初めての帰宅、初めての対戦相手
帰り道の襲撃から数分後に家に着く。
すると、ユレイナがすぐに出迎えてくれた。どうやら昼食を作ってくれているようだ。
「これからお昼にするところです。お食べになりますか」
「ああ、そうしよう」
「分かりました。リーリアも手伝ってくれる?」
「はい」
そう言って俺に一礼して、ユレイナと一緒に台所の方へと向かった。
俺はそのままリビングルームに向かうとすでにアレイシアが椅子に座っていた。
「あ、おかえり。どうだった?」
こうして家に帰ると誰かがいて、おかえりを言ってくれる。今まで俺一人で外出したことなどなかったためにとても新鮮な経験だ。
これから毎日このような生活ができると思うと胸が高鳴る。
「ただいま、どうも何も入学式だけだ」
「そうだけど、校舎の雰囲気とかどうだったのかなって」
「確かによく整備されている綺麗な校舎ではあったな。練習場も申し分ない」
「そっか、今の学院にも行ってみたいな」
アレイシアは左足を気にかけるようにさする。距離的には大丈夫なのだろうが、学院敷地内の商店街などは人が多いためかなり不自由になることだろう。
「しばらくは無理だろうな。もう少し歩けるようになってからな」
アレイシアは今も自分のペースでリハビリを続けている。神経障害で自由に動かすことは難しいが、ある程度までは回復する可能性もある。普通に歩けるようになるのであれば、学院への同行は可能なのだろう。
「エレインがリハビリ手伝ってくれるなら、進行も早いのだけれど……」
「俺がやるよりも専門的な知識のある人の方が筋肉の成長にも良いと思うがな」
「それは、そうだけどさ。やっぱり精神的にってのがあるでしょ」
病も気から、と言うことわざがあるように、気持ちの要素もあるのかもしれない。それに関しては俺がどうこう言える立場ではないか。
アレイシアは怪我を負った当初からは信じられないくらい回復している。神経に障害が残っているとはいえ、それでも十分に回復していると言えるだろう。
実際、杖を使わずの歩行も今のアレイシアにはできるのかもしれない。可動域に支障はあるが、人間の体は順応するものだ。しばらくすれば慣れてくるだろう。
「気持ちの整理もリハビリの一つ、か。今度の休日に一緒にトレーニングしよう」
「やった! ありがと」
満面の笑みで返事をしたアレイシアは非常に綺麗な姿だ。このような美しくも可愛らしい笑顔を俺はもっと見たいとも感じる。
これが情、と言うものなのだろうか。まだ俺にはわからないことだらけだ。
それから昼食が配られ、楽しい食事の時間になった。
アレイシアとは今日の入学式の出来事を話すことになった。ミーナと言う人とパートナーになったと聞いたときにムッとした表情にはなっていたが、終始楽しそうに聞いていた。こうして今日あった出来事をゆっくり話すだけでも楽しいものだとは思ったこともなかった。
今までの生活とは一変して俺はより良い生活になっているのかもしれない。そう実感した日でもあった。
翌日の朝、俺はミーナの剣の型について考えながら登校していた。リーリアもその様子をどこか不思議そうに見ていたが、俺は気にしないことにしていた。今はミーナの不思議な型について集中したいからだ。
俺が知っている剣術はこの国の古来のものではない。そうしたある地域で発展してきた古来の伝統剣術に関しては俺は知らないことの方が多い。ミーナはグレイス流剣術の後継者と聞いている。代々親からじっくり教えてもらうものなのだそうが、彼女の父親は早くにして戦死しているのだ。
そのため幼い頃に親の訓練を倣っただけの浅いものでしかなかった。しかし、付け焼き刃のような技術でもしっかり体得しているように見えるのはおそらく努力の結果なのだろう。ただ、間違った方法で使用しているだけに過ぎないだけだ。
俺がミーナにその剣術の本来の使い方を気付かせる必要がある。そうしなければ彼女自身成長が止まってしまう。永遠にその剣術が日の目を見ることはないだろう。
グレイス流剣術の反撃性能はかなり高度なものだ。もっと評価され、後継者を絶やさないようにするべき伝統でもある。それほどに俺は評価したいと思っている。
だが、反撃性能は攻撃があることが前提だ。前提条件が受け身である以上、不利であることは変わりようがない。決して強いものではない。
いくら努力したとしてもせいぜい中の下、学院であれば八〇位ほどにまで評価されれば良い方だろう。いくら頑張れたとしてもその流派では勝てない。
「難しい顔してますけど、どうかなさいましたか」
先ほどから顔を伺っていたリーリアが口を開いた。
「少し考え事だ。気にすることではない」
「そうですか。昨日のミーナと言う人のことですね」
察しがいいのかリーリアはそう答えた。隠す必要もないのでここは素直に返事することにしよう。
「まぁそうだな。ミーナの剣術は面白いものだからな」
「そうですね。以前、私も見たことがありますが、グレイス流剣術はとても興味深いものでした」
やはりリーリアも知っていることがあるようだ。
「知っているのか?」
「ええ、到底私には会得することはできないものですが、いくら複雑で難易度が高いものだとしても決して強いとは思いません」
「そのような評価が妥当だろうな。俺もリーリアと同じ考えだが、ミーナには信念があるからな。それに応えてやりたい」
父の背中を見て必死に習得したのだろう。父の形見でもあるその剣術は彼女にとって命の次に大切なものだ。それを捨てろ、と言うのは無理な話だ。その剣術のせいで最弱という印を押されてもなお、それを極めようとしているのは正直に頭が下がる。
彼女は間違った使い方をしているだけで、剣術自体は最弱ではないことを証明してやりたいのだ。
「エレイン様が彼女の剣術を改竄するということでしょうか。見て覚えたと言っていますし、できないことではないと思いますが」
「改竄はしない。本来の使い方を本人に気付かせる方がいいだろう」
「本人に気付かせるということですか。難題になりそうですね」
口からの説明はわかりやすいかもしれない。しかし、体で理解するというのは難しい
言葉よりも気付きから学べることの方が大きいからな。それに、その方がミーナ自身にとっても嬉しいことだろう。
「言葉で説明するよりも直接的でわかりやすいだろうし、頑張ってみるしかないな」
「ええ、私も応援してますよ」
そういうとリーリアは少し口角を上げた。何か嬉しいことでもあったのだろうか。よくわからない女性だ。
そんな話をしていると学院敷地内の商店街に入る。今日は早めに登校しているが、商店街はすでに賑わっていた。
人の多くは学生だが、この時間に朝食を済ませたいと考えている人も多いようだ。どこの定食屋も人が出入りしているのが見えた。
幸いにも俺たちはすでに朝食を済ませているため、店に入ることはなかった。
そして、その商店街を抜けると学院が見えてくる。
ミーナとの待ち合わせにはまだ早いが、俺は練習場に入ることにした。
俺はミーナと同じようにデバイスで練習場を借りようとすると、後ろから二人の女性が現れた。
一見すると姉妹のようで、容姿的に背丈と髪の長さしか違いがないように見える。
二人とも蒼く綺麗でさらさらとした髪が特徴的だ。
背が高い方はロングで、背が低い方はボブほどの長さだ。よくよく見てみると目付きも少し違う。
「あの、そこの部屋借りたいのだけど」
背の高い方の女性がモニターを指差してそういう。
「三番の中部屋か。わかった」
俺が借りようとしていたのを後ろから見ていたようだ。その女性に言われた通りに別の部屋にすることにした。
それを見ていた背の低い方の女性が小さく頭を下げる。
「お姉ちゃんのわがまま聞いてくれてありがと」
「別に気にすることではない。譲り合いだ」
すると、背の低い方の肩を叩いて女性が話し出す。
「譲り合いだって、やさし〜。私はリンネ・フランケル。こっちはアレイよ」
どうやら背の高い方がリンネ、低い方がアレイなのだろう。
こうして話してみると性格的にも違うようだな。姉妹や兄弟はこのように対極的なのだろうか。
「俺は……」
「知ってるよ。エレインでしょ」
俺の返事を遮るようにリンネは言う。
「お姉ちゃん、失礼だよ」
「強気でいかないと女として見てもらえないよ?」
アレイを挑発するようにリンネは言うが、アレイはそれでもこちらの顔色をうかがっているようだ。
「まぁ別に気にしていない」
「ほんとは最初にパートナーとして組みたかったけど、取られちゃったからね」
どうやらあの時の声はリンネのようだったようだ。
「姉妹で組みなさいってお父様に言われたでしょ」
「でも、かっこいい人と組みたいじゃん」
どうやら姉のリンネは自由な人のようだ。俺としてもそっちの方が色々と融通が効きやすいのかもしれないが、もう過ぎたことを考えただけ無駄なことだろう。
「俺は先に部屋に入る」
そう言うとリンネはこちらの方を見ている。何か言いたいことがあるのだろうか。
「あのね、ちょっとだけお願いしたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「今度、模擬戦しようよ。そっちの組のミーナって人いるでしょ。私なら勝てるから」
どうやらミーナを潰す目的だろう。リンネの実力はまだ知らないが、このような好戦的な相手なら十分に勝てる見込みはあるな。
「一対一の試合ということか?」
「そういうこと、エレインはこっちのアレイと対戦して」
「ああ、練習試合なら歓迎する」
「じゃ決まりね」
そういうとリンネは手を叩いた。その話を聞いていたアレイは焦ったように姉であるリンネの方を見る。
「お、お姉ちゃん。急ぎ過ぎだよ」
「いいじゃん。私たち強いんだし」
「勝てるかわからない……よ」
アレイの方は少し不安がっているようだ。しかし、この学院での目的上こうして非公式でも勝負をすることでお互いに高め合うことが推奨されている。俺としてもその方がお互いのためでもあると思っている。
「非公式戦だ。記録に残らないし、気にする必要はないだろう」
「ほら、エレインもそう言ってるんだし」
俺はそういうことでリンネを少しフォローすることにした。その言葉を聞いたアレイは少し考えているのか黙り込む。
「……わかったよ」
しばらくの沈黙の後、そう釈然としないままではあるがアレイは了承した。
「じゃ、また授業終わったら話すね」
「わかった」
そういうとリンネたちは三番練習場に入っていった。
「フェレントバーン流剣術の正当後継者のお二人ですね。この剣術には大きく分けて二つあり、晴天流、暗闇流とがあります」
俺たちの様子を見ていたリーリアはそう淡々と解説した。
気になる用語があるが、それは本人に聞く方がいいか。それにしてもリーリアがここまで知っていると言うのはそれなりに有名なのだろうか。
確か、エルラトラム国の東側にフェレントバーン市という都市があったはずだ。そこと関係しているのかもしれない。
「有名なのか?」
「今もなお受け継がれている剣術の中で一番古い剣術です。もともと地方で発展したもので、とても強力な剣術でもあります」
現存している最古の剣術か、なかなか面白い相手になりそうだな。その辺りも後々詳しく調べてみることにしよう。
「どんなものかわからないが、気をつけるよ」
「はい。私は教室の方でで待っています。練習頑張ってください」
そういうとリーリアは丁寧な所作で一礼をし、授業を受ける本館の方へ向かった。
時間を見るとそろそろミーナも来る頃だ。俺も中に入ることにしようか。
そう思った瞬間、俺はふと疑問に思った。先ほどのリンネとアレイについてだ。練習に来ているのは確かだが、手には聖剣を持っていなかった。聖剣も必ずしも剣の形をしているとは限らないとは言え、普通は武器の形をしている。
あの姉妹はおそらく練習場に常備されている模造刀で練習しているのだろうか。
そんな推察をしながら、俺は練習場の扉を開けた。
こんにちは、結坂有です。
どうやら主人公にとって帰宅とは特別な意味を持っているようです。
そして、初めての対戦相手となる組が現れました。
それでは次回もお楽しみに。




