戦う理由
もう一人のメイレスという男の攻撃に僕は負けそうになっていた瞬間、フィレスの声が聞こえたのであった。
「アドリス隊長っ!」
どうやら彼女は応援を呼んで来てくれたようだ。
「ふっ」
すると、目の前のメイレスが息を吐くと一瞬で僕の背後へと移動した。
「くっ」
僕が振り向いた瞬間、すでに相手の刃がこちらへと向かってきていた。
これは防ぐことができない。
キャリンッ
しかし、その刃が僕の腹部を斬り裂くことはなく、団長の剣に阻まれていた。
「団長っ」
「……」
僕がそういうが団長は無言のままだ。どうやらこの団長は分身の方なのだろう。
それでも団長の分身が強いのは当然のことで、瞬時にメイレスを弾き飛ばす。
「隊長、大丈夫ですか?」
「数カ所切られたが大丈夫だよ」
「それはよかったです」
事実、致命傷になるような傷は受けていない。
腹部は血まみれになっているが、これは自分で斬った傷だ。
とは言っても神経毒が少なからず体内に残っているのは明らかだろう。
すでに足元が痺れ始めている。
そんなことを考えていると、聖騎士団の人たちが何十人も走ってきた。
「まさか、前哨基地の人たち全員で?」
「はい。団長の一声でほとんど全員で来ました」
すると、奥にいた女性が大きく舌打ちをした。
「作戦失敗ね。一旦引くわよ」
「御意」
「……」
彼女がそう言うと同時に三人は一瞬で姿を消した。
霧の中に消えるように視界から消えていく。
どうやらそれも聖剣の力を使っているのかもしれない。もしそうだとしたら、僕たちにとって面倒な相手になることは間違いないだろう。
◆◆◆
私が応援を呼んだことによって隊長をなんとか助けることができた。しかし、他の調査員たちは頭部を完全に破壊されてしまっているため、救うことはできなかった。
隊長は腹部を大きく抉られていたのだが、それは毒を体内に回さないために自分で抉ったと言っていた。
出血が激しかったものの基地ですぐに輸血を行い、治療が始められた。
「アドリスだけでも救えたのはよかったと思っている」
「どういうことですか?」
ガラスの奥でアドリス隊長が治療を受けている様子を眺めながら団長はそういった。
「彼はドライテ流の最後の使い手でな。特にドライテ流抜剣術を得意としている」
抜剣術、相手の間合いのギリギリを攻める剣術だ。
鞘に収めた状態で攻撃を開始するため、相手に刀身の長さを悟られないのが強みだ。
刀身の長さは相手の間合いを知るのに重要な情報だが、それを隠されていては推し量ることは難しい。
そういった特徴を持った剣術を彼が受け継いでいるのだ。
「その、ドライテ流抜剣術はどういったものなのですか?」
「一撃必中の剣術と呼ばれているな。複数人相手にしたとしても間合いに入っていれば一撃で仕留めることができる」
「一撃で、ですか」
確かに一撃で複数人倒すことができれば強力だと言える。
「欠点は間合いの外からの攻撃ともし外れた場合の隙の大きさだな」
「それは他の剣術でも同じことだと思いますよ」
「まぁそうだがな」
そう言って団長は踵を返した。
アドリス隊長の容体が安定したようだ。あとは無事に治療が進み、傷を癒すことが重要だろう。
「団長っ」
私は一つ気になっていたことを団長に聞くことにした。
「どうした?」
「……私たちは魔族と戦っている、そうではないのですか?」
私がそう言った瞬間、団長は少し黙り込んだ。
その反応からして私たち聖騎士団の相手は魔族だけではないようだ。
「私たちが攻撃を受けたときにアドリス隊長が言っていました」
「こうなってしまった以上、お前も無関係ではないからな。教えておくことにしよう」
そう言って団長は私の方へと振り返った。
「俺たち聖騎士団の目的は人類と精霊を守ることだ」
「つまり、相手が人間だろうと、人類と精霊のためなら敵と判断すると言うことですか?」
「ああ、その通りだ」
私は聖騎士団が魔族を倒す存在だとずっと思っていた。
「相手が人間だろうと、刃を向けるのですね」
「人類の繁栄と精霊を保護することが俺たちの仕事だ。それを脅かすのであれば排除するだけ、人間だろうと魔族だろうと関係ない」
団長はそう言ってある種の決意のような目を私に向けてきた。
自分は人間を何人も殺してきていると言った感情のない目、その目に若干の恐怖を感じながらも私は聞くことにした。
「……魔族と手を組む人間がいるのですか?」
「人間が魔族を利用している、と言った方が正しいな」
「利用、どういうことですか」
「人類が発展することに反対する人も中には存在している。そういった人たちが発展した国々を魔族を通して攻撃しているんだ」
そう言って団長は不快そうな表情をした。
何か心当たりがあるかのようなそんな顔をしている。
「何かあったのですか?」
「お前も知っているようにあの帝国がいい例だ。あの国はエルラトラムに次ぐ発展国の一つだったからな」
レイの出身国であるあの国は聖剣を所持している人はいないものの、高い技術力を持っていたことは有名だったのだ。
発展を拒む人たちから考えれば、あの帝国は破滅させる必要があったのかもしれない。
あれほどの技術力を持った帝国がもし聖剣を手に入れることができていれば、エルラトラムよりも強力な国になっていたことは間違いないだろう。
「俺たちも自分たちを守るために戦わなければいけない。相手が人間だろうと魔族だろうとな」
「そう、ですね。確かにそうだと思います」
私もあの帝国が滅びる直前を知っている。
無数の魔族が帝国に向かっていく様子を私とレイは見てしまったのだ。
あの魔族で包囲されれば聖剣の持っていない帝国は滅びるしかない。
「分かったのなら話は以上だ」
そう言って団長はまた踵を返して廊下を進んでいった。
私はただ聖騎士団に入って魔族を倒したいとだけ考えていた。しかし、事情を知っていくにつれて魔族だけが人類の敵ではないということが団長の言葉で理解できた。
私が思っている以上に聖騎士団はいろんな活動をしていることがわかった。私ももっと高い実力を身につけて、彼らの助けになりたい。
そう決心と覚悟ができたのであった。
◆◆◆
俺は学院から帰ると、すぐにミリシアたちが声をかけてきてくれた。
いつもならアレイシアが一番早いのだが、今日は少し違うようであった。
「エレイン、少しいい?」
「どうしたんだ」
「ユウナがね……」
すると、ミリシアの後ろからユウナが俺の方に向かって飛びかかってきた。
「……っ!」
横にいたリーリアはその行動を見て強い嫌悪感を示していたが、それでもユウナは強い力で抱きついてくる。
「エレイン様〜 もう私ダメです」
「落ち着け、何があったんだ?」
そう今にも泣き出しそうな震え声を上げながら、ユウナは口を開いた。
「レイさんが大人気ないです〜」
「あ? 俺かよ!」
「ユウナはそう言っているが?」
俺がレイにそういうと、彼は小さくため息をついた。
「一〇〇回吹き飛ばされたぐらいで泣くなよっ」
「ひどいよぉ〜」
確かにレイの強力な力ではユウナは力負けするだろうな。
俺は抱きついてくるユウナをゆっくりと下ろして、彼女の顔を見つめた。
「覚えていないかもしれないがな。正面で戦うときは相手を見ろ。相手をじっくりと観察すれば自ずと弱点が見えてくる」
「……観察?」
「ああ、レイは確かに馬鹿力だ。打ち合いでは負けるのは当然だろう?」
「うん」
俺がそういうユウナは小さく何回も頷く。
そういった点では彼女は相手をよく見ている。
戦いの中で一番してはいけないことは相手を見ないことだ。
相手の剣先ばかりに注意がいくのは当然だが、相手の行動も見る必要がある。
俺はレイに聞こえないぐらいの小声でユウナに耳打ちをする。
「レイが大振りするときは腹部に無駄な力が入る。それを見切ればカウンターを食らわせることができる」
「え? ほんとうですかっ」
「ああ」
俺がそう言うとユウナは勢いよく立ち上がり振り返る。
「レイさん!」
「あ?」
「再戦ですっ! 今度の私は一味違いますよ!」
「おもしれぇこと言うな? いいぜ、来いよ」
そう言ってレイに手招きされ、ユウナは訓練場へと向かう。
結果は言うまでもないが、彼女の惨敗。
しかし、相手をしっかりと観察できていた。その点では大きな成長と言えるだろう。
こんにちは、結坂有です。
聖騎士団が戦っているのは魔族だけではない。どうやら人類の中にも敵が存在するということのようです。
果たしてフィレスは今後、どうなっていくのでしょうか。気になりますね。
そして、ユウナも一歩一歩成長していっているようです。いつかは強い剣士になることができるのか。
それでは次回もお楽しみに。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きも発信していますので、フォローしてくれると助かります。
Twitter→@YuisakaYu




