食い違う思想
魔族の襲撃を俺とミリシアで防いだことによって、聖騎士団の被害は最小限に抑えられた。
あの状態で逼迫した状態が続いた場合、今回の三倍近くは死傷者が増えていたと団長は考えているようだ。事実、押されかけていたのだからな。
それから俺とミリシアは休憩室のベンチに座っていた。
「それにしても、魔族の勢いが尋常ではなかったわね」
「まぁあの数を捌き切るのは難しいだろうな」
「私たちだったらいけるのに?」
聖騎士団といえども、俺からすればそこまで強いものではない。団長の分身という能力はかなり強力だが、それでも魔族に対して有効打となる攻撃には限りがあるのだ。
結局のところ、今の聖騎士団には数に勝る実力がないということだ。
「正直、二人であれだけの数を相手にするのは現実的に不可能なことだからな。俺たちが常識外れなだけだ」
「……確かに地下施設の訓練は最高のものだわ。でも、聖剣を使った戦闘は私たちよりも彼らの方が強いはずなのよ」
言われてみれば聖剣を使った戦いは俺やミリシアたちよりもここの聖騎士団の人たちの方が慣れているのが当然だ。
しかし、いくら慣れているからと言っても実戦経験がないと意味がない。
実力の高いアレイシアでさえ、一人で一〇体の相手しかしたことがないといった状況なのだ。
そんな状況で魔族に最適な戦術が磨かれるかと言われれば疑問が残る。
「聖騎士団の人たちは圧倒的に実戦が足りていない。ただ、聖剣を持っているだけでは意味がない」
「つまり、私たちみたいに毎日戦ってたというわけではないのね?」
「そういうことだ」
俺たちは生まれて自我が芽生え始めた時からずっと対人戦を主体とした訓練を毎日のように繰り返してきた。
しかし、この国での剣士は生まれてどこかの名家で修行を積み、学院でやっと対人戦が主体となり始める。それにその学院ですら毎日というわけでもないのだ。
当然、実戦的な経験と言えるものは少ないと言えるだろう。
「実際に戦って身につける感覚というものはほとんどない、そういうことなのね」
「訓練は所詮訓練でしかないからな」
俺がそう言うとミリシアは小さくため息をついた。
「聖騎士団って言うぐらいだから、もっと強い人がたくさんいるものだと思っていたわ。でも実際はそうではないって知ると拍子抜けね」
すると、休憩室に団長が入ってきた。
「少しいいか?」
「いいわよ」
ミリシアがそういうと団長はゆっくりとベンチに座った。
「今日来て分かったと思うが、聖騎士団は魔族の対処で精一杯だ」
「そうだろうな。あれほどの魔族の数を相手にするのは難しい」
「そこで、ミリシア」
団長はゆっくりと彼女の方へと視線を向けると、彼女は少し警戒した。
「魔族を利用して悪いことをしている人間を探し出してほしい」
「……目の前にいるんだけど?」
「俺のことではない。他に人類を破滅に向かわせる可能性のある悪い奴がいるということだ」
以前、アレイシアが言っていたことと同じだ。
可能性がゼロではない以上、そういった人がいてもおかしくはない。
それはミリシアでもすぐに理解できることだろう。
「そんな人が仮に本当にいたとして、何か問題なのかしら」
「どういうことだ?」
「魔族は人間や精霊を嫌っている、それが前提なら人間が魔族を操るなんてできないと思うの」
「いや、魔族の知能を考えれば操ることも可能だろう」
俺がそう補足するが、彼女はどこか納得していない様子だ。
もちろん、俺もそういった人がいたところでなんの問題もないと思う。しかし、一般人はそうではない。
「……分かったわ。そういった活動に向けても考えてみるわ」
そう彼女が俺の方を向いて頷いた。
「あ、団長の説得じゃないからね。エレインの意見を聞いたから変えただけよ」
彼女が団長の方を向いて、俺の意見だからと言う。
俺の意見だろうと構わないが、今後どういったことが起きるかなど推測することができないのは確かだ。
いろんな可能性を考えて対処をする方がいいだろう。
「まぁそう言ってくれるだけで助かる」
団長はそういうとゆっくりと立ち上がった。
「一つ聞きたいことがあるんだが……」
「なんだ」
そう立ち上がった団長は俺の方へと視線を向ける。
「魔族と人間、違いはなんだ?」
「……」
俺のその質問に団長は無言になった。
「エレイン?」
「ここに来る前に一人の人間と会った。確かに強かったが、魔の気配も感じた。それはどういうことだ」
そう、瞬間移動の聖剣を持っていた剣士のことだ。
彼は人間でありながらも、少しばかりの魔の気配も混じっていたように思える。
そのことについて団長も少なからず知っていることだろう。
「俺たちもまだ理解はしていない。だが、一つ言えることは人間が魔族になることはあり得るということだ」
「え、魔族になれるの?」
今ある人間の体格を大きく変えることはできない、それが常識であったのだが魔族にはその常識がないのだろうか。
とはいえ、人間が魔族になり得るというのなら話は別だ。
魔族になりたい人がいれば、もちろん魔族に力を貸すだろうな。
「詳しくはわからないがな。少なくとも俺は一人知っている」
それ以上は語らず、団長は休憩室を後にした。
足早に彼が部屋を出たということはあまり聞かれたくないものだったのだろう。
「……エレイン、さっきの話はどう思うの?」
「不思議ではないだろう」
聖剣で特殊な力を得ることができる。ならば魔族で力を得るというのも何ら不思議ではない。
すでに不思議なことが起きているのだから、今更あり得ないと思うことではないような気がする。
「私も魔族の力は異質なものではあるけど、決しておかしいとは思えないのよね」
「魔族ですら、それを制御できていない奴もいるからな。超常的なものではないということは確かだ」
超常的ではないとはいえ、あの自然治癒の速さは異質を極めていると言えるがな。
それ以外は目立って特別と考える必要はない。
腕力に関しても体格に相当した力を持っている上に、生命としての弱点もしっかりとあるわけだからな。
すると、休憩室の扉が急に開いた。
「エレイン様っ!」
そう言って飛び出してきたのはリーリアであった。
「来たのか?」
「はい。私はどこまでもエレイン様に付いていきますから」
確かに彼女には心配をかけてしまったからな。
「無理をしたようだな。悪かった」
「いいえ、エレイン様は正しいと思います。あの時点で遮断門を閉めることはもしものことを考えれば、当然のことです」
再び魔族の侵入を許すことになれば、大問題だからな。
「ただ、無理のなされたのには異議があります」
「……そうだろうな。心配をかけてすまない」
そう謝ると彼女は首を振ってそれを否定した。
「ですが、ご無事でしたので問題ないですよ」
彼女はほっと安心したように胸を撫で下ろした。
すると、続けて扉が開きアレクとレイが入ってきた。どうやら二人も俺の後を追ってここまで来たようだ。
「どうしてここまで来たの?」
「ったりめぇだろ。もともと俺が担当する仕事だったんだからよ」
言われてみれば、俺がレイに依頼したのだ。
「べ、別にいいでしょ?」
「まぁ無事だったんならいいけどよ」
そう言ってレイは腕を組んだ。
多少の不満はあるものの、大した問題ではないということだろう。
「それより、ここで何があったのかな?」
アレクは俺にそう質問してくる。
「見ての通り、魔族との大規模な戦闘があった」
「ま、私たちが終わらせたけどね」
続けてミリシアがそういう。
その話を聞いてアレクは少し深刻そうな表情に変わった。
「……この一件、魔族だけが問題ではないみたいだよ」
そう言ってテーブルの上に握り拳大の黒い半透明な石を置いた。
「これは?」
「ここに来るまでの途中で奇妙な人と出会ってね。戦うことになったんだけど、倒した後にこれを落としたんだ」
「見てみるとただの綺麗な石のように見えるけど……」
ミリシアはテーブルに置かれたその石を手に取って調べてみる。
横から見てみてもただの石のように見えるが、彼によれば変わったもののようだ。
「その石は体内から見つかったんだ」
「えっ……」
そう絶句した彼女は石をゆっくりと置いた。
もちろん俺もその一言でこの石が特別なものだとすぐにわかったのだ。
こんにちは、結坂有です。
衝撃の内容でしたね。
人間が魔族になれる、一体どういうことなのでしょうか。そしてあの黒い石はなんなのか、気になることばかりが増えてきましたね。
そして、次回でこの章は終わりとなります。
次章では舞台を再び学院に戻りますが、戦闘はかなり多めとなる予定です。
それでは次回もお楽しみに。
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