学院からの帰り道
昼過ぎ、学院からの帰宅道。
俺は学院での寮で生活するのではなく、個人の家から学院に登校することになっている。もちろん、後から寮で暮らすこともできるが、今は自由が効く自宅からの登校にしている。
学院の敷地内には多くの商店があり、学生にとって過ごしやすい環境になっている。だが、敷地から出ると周りは何もなく、人の気配が全くないような道が続いているだけであった。
とは言ってもすぐに自分の家があるので、退屈になると言うことはなさそうだ。
「この辺りは人も少ないですね」
「後ろにいる奴以外は誰もいないな」
「え、後ろですか」
普通なら気付かれない場所に二人いる。十数メートルあるからリーリアも気付かなくて当然だろう。
「ああ、俺に対して殺気を向けているのは確かだな」
「私にはわかりません……」
リーリアは少し動揺しているが、決して後ろを振り返るような真似はしない。この辺りは訓練をしているのか、よく理解している。
まぁ見ているだけなら対して問題はないだろうが、議会からの差し金であれば対処した方がいいのかもしれない。そのことはリーリアに任せてもいいが、どちらにしても向こうの出方によるのは変わらない。俺たちができることはせいぜい普通に歩いているぐらいだろう。
そう思っていると、高速で矢が飛んできた。それはリーリアに向けて放たれており俺はそれをイレイラで防ぐ。
「構えた方がよさそうだ」
「!!……そうですね」
さっきまで後ろにいた人は今は隠れていて見えない。矢で横にいるリーリアを倒してから挟み込む作戦だったのだろう。気付いていないリーリアにとっては十分効果的であったが、警戒していた俺が防いだため失敗に終わったと言ったところだ。
リーリアはスカートの内側から双剣を取り出す。もちろん、防御態勢に入っている。構えは非常に美しく、洗練されている。その時点で実力者なのは間違いない。
彼女の持っている双剣の刃は非常に綺麗なもので、鍔の部分から伸びた赤いラインは光っているように見えた。
警戒していると左右から微かに足音が聞こえる。同時に攻撃を仕掛けるようだ。俺は左手にイレイラを持ち、右手を腰後方にあるアンドレイアに添える。
すると、左右から同時に聖剣を携えた剣士が攻撃してくる。ちょうどリーリアの死角からの攻撃で彼女は対応に遅れる。
「エレイン様!」
リーリアがそう叫んだ直後、俺は右手で引き抜いた。
アンドレイアの低く重い刃音と共に相手の聖剣を二本とも破壊する。
たった一回の剣撃で二本の剣を破壊された剣士らは少し怯んだ。
「これ以上は無駄だ。荒事は避けるべきだろう」
「くっ……撤退だ」
一人がそう言うと折れた剣先を拾い上げると、すぐに撤退していった。
「お強いのですね」
リーリアが双剣をスカートの中に納めて、そう言う。
俺もイレイラを納め、警戒を解いた。
「そう見えるか」
「ええ、団長の話は本当なのかもしれませんね」
団長から俺が第三次魔族侵攻を一人で壊滅させたと聞いていると言っていた。話半分に思っているようだったが、今回のことで少しは信じてくれたのだろうか。
「信じるかどうかはリーリア自身だ。俺からは何も言わない」
「はい。これから少しずつエレイン様を理解していきたいと思っておりますから」
リーリアはそう言って、胸元の前で手を握る。
「その方が俺にとっても楽でいい」
そして、俺はもう片方のアンドレイアを腰後方に納める。
リーリアはその様子を見つめている。探るような目で見てるため何を見ているのか聞いてみることにした。
「変か?」
「いえ、とても変わった剣なのですね」
「変わっているのは間違いないな」
「刃先まで真っ黒に染まっている剣は見たことがありませんから」
リーリアにとってこの剣は珍しいものに見えたのだろう。俺も最初はとても変わった剣だと思っていたが、今はもう馴れてしまっている。
「それはリーリアの剣だってそうだ。色の変わるラインが入っているのは珍しいと思うが?」
以前、見せてもらったが、刃先までは見せてもらっていなかった。当然さっき初めて見たのだ。
鍔の部分から赤く光っているように剣先に伸びているラインは美しさを際立たせていた。そして、戦闘が終わり剣を納める時は、その色は青に変わり光の強さも落ち着いていた。
「ええ、私の精神状態の色です。これが青であれば私は平静だと言うことです。逆に赤や紫であれば警戒していると言うことです。他にも色はいくつかあります」
アンドレイアに聞いた話では、リーリアの持っている魔剣スレイルは精神につけ込むと言っていたな。あの剣先に伸びているラインはリーリア自身の精神状態を示しているのだろう。自分の精神状態を知ることは実戦において重要になっている。
あのラインを目安に自分の状態を知ることができるのはとてもありがたいことだ。自分の精神状態は無意識に変化するもので、簡単にコントロールできるものではないからな。
「自分の精神状態を客観的に見れるのは便利だ」
「そうですね。自分ではなかなか意識できませんから」
リーリアもそのラインについてはありがたいと思っているようだ。
「ですが、あまり見られたくないものでもありますよ。自分の心をさらけ出しているようで少し恥ずかしいです」
リーリアは指を立てて、そう続けて言う。俺がその剣に注目していたのを気にかけていたようだ。
「自分の感情などは隠したいものだ。以後気をつけよう」
「はい。じろじろと見られるのは私だって恥ずかしいのですよ」
そう言われても自然に目に入るものは仕方ない。まぁできる限り、これからは見ないように考慮した方がよさそうだ。
そんな会話をしていると、通路の奥から人が現れた。武器は持っていないが、何か怪しい。
すると、俺らの方を向いて口を開いた。
「見事な剣捌きだ。彼らは新入りであるものの、実力のある奴らだ」
男がそう話を切り出すと、リーリアが俺の前に出て俺を庇うよう右手を広げた。
「失礼ですが、あの人たちはあなたの差し金でしょうか」
「私はそこの男と話をしている。君は何者かね?」
「私が名乗るよりもあなたが名乗るのが筋でしょう」
リーリアは真剣な顔で男と会話している。さっきまでのゆるりとした優しそうな顔ではない。
「……そうか。君がブラドの言っていた公正騎士と呼ばれる人なのか。私は名乗る程の者ではない」
「俺を勧誘しようとしているように見えた。諦めると言うのか?」
「この手では通用しないことは明らか、私も撤退しよう」
そう言うと男は踵を返して、来た道を帰っていった。
それを見たリーリアは俺を守るように伸ばした腕を下ろし、俺の方を見る。
「おそらく議会の人なのでしょう。そして、さっきの刺客は討伐軍の新人を使ったようです」
「討伐軍は魔族だけを対象にしていないのか?」
「はい。魔族討伐軍は大元を辿ればこの国が運営管理する議会軍でした。つまりは議会が所有する軍隊だということです」
なるほど、今は魔族との戦争が主体となっているため討伐軍となっている。しかし、本来は議会が主導権を握る議会軍なのだろう。
「討伐軍は便宜上の名前で、本来は議会軍と言うことか」
「そうですね。魔族のために動くとなれば市民への印象も良いものでしょう」
「確かにそうだが、所属している人は何も疑問に思わないのか?」
魔族と戦うために剣士を目指している人も多いはずだ。それなのに人間に対しても刃を向けるということは納得しない人も多いことになる。
そんな状態でどう統制を執っているのか気になることではある。
「疑問を持ってもそれを上に伝える手段がないのです。議会と討伐軍は一方通行の指示で動いています。討伐軍はただ議会の指示を聞くだけでそれに反論することができないような仕組みになっているのですよ」
軍隊を動かすには現場の状況も判断に入れる必要がある。それをしないというのはかなりリスクがあるように見える。いや、逆にリスクがないのかもしれない。
壊滅的な失敗が起きた場合は討伐軍を切り捨てるということもできる。実行するのは討伐軍であって、議会ではないのだ。
議会はただ方針を立てただけであって、議会が失敗したわけではないのだ。その失敗という結果を作ったのはあくまで現場の人ということなのだろう。捨て駒として扱うのであれば、そのやり方は理にかなっているとも言える。しかし、国を引っ張る存在が責任を逃れるような人たちの集まりだとは思いたくないものだ。
「責任を逃れたい人たちの考えそうな仕組みだ」
「全く、その通りでございます」
リーリアはどこか呆れるようにそう言った。権力者と言う人は周りの目を特に気にする。権力を振るうためには印象をよく保たなければいけない。
印象がよければ多少は権力を盾になんでもできてしまうからだ。しかし、周りからよくない印象で見られていればその権力は意味をなさないのだ。
「とりあえず、ありがとう」
「私は私の役目を果たしただけですよ」
そう言って、リーリアは笑顔を向ける。以前のような探る目はしていない。
今回のこともあってか、少しずつではあるが俺のことを分かり始めていると言ったところか。
こんにちは、結坂有です。
入学式からの帰り道で議会からの刺客が送られてきました。
これから色々と面倒なことが起きてきそうですね。
それでは次回もお楽しみに。
Twitterでも活動しています。フォローしてくれると嬉しいです。
質問などのコメントも答えられる範囲で答えたいと思います。
Twitter→@YuisakaYu




