくれる。
もっと堂々とすればいいはずなのにどうしてここまで兵士たちは私に対して怯えているのだろうか。
「私を避けているみたいだ」
「……剣が燃えているから」
左手に携えている聖剣を見てみると確かに真っ赤に燃えていた。
「なるほど、熱いのには慣れているからな。気が付かなかった」
「ありえない」
すると、兵士が立ち止まり扉をノックして開けてくれた。
中には妙な人たちがいた。
「ティリアにハーエル、組み合わせとしては奇妙だ」
「うっせぇな。そういうお前らもどういう組み合わせだ?」
「私たちは普通だ。どういった経緯かは知らないが、力は使えるのだろうな」
「奥義はもう二度使っちまったが、雷動で少しは動ける」
そうハーエルは聖剣に手を添えた。
腕に電撃を纏っていることからまだ体力は残っているといったところだろう。
私たちの聖剣は普通とは違った強力な能力を持っている。そのため、使用者の体力をかなり消費してしまうのだ。
一日に一度、多くて二度しか使えない奥義は使用すると強烈な頭痛、吐き気、目眩を引き起こす。
当然、それで敵を全滅させることができなければそのまま死を意味する。
「ティリアはどうだ?」
「私はもう限界ね。攻撃するための能力ではないもの」
そう彼女は肩を落としてつぶやくように言った。
確かに彼女の能力は攻撃に向いているとは言えない。氷結の力は強力だが、有効範囲がかなり限られているからな。
局所的な防衛でのみ彼女の能力は発揮されるのだ。
「それにしてもよ。魔族はまだこねぇのか?」
「私たちが撤退してから数十分は経ったわ。もう攻め込んできてもおかしくはないわね」
「……合流してる」
すると、風の気配を感じ取ったのかマフィがそう呟くように口を開いた。
「あ?」
「マフィの言う通りかもしれないわね。三箇所同時に攻撃していた。つまり戦力を集めてここを攻撃しようとしているのかもしれないわ」
「ティリア、何体ほどいるんだ?」
「予想でしかないけれど、先行部隊は一〇〇体ほど。本隊を含めれば千を超えるわ」
つまりは第三次魔族侵攻というわけか。
第二次で祖父が奮闘したと聞いている。まさかこの私に回ってくるとは考えてもいなかったが、起きてしまったものは仕方ない。
私の煉獄の炎で燃やし尽くしてやるとするか。
こんにちは、結坂有です。
更新が遅れてしまい、申し訳ございません。
本日は早めに更新できると思います。
第一防衛線を突破されてしまった彼女たちですが、これからどうなっていくのでしょうか。
戦闘がさらに激しくなりそうですね。
それでは次回もお楽しみに。
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