ミーナは頑張りたい
以前使用した三番練習場とは別の場所を借りた俺はとりあえず内部を見てみることにした。
部屋の大きさそのものは変わりないものの、用意されている練習用の剣の種類が違うようだ。よくみる一般的なものはもちろんあるが、ここには杖が置いてあるようだ。
刃はないものの、格闘する上で十分に効果を発揮するものである。聖剣の中にはこのような刃がないものも存在すると聞いている。俺も多少とはいえ触ったことがあるが、慣れるのは相当難しかったと記憶している。
「お待たせ」
そうしていると、部屋にミーナがやってきた。
「そこまで待ってない。早速始めようか」
「うん。そうだね」
ミーナは大きな布から自身の聖剣である大剣を取り出した。
「そういえばその剣の名前を聞いていなかったな」
「ウラジレンよ。元は父のものだけど、亡くなってから私が引き継いで使ってるの」
剣術と同時にその剣も引き継いでいるようだ。彼女にとって剣術も聖剣ウラジレンも大切な家族の形見なのだろう。
ミーナは昔を思い出すようにウラジレンを見つめる。そして続けて話す。
「能力は力の蓄積と解放。受けた衝撃を吸収し、攻撃時にそれを解放するというものなの」
「使い所によるが、とても強力なものに見える」
「そう、かな。父の試合を見ていても強いとは思えない。この剣の弱点は蓄え過ぎると剣が壊れてしまうから」
吸収できるとは言え、それにも限度があるということだろう。聖剣は壊れても一週間ほどで自然的に治るものだが、実戦でそれを起こしてしまうと負けも確定だ。
まさにウラジレンは諸刃の剣でもあるのだ。
「蓄積量は最小限に抑えないといけないということか」
「うん。だから私はなるべく攻撃を受けないようにすることにしてたの」
攻撃を受け続けるということは蓄積量を増やすことになってしまう。それはウラジレンを破壊してしまう行為でもあるのだ。そのような構えはとてもじゃないが、リスクがあると考えるのが普通だろう。それに彼女はそれを念頭に訓練してきたに違いないからな。
「それでもグレイス流剣術は防衛型だ」
「だから、私は最下位なのかもしれないね。私には向いてないよ」
「それは早計だな。得意不得意はそうすぐにわかるようなものではない」
「でもそう評価されたんだから」
他人の評価は客観的なものに過ぎない。結局は自分がまだ続けたいか、続けたくないかだ。誰も評価対象の裏事情のことなど知りはしないのだからな。
それにミーナには確固たる信念がある。それがあるだけでその剣術はより強固なものになる。もちろん聖剣もそれに応えてくれることだろう。
「他人は結局他人でしかない。気にしているだけ無駄だ。他人をあてにしている限り、上達はしない」
「……」
この言葉はミーナにとって綺麗事に聞こえるだろうが、それでも事実なのは決して変わりはしない。
「俺にはグレイス流剣術は知らないからな。剣術のことは何も教えることはできない」
「私、強くなりたいの。弱い剣術じゃないって父に証明してあげたい」
誰にも目標とするものはある。彼女にとってのそれはグレイス流剣術が最弱ではないと証明するということのようだ。
「それならただ剣術の本質を知るところから始めることだな」
「わかってる。だけどできないの」
ミーナがそう俯いていう。今まで何度も訓練してきたが、その剣術の本質をまだ知らないのだ。
それもそのはずだ。今までずっと一人で練習してきたのだからな。実際それを活用することなどまだできていないのだ。まだミーナは何も経験できていない。
「そのための訓練相手だろ。早く始めようか」
「……うん。そうだね」
少し話し過ぎたが、気付かせる準備はできた。これから俺がどのような形でミーナに気付かせていくかでその完成度は違ってくる。
「まずは構えから入ろうか」
「うん」
ミーナはグレイス流の構えを取る。その構えは大剣を縦のようにしているようも見える。昨日もみた構えで基本的なものなのだろう。
俺はミーナが攻撃に入る前に攻撃することにした。
「えっ」
想定外の俺の攻撃にミーナから声が漏れる。それもそのはずで、俺の攻撃は俺の中で出せる最速の技だ。
本来なら相手の隙に突くための技で防衛体制に入っている相手に使うものではない。
今までの鍛錬で体に染み付いた動きはこのような咄嗟な状況で発揮される。
ミーナ、この攻撃をどう返すんだ。
バギィィィン!!
鈍い音が練習場を響かせる。俺の聖剣イレイラはミーナのウラジレンの腹の部分で綺麗に受け止められている。強力な一撃だが、簡単に受け止めることができたようだ。
そして、受け止めたと同時にミーナの反撃が来る。
大剣であるウラジレンを軽々と回す。そうすることで俺の次なる攻撃が封じられる。
ミーナはまだ知らないようだが、彼女の習得している剣術は相手に次なる攻撃を与えないことが本質としてある。防衛型だが、戦術的に使うことで攻撃にもなり得る。
「はっ!」
ミーナの掛け声とともに、ウラジレンが俺の剣先からずれ、俺自身の体へと振り落とされる。直撃する寸前に俺は体を捻ることでなんとか躱すことに成功する。
流石にこの攻撃を受ければ、いくらシールドがあると言ってもこれからの授業で体が響くからな。
ウラジレンは俺の右横を掠るようにして地面に直撃する。
「あれ……当たったように見えたけど」
それもそうだろう。俺のもう一つの魔剣であるアンドレイアの”加速”という能力を使わなければ直撃を避けることはできなかったからな。
「少し能力を使った。普通なら当たってたからな」
「普通なら、か。エレインには効果なかったってことね」
流石にさっきのような不用意な攻撃はしないが、実際相手となれば厄介極まりないだろうな。
そして、これでミーナの剣術の真意を俺も分かり始めてきた。
相手の次なる一手を封じるという方法をこの剣術は体現している。うまくこれを決めることができれば相手はすぐに対応することは難しいものだ。
しかし、この剣術も対策されれば意味をなさなくなるのは当然だろう。だから防衛側は難しいのだ。
常に防衛側は相手の思考の一歩、二歩先を読まなければ、すぐに追いつかれてしまい突破されてしまうのだからな。
「まぁさっきのような状況がミーナの強みと言えるだろうな。実際俺でも危なかったのだからな」
「余裕そうな顔して言われても説得力ないよ。でもそうなのかもね……なぜか知らないけど、自然と体が動いてたし」
ミーナの長年の訓練は無駄ではなかった。しっかり型とその展開の仕方を体に覚えさせていた。その結果俺の最速の攻撃でも反撃することができたのだ。
「ただ、この状況は自然と起きることではない。自分で何とか作り出す必要がある」
「そんなこと、できるのかな」
「自分のことだ。そのうち自分の中で答えが見つかるはずだ」
自分の戦い方など、基本的には自分で見つける必要がある。得意不得意は自分にしかわからない。俺がここでどのように戦うべきかを指南する必要はないだろう。
それにミーナにはこのような教え方が上達するはずだ。一から全て教えるよりもある程度知識や土台は完成している。それをうまく使うには経験がものをいう世界になってくる。これから俺が訓練の相手をすることで自然と経験も積み重なっていくことだろう。そして、今朝のあの二人を利用することも考えよう。
ミーナが強くなれば、俺としてもこの国にとっても重要な役割を持ってくれるからな。
俺の言葉を聞き入るようにしてこちらを覗き込んでいるミーナが首を傾げて質問する。
「エレインって、意外とすごい人なの?」
「すごいかどうかは自分ではわからない」
ミーナは俺の言葉を疑うように目を細めるが、すぐに表情を戻した。
「そっか、そろそろ授業が始まるから行こっか」
時計を見ると八時を過ぎていた。半から授業が始まるため、朝の訓練はここまでのようだ。しかし、このような生活は以前の暮らしよりかは快適で過ごしやすい。
そう、ふと昔を思い出してしまう。
練習場を出て、鍵をデバイスの元へ返す。
それと同時にモニターを確認すると、今朝のあの二人はすでに教室に向かっているようだ。
俺のその様子を見ていたミーナはこちらに見る。
「どうかしたの?」
「言うのを忘れていたが、ミーナに宣戦布告してきた人がいてな。その人のことを考えてただけだ」
「私に戦いを挑んできたってこと?」
俺は踵を返して、教室に向かう。それに続くようにミーナも俺の後を付いてくる。
「まぁそんな感じだな。自分の方が強いと証明したいそうだ」
「えっと、どんな人かな?」
ミーナが少し不安そうに俯いた。それもそうだ。実力に自信がない場合は誰だって不安になるものだ。それは俺だって同じだ。
しかし、この不安や恐怖すると言う感情は戦う上で重要な要素でもある。怖いからこそ対策を考えたり、または訓練し万全を備えたりするのだ。そうすることで自分もまた成長していく。
感情的にはマイナスだが、人が成長するためには必要なものなのだ。
「フェレントバーン流剣術は知っているか?」
「現存している最古の剣術、まさかその使い手の人が?」
ミーナは口を手で押さえて、驚いた。
「ああ。そのうちの一人がミーナと戦いたいと言ってきてな」
それを聞くと、ミーナはより一層不安そうな顔をする。
「あの……私、一度その人に負けていると思う」
「いつの話だ?」
俺は昨日入学したばかりのため、それ以前の話なのだろう。一度戦ったことがあるのなら、対策を考えることも可能だ。ただ、それがどれほど昔なのかが問題だ。
戦い方などもそうだが、癖なんかも変わってきたりするものだ。
「去年の今ぐらい……かな」
一年ぐらいであれば癖などは変わっていない、か。それなら対策のしようはあるだろう。
「それなら問題ないだろう」
「ほ、本当に大丈夫なのかな?」
「不安に思っているうちは大丈夫だ」
その不安はのちに自分を強くしてくれるものだ。不安が慢心に変わる時、それは危険である合図でもある。ただそのような兆候がないのであれば問題ない。
ミーナは自分を説得するように軽く頷いた。
それから沈黙が続き、俺たちは教室へ向かうことにした。
こんにちは、結坂有です。
どうやらミーナには彼女自身も知らない高い潜在能力を持っているようですね。
これから彼女はどのように進化していくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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