力を持つということ
訓練場での戦いを終えた俺はルカのメイドに連れられて医務室へと向かっていた。
とは言っても既に傷は治療し終えている。
「……どうかしました?」
「医務室に行く必要はないのだがな」
「いいえ、その傷を放置することはいけません」
確かに魔剣の力がなければすぐにでも治療しなければいけない重傷ではあるが、俺は必要ない。
それから引っ張られるように医務室へと向かう。
医務室には女医の人が紅茶を片手に休んでいた。
「いらっしゃい。ルカ先生から聞いてるわよ」
そう言って紅茶を置いて俺の傷を診ようとする。
どうやら詳しい事情はルカから前もって連絡を受けていたようだ。
テーブルには包帯や針などの治療に使われる道具が綺麗に並べられている。
俺は椅子に座らされ、すぐ横にはメイドが立っている。逃げようにも逃げられない状況だ。
「じゃ、上着を脱がすわね」
色気を含んだ声色でゆっくりと俺の胸元を触ってくる。
「……何をしているんだ?」
「この胸筋、服の上からでもわかるわ」
まさぐるように俺の胸元を触っている。
「それは関係ないだろ」
「そうね。あとでゆっくり見させてもらうわ」
すると、彼女は燃えて固まってしまった上着の肩部をハサミで切り取って脱がす。
「あら?」
当然、そこには傷跡すら残っていない。
「えっと、怪我をしていないの?」
「いや、聖剣の力で治癒した」
正確には魔剣だが、都合を合わせるために聖剣としておいた。
「なっ、あなたは一体何者なんですか?」
横に立っていたルカのメイドはひどく驚いている。
彼女は俺が刺されるところを目撃していたからな。驚くのも無理はない。
「とりあえず、服の交換だけしておくね」
そう言って女医は裏の部屋へと向かった。
「……」
女医が服を取りに行っている少しの時間、俺とルカのメイドでしばらく沈黙が続く。
そして、メイドの方から話しかけてきた。
「あの、私はイリアと言います」
「俺のことは知っているのか?」
どこまで知っているのかはわからないが、ルカからある程度俺の情報を受けていることは推察できる。
「はい。あのフラドレッド高家の養子だと聞いております。フラドレッド流を受け継いでいないものの高い実力を持った方だと教えていただきました」
なるほど、学院の情報をそのまま受け取っているようだ。
聖騎士団から俺がどんな人なのかは聞いていないという点では都合がいい。
「ですが、あれほどの実力を持っておられるのは何故でしょうか」
「調べればわかると思うが、俺はもともとエルラトラムの出身ではないんだ」
「そう、なんですか。それでフラドレッドの養子としてここで生活しているのですね」
どういった人なのかはそれで伝わるはずだ。
「俺の流派はどこにも属していないそうで、我流としてこの学院に登録している」
「それでルカ様があそこまで心酔しておられるのですね」
「心酔?」
「はい。あなたのことを考えて石鹸まで変えたのですよ」
「……どういうことなのかわからない」
石鹸を変えたからといってどういった効果があるのかは俺にはわからない。それにルカに近づくことがなかったためにそれすら気付いていなかったからな。
「ですが、あなたのことを見ていてわかりました。ルカ様が心酔なさるのも不思議ではございませんね」
そう言って目を輝かせながらイリアは俺の方を見つめてくる。
すると、俺の肩に手を当ててゆっくりと顔を近づけてきた。
「ちょっと、ここ医務室なんだけど?」
そう言って新しい服を用意してくれた女医が戻ってきた。
「っ! な、なんでもありません」
さっと体勢を戻したイリアは外方を向く。
「まぁわからなくはないけれど、ね」
すると、女医の方も俺に近づいてきて何やら話しかけてきた。
「私、あなたみたいな生徒、好きよ」
そう耳元で囁いた彼女は色気を醸し出しており、誘惑してきているのがわかる。
どうしたらいいのか分からずにいると、いきなり扉が開いた。
「エレイン様っ!」
扉を開いたのはリーリアであった。
◆◆◆
俺、ブラドは聖騎士団の団長室へと戻っていた。
横にはフィレスが立っている。
彼女は以前のミリシアのような立ち位置で俺のことを護衛してくれている。
その点においては議長の権限を使えばどうとでもできる。
そして、夕方に差し掛かったところで聖騎士団の一人が団長室に入ってくる。
「暗号の解読が終わったそうです」
そう言って彼は資料を手渡してきた。
「そうか」
資料を受け取ると、彼はすぐに団長室から出て警備の方へと戻った。
この資料はエルラトラムの研究機関で調査してもらっていた資料の一つだ。
セルバン帝国のエレイン、ミリシア、レイ、アレクの情報が入っていると思われる資料だ。
しかし、その多くが暗号化されておりどういった内容が書かれていたのかすぐにはわからなかった。
俺はこの解読された資料を開いてみる。
横にいるフィレスもレイを保護してくれたため無関係ではなく、彼女も資料を覗き込んでくる。
「……なるほどな。彼らがどういった存在なのかは帝国は既にわかっていたということか」
「そうみたいですね。それに色々とわからない用語があります」
下の方を読んでみると確かにわからない用語のようなものがわかる。解読ミスというわけでもないことからおそらくは何らかの意味を持っているようにも思える。
これがどういったことを示しているのかは帝国の研究者でない限りわからないのだろうが、俺たちでも少しは把握した方が良いのかもしれない。
彼らが人類の切り札になるのであれば、我々はその扱いを徹底しなければいけないのだから。
「レイたちはどうするつもりなのですか?」
「今のところは自由にさせておくつもりだ。ちょうど俺も議長という権限を持っているわけだからな。ある程度は融通を効かせることはできる」
「そうですか。このことは他の聖騎士団には知られてはいけないことですよね」
とは言っても全ての情報を統制することは難しい。
いずれはこの情報を悪用してエレインたちに危害を加えることがあるかもしれない。
「ああ、このことは内密にして欲しいところだが、いつまでも秘密にしておくことはできないからな」
「はい。その時はどうするのですか?」
「もちろん、排除する」
人間の脳はそう都合よく記憶を消すことができない。
この情報を悪用するような奴は国家反逆罪として処分するしか方法はない。
そのことを話した途端、フィレスは少し恐怖を抱いたような表情をした。
〜〜〜
ミリシア 女
・人間 『HAEB -』
エレイン 男
・非人間 『GDRI』
レイ 男
・非人間 『FTYA -』
アレク 男
・人間 『HAEB +』
以上の者を『祖の発現計画』の被験者とする。
地下施設では登録番号『943』の血を引き継ぐ者として『エレイン』を最重要監視対象とする。
レイにおいて、能力の発現が見られない場合は”処刑”とする。
監視期間中、彼らが暴走し制御できなくなった場合、地下施設全体に神経ガスを充満させ、登録番号『2573』を全て開放し、完全に”抹殺”すること。
また、上記の方法で抹殺できない場合は施設全体を爆破し、立ち入りを六〇年間禁止とする。
監視対象の調査は全て倉庫『351』にて厳重に保管すること。
監視が終わり次第、資料は全て処分すること。
こんにちは、結坂有です。
今回にてこの章は終わりとなります。
明かされていくエレインたちの正体、いったい彼らは何者なのでしょうか。
次章ではそのことについても触れていきます。
それでは次回もお楽しみに。
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