力の解放
耳を擘くような雷鳴とともに魔族の咆哮までもが轟く。
まるで世界の終わりかのような現状だ。
実の所、ここにいる魔族は四〇体ぐらいだがそのどれもがかなり凶暴な魔族である。
私の先代から集め続けていた魔族が一斉に解き放たれればこの私とて対処することは難しい。
それにハーエルだって一気に四〇体が攻め込んできたら厳しいのではないだろうか。
「やっぱり魔族がいやがったかっ!」
「少なくともここには四〇体いるわ。本当に倒せるの?」
「四〇? そんなに少なくはねぇだろ」
改めて私は集中して魔の気配を感じ取ることにした。
地下の奥深く、まだ魔族がいる。
聖剣の力で永久に凍結した空間があると言っていた。もしかして、そこにも魔族がいたというのだろうか。
私が把握している魔族よりも何倍もの魔族がいることはこの気配で察知できる。
「……無理だわ」
「一体どんだけ魔族を保管してたんだ?」
「知らないわよ。私も興味本位で捕まえていただけ、先代がどこまで捕まえていたのかは本当に知らないの」
私の知らない先代たちの集めていた魔族。
屋敷の地下で冷凍保存されていた魔族が今、解き放たれたのだ。
「んなことよりもお前もなんとかしろよっ」
そう言って彼は得意の雷動を使って魔族の群れへと突撃していった。
一〇〇体を超える魔族、聖剣の力がどこまで通用するのかはわからないが、やってみるしかないだろう。
「”氷結の剣よ、その力を示せ”」
聖剣を地面に突き刺すと実験場の空気が急激に冷え込み、極寒地帯となる。
ハーエルは電撃の中にいるため、全く問題ないようだ。
魔族の足元は完全に凍ってしまっているため、動くことができなくなってしまっている。
しかし、これではただの時間稼ぎでしかない。
「くっ!」
バチンっと強烈な音が聞こえた。
電光石火の彼の剣撃は三体ほどの魔族によって防がれていた。
それもあの魔族はゴーレム型だ。その大きな体で完全に受け止められていたのだ。
「ハーエル!」
ゴーレム型の大きな腕が彼の頭上へと振り下ろされていく。
だが、彼もそう簡単にやられるような人間ではない。再び雷動を使って瞬時にゴーレム型から距離を取った。
「クソがっ。あんな奴までいんのかよ!」
「わ、私は知らないわよ。いくら私でもゴーレム型を捕まえるなんてしないわ」
凍らせておけば問題ないのかもしれないが、どうやってここまで運べと言うのだろうか。
「なんでもいいけど、あれはきついな」
「……私も奥義を使うわ」
「あ?」
「だから、私の後ろにいて」
かなり体力を使うことになるが、何もしないでいてはここの魔族の数を減らすことはできないだろう。であれば使わざるを得ない。
どこまで通用するかはわからないが、少なくともあのゴーレム型は倒せるはずだ。
私がそう言った後、彼は後ろの方へと隠れた。
「”全てを凍り尽くす力、我が身を護れ”」
聖剣を構えてそう唱えた直後、私の目の前にいた三体のゴーレム型は完全に凍ってしまった。
「”そして、全ては崩壊へと帰す”」
すると、目の前の三体の魔族は粉々になっていき、雪のように消えていった。
「……っ!」
強烈な倦怠感と目眩が襲いかかってくる。
予想以上に体力を消耗してしまったようだ。
もう何年も力を使っていなかったから、私自身の体力も落ちているのだろうか。
「これだけか?」
後ろからハーエルがそう言ってくる。
私の聖剣は元々攻撃には向いていない。防衛に特化した能力なのだ。
私の間合いに入った魔族全てを氷結させるこの奥義は最後の切り札として使うものだ。
「……ええ、そうよ。でもゴーレム型はいなくなったのだからいいでしょ?」
ゴーレム型のような厄介な魔族は見渡したところいない。
これならハーエルでも倒すことができるだろう。
「ちっ、俺任せか? 俺も奥義を二回も使っちまったからよ。結構限界来てんだよ」
「ふざけたこと言わないで。もう少し考えて力を使いなさいよ」
「あ? こんなにも魔族がいるなんて思わねぇだろ」
確かに一〇〇を超える魔族が屋敷の地下に眠っていたなんて誰が想像できただろうか。
私も地下の凍土を調べなかったということもある。
では、この魔族をどうするべきなのだろうか。
このまま地上に出てしまっては本当に街が崩壊してしまう。聖騎士団を総動員したとしても甚大な被害を被ることになるはずだ。
◆◆◆
エレインに抱き上げられて屋敷を出た私、カインは驚愕していた。
魔族の咆哮が聞こえてきたのだ。
「……まずいわね」
「本当に四〇体程度なのか?」
エレインはそう質問してくる。
確かにこれほどの強烈な気配は魔族の小隊程度のものではない。魔族の拠点にでもいるかのような感覚に陥ってしまう。
「違うかもしれないわ。これは少し異常よ」
「だろうな」
彼も異常事態が起きているということは理解しているようだ。しかし、彼は冷静だ。
今にも魔族があの大きな穴から溢れ出てきそうな勢いなのにどうしてそこまで落ち着いていられるのだろうか。
一〇体の魔族に囲まれても普通でいられるほどの強い精神力なのだ。もはや私の知っている常識では通用しないのかもしれない。
「と、とりあえず聖騎士団に応援を呼びに……」
「俺には剣がある。俺が応援に向かえば問題ないだろう」
そう言って彼は走って行った。
「ちょっと!」
近くにいれば安全だと言いながら、一人で突っ走るのはどうかと思う。
私は素早く走っていったエレインの後を必死に追いかけることにした。
◆◆◆
強烈な閃光と共に空けられたこの大きな穴の下へと俺、エレインは降りていく。
壁にできた亀裂を伝って下の方へと降りて行くことにした。
地下へと進むにつれ次第に温度が低くなっていく。
どうやらティリアの聖剣の能力だろうか。
「っ!」
そして、下へと辿り着いた俺は驚いた。
地面から魔族が溢れんばかりに出てきている。この地下には四〇体ほどしかいないとティリアが言っていたのだが、どうやらそれは正確な数ではなかったようだ。
しばらくすると必死に後をついてきていたカインがきた。
そして、俺の後ろへと来ると口を塞いで驚いていた。
「大丈夫か?」
俺はそう声をかけてみた。
この圧倒的な魔族の数に怯えてしまっているのだろうか。
「ついてこいとは言っていないのだがな。あまり無理はするな」
「……む、無理はしてないわ」
誰が聞いても嘘だとわかるが、彼女はそう言わざるを得なかったのだろうな。まぁ俺の後ろから出なければ死ぬことはない。
「そうか。俺の後ろにいれば安全だ」
「え?」
「ここ一帯の敵を倒せばいいだけだろ」
「それってどういう……」
カインは混乱しているようだ。
ざっと見渡して一〇〇を超える数の魔族がいる。全滅させるのはかなり時間がかかってしまうことだろう。
であれば、俺の動きを超加速させて戦えばいいだけの話だ。
加速した時間の中では人間の処理能力では追いつかなくなることだってある。しかし、俺なら問題ないはずだ。
俺の脳は少し特殊なようだからな。
『やるのか?』
「ああ」
『力を解放するぞ』
そうアンドレイアが声をかけてくる。
俺の脳にかなりの負荷がかかっているのを感じる。そして、次第に時間の流れが遅くなっていくような感覚を覚える。
俺はゆっくりと聖剣と魔剣に手を添えた。
『”時はあなたに味方します”』
クロノスがそう言ったと同時に魔剣の歯車がジリリと音を立てて高速に動き始める。
一瞬で全て魔族を倒すことができれば、街に被害が出ることはない。
それなら今しかないだろう。
そして、俺は二つの剣を引き抜きながら走った。
減速した時間の中、俺は超加速し次々に魔族を斬り倒していく。
さらにはイレイラの”追加”という能力も使って自分の剣撃の数をも増やし、ほぼ停止した魔族を殲滅する。
『”捻じ曲げられた時間は再び戻る”』
アンドレイアの一言で先ほどまで減速していた時間が動き始める。先ほどまで高速に回転していた魔剣の歯車も動きを止めた。
動き始めた時間の中、魔族は次々と血飛沫をあげて倒れていく。
かなり脳へと負荷をかけたが、吐き気や目眩もなく息切れもしていない。
『それにしてもお主は強いの。さすが、わしが見込んだだけはあるの』
『ご主人様、大丈夫ですか?』
「ああ、問題はない」
『ふむ、やはりお主が一番じゃ』
『はいっ! まさしく”瞬刻の殲裂”と言っていいですね』
クロノスがそう先程の技名を付けた。
まぁ今後もこの力を使うかどうかはわからないが、もし使うとなれば彼女たちとも連携を取りやすくなるからな。名前をつけておいて問題はないか。
「え……。なにが起きたの?」
すると、後ろで見ていたカインが目を丸くして俺の方を見ていた。
流石に他人から見れば衝撃的なことが起きていたのかもしれないな。
俺はただ魔族を斬り倒していっただけなのだが、彼女からすれば超高速で一瞬にして全ての敵が斬られたように見えたに違いない。
それほどにこの力は強大なのだろう。
そう彼女の表情を見て改めて考えさせられたのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインの奥義の一つ”瞬刻の殲裂”、いかがだったでしょうか。
視界に入っている敵、全てを殲滅する最強の攻撃ですね。彼の聖剣と魔剣の二刀流、やはり敵なしのようです。
それでは次回もお楽しみに。
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