嬉しい誤算
少し困った状況に陥ってしまったな。
まさかこれほどの聖騎士団がまだ本部にいたとは思ってもいなかった。
とりあえず、アレクたちを取り囲んでいた包囲網に傷を付けて彼らを脱出させたのはいいのだが、この後が面倒だ。
彼ら彼女らがここまで包囲されるということは聖騎士団に敵だと認識されているということだろう。
「エレインっ」
「ここに来ない方が良かったか?」
「ううん、そんなことないよ。助けてくれてありがとっ」
そう笑顔でミリシアは言ってくれる。
「全員揃ったようだね。逃げるかい?」
「逃げても聖騎士団は追いかけてくるだろうな」
エルラトラムでは聖騎士団の権力はかなり高い。
魔族だと言い張れば、ほとんどなんでもできる力を持っている。そんな状況で俺たちが逃げ回ることはできるのだろうか。
「だったらどうすんだよ?」
レイがそう聞いてくる。
もちろん打開策がないわけではないが、かなりのリスクを負ってしまうことは間違いないだろう。なるべくその手段を使いたくはない。
「考えているところだ。退路はリーリアが確保してくれているはずだ」
そう後ろを向いたと同時にリーリアがやってきた。
「エレイン様、退路は確保いたしました」
「ああ、わかった」
しかし、目の前から聖騎士団が俺たちを追いかけてきている。
まずは彼らをどうにかする必要があるだろう。
「レイ、あれをどうにかできるか?」
「おうよっ」
すると、彼はその太い刀身の魔剣を振り上げて砂塵を作り上げた。
そして彼が走り出すと同時に団員の一人を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた団員によってまるでドミノのように団員たちが倒れていく。
相当な威力で蹴り飛ばされたのだが、あの団員は大丈夫なのだろうか。
まぁそんな心配をしている場合ではないな。
「これでどうだっ!」
「はっ」
レイがドヤ顔でこちらを振り向いた瞬間にアレクが聖剣を突き立てて強烈な砂塵を発生させる。
「っ!」
すると、彼はレイの腕を握って退路の方へと走ってきた。
あの砂塵であれば、聖騎士団に見られることなく逃げることができそうだ。
俺たちはリーリアに続くように砂塵の中を走ることにしたのであった。
逃げた先は山の中だ。
聖騎士団本部の裏側にある山で木々が生い茂っている。もうすぐ日が暮れるためこの辺りも真っ暗になるはずだ。
逃げる場所としては非常に良い場所だろう。
「エレイン様、この場所なのですがどうでしょうか」
「十分だ。もうすぐ暗くなるからな」
「良かったです」
「それにしてもここ、本部に近いわね」
ミリシアがそういう。
確かに近いが、きっと彼らはもっと遠くの方へと逃げたに違いないと思っているはずだ。
灯台下暗しとも言うからな。
「大丈夫だろう」
「そうだといいけどね。あ、みんなにこれを見せておかないと」
彼女はポケットの中からとあるメモ書きのようなものを取り出した。
そこに書かれていたのは俺とレイが”非人間”と書かれていた。
さらに、その非人間であるという情報は帝国の資料から引用されているとのことも書かれている。
「あ? 俺とエレインが人間じゃねぇってか?」
「このメモ書きを見るとそうなるね」
「でもよ。それが帝国の資料に書かれていたって変じゃねぇか」
レイの言うことももっともだ。
帝国での俺たちの扱いは厳しいものだったのかもしれないが、最低限人間としての扱いをしていたと思われる。
地上から下ろされてくる料理に至ってもしっかりと調理のされたもので、栄養価を考えて作られたものだった。
その点で言えば、人間と同じものだと扱っていたはずなのだ。
「確かにそうだね。僕たちが地下施設に行く前は人間として教育してくれていたわけだし」
「でも、本当に帝国の資料にそう書かれていたとしたら聖騎士団がここまで大袈裟に騒ぐのも納得いくわ」
俺たちが非人間、人間でないのであれば魔族だとそう結論付けることになれば納得いく。
「そうか? 俺たちは魔族に殺されかけてたんだ。だったら、魔族の敵だろうがよ」
俺がマフィを説得させた時の根拠と同じことを言っている。
敵の敵は味方、つまり俺たちは少なくとも人間側だということだ。
それが今の聖騎士団に理解してもらえるのかはわからない。ここまで大々的に動いている時点で彼らはその情報を信じ切ってしまっているだろうからな。
それだったらいっそのこと……。
「魔族の敵だってどうやって証明する? 手短な魔族なんてすぐに見つかるわけじゃないよ」
「……難しいところだな」
俺は考えに浸ることにした。
今なら時間はたっぷりあることだしな。
◆◆◆
もうすぐ日が暮れてしまう時間帯。
私、アレイシアはエレインたちの帰りを待っていた。
あれから聖騎士団が私たちの家を襲ってくることはなかった。それも当然で、目当てのミリシアたちを捕らえたから用はないと言うことだろう。
「アレイシア様、誰かが来たようです」
そう思った直後、窓の外を見ていたユレイナが私にそう言った。
「誰が来たの?」
「フードをかぶっていてわかりませんが、おそらくはブラド団長だと思われます」
「え?」
「あの三本の剣は隠していてもわかります」
すると、扉をノックする音が聞こえた。
「……私が出ます。アレイシア様はじっとしていてください」
先程の聖騎士団のこともある。
私の前にナリアとユウナが立って護衛するような立ち位置についた。
そしてしばらくすると、ユレイナが来客を連れて戻ってきた。
「アレイシア、急にすまないな」
「ブラド団長、一体聖騎士団で何が起きているの?」
「話せば長くなる」
そう言って彼は疲れたようにソファに座り込んだ。
彼も彼で逃げていたのだろうか。
それにしても横に立っている女性はそこまで疲れている様子ではない。団長一人で何かしていたのだろうか。
「ミリシアたちは連れて行かれたわ。エレインも彼女たちを追って本部へと向かったの」
「……」
「それに、ミリシアたちは私の目の前で殺されかけたのよ? どういうわけか説明して」
「聖騎士団の中である噂が立っていてな。エレインやレイが非人間、それならその仲間も非人間だと」
「どういうこと?」
その情報は私には知らされていない。
エレインが人間ではない? そんなはずはない。私と一緒にお風呂に入った時があったがどこをどう見ても人間だった。
確かに実力に関しては人間離れしているところがあるとはいえ、人間なのには変わりないはず。
「帝国の資料にそう書かれていたんだ」
「帝国が?」
帝国と呼ばれるのはエレインやその仲間たちがいた場所で、そこで厳しい訓練などを行っていたと聞いている。
ある実験的なことをしていたとエレインは考えていたようだけど。
「その資料にはエレインとレイが非人間だと書かれていた。解読班も何度も検証したそうだが、間違いはないそうだ」
「でもおかしいわよ。人間じゃないってどういうこと?」
「その点については調査中だったんだ。だが、その前に”非人間”という言葉が一人歩きして今回のような事態に陥ってしまった」
「……すみません。私がしっかりと管理していればこのようなことにはならなかったのですが」
すると、横に立っていた女性がそう呟いた。
「謝る必要はない。いずれエレインのことが公になればこのようなことになると思っていたからな」
「だったら、なおさら対策を考えるべきだったんじゃないの?」
こうなる可能性があったと分かっていながら、対策を考えていなかったのは団長の失態だ。
彼はいろんな可能性を考えるような人だと思っていたのだが、何かあったのだろうか。
「その点については本人に謝罪したい気持ちだ」
「いいえ、謝罪しても意味はないの。これからブラド団長はどうするわけ?」
今するべきことは謝罪なんかではない。
何かをしなければエレインやミリシアたちの誤解は広まり続ける一方だ。
なんとしてでも止めるべきはず。
「議長の座を譲りたい」
「え?」
「俺は今議長の権力を持っている。その権力をアレイシアに譲れば、自由な立場になれる」
「……権力の乱用よ」
議長という国一番の権力者になればエレインやその仲間を完全に守ることは簡単なことだろう。しかし、それは権力の乱用、倫理的にどうなのかと思う。
もちろん、助けたい気持ちは山々なのだが……。
「悪いが、それしかない。俺には団長としての立場がなくなってしまったからな」
この国の一番の権力者になる。
それだけ聞くとかなり重たい責任を背負うように聞こえるが、実際はそうではない。
政治のほとんどは議長ではなく、官僚などの部下が担当してくれるのだ。議長はただ決定権があるだけ。
もちろん、それには責任を背負うことになるわけだ。
とは言っても正しい判断さえできればそう怖がる必要はない。正しい判断ができないとなれば、自分から降りることもできるわけだからだ。
「……分かったわ」
「アレイシア様」
「私が議長になればいいわけね」
「ああ」
私はそう答えることにした。
今できることはそれぐらいしかない。立場として危うくなってしまった団長の代わりと言っては変だけど、それでもやるしかないのだ。
エレインを一生守ると誓ったのだから、私にできることならなんでもする。
あの時に助けてもらった命は大切にしたい。
こんにちは、結坂有です。
アレイシアが一時的に議長の座に就くことになりましたね。
果たしてそれがどういった展開になっていくのか、楽しみにですね。
そして、エレインたちを狙うのは聖騎士団だけなのでしょうか。
さらに次の回にてこの章は終わりとなります。
それでは次回もお楽しみに。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していますので、フォローしてくれると助かります。
Twitter→@YuisakaYu




