新勢力の思想
アレイシアとユレイナがエレインのところへと向かった。
扉から覗いてた彼女は私、ミリシアと他の人たちを外から出ないようにとだけ言った。理由は聞かされていないが、あそこに立っている二人の女性が問題なのだろうか。
「あの人たちは何をしているんだい?」
カーテンを少しだけ開けて外を確認しながらアレクはそういった。
「わからないけど、それなりに権威ある人なのかもしれないわね」
フラドレッド家と一対一で対等に話している時点で普通の人たちではないことは確かだ。
アレイシアは次期当主として議会から高い権力を認められている。
そんな人と対等に会話をしている時点で普通の人ではない。
「……一人はエレイン様の学院で教師をしている人です。本名を伏せていましたが、ヘルゲイツ家の人です」
団長から名前だけは聞いたことがある。
四大騎士と呼ばれる人であること、そして特殊な大聖剣を保有していることぐらいしか知らない。
この四大騎士は剣術評価が低いとはいえ、その大聖剣の強力な力を駆使し高い権力を持っているようだ。
ただ、その正体については一般公開されておらず、市民のほとんどは四大騎士の正体を知っている人は知らない。
「その人がどうしてここに?」
「おそらくはエレイン様の後を付けてきたのかと……」
「そのこと、エレインが許していたのかい?」
「はい。尾行のことは気づいておられましたが、特に気にする様子はありませんでした」
おそらく彼のことだから誰が付けているかは分かっていたのだろう。
敵ではないとなれば無視をするのかもしれない。
「それにしても、もう一人がわからないとなれば僕たちは何もすることはできない」
「そうね。特に重要そうなことではないと思うし……」
そうは言っても個人的には嫌な予感がした。
それからしばらくすると二人の女性は解散し、エレインたちが戻ってきた。
「お疲れ様です。エレイン様」
そう真っ先に頭を下げたのはリーリアであった。
もちろん、エレインとレイは特に疲れている様子はない。
あの人数では彼らを倒すことは難しいのだ。
「それよりもユウナを本部へと向かわせたのか?」
「ええ、そうよ。いらなかったようだけど」
「別に問題ないだろう。このことは聖騎士団が調べる方がいいからな」
エレインの言う通りで私たちが個人で調べたとしても何も手がかりとなるものは得られない。
フラドレッド家の権限を使えばある程度はわかるかもしれないとはいえ、私たちよりも聖騎士団が調査する方がいいのは間違いないだろう。
「まぁユウナには面倒なことを押し付けたようだがな」
「……そのことは後で謝ればいいことよ。それであの人たちは誰だったの?」
すると、ゆっくりと玄関を上がったアレイシアが口を開いた。
「あの人たちは四大騎士の二人よ。ヘルゲイツ家とフリザード家であなたたちのことで協力してくれるそうよ」
「協力とはいってもあの様子だと裏がありそうな雰囲気でした」
アレイシアの説明を補足するようにユレイナが話した。
私たちも窓から覗いている感じだとそういった印象だったのは間違いではないようだ。
「側から見ていた僕たちですら、何か企んでいたように見えたからね」
アレクはそう言って窓のカーテンを閉めた。
すると、エレインは小さくため息をついて口を開いた。
「まぁ特に変な素振りはなかったからな。今のところは放置しておく」
「……エレイン、それでいいの?」
「ああ、悪いことに付き合わされている様子でもないからな」
そう言って彼は自分の部屋へと向かったのであった。
◆◆◆
団長室で私、ユウナは大量の資料の整理をしていた。
今、私が調べているのは心石と呼ばれるものについてだ。
団長はその石のことについては全く知らないそうだが、議会の記録の中に気になる記録があったために取り寄せていたそうだ。
「何か見つかりそうか?」
しばらく留守にしていた団長が戻ってきた。
「今のところ、この数冊しかなかったですね」
机に並べられていたのは黒く半透明な石の調査についてだ。
これらはおそらく心石はそういったもののようで、そのことについて書かれていたのは二冊しかない。
他にも体内に石が見つかったという内容が一冊あった。
「ですが、あまり石のことについて詳しく書かれているものはなかったですよ」
「……そうか」
そう言いながら団長は一つの資料を手に取った。
その資料はエルデバン家が正式に議会軍への加入が決まったことについてだ。
内容としては身体検査などが記録されていた。
「これの関連資料はあるのか?」
資料をある程度読んだ団長がそう言った。
どうやら何か手がかりでもあったのだろうか。
「えっと、確かこっちに……。これですよ」
私は埋もれた資料を取り出して、団長に渡した。
資料を探すのはミリシアさんの手伝いをしていたから慣れているのだ。
「あの、エルデバン家がどうしたのですか?」
「……この家の当主が今日問題を起こしてな」
「それは心石と何か関係があるのですかね」
「今はわからないが、調べていく必要がありそうだ」
そう言って団長が私から渡された資料を読み始めた。
「っ!」
そしてすぐに団長は立ち上がった。
「どうかしたのですか?」
「ユウナ、今から一緒についてこい」
「あ、はいっ」
そう言って私は団長の後をついていった。
団長室から出るとすぐ横に女性が立っていた。
「え?」
その女性は非常に可愛らしい見た目をしており、ボブに切り揃えられた髪が印象的だ。
「そういえば言っていなかったな。この人はユウナだ」
「……私はフィレスよ」
彼女はそういうと丁寧に頭を下げて礼をした。
そういえば、以前会ったことがあるような気がする。あの時はここまで可愛らしい見た目ではなかった。髪を切るだけでだいぶ印象が変わるようだ。
私もそれに続いて頭を下げる。
「よろしくね。ユウナさん」
「あ、はいっ。こちらこそよろしくお願いします」
一通り挨拶を終わらせると、団長は歩き始めた。
「地下牢に向かうとするか」
「地下牢、ですね」
フィレスは団長に向かってそう質問する。
「ああ、エルデバン家に一つ聞きたいことがあるんだ」
「それってさっきの資料と関係があるということですか?」
私はそう質問した。
渡した資料にはエルデバン家がとある実験をしているということであった。
何らかの人体実験のようなものを計画していたようだが、私は心石とは関係ないと思っていたのだ。
「この人体実験のことを聞きたくてな。ちょうど勾留されているから話しやすい」
団長がそういう時は大体拷問をする時だ。
以前にもこれと似たようなことが起きていたのを覚えている。
「……わかりました。あの方は鎮静剤で今は落ち着いています」
「わかった」
それから私たちは地下牢へと向かう。
地下へと降りていくと空気がじめっと湿気を含んでおり息苦しさを感じる。
この状態が長いこと続けば、人は簡単に壊れてしまいそうになるだろう。
「ここだな」
そう言って牢屋の前に立った団長は鍵を開けた。
甲高い金属音が地下の空間に響き渡る。
「……なんだ」
すると、老獪な声が響く。
「一つ聞きたいことがある。この資料に見覚えはあるか?」
団長が資料をその老人に渡す。
暗くて見えないのか、近くのろうそくに寄ってその資料を確認する。
「人の心を具現化させる……。懐かしいの」
「何か知っているのか?」
「若い頃に議会に提案した実験じゃ。これを使えば人類は次なる進化を遂げることができる」
「次なる進化?」
そういう聞き返すと老人はベッドに座り直した。
「わしらが最強なように、人類も進化するべきだと言っておる」
「具体的にどう進化するんだ? 俺たちはすでに聖剣で魔族に対抗する手段を持っているではないか」
「それだけでは不十分じゃ。真に心が強い者は聖剣を使わずに魔族を倒すことができる」
老人はそういうと拳を壁に叩きつけた。
ドンッと鈍い音がした直後、壁に亀裂が走った。
「フィレス、近くに聖剣はあるのか?」
「いいえ、彼の聖剣は地上の倉庫に保管されています。ですので、聖剣の力ではないと思われます」
「なるほど、それがお前の言う心の力というものか」
「……わしらはそれをどう使うのか、どう鍛えるのか考えてきた」
そう言って老人はベッドに横たわる。
「その結果、石を体内に入れることにしたのじゃっ!」
「なっ!」
老人は横たわったまま高速に移動し、団長の前にまで走ってきた。
「お前もわしらのっ!」
しかし、その拳は団長に届くことはなかった。
団長は瞬時に剣を引き抜き、老人の胸部へと貫いていた。
「ぐぁはっ!」
そして、その突き刺さった剣を抜いて美しい所作で鞘に収めた。
老人は力なく倒れ、地面に這いつくばる。
「っ! このわしが……」
「俺とて聖騎士団の団長を務めている。その程度の攻撃などこの俺には通用しない」
すると、老人は倒れた。
「団長……」
私がそう言うとフィレスはすぐに老人を調べ始めた。
「生命反応なし」
「そうか。死体は後で処理しておけ」
「……はい」
フィレスはそう返事をして部下を呼び始めた。
「ユウナ。魔族だけが敵ではない、そうエレインたちに連絡しておいてくれないか?」
「えっと、どういうことですか?」
すると、団長は老人の拳の中を確認した。
その拳の中には小さな黒い半透明な石が入っていた。
「こいつは俺の体内にこの黒い石を入れようとした。どうやら同族を増やそうとしているようだな」
「そう、ですか」
私はその話をまだ理解できていなかった。
この老人がしようとしていることがなんなのかわからないからだ。
しかし、これがエレイン様やミリシアさんに危害を及ぼすということはよくわかったのであった。
こんにちは、結坂有です。
徐々に明らかになっていく新勢力の思惑ですが、今後どういった展開になっていくのでしょうか。気になりますね。
そして、あのエルデバン家当主が言っていた同族を増やすというのはどういうことなのか。
それでは次回もお楽しみに。
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