考えは簡単に変わる
エレインとセシルのおかげで自分の実力をうまく発揮できた私、リルフィは実家に帰っていた。
実家には私の母、そして祖父の二人がいる。
学院の近くにあるこの実家はエルデバン家の本家と言われている。
世間的に見れば新しい上に使用人上がりということもあって差別的な目で見られることが多い。
とは言っても剣術評価は高く、魔族討伐作戦においても良い戦績を残していたりと私たちの家系はそこまで悪くはないと思っている。
「おかえり、リルフィ」
玄関に入ると母が出迎えてきてくれた。
「ただいま」
「今日の授業はどうだった?」
そう言って私の上着を脱がしてくれる母はとても優しい印象だ。
母は剣士として育てられていないため、私は普段通りに話すことにしている。
父は厳しい人だったそうだが、私が生まれる前に魔族との戦いに戦死してしまったそうだ。
「楽しかったわよ」
「そうなのね」
優しく微笑んでくれる母を見ていると私は安心する。
「あ、そういえば後で道場のところへと行ってくれるかしら」
「え? お祖父様が呼んでるの?」
「少し話したいことがあるそうよ」
祖父はエルデバン流を大きく発展させた言われる偉大なお方だ。
私の訓練にも子供の頃から付き合ってくれていた。しかし、なかなか上達しない私に少し面倒そうにしていたのも私は知っている。
「わかったわ」
それから私は服を着替えて道場へと向かうことにした。
道場に私の変わった形の聖剣に近い形をした木剣や他にも直剣なども多く揃えられているが、両手で使うようなものは存在していない。
それらは私たちの流派には合わないという理由があるからだ。
道場の中に入ると祖父はじっと座って私を待っていたようだ。
「来たのか」
「はい」
堅い口調でそういった祖父はどこか重大な話をしようとしているようだ。
「学業に励んでいるようじゃな」
「はい」
私はゆっくりと音を立てないように祖父の後ろに座る。
すると、祖父は私の方へ向いてまっすぐ私の目を見た。
「高度剣術学院はどういった場所じゃ?」
祖父の時代には高度剣術学院といった施設はなかったそうで、当時は訓練施設しかなかったと聞いたことがある。
「はい。生徒の皆さんが日々精進に励んでおります。私自身も彼らと共に実力を高めることができていると思っています」
そう思ったことを正直に話す。
あの学院に入ることで私はこの道場では学べないことを学ぶことができている。
事実、今日のエレインたちの話を聞くことができなければ、私は上達するのに時間がかかったことだろう。
「そうか」
祖父はそう言ってゆっくりと立ち上がった。
「……何かよからぬものがお前の心を蝕んでいるようだな」
「よからぬもの、ですか?」
そう言って祖父は自らの聖剣を取り出した。
「っ!」
私はそれを目で見ないように床を見つめた。
祖父が戦闘時以外で聖剣を手にするときは何か怒りを抱えている時だ。
「事実、私は上達したと思っております」
「お前は強くなどなっておらん。やはりあの学院には何もないではないか」
「……どういうことですか?」
私には祖父があの学院に対して怒っている理由がわからない。
私が入学するとなった時、彼は反対することなく送り届けてくれた。
「あの聖騎士団が関わっているということが納得いかん」
「聖騎士団がですか?」
「そうじゃ。奴らは世のことを何も分かっておらん」
そう言って祖父は鞘から聖剣を抜き出した。
「このわしが正さねばならん」
「……どうしてそこまで怒っているのか私にはわかりません」
「わしらがこうして力を蓄えてきたのには理由がある。この国を正すためじゃ」
祖父の言っている正すという意味が私にはなんのことなのかわからない。
この国が間違っているとは私も思ってはいない。
それに聖騎士団がこの国や世界のために今も戦っていることのだ。それのどこが間違っているというのだろうか。
「一体何を正すというのですか」
「決まっておろう。心石のあるものが正義なのじゃとな」
「心石?」
「お前の心が弱っておるのはその石が小さいからじゃ」
なんのことを言っているのかわからない。
しかし、祖父が嘘をついているということも考えられない。彼の言葉に重みがあるからだ。
「それではどうすればその心石を強くするのですか?」
「正しい道に進むこと、ただそれだけじゃ」
「私には何が正しいのかわかりません」
祖父の言っていること、学院が目指そうとしていること。何を信じればいいのか私にはわからない。
「いいか。明日わしらは学院を攻撃する」
「え……」
「決して邪魔はするではないぞ。それがお前にとって正しい道じゃ」
祖父のその話を聞いて私はあの事件のことを思い出した。
自警団の人たちが暴走して学院に攻撃してきたことがあったのはまだ記憶に新しい。
もしあれがまた起きるのは一人の学生として許すことはできない。
「お言葉ですが、あの学院ではさまざまな生徒が切磋琢磨しております」
「それがどうしたというのじゃ? 聖騎士団の連中の言うことを聞く奴らなど存在するだけ無駄だと言っておるのじゃ」
「無駄……」
エレインやセシルは非常に高い実力を持っているのはもちろん、剣術評価が底辺のミーナが高い実力を発揮しつつあるのは目に見えている。
そういった実例があるため学院の方針が間違っているとは思えない。
それでも祖父は間違っていると言っている。
「そもそも心石を持っていない人間など弱い存在じゃからの」
そう言って祖父は剣を横方向に斬った。
その瞬間、空気が震えるのを感じる。それほどに強力なその一閃は生徒がどうこうできるものではない。
明らかに自警団の強さを超えている。
「……」
私は生まれて初めて死という恐怖を感じた。
これ以上、祖父を怒らせてしまったら私が殺される。
私が祖父を止めることはできないのだから、私が祖父を超える実力がないのだから。
◆◆◆
学院の見回りを終えた私、ルカ・ヘルゲイツは自宅への帰路についていた。
私の本名は学生たちには隠している。もちろんヘルゲイツと言えば学院内は混乱するからな。
だが、顔が知られていない私は名前を隠すことである程度は気付かれずに教師として仕事をすることができているのだ。
すると、一人の男が後ろから呼びかけてきた。
「ヘルゲイツ様」
帰路に着く頃にはいつも情報を伝えてくれる。
「何かあったのか?」
「はい。本日、エレイン・フラドレッドとその従者は商店街にて買い物をしておりました」
「それだけか?」
「はい」
「それのどこが重要な情報というのだ?」
この情報屋は確かに優秀なのだが、それでも無駄なことを調べてくることがある。
当然ながら、それが悪いとは思っていないのだがな。
「……エレインはどうやら桃の香りのする石鹸が好みのようです」
「桃、か」
「はい」
「まぁ良い。他に彼に付けている人はいたのか?」
「かなり探したのですが、そのような人は見当たりませんでした」
「それならいい」
学院の方針として一人の生徒に対して深く関わることはよくないのだが、私としてはエレインがどういった人間なのか気になる。
単純に興味があるというか、あれほどの美しい体捌きは見たことがない。
以前の自警団が襲撃してきた時も彼は非常に高い実力を発揮していた。その上、あれほどの数と戦っても息切れすらしていなかった。
いくら私でも二〇人を相手にするのは骨が折れるのだ。
「ヘルゲイツ様が彼に対してそこまで傾倒されるのは珍しいです」
「何事にも興味がないわけではないからな」
「それに相手は男と……」
「そういった感情ではないからなっ」
まったく興味があるからといって好意的かと言われればまた違うはずだ。
全く変なことを言わないで欲しいものだ。
それから私は家に帰る。
私の家は代々特殊な聖剣を受け継いでいる家系だ。
ヘルゲイツ流剣術は剣術評価として特別だと見做されているため、順位は定められていない。
とは言っても歴史は長く、聖剣がなくともかなりの実績はあると自負している。
「ヘルゲイツ様、お疲れ様です」
家に入ると何人かのメイドが出迎えてくれる。
「今日もご苦労だったな」
「いいえ、これも私たちの仕事ですから」
彼女たちにはある仕事を任せていた。
それは学院で私がヘルゲイツとしての仕事ができないため、公務を色々と任せている。
アーレイク・フラドレッドの護衛や聖騎士団の手助けなど彼女の仕事は多岐に渡っている。
そのためにあの聖剣の力の一部を彼女たちに貸しているのだ。
「ところで、頼みが二つあるのだが……」
「なんでしょう」
「エレイン・フラドレッドと手合わせをして欲しい」
「わかりました」
彼女たちを全員を相手してもエレインは勝てるのだろうか。
ふと私は気になったのであった。
もちろん、学院の訓練と称して彼を連れて行くことにしようか。
「それで、もう一つの頼みとはなんですか?」
「ああ、桃の石鹸を用意してくれ」
「はい。わかりました」
そう返事をした彼女たちは少し微笑んでいた。
こんにちは、結坂有です。
エルデバン家は一体何を考えているのでしょうか。そしてリルフィは何をするのか、今後の展開が気になりますね。
そして、エレインの教室の担任であるルカは非常に強い剣士のようですね。
彼女は何者なのかも気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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