国民として認められたい
エレインがティリアに連れ去られてから私はずっと考えていた。
リーリアは学院に連絡するために向かったようだが、今の私、ミリシアたちにできることはかなり限られている。
いつも通り朝の訓練を終えた私たちは地下部屋で休憩をしていた。
午後にはまたいつも通り訓練をするつもりなのだが、私は休むことができなかった。
すると、レイが話しかけてきた。
「ミリシア、エレインのこと考えてんのか?」
「……そうよ。彼が今頃何をしているのかはわからないけれど、危険なことをしているのは確かよね」
「実験っていうぐらいだからな。何をしているのかはわかんねぇけどよ」
確かにティリアの言っていた実験が気になる。具体的には魔族と戦わせると言っていたが、どのような内容なのかは詳しく教えてくれなかった。
もちろん、魔族がエレインを襲えば彼が魔族の敵だということは証明できる。
あとは人間であるかどうかの証明なのだけれど、それはかなり難しいと言えるだろう。
「だけど、僕たちにできることは今は限られているからね」
そんなことを話しているとアレクがそう言ってコーヒーを持って来てくれた。
「そうね。市民権すら持っていないわけだし」
今の私たちにはこの国で国民と認められているわけではないのだ。
まともに名前すら手に入れていない状況なのだから仕方ないことだろう。
その辺りのことはブラドがどうにかしてくれると言っていたため、朗報を待つぐらいしかできない。
何か大きなことをすればその時点で議会や聖騎士団に捕まってしまうかもしれないからだ。
「何もできねぇってふざけてやがるぜ」
「仕方ないよ。今の私たちに主権はないの。国を変えることなんてそう簡単にできることではないわ」
「ミリシアの言う通りだね。今はアレイシアさんに保護してもらっているわけだけど、それがなければ僕たちは家すらない状況だからね」
それに何かを稼ぐとしても市民として認められていない以上、働くこともできない。
そして、お金があったとしても大きなものを買うことすらできないのだ。
「都合のいい話、誰かの養子として引き取ってもらえたらいいのだけれどね。エレインがそうしてできたように、私たちもそれで国民として認めてもらえたらな」
「養子として引き取ってもらう、か。確かにそれは一つの手かもしれないね。でもそんな都合のいい話ってあるのかな?」
「それは……っ!」
アレクがそう言った瞬間、視界の端で影が動いた気がした。
「どうした?」
「今、影が動いたような気がするのだけど」
アレクやレイから見たらあの場所はちょうど見えない位置にあるため、わからなかったのかもしれないが明らかに動いていたように見えた。
「影?」
二人は私の指さした場所を見てみるが、動いている様子はない。
不自然な影であるようにも見えない。
「……ミリシア、疲れてんじゃねぇか?」
「ずっとエレインのこと考えているみたいだからね」
疲れているせいなのだろうか。
それとも……。
「ミリシアさん」
そう言ってユウナが私のところへと歩いてくる。
トイレから戻ってきたようだ。
「え?」
すると、影のあるところで彼女は止まった。
何かの気配を感じたのか、彼女は足元の影を見つめている。
やはり、何かいるのかもしれない。エレインの話でゴースト型の魔族がいることは知っている。
こうして影の中に潜んで私たちを狙っているのだろうか。
そう思ったと同時に私は魔剣を引き抜いてその影へと突き刺そうとする。
「ほっ!」
「なっ」
すると、ユウナの影から老人が出てきたのであった。
その直後、アレクとレイも剣を引き抜いて戦闘体制に入った。
私はユウナを守るように彼女の前に立った。
そして、ナリアも気付いたのか奥の個室から棍棒を持って現れてきた。
「誰?」
「ほっほっ、わしか?」
「影に入って侵入してくるとは大胆じゃねぇか?」
「え? え?」
ユウナは何が起きているのかまだわかっていないようだが、剣を引き抜いて戦う姿勢には入っている。
「わしはメリセズ・エルガルト。この家の持ち主じゃ」
エルガルト家、アレイシアの話では彼は公爵と呼ばれる地位でそれなりの地位のある人間だそうだ。
そして、フラドレッド家の分家にあたる家系でこの家の主人でもある。
「……敵、ではないのね」
「どうじゃろな?」
「あ? はっきりしろよっ」
「このわしにお主らに勝てると思っておるのか?」
彼はそう言って自分に力がないと言っている。
しかし、私たちは気を緩めることはしない。老人だからといって気を抜いてしまってはその隙を狙われて怪我を負うのは目に見えているからだ。
「そんな安い挑発には乗らねぇよ!」
「ほっほっ、まぁいいわい。ただ、ここが誰の家なのか、わかっておるのかの?」
そう言って老人は手に持っている杖を床に突いた。
すると、横にあった家具の陰から刃が突き出してきた。
「っ! ふざけんなよ!」
だが、その刃はレイの超人的な反応と腕力で叩き壊した。
おそらくだが、この家にはあの刃以外にも隠してある罠があるのだろう。
私たちがここにいる限り、その罠から逃れることはできない。
「どうじゃ? これで逃げることはできんじゃろ」
確かに逃げることはそう簡単ではない。
しかし、この手の仕掛けに関しては訓練で慣れている。
「悪いけれど、私たちもその対策はできているのよっ」
私はそう言ってメリセズに駆け出した。
すると、後ろのソファの影からも刃が飛び出してきた。
それを私は気配で察知して避ける。
「アレク!」
「ああ」
そして、アレクに合図を出して私は剣を振り上げる。だが、老人は逃げる素振りをしない。
まだ何か策があるというのだろうか。
「ふっ」
私は剣を振り下ろす。
ブォウンッ!
空気を震わせるような強烈な音が細いレイピア状の剣が轟かせた。
「っ!」
確かに斬ったはずなのだが、目の前の老人は消えている。
また影の中へと消えたのだろうか。
「はっ」
すると、後ろに立っていたアレクが床に義肢の腕を叩きつけた。
それは私の影の部分であった。
「あっぐっ」
そして、影から出てきたのは先程のメリセズであった。
「影に隠れても視線の気配は誤魔化せない」
アレクを後ろに立たせたのは正解だったようだ。
私の意図を一瞬で汲み取ってくれたのは長年の信頼の証だ。
「まさか、ここまで。とはの」
メリセズは自ら杖を落として降伏した。
「どうしてこんなことを?」
私も魔剣を治して彼に質問した。
「……アレイシア様の指示で君たちを養子に迎えるよう言われたのじゃが、その前に試しておこうと思っての」
どうやら私たちを養子として引き取るに値する人なのかを試す目的だったのだろう。
もちろんながら、十分に強いということは先程の戦闘で彼も気付いたようだ。
「それで試すようなことをしたということね」
「悪かった」
「いいわよ。私たちもただで養子に迎え入れてもらおうと思っていなかったわけだし」
すると、アレクは彼を降ろしてソファに座らせた。
「しかし、よくわしの影に気が付いたの」
「細かいことにまで目を向けるように訓練されてたからね」
「……普通は気づかんものじゃよ」
確かに奇襲を仕掛けようとしていたのは間違いないようだ。
「どこまで僕たちのことを伝えられているのかはわからないけれど、僕たちは普通の剣士よりも強いよ」
「ほっほっ、自信があるのはいいことじゃ」
それからメリセズに色々と話を聞くことにした。
そして、私たちにはエルガルトという名を手に入れることができたのだ。
もちろん、議会の承認はできているようで国民としての権利を手に入れることができたと言える。
ただ、私たちにはやるべきことがある。人類を守るための義務がこの時点で発生したとみていいだろう。
こんにちは、結坂有です。
こうしてミリシアたちはエルガルトと言う家の養子になることで国民としての権利を獲得できたようです。
さらに公爵家の養子ということでそれなりの保護があるというかなり良い条件で彼女たちはこれから暮らすことができるということです。
いい感じでこの国で暮らせるようになりましたね。これからどういった展開になっていくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していますので、フォローしてくれると助かります。
Twitter→@YuisakaYu




