静かな学院
エレイン様がティリアという女性に連れられてから数時間経った。
アレイシアには私から直接説明をしておいた。
彼女は非常に怒っていたが、特に何かをするなどという意思はまだないようだ。
流石の彼女でも四大騎士の一人に文句を言うことはできないのだろう。
ただ、エレイン様があのようなことになったとしても彼女が取り乱さなかったことに驚きだ。
何か隠し事があるのかもしれないが、私は聞き出すことができなかった。
とは言っても彼女自身、裏で何かをすることが多いため全てを私が把握することはできないのだけど。
「リーリア、ちょっといい?」
疲れ切った体を休めているとアレイシアが私の部屋をノックしてきた。
「はい」
私はアレイシアとは同じような立場ではあるのだが、普段はこの家のメイドとして生活しなければいけない。
私がそう丁寧に返事をすると彼女はゆっくりと扉を開けた。
「今日、学院に行ってくれるかしら?」
「学院、ですか? エレイン様はおられませんけれど」
「うん。担当教師のルカにも伝えておいた方がいいと思ってね」
「確かにそうですね」
ルカという人は公には情報を公開していないようだが、四大騎士の一人であるというのもまた事実。
大騎士の界隈でどのようなことが起きているのかは知らないのだけど、知らせておいて問題はないだろう。
ルカ自身もエレインを保護対象として見ていてくれていたそうだからだ。
「それと、パートナーの方にも伝えておいて欲しいの」
「わかりました」
「じゃ、よろしくね」
そう言ってアレイシアは扉を閉めた。
それから私はいつもの地味な服装に着替えて学院へと向かうことにしたのであった。
いつもより遅く出たのだが、学院の時間には間に合う計算だ。
私はほんの少し足早に歩いて行くことにした。
商店街に入るとセシルがまだ待っていた。
「……エレインは?」
「諸事情がありまして、今日は欠席となります」
「どういった事情なの」
彼女は何か悪い予感でもしたのか、怪訝な表情をしながら質問してきた。
当然学院でのパートナーであるセシルからすればその事情を知る権利はあるのだ。
「ティリア・フリザードと言う人をご存知でしょうか。エレイン様は今、彼女の元に捕われています」
「え? エレインだったら逃げれるでしょ?」
「色々と事情があるのです。詳しくは学院でお話しします」
私がそう言うとセシルは少しだけ焦っている様子であった。
彼女もまたエレイン様を大事に思っているからだろう。
商店街から学院に到着すると、真っ先に私たちの方へと視線が集まる。
これはいつものことなのだが、今日はエレイン様がいないため皆は異様な視線をしていた。
もちろん、こうなることは私も予想していた。
そして、しばらくすると教師であるルカが入ってきた。
教室に入ってきてすぐに空いているエレイン様の席をみて一瞬何かを考えた様子ではあったがすぐにホームルームを開始したのであった。
ホームルームを終え、ルカは私の方へと一瞬視線を向けてから教室を後にした。
これは話を聞いてくれるという合図なのだろう。
そう思い私は席を立った。
すると、セシルも私を追いかけてくる。
それから廊下を進んでいくとルカはとある部屋へと入った。
「失礼します」
私はそう言って扉を開くと中にはルカがいた。
薄暗くこの部屋はどうやら小談話室と呼ばれる場所のようで、外部に音が漏れないように色々と設計されているようだ。
普段であれば剣術競技の作戦を考えたりする場所として使われている。
私とセシルがその部屋に入るとルカはすぐに鍵を閉めた。
「話があるようだな。エレインのことか?」
鍵を閉めた彼女は堂々とした態度で椅子へと座った。
「はい。昨晩、エレイン様はティリア・フリザードと呼ばれる女性に連れて行かれました」
「ほう。拉致されたということか?」
「その辺りのことは四大騎士であるあなたの方がご存知なのではないでしょうか」
私は鋭くそう言った。
氏族会議にも出ていることであろう彼女なら多少なりとも何かを知っているのは当然のはずだ。
どのような話をしているのかは私は全く知らない。
そのあたりのことについては公正騎士である私でも把握できていないのだ。
とは言っても、彼女らの会議は政治など全く関係のないものだと聞いている。それであれば私が公正騎士として出向くことはない。
ただ、今回に限っては主人であるエレイン様を拉致するといった横暴をしてきた。
これは大問題のはずだ。
「昨日、夕方前に行った会議でティリアは何も言わなかったな。企み事があるということは私も把握していたのだが、このようなこととは思わなかった」
「対策はできた、そういうことでしょうか?」
「私自身、ティリアの動向は監視していた。しかし監視の隙を狙って行動に出たようだな」
彼女の話によると、ティリアの動向については注意していたと言っていた。
それでも不審な点はいくつもある。
「聖騎士団が暴走したのを知っていますか?」
「だが、それはエレインとは関係のない話だと聞いているが?」
「直接は関係ありませんが、ティリアがエレイン様やそのお仲間の妙な噂を流していたようです」
「……」
昨晩、ティリア自身が言っていた事を私は彼女に話した。
すると、彼女は黙り込んで何かを考え始めた。
「先生、何か言ったらどうなの」
隣で立っているだけであったセシルが若干の苛立ちを交えながらそういった。
「ふむ、釘を刺しておいたのだがな。エレインの情報をうまく使って聖騎士団を動かした。それで間違いないな?」
「はい。それで間違いありません」
「そうか。私としても、そして氏族としてもこれは看過できないことだ」
そう言ってルカは立ち上がった。
一体何をすると言うのだろうか。
「そこで待っていろ」
すると、扉の鍵を開けて出て行った。
「……エレインは今頃何をしているの?」
かなり心配した様子で彼女は私に質問してきた。
今、エレイン様がどのような状況に陥っているのか少しでも情報が欲しいと思っているのだろう。
「おそらく、まだ魔族と戦っておられると思います」
「魔族……。でも、聖剣があれば問題はないよね」
「いいえ、聖剣もない状態で闘わされていると思われます。そして、さらに過酷な状況下で行われているでしょう」
ティリアのことはよくわからないが、聖騎士団をたぶらかして大胆な真似をしてくるような女性だ。
そして何よりも実験と言っていた。
意図的に何らかの負荷をエレイン様に与えているとみていいだろう。
「そんな、でも死ぬなんてことはないでしょ?」
「わかりません。ティリアは命の保証はしていませんでした」
弱ければ死ぬこともあり得るといった趣旨を私たちに伝えていた。
それを承知した上でエレイン様はその実験に挑まれたのだ。
いくら強靭な肉体、高い知能を持っていたとしても人間には変わりないはず。
長期間、体を酷使すれば命に関わることだってあり得る。
大騎士の考えることは常軌を逸しているとよく言われるが、ここまでとは思ってもいなかった。
そう考えていると扉が開き、ルカともう一人が入ってくる。
「二人は知っているだろうが、マフィもこのことについて見過ごすことはできないと思っているようだ」
「約束事は守るのが当然」
氏族会議での何らかの約束事があったのだろうか。
それを無視してティリアはエレインを拉致した。
「私としてもエレインに死んでもらっては困るからな」
「……ルカは多分、個人的な理由。でも私はそうじゃない」
二人とも個人的な理由なのには変わりないかもしれないが、どうやら協力してくれるようだ。
これならエレイン様を助けられる可能性が見えてきた。
大騎士二人が味方であれば、何も怖いものはない。
◆◆◆
地下空間で俺は戦っている。
轟音で凍てつくような地下空間で手足などの露出した部分は凍り始めており、平衡感覚や音も全く聞こえない状況となってしまった。
それでも俺は魔族と戦っている。いや、普通に戦えていると言っていい。
思考はまだ止まっていない。体は確かに思うように動かなくなっているとはいえ、それすらも考慮すれば立ち回りなどで対処可能だ。
とは言っても、これがいつまで続くのかは不明だ。
ほんの一瞬でも気を抜けば、十体の魔族に殺されてしまうことだろう。
「……!」
魔族の一体が何か叫び始めている。
表情を見るに苦痛にもがいている様子だ。
この凍てつく空気感、思い返してみればあの時と同じだ。
これがもし聖剣の力なのだとしたら、魔族を倒すことができるかもしれない。
魔族の血液はかなり高温だと聞いているが、極寒であるこの場所で吹き出しでもすれば一瞬に凍ってしまうことだろう。
なるほどな。地下施設の試練と同じではないか。
最初は耐え抜くことを目的としていたが、いつまで経っても開放してくれる様子はない。
であれば、俺がこの実験を終わらせればいいだけの話だ。
俺は朦朧としてきた視界の中、倒れている魔族から武器を奪い上げる。
「っ」
さっと魔族の脇腹に潜り込んで横一閃に剣を振るう。
かなり深く傷口を斬り開いて魔族の血液を飛散させる。
すると、飛び出した血液は赤い雪となり、次第に魔族の傷口を完全に凍らせた。
「……」
当然、修復することができず魔族は倒れた。
あと九体、突破口が見えたからにはあと数分で仕留められるはずだ。
この実験に対して、何も恐れる必要などなかったな。
こんにちは、結坂有です。
学院の方でもルカやマフィがエレイン救出のために動くようですね。
ですが、学生の方はどう思っているのでしょうか。エレインが休むとなれば色々と問題が起きそうな気がしますね。
そして、エレインの方も何やら突破方法を思い付いたようです。
それでは次回もお楽しみに。
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