破滅の始まり
基地北東部に魔族が侵入してきたため、この前哨基地は防御体制に移行していた。
すでに戦闘が始まっているようで、魔族の咆哮が少し離れている私のところにも聞こえてきた。
日が沈み、辺りは暗くなっている。
それでも魔族の攻撃は治らない。
「フィレス」
北東部へと走っていると後ろから団長が追いかけてきた。
「団長?」
「足を止めるな」
「はい」
速度を落とさず私は走っていく。
団長も追いかけるように私の後ろに付いてくる。
「この場所に攻撃を仕掛けてくるとはな。魔族が動き出したということだろう」
「やはり、千体以上の軍勢なのでしょうか」
「それはわからない」
そう言って団長は私を追い越すように走っていった。
私もそれなりに速い速度で走っていたつもりなのだが、団長にとっては遅いようであった。
団長はさらにペースを上げて、前線へと向かった。
少し遅れて私も前線へとたどり着くと、すでに混戦状態となっており見渡す限り魔族が押し寄せてきている。
それを聖騎士団や団長の分身のおかげでなんとか押し返しているといった状況だ。
しかしこの防衛も時間と共に私たちが不利になっていくのは明白、なぜなら基地全員を含めたとしても私たちは四〇人程度しかいないからだ。
そんな状態で千体以上いるかもしれない魔族を押し留めるのは難しいことだろう。
「フィレス、左翼の援護へ向かってくれ」
「はいっ!」
柄を握って分身を操っている団長が私にそう命令してきた。
私は団長の命令通り、左翼へと向かう。
すると、そこではすでに何人かが魔族の攻撃で倒れている。
聖剣を引き抜いて私も応戦することにした。
「くっ!」
近くに行くとすでに悪臭が漂っており、精神的にも辛い状況だ。
これが聖騎士団の仕事、魔族の軍勢を倒すということだ。
美しい制服とは裏腹にここまで酷い現場で戦っているということでもある。
「フィレスだったな。俺はヴェイスだ。援護、感謝する」
そう言って一人の男性が前線より少し前に出た。
すると、美しい剣撃で魔族に有効打となる一撃を与えていく。
それにより行動の動きが遅くなった魔族が壁となって侵攻が遅くなる。
「動きを止めた。攻撃開始っ!」
ヴェイスの俊足の攻撃により、動きを封じられた魔族に聖騎士団が押し込んでいく。
私もそれに乗じて突撃する。
一体一体、確実に倒していく。集団対集団では勢いで勝負がつくことだってある。
今はヴェイスのおかげで敵の動きが遅くなっている。今が好機なのは間違いない。
「ふっ!」
私の振るう一撃は遅いが確実に仕留める攻撃だ。
しかし、他の聖騎士団は私よりももっと早く敵を倒していく。それは当然と言える。私は彼らよりも圧倒的に場数が違う。
「相手は押し負けているっ! 押し返せっ」
そう誰かが言った。
そして次の瞬間、聖騎士団の攻撃速度が上がりさらに魔族へと斬り込んでいく。
さらに後ろから団長の分身が魔族へと無数に攻撃していく。
分身のため魔族を殺すことができないが、傷を与えることができる。治癒能力が高いとはいえ、怪我を負えばしばらくは動けなくなる。
その間に他の聖騎士団がとどめを刺す。
それが団長の作戦だ。
「ブルヴァァ!」
魔族の強烈な咆哮が轟き、その音圧で肺が圧迫されるような感覚がする。
しかし、こちらとて攻撃の手を緩めることはできない。
手数が減ればその分こちらは不利になっていくからだ。
何体いるかわからないが、私も無理をしない程度に一体一体倒していくことにした。
とは言ってもこれがいつまでも続くとは思っていない。
そろそろここは真っ暗になる。そうなれば、私たちは押し返されてしまうことだろう。
◆◆◆
夕食を終え、シャワーで素早く体を洗った俺は自分の部屋へと向かった。
そして、部屋の鍵をかけると魔剣から二人の堕精霊が姿を現した。
「ご主人様、先ほどから嫌な予感がするのです」
「どういった予感だ?」
そう言いながら俺はベッドに腰を下ろし、疲れた体を休める。
「魔族が攻めてくるような、そんな予感です」
精霊独特の直感のようなものだろうか。
しかし、俺はそういった感覚はしない。それに気配もない。
もしかすると精霊は俺よりも気配を感じ取る範囲が広いというのだろうか。それなら納得いくのだが。
「わしもそんな感じがするの」
どうやらクロノスだけではなくアンドレイアも同じく感じ取っているようだ。
「じゃが、微かな予感じゃ。対して脅威になるようなものではなかろう」
「そうなのだろうな。魔の気配に関しては人間の俺よりも精霊の方が感じ取りやすいのかもしれない」
「……確かに微々たる気配です。ですが、それでも嫌な予感なのには変わりないです」
目を閉じてクロノスはそういった。
彼女がここまで怯えるように口を開くのはおそらく魔族に対する恐怖心からなのだろう。
「と言われても俺には何もできない」
「どういうことじゃ?」
「この国の法律的に魔族を殺せるのは聖騎士団だけだからな」
「……そう、でしたね」
こういった時に自分で自由に動くことができないのは不便で仕方ない。
もし魔族がどこかに侵入しているのであれば、すぐに対処した方がいいに決まっている。
しかし、聖騎士団でもない俺が魔族を殺すのはエルラトラム国民としてやってはいけないことなのだ。
「仕方ない、レイを呼んでくるか」
俺が魔族を倒すことはできないが、そもそもエルラトラム国民ではないレイなら殺すことができる。
俺はそのまま地下部屋に向かった。
地下部屋に向かうと千体以上の魔族をどうするのかで作戦会議をしていたところであった。
ユウナは机の上で眠ってしまっているため、会議には参加していないのだろう。まぁレイに一〇〇回近く吹き飛ばされた後だ。体が疲れているのは明白だからな。
「エレイン、どうしたの?」
ミリシアがボードの前に立っており、扉を開けた俺にそう話しかけてきた。
「レイ、少しいいか?」
「あ? どうしたんだよ」
「少し相談だ」
「構わねぇぜ。お前の頼みならなんでもやってやるよ」
そう言ってレイは立ち上がってきた。
「エレインが相談って珍しいね」
ミリシアがそういうとアレクも頷いた。
「法律はどうすることもできないからな。レイに頼むんだ」
「悪いことでもすんのか?」
「いや、魔族退治だ」
俺がそう言うとレイは頭上に疑問符を浮かべた。
「あ、エレイン。魔族がいるの?」
「気配がするらしいからな。その魔剣を持って俺の部屋に来てくれないか?」
すると、レイが魔剣を持ち上げて俺のところへと歩いてきた。
その目はどこかやる気に満ちているようだ。
「へっ、魔族なんか”吹き飛ばして”やるぜっ」
「ひっ!」
ユウナが驚いて起き上がった。
「悪い悪い、声がデカかったな」
「ひどいですぅ〜 夢の中までレイさんがぁ〜」
そう涙目で彼女が言うが、俺はそれを無視してレイに視線を向けた。
「まぁ俺の部屋まで来てくれないか」
「わかったよ。じゃあな」
そう言って俺とレイは地下部屋を後にした。
部屋を出る直前、ミリシアは何かを言おうとしていたがすぐにやめた。
それから自分の部屋に向かうとレイが驚いた。
「こ、こどもかっ?」
彼がそう言った途端、アンドレイアが少し嫌そうな表情をしたがすぐに顔を戻した。
「俺の魔剣の堕精霊だ」
「精霊、か。詳しくはしらねぇがそういうことなんだな」
そう納得した彼は椅子に座った。
扉の奥でこっそりと耳を当てている人がいるが、無視して俺は話を進めることにした。
「クロノス、魔族の場所とかはわかるか?」
「気配は薄いですが、ここから北に向かったところにいると思います」
「北……それってよ。ミリシアがさっき言ってた場所に近くはないか?」
なるほど、魔族の軍勢と何か関係があるということなのだろうか。
それならレイ一人では対処できないかもしれないな。
「微かな気配です。軍勢とは別の何かだと思いますけれど……」
「この国の外なら聖騎士団に任せるのだがな。もし国内に侵入してきているのなら大問題だろう」
「確かに、そうですけど」
「まぁ魔族を倒せばいいってことだな?」
そう簡潔にまとめたレイは握り拳を叩いた。
今からでもすぐに戦えるといったそんな意思が汲み取れる。
「そういうことだが、まだ一つ話が残っている」
「ん? ああ、そうだな」
そう言って俺とレイは扉を音を立てずに開ける。
「ひゃっ!」
そこにいたのはユウナであった。
「何をしているんだ?」
「ミ、ミリシアさんに言われて……」
「まぁなんでもいいがな。ミリシアに伝えてくれ」
俺がそう言うと彼女はすぐに正座して話を聞く姿勢に入った。
「今から北の方へと向かうと伝えてほしい」
「あ、はい。わかりました」
そう言ってユウナはすぐに地下部屋の方へと向かった。
そして、入れ違うようにリーリアもやってきた。
「エレイン様、何かあったのですか?」
「魔族の気配がしたらしいからな。レイを連れて退治しに行くつもりだ」
「わかりました。私もお供します」
すると、すぐにリーリアは部屋に入って服装を着替えてきた。
それから俺とレイ、リーリアは北の方へと向かうことにした。もちろんアレイシアには伝えている。
何があっても魔族を野放しにしてはいけないからな。
俺たちは日の沈んだ夜の街を進んでいく。
こんにちは、結坂有です。
魔族の軍勢と衝突することになりましたね。
果たして聖騎士団は無事に魔族を押しとどめることができるのでしょうか。
そして、エルラトラム国内で感じ取った魔族の気配はなんなのでしょうか。そちらの状況も気になりますね。
今後も戦闘は続いていきます!
それでは次回もお楽しみに。
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