魔族の調査
学院での対戦を終えた俺はセシルと少し雑談を交えた後、控え室をあとにした。
外で待っていたリーリアと合流して、俺は帰路に着くことにした。
「エレインって一人になる時ってないよね?」
「言われてみればそうだな」
普段、学院内で一人になる瞬間はトイレに行く時ぐらいだ。
それでもリーリアがトイレの出口あたりで待っているため、一人ではないのかもしれない。
とは言っても基本的に彼女が俺との交流を妨げているわけではない。俺に危害が及ばない限り、彼女はただ俺の横に立っているだけだ。
「二人だけで話すのってさっきの控え室ぐらいでしょ?」
「それでも十分だと思うがな」
「時間で見たら十分程度よ? もう少し長くいたいわ」
すると、横にいたリーリアがセシルの方を向いて首を傾げた。
「控え室でエレイン様と何をされるつもりなのですか?」
「……な、何も考えていないわよ」
少し顔を赤くした彼女はそう答えた。
「エレイン様にいかがわしいことをしようとしても無駄ですからね」
「っ! 一言もそんなこと言ってないけれどっ」
そう反論したセシルを無視するようにリーリアは俺の方を向いた。
「それより、あのことは話したのですか?」
「ああ、状況によっては協力してくれるようだ」
俺がそう言うとセシルは少し困ったような表情をした。
「あのことは本当のようなのね」
「そうだな」
ここで伏せているのは周囲にまだ生徒が数人いるからだ。
彼らを不安にさせないためにもここで「魔族」という言葉を使わないようにしている。
しかし、彼らもいずれは魔族と戦うことになる人材だ。
聖騎士団で自由に戦うことができなくとも、脅威からこの国を守るためには戦わなくてはいけない。
「……エレインは怖くはないの?」
「怖いと思ったことは一度もないな」
「どんな経験をしてきたらそんな精神が身につくのかしら」
自分より強い奴と出会ったことがないからだ。
そんな奴が出てきたとしても怖いと思うことはないだろうがな。
「エレイン様は無敵です」
リーリアがそう付け加えるように呟いたのであった。
それからセシルとと分かれて俺とリーリアは家に戻ることにした。
◆◆◆
聖騎士団員に入るために私、フィレスはとある渓谷へと向かっていた。
レイとはぐれてしまったけれど、彼は彼でやっていけるはずだ。
そして、私は何人かの聖騎士団と共に魔族の調査に同行していた。
団長の情報によると、魔族がこの国を襲撃しようとしているようだ。
具体的な数はわかっていないが、千体以上は存在していることが確認されているようだ。
私たちの調査隊はそういった敵の詳細な情報を手に入れるために向かっていると言ったところだ。
同行している人の中にはすっかり顔馴染みとなってしまったアドリス隊長もいることだ。
急な魔族の襲撃にも対応できることだろう。
そんなことを考えていると隊長が話しかけてきた。
「怖くないかい?」
「いいえ、大丈夫です」
「聖騎士団でもないのに、こういった任務に行かせるなんて団長もひどいよね」
「そんなことはないと思います。私こそ、何も訓練していないのに聖騎士団に入ろうとしているのですから」
私が聖騎士団に入りたいと思っているのはアドリス隊長も知っている。
もちろん、そのことで団長と話をしたことも自分から話した。
「初任務、ってわけではないけれど、これで君の実力を見極めるつもりかな?」
「そうだと思います」
私の実力がわからない以上、聖騎士団に招き入れることはできないのだ。
「まぁ僕以外にも手練れの団員がいるから大丈夫だと思うよ」
そう私を落ち着かせるようしてくれる。
もちろん、私だって魔族が怖い。
何体か倒したことはあるし、パベリを守るために何回か自分一人で戦ったことだってある。
実力だって聖騎士団ほどではないと思うけど、高いと思っている。
すると、一人の団員が手で合図を送ってきた。
「待って、あれは待機の指示だ」
前衛で構えてくれている団員が何かを見つけたようだ。
私たちは後衛で、少し後ろの方で前衛の援護をする立場にある。
耳をすましながら前衛の二人を見た。
「人間? どうしてこんなところに」
「話しかけてみよう」
そう言って二人がゆっくりと歩いていく。
彼らの正面には一人の人間が立っていた。体を覆うようなマントで誰なのかはわからない。
「ここで何をしているんだ?」
「安心して、私たちは聖騎士団だ」
そう優しい口調でそのマント姿の人間に話しかける。
しかし、返答がない。
少し警戒を強めたのか前衛の聖騎士団は柄に手を添える。
「……」
マントの人が何かを言ったように聞こえたけれど、私たちは聞き取れなかった。
すると、前衛の二人が手で緊急の指示を飛ばした。
「にげっ!」
マントが靡いた瞬間、前衛の二人の首が吹き飛んだ。
そして、頽れる二人を一瞥した彼は後衛の私たちに向けて視線を飛ばしてきた。
「隊長っ」
「一旦引こう」
そう私たちが引き返そうとした直後、ドーという重い風切り音が聞こえてくる。
「ガァハッ!」
私の真後ろを走っていた聖騎士団の一人が巨大なハンマーの下敷きになっていた。
まさか、あれほどの距離を投げ飛ばしてきたというのだろうか。
「くっ、このまま走り抜ける!」
「はいっ」
私とアドリス隊長は森の中へと進んだ。
私より後ろの聖騎士団は巨大なハンマーのせいで分断されてしまった。
今は私と隊長だけになってしまっている。
「面倒なことになってしまったね」
「あれは……人間、でしょうか?」
「おそらく人間だろうね。魔族ではないよ」
私もマントが靡いた瞬間に見えた体で人間だと思った。
顔までは見えなかったが、体格からして男のように見えた。
「ただ、一つ言えることはここにいる時点でただの人間ではないってことだね」
「……それはどういう意味ですか?」
「僕たちは魔族と戦っている、それが真実ではないってことだよ」
私は隊長の言っている言葉が理解できなかった。
魔族が人間を襲う、人間は自分たちを守るために戦う。
それだけではないというのだろうか。
「ごめんね。今の言葉は忘れて」
「はい」
「さ、先に進もう。長居してたら追いつかれてしまうからね」
そう言って歩き出そうとすると、私の横に別の気配を感じた。
「どこに進もうってんだ?」
「っ!」
隊長が一瞬で剣を引き抜くと巨大なハンマーが飛んできた。
それを聖剣で綺麗に斬り裂いた。
「聖剣、聖剣、また聖剣。次から次へとめんどくせぇな!」
すると、正面の男が走り込んできた。
それを隊長が横方向に素早く斬り込んでいく。
「おせぇ!」
男は隊長の聖剣を手のひらで挟むように止めた。
「っ!」
「おらぁ!」
隊長を振り回すように投げ飛ばす。
私も剣を引き抜いて臨戦態勢に入った。
「あ? 雑魚が俺を倒せるとでも?」
「……」
男の目は何人もの人間を殺してきた目をしている。
相手は人を殺すことになんの躊躇もしない。まさしく魔族のような残虐さをその目が物語っている。
「フィレス! 君は逃げるんだ」
「で、ですがっ」
「ダメだよ。ここで二人が戦うのは意味がない」
確かにここで全滅してしまっては私たちがここまできた意味がない。
魔族が千体以上いること、そして人間がいること。これだけでも私たちは本部に伝える必要があるのだ。
そういった情報は戦略上、必要なものだ。なんとしても伝えなければいけない。
「あー、うっとしいなっ!」
そういった男は横にある木を引き抜いた。
大きな木ではないが、人の背丈程はある木を一瞬で引き抜いたのだ。
「フィレスっ、ここは僕に任せて先に行ってくれ」
「……わかりました! すぐに応援を呼びますからっ」
私は隊長を残して前哨基地へと戻ることにした。
一体あの男は何者なのか、団長はこのことを知っているのか。
色々と気になることだらけだが、今の私には情報を伝えることしかできない。
そんなことを考えながら、森の中を私は駆け抜けていく。
こんにちは、結坂有です。
なんと、魔族に人間がいるということなのでしょうか。
色々と予想していた方も多いと思いますが、これからどういった展開になっていくのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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