飢えた心
学院での生活は何事もなかったのだが、それでもたまに殺気の混ざった視線が向けられることはいくつかあった。
そして、放課後となった。
チャイムと同時にセシルが俺の席へと歩いてきた。
もちろん、彼女を止める人は誰もいない。
「エレイン、今日も……」
「ダメです」
そう割って入ってきたのはリーリアであった。
「どうしてかしら?」
「二日連続はいくらなんでもダメですよ」
「昨日は言っていなかったが、セシルを狙っていた奴は俺が対処しておいたからな」
俺がそう言うとセシルは少し残念そうな表情をした。
確かに俺と一緒にいたいというのは知っているが、それでもアレイシアのこともある。二日連続で他の人の部屋で泊まることは避けたいところだ。
「そう、なのね」
「悪いが今日は無理だ」
「うん。わかった」
彼女はそう言ってあからさまにがっかりしたのであった。
「ではエレイン様、行きましょうか」
リーリアは俺の裾を引っ張る。
「……じゃエレインは私と帰れる?」
横から声をかけてきたのはリンネであった。
「話聞いてたのですか? エレイン様はお忙しいのです」
「いいじゃない。一緒に帰るぐらいはさ?」
「話になりませんね。エレイン様、行きますよ」
そう言って生徒をかき分けてリーリアは俺を引っ張っていく。
それから俺たちは学院を無事に出て行った。
「エレイン様、今日は急いで帰りましょう。いつ生徒たちが追ってくるか分からないですから」
「学院の外だから別に良くないか?」
「いいえ。あの人たちは追ってきますよ」
そう商店街へと向かう途中、風の流れが変わった。
「っ!」
「エレイン様?」
「伏せろっ」
その言葉にリーリアは理解できないながらもすぐに伏せたその瞬間、ピリピリとした感覚の空気が上空を走る。
「これは……」
「さっきの人か」
今日の食堂で人を殺す勢いで攻撃してきた女性がいた。
誰なのかは知らないが、動作に迷いがない時点で只者ではないのは明らかだ。
「人間の皮を被った魔族、ここで終わりね」
そう女性が言うと空気の流れが変わる。
風を操っているのだろうか。周囲の風が彼女へと集約されるようだ。
「エレイン様、あの能力は危険です」
「知っているのか?」
そう聞こうとした瞬間、空気が押し込まれるように流れ込んできた。
俺はリーリアを突き飛ばしてそれを避けることにした。
ただ、威力としてはかなりあるようで俺がいた場所の地面が大きく抉られていたのだ。
「っ! 流石にこれはひどいですね」
「相手は風を使っているのか?」
「はいっ。ここは逃げた方が良いと思いますけど」
ここで逃げることは簡単だが、明日も学院があるのであれば意味がない。
「戦うしかないな」
俺はイレイラを引き抜いて、攻撃態勢を取る。
斬撃を飛ばすこともできるのだが、それでは意味がないのかもしれない。
相手も俺と違う能力で間合いの外から攻撃できるからだ。それだとじり貧になってしまうことは目に見えている。
相手は風を使っているのだ。見えていない状況でも攻撃できるかもしれないからな。
「勘のいい人は……嫌い」
そう言って刃のない剣を振り回す。
それと同時に俺の周りがピリピリとざわめき始めた。
完全に俺を狙っているとしか言いようがないな。
「はっ!」
周囲から無数の空気の刃が襲いかかってくる。
「エレイン様っ」
「メイドもうるさいっ」
あの空気の刃がリーリアにも襲いかかるとなれば防ぐことは難しいか。
『私たちはご主人様の味方ですっ』
そう魔剣の中に宿っているクロノスが言うと俺以外の時間の流れが遅くなる。
俺は遅くなった時間の中、高速で移動し相手へと攻撃を仕掛けた。
「ふっ」
イレイラで彼女を斬り付ける。
致命打にならない腕を狙うことにした。
そして剣先が腕へと触れた瞬間、彼女の体が離れていく。
明らかに時間が遅くなっている状態で俺の剣撃が届かなかったのだ。
「っ!」
クロノスの効力が弱まったのか、その直後から時間の流れが通常通りに動き始める。
「……いったい何をした?」
そう彼女は聞いてくるが、俺はそれをあえて無視することにした。
「所詮は魔族のこと、ただ私は斬るだけ」
「勘違いしているようだが、俺は魔族ではない」
しかし、彼女は剣を納めることはしなかった。
「非人間、それが魔族だという証拠」
「なんのことだかわからない」
「はっ!」
間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた。
とは言っても俺は相手の攻撃がわかるからな。
「っ! どうしてっ」
「その程度では倒せないと言っただろ」
「……だったら!」
俺はすぐに相手の剣を魔剣で弾き落とした。
アンドレイアの加速を使って相手の反応よりも速く攻撃した。
「なにっ」
剣を飛ばされた彼女の肩に魔剣の剣先を添えた。
少しでも動けば首を飛ばされるということを相手に理解させるためだ。
「もう一度言うが俺は魔族ではない。わかったな?」
「……」
すると、俺の後ろから別の人の気配を感じた。
「ウィンザー、そこまでだ」
そう口出してきたのはルカであった。
「っ!」
ウィンザーと呼ばれた彼女はルカから視線を逸らした。
ルカは吹き飛ばされた彼女の剣を手で持つ。
魔剣だとは思っていたが、どうやら聖剣のようだ。
「ヘルゲイツは関係ない。これは私の問題」
「いいや、私も関係がある。エレインは私の教え子だ」
そう言って俺の横に立ったルカは今にも攻撃しそうな強烈な視線を彼女に向けている。
「これはどういうことだ?」
「……エレイン、私たちの問題に巻き込んでしまってすまないな」
「私たちの問題? エレインは魔族、それは明らか」
それでもウィンザーはそう訴えかけてくる。
言うまでもなく俺は人間として生まれて、人間として育てられた。
いや、あの地下施設で人間的な生活を送っていたかと言われれば疑問ではあるが、人間だと俺は認識している。
「ウィンザー、今朝も話したようにエレインは私が監視し保護している。一切関わるな」
「魔族を野放しにする気か?」
「もちろん魔族であればそうするが、あの資料だけでは断定できないはずだ」
「その強さは異常、千体の討伐はそう簡単ではない」
この国で一人で魔族の軍勢と戦ったとして、最大でも百体ほどしか倒せていない。
十体でも凄いと言われるぐらいだからな。千体斬りを達成したというのは信じられないことのようだ。
しかし、そのことはアレイシアもブラド団長も知っている。
「エレインの剣術は非常に洗練されている。それは彼を観察してよくわかっているだろう」
「悪いけど、私はそんなに暇じゃない」
「……話にならんな。エレイン、先に帰るといい。ウィンザーは私が対処する」
そういうとルカは腕を伸ばした。
そして、炎の門が現れてそこから彼女の聖剣が顕現してきた。
少し離れているが火傷をしそうなほどの熱波を感じる。
尋常ではないほどの熱を放っている聖剣をルカは平然と持っている。
「相手は生徒だが、いいのか?」
「ふふっ、こいつに手加減をする方が間違っている」
ルカは悪役のような笑みとともにそういった。
この灼熱の刀身で斬られれば治療困難な傷を負うことになる。
斬られた傷口はその熱で焼かれ修復を阻害する。その傷は大きな後遺症となるだろう。
「エレイン様、こちらです」
そう言ってリーリアが俺に合図を出す。
「……安心しろ、互いに死ぬことはないからな」
続けるようにルカがそう言った。
本気で殺し合うことはしないようだ。
「ああ、わかった」
俺はその言葉を信じてリーリアのところへと走ったのであった。
◆◆◆
エレインたちは逃げた。
そして、目の前のマフィ・ウィンザーは私に攻撃的な視線を向けている。
この私が四氏族であることは彼女も知っている。
「そこを退いて。エレインを倒す」
「それならこの私を説得するんだな」
「くっ」
聖剣を奪われた彼女は抵抗することもできず、私の聖剣から放たれる熱波で前に進むことができない。
「……今日のところは諦める。でも明日は確実に仕留める」
「ふふっ、この私が本気で保護をしている。それに彼を倒すのは無理だ」
「私に勝てない相手はいない」
現にこの私にすら手出しできない状況だ。
聖剣がなければ彼女は無力だ。
学院の生徒と変わらないただの子供だ。だからこそエレインに勝つことはできない。
「まぁいい」
私は聖剣を彼女に差し向けると、強烈な風が発生して聖剣が彼女の手へと戻る。
そして、つむじ風のような小さな竜巻を発生させて砂塵を巻き上げると、彼女は立ち去っていった。
所詮は子供、考えることぐらい私でも理解できる。
次は商店街で攻撃でも仕掛けるのだろうな。
こんにちは、結坂有です。
新しい人物のマフィはどういった人なのでしょうか。少なくとも戦闘狂なのには変わりないようですね。
果たして誤解は解けるのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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