戦いは広がっていく
周囲を取り囲んでいた敵の下半身を覆っていた氷が溶け始め、彼らが動き始める。
「っ! こいつら、本気で殺しに来てやがるっ」
レイがそういうように先程とは攻撃の仕方が明らかに違う。
ティリアも剣を構えて周囲の敵に対応し始めた。
もちろん、彼女は俺たちの味方であることは確かなのだろう。
敵からも同様に攻撃を受けているからな。
それにしても相手の様子が普通ではないようだ。今までは特に考えもしていなかったのだが、明らかに自分の意思で動いているとは思えない。
まるで操り人形のような感覚だ。
「ふっ」
俺は変わらず、相手の鎧を大きく凹ませることで相手を無力化するやり方を取っている。
とはいえ、それでも彼らは起き上がり無理やり体を動かしている様子だ。
「エレイン! このままじゃキリがねぇ」
「そうだな。だが、殺すのはどうかと思うがな」
「俺たち殺されかけてんだぞっ! そんな悠長なこと言ってられっか」
確かにレイの言う通りではある。
このまま相手を無力化し、丸く収まるとは考えていない。
団長の分身のようにこの人たちが誰かに操られている可能性があるとすれば、安易に殺すことはできないのだ。
「っ! こいつっ!」
レイに対して六人が同時に取り囲んできた。
当然彼なら斬り飛ばすことは可能だろうが、それでは相手を死なせてしまうことがある。
殺すなという俺の忠告を守っているようだ。
「てめぇらがその気ならっ!」
そう言って取り押さえようとしている六人をその太い刀身の魔剣で吹き飛ばす。
その時、一人だけ腕が引きちぎれてしまい、地面に落下する。
「なっ、こいつら人間じゃねぇのかよ」
ちぎれ落ちた腕からは血液が出ていないのだ。
普通であれば、大量に出血しているはずなのだがどこにも血が飛び散っていない。
「あの計画が……」
その腕を見ながらティリアが何かを呟いた。
どうやらこのことについて何かを知っている様子ではある。
ティリアはフリザード家と呼ばれる四大騎士の家系の一人だ。そのため、俺たちよりも様々な情報を得ているのは確かだろう。
「何か知っているのか?」
俺がそう聞くと、彼女は少し怯えた表情をした。
それは目の前の敵ではなく、遠くにいる誰か考えているのだろう。
四大騎士の彼女でも怯える存在、それは一体……。
「なんでもないわよ。相手の心臓部分を破壊してくれるかしら」
「殺してもいいのかよ」
「ええ、この人たちは人間ではないからね」
そう言ってティリアは一人の腹部を斬り裂いた。
それでも血液は出ることはなく、その代わり以前にも見た黒く半透明な石のようなものが露出していた。
「……やはり、ね」
何かを確認したのか彼女はその石を破壊した。
すると、その人は黒い煙となって消えていった。
「魔族なのか?」
レイが俺にそう質問してきた。
「異質な存在、魔族とは別だ」
「……よくわかんねぇけど、あの石を破壊すればいいんだな?」
「そうみたいだな」
彼はその太い刀身で相手を容易に切断し、石を完全に破壊していく。
もちろん、俺もイレイラと魔剣を駆使して敵を倒していく。
「ふっ」
一〇人ほど周囲を取り囲んできたところを瞬裂閃で斬り倒していく。
当然ながら、相手は何も考えていないような立ち回りをしてくる。俺とレイ、そしてティリアとその執事で一瞬で制圧していった。
殺さないで防衛することはそう簡単ではないからな。相手を完全に無力化できたのはよかったと言える。
それからしばらく戦いを続けて最後の一人をレイが切り倒した。
「……それで最後かしら」
「ああ。周囲に気配はない」
正確には一人だけ俺たちの様子を監視している人がいるが、そのことはティリアには言わないでおこう。
「ふふっ、お二人は本当にお強いのね」
そう怪しげな笑みを浮かべたティリアは大聖剣を納めて俺の方へと歩いてきた。
「おいっ、何する気だ?」
レイが俺の盾になるように立った。
「あら、ほこりを取ってあげようとしただけよ?」
「あ? ふざけてんのかっ」
俺の服のどこにも目立つほこりはない。
それに、彼女の歩み寄り方は明らかに暗殺をするような動きだった。
当然ながら相手の動きに敏感なレイがここまで威圧的になるのは無理もない。
とは言っても彼女に殺意のようなものは見受けられない。暗殺をする様子ではなかったのだろうか。
そんなことを考えていると家の扉が開いた。
「エレインっ!」
扉の奥にはアレイシアであった。
「フラドレッド家次期当主のアレイシアさんね。私のことは覚えているかしら?」
そう言って彼女は怪しげな視線をアレイシアに向ける。
「フリザード家のティリアね。私のエレインになんの用かしら」
「ただ、助けてあげただけよ。それだけなのにそんな鋭い目を向けられるのはどうかと思うわ」
そうティリアは言うがアレイシアは鋭い視線を緩めず、ゆっくりと歩いてきた。
足が不自由ではあるものの、リハビリを毎日のように行っているため杖を使わずに歩けるようにまでは回復している。
「今回の件は感謝するわ。でも、これ以上エレインに深入りするのはやめて」
「いいじゃない。私も年頃の女、その相手ぐらいは見定めてもいいのでは?」
つまりは結婚相手ということだろうか。
その話をするとアレイシアは若干頬を染めたが、すぐに反論した。
「あなたの相手がいないことは承知してるわ。でもエレインは渡さないわよ」
「残念だわ」
ティリアが残念そうに俯いた直後、俺の後ろから監視していた一人が姿を現した。
「エレインはティリアに釣り合っていないな」
そう断言するように言ったのはルカであった。
「ルカ・ヘルゲイツ……。独身同士蹴落とすのは良くないと思うわよ?」
「独身? 伴侶となる人を生涯作るつもりはない」
ルカはそう言いながら俺の真横を通り過ぎて行った。
その時、学院の時よりも桃の香りが増していた感じがした。
「あら、そう? それにしても桃の香りがするのはどうしてかしらね」
「……私のメイドが勝手にしたことだ。気にすることではない」
ルカのメイドであるイリアの話を聞いた俺からすれば、おそらく彼女の言っていることは嘘なのだろうな。
ともかく今、俺は二人の会話を聞き流すことしかできない。
「ちょっと、二人ともいい加減にして。ここは私の分家の家よ」
確かにここはフラドレッド家の分家にあたる人の敷地だ。
当然ながら、発言権はアレイシアの方が強いだろう。
「ティリア、今日はもういいだろ」
「アレイシアさんがいなければもう少しだったのにね」
そう二人に説得されるようにティリアは踵を返した。
「でも、エレイン。いつかは二人でお話でもしましょう」
「いつか、な」
俺がそう言うとティリアと執事はゆっくりと来た道を帰って行った。
「エレイン、監視を付けて悪かったな」
「いや、今回は助かった」
「まさか、感謝されるとは思っていなかったがな。今日はゆっくりと休むといい」
そう言ってルカも立ち去っていった。
すると、アレイシアが力の入っていた肩を下ろして、俺に腕をつかんできた。
「とりあえず、二人が無事でよかったわ」
「あの程度の敵、俺たちの脅威でもねぇよ」
そう自信満々に胸を張ってレイは言った。
まぁこの程度なら俺たちが何か怪我をすることは考えられないからな。
とはいえ、もう少し戦闘が長引くと思っていたが、早く終わったことに越したことはないだろう。
◆◆◆
外の状況を見計らって私、ユウナは聖騎士団本部へと走り抜ける。
もちろん、狙撃の可能性もあるが、今の私にできることは団長にフラドレッド家が攻撃されているということを伝達することだ。
その任務を達成するためには止まらずに走ることしかない。
それから私は山を駆け抜け、わざと街中の人通りに混じりながら狙撃を回避していく。
そして、聖騎士団本部に到着した。
「えっと、通してくれますか?」
「……何者だ」
本部の中に入るには門番の人をなんとかして説得する必要がある。
以前であれば、こんなことをしなくても入れたのだが、今はそうはいかないようだ。
「お、覚えていないですか?」
「……許可なく本部の中には入れない」
門番の人は融通が効かない人のようだ。
ちょっとは許してくれてもいいものなのだが……。
「ユウナ、ここで何をしている?」
「っ! 団長っ」
そう私の後ろから声をかけてきてくれたのはブラド団長であった。
ちょうどいいタイミングだ。
「あ、あの……話したいことがあるんですっ」
私がそう言うと団長は何かを察してくれたようで、すぐに門番の人に視線を送った。
すると、門が開き本部の中へと入れるようになった。
「ありがとうございますっ」
「気にするな。話は団長室で聞こう」
それから私たちは少し懐かしい団長室へと向かった。
そして、団長が椅子に座ると私の方を向いた。
「話はなんだ?」
私はフラドレッド家で起きたことを全て話した。
すると、団長はゆっくりと目を開けて話し始めた。
「なるほど、お前たちを狙った攻撃で間違いないようだな。ただ、一つ気になるのは攻撃を仕掛けた人が数十人いるということだ」
「はい。絶対にいたと思いますっ」
正直なところ私はその光景を見たことがないためわからない。
けれど、ミリシアさんが言っていたのだから間違いないはずだ。
「そうか。お前を信じる。こちらの方で調べてみることにしよう」
「えっと、応援とかはないのですか?」
「……あいつらがその程度の人数で倒れることはないだろう。それよりも今すぐにでも調査を開始した方がいい」
確かに団長の言う通りだ。
エレイン様やレイさんが得体の知れない人に負けるわけがない。
「そ、そうですねっ!」
「ところで、お前にも手伝ってもらおうか」
「……へ?」
そう私が言うと、団長は机の上に大量の資料を置いたのであった。
こんにちは、結坂有です。
フラドレッド家を襲った人たちの正体はなんなのでしょうか。
少なくともアレに関わっていることは間違いないようですね。
それでは次回も楽しみに。
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