未確定事項
学院での生活はほとんど何も起きなかった。
いや、正確には女生徒を中心に話疲れたと言った方が正しいだろうが、これといって事件というものはなかった。
「エレイン、モテモテね」
横にいるリンネがジトっとした目で俺を見つめてくる。
モテるという感覚がなんなのかはわからないが、第三者からすればこれはモテているということなのだろうか。
それにしても女生徒に質問責めされるのは案外にきついものだ。
「モテたくてこうなったわけではないからな。仕方ないと思っている」
「仕方ない、ねぇ」
すると、彼女は嘘だと言いたげな表情をした。
放課後になると、当然のようにセシルが俺の席へとやってくる。
他の女生徒は異質な空気感を放つ彼女から避けるように下校していく。
あそこまで威嚇した表情をしなくてもいいのだが、まぁそれが一番手っ取り早いというのは間違いないのだがな。
「エレイン、そろそろ剣術競技が始まるわ」
この学院では定期的に剣術競技と呼ばれる成績に関わる試合が行われている。
手持ちの聖剣で相手を戦闘不能にすれば勝利という簡単なルールではあるが、勝利とは別に剣術評価と呼ばれる部分も注目される。
名門の門下生ともなればここので剣術評価を上げるのに必死のことだろう。
とは言っても俺は誰からの門下生というわけでもないため、自由に勝利を勝ち取っていくことができる。
それはセシルも同じで、彼女もまた我流の道へと進もうとしているからだ。
「そうだな」
「私たちとの対戦相手はどうということはないけれど、リルフィが心配ね」
以前、彼女の師匠となる人がこの学校へと侵入してきた。その時から彼女は浮かない表情をしている。
誰かに話しかけられてもどこか上の空と言った感じだ。
今も表情を変えないまま、寮へと戻ろうとしている。
「私が話しかけてみるわ」
そう言ってセシルがリルフィを引き止めに行った。
「あの」
「……セシル」
「この前から気になっていたんだけど、大丈夫?」
「私は大丈夫だから、気にしないで」
彼女の師匠は聖騎士団の牢屋に閉じ込められた後、どうなったのかは俺たちは知らない。
もちろん、彼女も詳しくは知らないことだろう。
「とても大丈夫そうには見えないわ。訓練場を借りているからそこで話しましょう」
そう言ってセシルは彼女の腕を引っ張って訓練場へと向かった。
俺はリーリアと共に彼女らの後をついていった。
そして、訓練場に入るとセシルは真っ先にリルフィに質問した。
「この前から何を考えているの?」
「え?」
「あの学院を襲撃した師匠のことでしょ。見ていて気付くわよ」
セシルがそういうと彼女は明らかに動揺しているようであった。
それでも首を振って否定しているあたりを見ると本人も無意識のうちなのだろうか。
「私はあなたのことを全て知ってるわけじゃないの。だから教えて」
そうセシルは言うと彼女を抱き寄せた。
落ち着かせる目的なら効果的だろう。
「……私、お祖父様のことが信用できなくて」
「うん」
「今まで憧れでもあり尊敬していたのだけど、この前からおかしくなって」
リルフィはそういった途端、目元から涙が溢れ出てきた。
今まで尊敬していた人からの裏切り、それはかなり精神的に辛いものなのだろう。
あのような形で裏切られたのだ。当然と言えば当然だろう。
「心石がどうとか、意味がわからなくなって……。鍛錬も全然集中できないの」
彼女の言った言葉に聞き覚えがあった。
心石という言葉はナリアも言っていた。何か関連性があるのだろうか。
とはいえ、今はリルフィのことに集中しよう。
「リルフィはどう思っているのかは知らないが、その実力は師匠とは何も関係はない」
俺がそう言うと彼女は大きく首を振った。
「違うよ。師匠が教えてくれなければ今の私はっ……」
「いいや、教えた人が誰であれ、努力したのはリルフィ自身だ。師匠がどうとか気にしない方がいい」
「……」
修行をする上で一番大事なことは邪念を払拭することだ。
完璧に考えるなというは難しいことだが、自身を磨き上げるのに不要なことは考えない方がいいということだ。
それが原因で鍛錬に身が入らないというのならいっそのこと切り離せばいいだけの話。
「お祖父様を考えないでいいってどういうこと?」
「流派のことは俺もよくわからないが、剣術というのは技術だ。技術は磨き上げるためにある、だから無駄なことは考えるな」
「自身を磨くために無駄なことは考えるな……」
そう言って彼女は小さく目を閉じた。
何かに気付いたのだろうな。それはきっと彼女に良い影響を与えるはずだ。
とは言っても、先程の心石という言葉が気になる。
たまたま同じ言葉を言ったにしては変だ。
何よりもリルフィからもわずかに魔の気配がする。少なくとも関連性があるのは確かだろう。
「リルフィ、今日は私と訓練しましょう」
そうセシルが言うと彼女は小さく頷いた。
「悪いけれど、今日は二人で訓練させてくれる?」
彼女は俺にそう許可を求めてくるが、俺に拒否権があるようには思えない。
「別に構わない。それに戦い方の似ている人同士で訓練をすれば効率はいいだろう」
「うん、じゃまた明日ね」
「ああ」
それから訓練場に二人を残して俺とリーリアは訓練場を後にした。
訓練場を出るとすぐに妙な視線を感じる。
しかし、この視線には慣れている。なぜなら、
「エレイン、訓練場で何をしてた?」
そう話しかけてきたのはマフィだ。
ウィンザーという超名門の現当主だと言われているが、その低い身長と若い年齢では子供と見間違えてもおかしくないほどだ。
「パートナーのセシルに連れられてな」
「……そう」
彼女はそう言って自然に俺の横へと並んだ。
それに若干の嫌悪感を感じたのかリーリアが言葉を放った。
「マフィ様、流石に馴れ馴れしいと思いますが……」
「エレインは人間ではない、でも魔族でもない。わからないことだらけ」
そう彼女が言うとさっと俺の方へと視線を向けてきた。
「敵の敵は味方、だったら仲良くするのは当たり前」
暴論のような気がするが、あながち間違っている様子でもない。
「確かにそうかもしれないな」
「エレイン様、納得してはいけません。この人は危険です」
「危険でもエレインにはまだ勝てない」
俺と戦って無力感を感じてしまったのは申し訳ないと思っている。
「不意を突いたりとか、味方だと思っていたら敵に寝返ったとかも普通にあり得ます」
「まぁそうかもしれないが、気にしないことにしている」
「気にしてくださいっ」
そんな会話をしているとすぐに商店街へと到着していた。
「エレインと話してたら時間が早くなる」
「不思議だな」
そのやりとりにリーリアはムッとした表情をしていたが、今までの会話から無駄だろうと察したようで言葉を挟むのをやめた。
それから商店街を抜けるとマフィは解散することなく、そのまま俺たちについてきた。
「マフィ様のお屋敷は反対側ですよね?」
「敵情視察……。違う、ただの視察」
まだ俺のことを敵かもしれないと思っているのかマフィはそう言葉を漏らしてしまったようだ。
ただ、そのことよりも俺たちに向けて妙な視線を飛ばしてきている人がいる。
「エレイン様、やはりこの方は危険ですね」
「ああ、そうかもしれないが、もっと危険な相手がいるな」
「え?」
マフィもそのことに気づいたのかすぐに警戒態勢へと入った。
「これは、本当の敵」
「そうだな」
周囲から姿を表したのは魔の気配を纏った大勢の男たちだ。
「私のことは気付かれていない。私が倒しても?」
ここでマフィに戦わせてもいいのだが、今後の有用性を考えれば俺が戦った方が良さそうだ。
「いや、俺の援護でいい」
「わかった。風刃の鎧はエレインのもの」
すると、体に合わせて風の層ができた。
「これは風の鎧、エレインを攻撃から完全に守ってくれる」
どういった効果があるのかはわからないが、これからわかるはずだ。
とりあえず、俺はイレイラを引き抜いて魔の気配を放つ男たちへと突撃した。
こんにちは、結坂有です。
更新が一日遅れてしまい申し訳ございません。
数時間後には続けてもう一話分も更新する予定ですので、お楽しみに。
次回は戦闘の続きからです。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していきますので、フォローしてくれると助かります。
Twitter→@YuisakaYu




