才能の開花
鍵を受け取って訓練場の中へと入る。
今日は三人のため、少し広めの場所を借りることにした。
「ここは木剣もあるのね」
「そうだな」
中に入ると、今まで小さい訓練場よりも様々な形状の木剣が壁に掛かっていた。以前の部屋では直剣だけしか揃っていなかった。
「うちはこんな感じの曲刀だわ」
そう言ってリルフィは木剣の中から一つ選んだ。
その剣は刀身の大部分は直剣のようなだが、剣先にかけて大きく湾曲している変わった剣だ。
「刃はもっと薄いんだけど、木刀だからね」
そう言って彼女は刀身の厚みを手で触って確かめている。
確かに薄い刃なら俺も何回か見たことがある。
「変わった剣を使ってるんだな」
「そう? エレインのその剣も変わってると思うけど……」
そう言って彼女は左の腰に携えているイレイラを見た。
「東洋に伝わる剣で有名だそうだが?」
「うーん、知らないかな」
少し考えてみたが思い当たるようなものはなかったようだ。
まぁ剣の種類はどうであれ、彼女の実力を知るためにも一度手合わせした方が良さそうだな。
「俺はこの直剣で……」
「エレイン、ここは私から手合わせするわ」
そう言ってセシルが俺の前に立って止めた。
どうやら彼女が先に手合わせをするようだ。
「ああ、わかった。リルフィはそれでもいいか?」
「お、お手柔らかに……」
流石に剣術評価一位の彼女を前にしたら少しは萎縮してしまうようだ。
とは言っても彼女はそこまで強いわけではない。
素晴らしい技を持っているだけだからな。セシルはこれから実戦を通してより進化していくはずだ。
「最初からエレインと当たるよりも私の方がまだマシよ?」
そう目を細めて俺の方を見た。
どうやら俺が本気で叩きのめすと思っているのだろうか。
相手を調べるのに俺が本気を出しては意味がないからな。そんなことはしない。
それから二人は訓練場の中央に立って、互いに見合っている。
セシルの構えは基本に忠実な上段の構え、つまりは攻撃に特化した構えと言える。
それに対して、リルフィの構えは異質なものだ。
体は相手の方を向いているのに剣は自分の後ろの方へと構えている。おそらくだが、自分の体を使って間合いを悟られないようにしているのだろう。
確かに理にかなってはいるものの、初動が遅れるという弱点もある。
「準備はいいわ」
「うちも大丈夫」
二人はお互いに見合ったまま俺からの合図を待っている。
「それでは、始め」
俺がそう言うとセシルは駆け出したが、リルフィはまだ動けていない。
やはり初動の素早さに関してはセシルが上手ということだろう。
セシルが上段からの振り下ろしで強烈な一撃を放つ。
しかし、その一撃は寸前で躱されて彼女に大きな隙が生まれる。
「ふっ」
小さく息を吐いて横に移動したリルフィは反撃することもなく、まるで相手を観察するように待っている。
完全に相手を倒すためにギリギリまで攻撃を待つというのが彼女の戦い方なのだろうか。
「へぇ、居合みたいな戦い方なのね」
どうやらセシルも気付いたのだろう。
「違うよ。うちのはもっとすごいの」
だが、それを否定したリルフィは大きく一歩を踏み出すと素早い袈裟斬りを放つ。
「っ!」
完全に予想していなかった攻撃にも関わらず、セシルはなんとかそれを避けることができた。
確かに普通であれば、あれは避けることはできないだろう。
「よ、避けられたっ?」
「甘いわね。それじゃエレインに勝てないわよ!」
そう言って飛び上がったセシルはリルフィの首元に剣を添えた。
勝負はセシルの勝ちで終わったが、リルフィの実力に関しても見えてきた。
「勝負あったな」
「つ、強いのね」
「剣術評価一位は伊達じゃないのよ」
そう自分を誇るように彼女は言った。
彼女の努力量は尋常なものではない。それは彼女の体を見ればよくわかる。
あの筋肉のつき方は並の努力で手に入るものではないからな。
「リルフィ、あの袈裟斬りはよかった」
「え? ほんと?」
「ああ、あれほどの強力な一撃があれば、一対一では間違いなく勝てるだろうな」
「でも、セシルには通用しなかった……」
それは俺が常にあれと同等の速度で手合わせしているからな。
普通であれば、避けることも難しいだろう。
「セシルが強過ぎるだけだ。普通の人とは違う」
「……そうなの?」
「え、あ……そうね。そうだと思うわ」
急に質問されたセシルはそう答えるしかなかった。
少し不自然な会話となっているのは言うまでもない。
「まぁ対複数戦となれば、その一撃だけでは少し弱いだろうな」
「そうよね」
どうやらリルフィはその弱点に悩みを持っているようだ。
一撃必中の剣と言われれば聞こえはいいが、対複数戦においては圧倒的に不利になってしまう。
実戦では常に一対一が成立するわけではないからな。その点ではかなり弱いと言える。
「はじめに相手を観察する癖があるようだな」
「うん。幼い頃からずっと治すように言われてたけど、どうしても相手を見ちゃうの」
「治す必要はない。それを普段から意識して観察するようにしてみたらいい」
俺がそう言うと彼女は驚いた表情をした。
「でも、エルデバン流の教えでは常に自分が動くことに集中しなさいと……」
「おそらくだが、それがリルフィの枷になっているんだろうな」
「ええ、エレインの言う通りだわ」
セシルも同じことを思っているようだ。
初めの一撃で大きな隙が生まれたのにも関わらず、リルフィは攻撃しなかった。
いや、体が動かなかったと言うべきだろうか。
本人は気付いていないようだが、彼女は相手を観察した方が強くなれる。
もちろん、構えが独特で初動が遅れるということもあるが、あれほどの速度で剣を振るうことができるのならそこまで問題ではないだろうな。
相手を分析することがリルフィを実力を高める近道なのかもしれない。
「教えは……」
「剣術というものは常に進化し続けるべきだ。それに教えのせいで実力が発揮できないのならそれはやめるべきだ」
「私もサートリンデ流を崩しているわけだからね」
「セシルが?」
「うん。以前の試合でそれをしたのだけど、評価が少し下がったわ」
確かにセシルの評価は下がっていた。
しかし、実戦ではかなり有効な手段となり得るものだろう。もう少し練度を高めれば以前よりもさらに進化した剣術になるはずだ。
「剣術の真髄は自分が強くなるためだ。常に自分が芯に存在しなければいけない」
「そうよ。剣術はあくまで技術、強くなるのは自分なんだから」
いくら強いとされる剣術でも自分の戦い方に合っていなければ勝てない。
自分が強くなるためには少しアレンジする必要もあるのだ。
「……そう、なのかな」
「俺も手合わせする。少し相手を観察することに意識を向けてみればいい」
「わかった」
俺は直剣型の木刀を手にすると中央へと立った。
正面にはリルフィが立っている。
「では、始めるわよ」
「ああ」
「いいよ」
すると、セシルは一拍置いて口を開いた。
「始めっ」
その合図とともに俺は走り出す。
リルフィは先ほどと変わらず構えを崩していない。だが、変わったのは俺の動きをしっかりと目で追っていることだ。
俺は相手の技量に合わせて、斬り上げをする。
間合いのギリギリを狙ったその攻撃に彼女は難なく避けることができた。
「っ!」
一歩だけ後ろに下がったリルフィは剣を後ろに構えたまま、高速で移動してきた。
斬り上げた体勢のため、俺の胴体はガラ空きだ。
「せいっ」
そして、俺の胴体に目掛けて剣先の曲がっている部分で斬り裂くように攻撃してくる。 なるほど、確かに実力があるな。
「えっ!」
しかし、リルフィの剣は俺の胴体には届かなかった。
彼女の眼前には俺の剣が構えられていた。
「……流石にそれは無理よ」
横でセシルがそういった。
「い、いつの間に?」
「走り出した直後だ」
俺がそう説明するが、リルフィは納得できなかった。
「あのね。エレインの攻撃って異常に速いのよ。だから私たちは認識できないわ」
「それって、反則だよっ」
反則と言われてもこれに関しては聖剣や魔剣の能力を使っていない。
「悪いが、これも技術だ」
俺がそういうが二人は頬を膨らませて俺の方を睨むように見つめてきた。
「まぁ相手を観察できれば対複数戦でも優位に立てるかもな」
「相手が見えたって意味がないと思うけど?」
確かに見ているだけでは意味がない。
しかし、どんなに数が増えようとも隙はどうしても生まれてくる。
相手をしっかりと見極めることができれば、その一瞬の隙を狙って斬り倒すことも可能だろう。
「じゃ、横の訓練場に行くか」
「え?」
「そうね。あの態度には少し腹が立ったからね」
今いる訓練場の横はあの二人が訓練をしている場所だ。
ここに入る前にリルフィを罵った男がまだいるからな。当然、対複数戦をするのであれば、あの二人に頼めばいいことだろう。
「では、いきましょうか」
「む、無理だよ」
「俺がいけると言っている」
「……」
「たとえ負けたとしても、私たちが敵討ちするから大丈夫よ」
そうセシルが容赦のないことを言うと、リルフィは小さく頷いた。
「それなら……」
「決まりね」
すると、セシルはリルフィの手を引っ張って訓練場を後にした。
こんにちは、結坂有です。
本日二本目、ですがそろそろ日付が変わりそうですね。
リルフィは相手を観察し、一瞬の隙を狙う戦い方の方が強いのかもしれませんね。
それが複数戦になっても使えるのか、気になります。
それでは次回もお楽しみに。
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