混沌の予兆
ユウナの訓練を見た後、夕食を食べることにした。
ミリシアたちは食材をアレイシアから金銭的な援助を受けているため、夕食を自分たちで食べることができているようだ。
流石にユレイナとリーリアの二人で八人分の夕食を作ることはできない。
彼女たちには夕食を自分たちで作って食べる必要があるのだ。
そして、着替えを終えた俺はリビングへと向かった。
「……」
リビングに入った瞬間、アレイシアがジト目で俺の方を向いてきた。
「どうかしたか」
そう言って俺が席につくと、彼女は椅子を近づけて真横にきた。
「ミリシアって子と仲良いみたいだけど、どういった関係なの?」
「昔からの知り合いで、他の連中と変わらない」
確かに深い関係で結ばれているとはいえ、アレクやレイとそこまで変わりはない。
「じゃ、ユウナって子は?」
彼女に関して幼い頃に同じ訓練を受けていたと言うだけで、常にずっと付き添っていたわけではない。
それにしてもアレイシアがジト目でずっと見つめてきていることが気がかりだ。
「ユウナもそこまで変わらない」
「そう、それならいいんだけど……」
「何か問題でもあるのか?」
「べ、別にエレインが誰と仲がいいとか私は気にしないわよ」
彼女はそう言ってそっぽを向いた。
すると、厨房からユレイナが料理を持ってきてテーブルに並べる。そしてそっぽを向いているアレイシアに向かって口を開いた。
「アレイシア様、エレイン様のご友人に嫉妬心を燃やすのはどうかと思いますよ?」
「嫉妬じゃないわよっ」
「そうですか? お昼の時、エレイン様のことを……」
「言わなくていいからっ」
アレイシアがユレイナの言葉を遮るように言った。
「お昼に何かあったのか?」
「訓練場を貸してあげただけよ。ほんとそれだけだから、ね?」
「ふふっ、本当はそれだけではないのですけどね」
ユレイナがそういうとアレイシアが彼女の方を向いて「言わないで」と視線で訴える。
「……では、食事にしましょう」
ユレイナがテーブルに料理を並べ終えると、そう言って席に着いた。
厨房の片付けを終えたリーリアも席について俺たちは夕食を食べることにした。
今日の夕食は少し贅沢なステーキだ。
香草で下味を付けたステーキは口に入れた瞬間に香りが広がる。
そして、サラダはリーリアの好きなレモンソースを使ったもので、バランスの良い食事となっていた。
「エレイン様、レモンソースはいかがでしょうか」
「美味しいよ」
レモンの風味をうまく利用しているようで、控えめながらもしっかりと味が引き出されている。
「それはよかったです。いつもと食材が違うので、お変わりないかと思っていたので」
確かに言われてみれば、レモンの香りが少し強いように思う。
とは言っても普段と変わりないように思うのは彼女が味を近づけてくれたおかげだろう。
「いつもと違和感はないよ」
俺がそう言うとリーリアは嬉しそうな表情をしたのであった。
「そういえば、その髪飾りはこの前買ったものか?」
「あ、はい。変ではありませんか?」
以前、関所近くの店で買った髪飾りを彼女が付けていた。
フラドレッド家指定のメイド服ではあるものの、アクセサリーなどの着用は問題ないそうだ。
それにそこまで厳しいわけでもなく、ただの名残でメイド服を指定しているだけのようだ。
ユレイナも少し着崩すことで自分の戦い方に邪魔にならないようにしている。
「ああ、とても似合ってるよ」
俺がそう言うとリーリアは顔を赤くして小さく「ありがとうございます」と言った。
「……エレイン」
そうアレイシアが俺の方を向く。
「どうした?」
「私も変わったところがあるんだけど、わかるかな?」
「髪を切ったのか?」
「うんうんっ、似合ってる?」
普段と特に変わりはないのだが、ここは似合っていると言った方が良さそうだ。
「似合ってる」
「えへへ、言われちゃった」
「エレイン様、お気遣いありがとうございます」
すると、アレイシアの横に座っていたユレイナが俺の方に頭を下げた。
「気なんて遣ってないよね? ね?」
「そう、だな」
いつも以上にアレイシアの圧が強かったため、俺はそれに押し負けてしまった。
「ところで、エレイン様。あの件はどうなされるのですか?」
するとリーリアがそう俺に聞いてきた。
あの件とはおそらく魔族のことだろう。
「基本的には聖騎士団のことを信頼する。俺が手を出さなくても彼らで対処できるのならその方がいいだろう」
「そうですね。ですが、今回の件は少し特殊な気がします」
「どう特殊なんだ?」
彼女は少し不安そうな表情でそういった。
「普通、魔族の襲撃は突発的に起こるものです。こうした千体以上の軍勢で攻めてくると言ったことはほとんどないのです」
確かに言われてみればそうか。
魔族侵攻と呼ばれる大軍勢の襲撃はそう頻繁に起こるものではないからだ。
数年の間に二回も起きるというのはおかしい。
「そうね。リーリアの言う通りだわ」
アレイシアもその点を不審に思っていたようだ。
「この魔族の件、何か意図的なものを感じますね」
そうユレイナが言う。
「エレイン、一つ言っておくのだけど、敵は魔族だけじゃないわ。魔族を利用している人間もいるのよ」
「つまり?」
「詳しいことは私も知らないのだけど、魔族を利用して人類を破滅させようと考える人もいるの」
いわゆる破滅思想の人たちか。
確かにそれはあり得る話ではある。現に魔族を操ろうと思えばできることなのだから。
「聖騎士団は人類と精霊を守る存在、敵は魔族だけではないのよ」
その言葉を俺は深く受け止めて頷いた。
今までのことを考えれば、敵はいつも魔族だけではなかった。
人間もいれば、堕精霊と呼ばれる存在もいる。裏で何が起きているのかはわからないが、人類と精霊を守るために俺が何をするべきなのかは明白だ。
◆◆◆
私、フィレスは前哨基地で見張りを担当していた。
調査隊は壊滅、再編成するにしても時間がかかるため今は見張りを引き受けている。
私は何かをしていないと落ち着かない性分なのだ。
「フィレス、今日は助かった」
「隊長、もう動いて大丈夫なんですか?」
「本当はダメだけどね。歩くぐらいなら大丈夫だよ」
そう言ってアドリス隊長はベンチに座った。
腹部に分厚い包帯を巻いた彼は少し疲れている様子であった。
「ここは最前線も最前線、ゆっくりと体を休めることはできないからね」
「そうですね。ですが、人員は十分です。無理に動く必要はないと思いますよ」
「体を動かさないと鈍ってくるんだ。特に自分の間合いに関してはね」
団長から聞いたが、彼は抜剣術の使い手のようだ。
それもかなり強力な剣士だと聞いている。当然、間合いの感覚は常に磨き上げておく必要があるのだろう。
「自分で斬ったとはいえ、重傷だったのですよ? 少しは体を休めてください」
「これぐらい心配しなくても大丈夫だよ。それにしても君は本当に強い心を持ってるんだね」
「……どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だよ。首を吹き飛ばされる瞬間を目撃したにも関わらず冷静だったからね」
私は咄嗟の判断には自信がある。
どんな状況だろうと冷静であったのは自覚している。
「それは自分でも理解しています。どうして、なんでしょうね。今まで魔族と戦ってきた時もパニックになったことは一度もないです」
「あいにく、僕も同じでね。子供の頃から何があっても冷静だった。目の前で両親が殺されても怒り憎しみが勝って感情的になることはなかったからね」
どうやらアドリス隊長も私と同じような人間なのかもしれない。
そう思った瞬間、遠くの方で爆発音が聞こえた。
「っ!」
「……なんの爆発かな?」
私は双眼鏡で爆発のあった地点を観察する。
「北東の地点、木々が大きく揺れています。おそらく魔族かと思われますっ」
「わかった」
隊長がそういうと近くにあった無線を手に取って報告を入れる。
「北東の山岳地帯、魔族が接近しているようだ」
『了解、直ちに防御体制を取る』
無線からはそう返事が来る。
「私は防御体制の援護に向かいます。隊長はギリギリまで体を休めてください」
「僕も向かうよ」
「まだふらつきがあるようなのでだめです」
私がそう言うと隊長は小さくため息をついた。
「本当に人のことをよく見ているんだね」
「でしたら、体を休めてください」
「わかった。じゃ、隊長命令。無理はしないように」
そう言ってアドリス隊長は私の肩を叩いた。
「……はいっ」
私は大きくそう返事をして、基地北東部の援護に向かうことにしたのであった。
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