誤解は広まる
私、アレイシアはエレインの帰りを待っていた。
時間的にもそろそろ学校が終わる頃だろう。窓の外を見ると陽が傾き始めており、空をほんのり赤く染めている。
「アレイシア様、紅茶の準備ができました」
「ありがとう」
そう言ってユレイナが紅茶を持ってきてくれた。
私はリビングでくつろいでいる。訓練場の方ではミリシアたちが訓練をしている。
彼女らの訓練内容は常軌を逸したものばかりではあるが、効果はかなり高いもののようだ。
とは言っても一般の剣士ができるようなものではないのは明らかだ。
「……彼女たちは本当にすごいですね」
ユレイナも窓の外をみてそう言った。
何をどうしたらあのような曲芸のような訓練ができるのかは不思議だが、エレインの仲間だということは間違いない。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
「エレイン?」
「それにしては時間が早いように思います。私が出ますね」
ユレイナが玄関の方へと向かった。
時間的にもエレインが帰ってくるのは不自然だ。
それに今日は聖騎士団からの報告があるというわけでもない。
「一体何のようですかっ」
しばらくすると、ユレイナの声が聞こえた。
怒りを交えたその言葉に私は異変を感じたのだ。
甲冑の足音が聞こえる。
私は急いで訓練場の方の窓を開けた。
「アレイシアさん、さっきの声は……」
窓を開けるとすぐにアレクが話しかけてきた。
彼は非常に頭の回転が早いようで、こうした異変にもすぐに察知する。
「倉庫の方にみんなで隠れて」
私はそう言った途端、彼らはすぐに訓練を辞めて倉庫の方へと音を立てずに移動していった。
その直後、後ろの扉が開いた。
「ここに魔族がいると聞いたのだが?」
そうノックもせずに無礼な態度をしながら、聖騎士団の男が話しかけてきた。
「……魔族? ここはフラドレッド家の分家であるエルガルト公爵の家よ」
「とある情報筋から魔族を匿っているとのことだ」
「悪いけれど、ここに魔族なんていないの。帰ってくれるかしら」
そう言ってみるが、男たちは動かない。
「高家であるフラドレッド家であってもそのようなことは許されない」
「そうね。本当に魔族と協力するなんてことがあれば反逆罪で私たち一族は滅びるわ」
「当然、そのことを理解していると?」
「でもそれは事実だった場合よ。私は魔族なんかと協力はしない」
私はまっすぐ男の目を見た。
どこからの情報なのかはわからないが、それにしても魔族とは言いがかりだ。
エレインやミリシアたちを見てどう魔族と判断したのだろうか。
確かに能力や実力は常人離れしているとはいえ、一見すると普通の人間だ。いや、かっこいい青年だ。
それなのに目の前の彼らは魔族と言う。
「我々聖騎士団に逆らうつもりか」
「逆らう? 別に逆らっているつもりはないのだけど」
「アレイシア様、この人たちは単独で行動しているようです」
ユレイナがそう声をあげようとした途端、彼らは彼女を部屋の外へと強引に連れ出した。
「メイド風情が口出しするとは、しつけがなっていないな」
「……無礼者のあなたたちが言えたこと?」
「反逆者に敬意など示すはずがないだろう」
この言葉を聞いて彼らは何らかの確信があって押し入ってきたようだ。
その情報筋というものが気になるが、彼らがそう簡単に教えてくれるようなことはしないか。
とはいえ、私は反逆罪の疑いをかけられている。
どうにかしてここを切り抜けないとミリシアたちの立場が危うくなってしまう。
◆◆◆
「倉庫に隠れるようにってどういうことですかね?」
そう私、ミリシアの横でユウナが呟いた。
確かに訓練している途中でいきなりアレイシアが話しかけてきたのには驚いた。
ただ、それよりも彼女が焦っている様子に見えたのが気がかりだ。何か緊急事態でも起きたのだろうか。
「隠れろってのは俺の性に合わねぇな?」
「何をするつもりかな?」
アレクがレイの苛立ちに質問する。
彼がまた暴走してしまってはこの家が本当に崩壊してしまうかもしれないからだ。
豪邸とまでは言えないが、ここはそれなりに大きい家だ。それでも彼の暴走は止められるものではないだろう。
魔族で埋め尽くされた壁を容易く突破できるほどの怪力なのだから。
「あ? 決まってんだろ? どうなってんのか見に行くんだよ」
「僕たちがどうにかできることなのかい?」
「……でもレイの意見もわかるわ。どうなっているのかを知らない方が危険だわ」
私も直接聞きに行くことは避けたい。
アレイシアが私たちに隠れろと指示したことには変わりないのだ。
だが、隠れているだけでは何もできないのもまた事実、それなら隠れながら様子を伺うぐらいはいいのではないだろうか。
「確かにそうだね。僕はミリシアに同意するよ」
「俺の意見だぞっ」
そうツッコミを入れてくるレイに私は指を立てて静かにするように合図を出した。
「レイ、とりあえず静かにね」
「お、おう」
ただ、ここで全員が様子を見るために向かえばもし見つかった時にどうすることもできない。
「ユウナとナリアはここで待機してて」
「あ、はいっ」
「わかったわ」
彼女たちがここに残ってさえいれば、後で帰ってくるエレインにも伝えることができる。
そう二人を残して私たちは移動を開始することにした。
しばらく三人で歩いていると、やはりこの家を取り囲むように聖騎士団が集まっているようだ。
それもかなりの重装備で今にも魔族と戦いに行くかのような様子だ。
「……あれ、ユレイナだよな」
レイが指さした方を見ると確かにメイド服をきたままのユレイナがいた。
装備も全て取り上げられているようでまるで犯罪者扱いだ。
「彼女の周囲にいる聖騎士団は四人だが、どうする?」
アレクが私に判断を委ねてくる。
どうするかと言われれば私も判断できない。彼らがどういった目的でここに来ているのかがわからないからだ。
そんなことを考えていると、ユレイナが行動に出た。
「はっ!」
手錠をかけられた状態だが、横にいた聖騎士団の一人を攻撃した。
かなり俊敏な動きで、最初の一人は確実に意識を刈り取られた。しかし、周囲にいる三人の団員にすぐに取り押さえられる。
すると、彼女は声を上げた。
「一体、誰の権限でこんなことをっ」
「さっきも言ったが、あんたら魔族を匿ってんだろ? 知ってんだぜ」
「魔族なんて知りませんっ。言いがかりはやめてほしいです」
「へっ、あのエレインって奴が魔族だってみんな言ってるぜ? それが何よりも証拠だろ」
エレインが魔族?
そんな言葉が聞こえた瞬間、私は魔剣へと手が伸びていた。
私の大好きで、尊敬している人をそんな”魔族”という一言で汚されるのが許されなかった。
「ミリシア?」
レイの声が遠くなっていく。
なぜなら、私はすでに俊足で駆け出していたからだ。
「はぁっ!」
レイピアの素早い剣捌きで私は一瞬で三人を無力化した。
「み、ミリシアさん?」
「……一体何があったの?」
乱れた呼吸を正すように私は深呼吸した。
体力的な息切れではない。感情的になってしまったからだろう。
「アレイシア様が今、反逆罪の疑いをかけられているのです」
「え?」
「あなたたちのことを魔族だと勘違いしているようで、それで聖騎士団の人たちが来たみたいです」
彼女も事情については詳しく知らないようだが、少なくともエレインや私たちが魔族だと勘違いしたのが原因で聖騎士団が来たらしい。
とは言っても、聖騎士団にはブラド団長がいる。
彼の判断でこんなことをしているとは到底思えない。それなら何か裏があるのだろうか。
すると、ユレイナは自分の聖剣を手にとってすぐに家の方へと走り出そうとしていた。
「どこに行くの?」
「アレイシア様を助けに行くのです」
「……ダメよ。なんの解決にもなってないわ」
「でしたら、どうするのですか?」
「私たちがどうにかするわ。ユレイナはエレインを探してきてくれるかしら」
私はそう彼女に言う。
しかし、彼女はすぐに頷きはしなかった。
まだ私たちを信用していないようだ。
「信じて欲しいの」
「何をするのか、教えてください」
「私たちがわざと捕まるわ」
「それだと意味がないのですよ。アレイシア様はあなたたちのことを思って今も聖騎士団の人たちと話していますっ」
それはそうだろう。
アレイシアがいなければ、私たちがここで生活することすらできてなかった。
信じてもらうためには私の考えを知ってもらう必要があるだろう。
倒れている団員たちは完全に気を失っているから会話が聴かれることはないか。
「十分それは理解しているわ。それに、私たちが捕まるのには目的があるの」
「目的、ですか?」
「ええ、聖騎士団本部に入って内情を調べる。私たちはそう簡単には死なないからね」
私は彼女にそう耳打ちをした。
完全に信じて欲しいとは言わないが、私たちの考えに賛同してくれるだろうか。
しばらく、彼女は考えてから口を開いた。
「わかりました。あなたたちを信じます」
「任せて」
「では、私はエレイン様を探してきます」
そう言って彼女は聖剣を持ったまま駆け出した。
その方角は商店街の方向で、エレインがいつも向かっている方向だ。
それを見届けた私は隠れているアレクとレイに視線を送った。
すると、彼らはゆっくりとこちらに歩いてきた。
「一時期はどうなるかと思ったぜ」
「急に走り出してごめんね。それで、急な作戦なんだけどわざと捕まりましょう」
「……詳しい話は後で聞くよ」
アレクは私の判断が間違っていないと信じているようだ。
「ミリシアのことだ。何か考えがあんだろ?」
「うん。でも、暴れないでね」
「おうよ」
それから私たちは家の中へと入って、アレイシアのいるリビングの方へと向かった。
扉を開けるとアレイシアが真っ先に驚いた。
「ど、どうしてここに?」
「目当ては私たちなんでしょ。早く捕まえなさいよ」
「……魔族に容赦はしない。ここで死んでっ」
「待てっ」
そう男の人が聖剣を引き抜いた途端、一人の団員が彼を止めた。
「な、何すんだ?」
「今ここで殺してはいけないと思う。得れる情報は手に入れるべきだよ」
どこかで聞いたことのある声だが、今は考えないことにした。
「確かに……。隊長の言うことは違うな」
そう言って彼は私たちに手錠をかけた。
攻撃を止めてくれた男が味方なのか敵なのかはさておき、私たちは怪我することなく捕われることに成功したのであった。
こんにちは、結坂有です。
今後、ミリシアたちはどうなってしまうのでしょうか。気になりますね。
そして、攻撃を止めた男は誰なのでしょうか。もうお気づきになられていますよね。
それでは次回もお楽しみに。
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