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予想できることばかりではない

 昼食を済ませて、午後の授業を終えると放課後になる。

 皆が帰宅や自主練のために解散する中、セシルが俺のところへと歩いてくる。

 その様子を見ているリンネは少し残念そうにため息をついた。


「エレイン、少しいいかしら」

「ああ、自主練か?」

「それに近いわね」


 どうやら放課後に自主練をするようだ。

 こうして彼女と訓練をするのはまだ数回しかしていないが、ある程度は彼女の実力が見えている。

 もちろん、改善点も見えている。

 しかし、彼女は今回はそういった訓練をするつもりはなさそうだがな。


「リーリア、訓練に付き合うのだが大丈夫か」

「はい。大丈夫です」


 それから俺たちは訓練場へと向かった。

 最後までリンネは何かを言いたそうにしていたが、明日にでも聞くことにしよう。


 第七訓練場と小さめの部屋に入るとセシルはすぐに部屋の鍵を閉めた。


「鍵まで閉めてどうしたんだ?」

「ミゲルのことよ。食堂とかで話すと誰かに聞かれるかもしれないからね」


 どうやら明日のミゲルとの戦いの話がしたいようだ。


「なるほどな。それで警戒しているわけか」


 ここに来るまでに周囲を見渡したりなどと色々と警戒していたように見えた。

 俺も目を閉じ、聴覚に集中する。

 壁の奥にはリーリアの心音以外聞こえてこない。

 隣の部屋も空き部屋のようで聞き耳を立てている人はいないようだ。


「それで、ミゲルと戦うのはいいのだけど注意してよね」

「どう注意するんだ?」


 俺がそう聞くと彼女は大きくため息をついた。


「全く警戒していないのね。本当に強いのか疑うわ」

「何か問題があるのか」

「あんたにとっては問題ではないのかもしれないけれど、私にとっては大問題よ。彼の戦い方はあなたの分析した通り、奇襲剣術よ」


 なるほど、確かに奇襲型は注意するべきことなのかもしれない。

 だが、二対二の試合においてそこまで注意するべきことではない気がする。相手が目の前にいる時点で奇襲ではないからだ。


「対面して戦う分には問題ないように思えるがな」

「彼は勝つことに執着しているの。どんな手段を使ってでもね。だから彼の動向にも注意を向けて欲しいのよ」

「確かに奇襲型を相手にするのは厄介だからな」

「ペアのエイラは私も一度戦ったことがあるから大丈夫だけど……」


 そういえば彼のペアについて考えたことはなかったな。

 どうやらペアの相手はエイラというらしい。一度セシルと戦ったことがあるようだ。


「ペアの方はセシルに任せてもいいか?」

「いいけれど、本当にミゲルと正面対決するの?」

「ああ、その方がいいだろう?」


 不安要素があるから俺に注意を促してきたのだろう。

 まぁ俺には不安に思うような要素はひとつもないのだがな。


「……私は奇襲型に対して強いわけではないからね」

「なら、俺が相手しよう」


 そういうとセシルは小さくため息をついた。


「負けたら、許さないからね」


 すると、セシルは壁にかかっている木刀の一つを手に取った。


「何をするんだ?」

「少し打ち合いましょう」

「そうだな。ここを借りたわけだからな」


 俺がそういうとセシルは剣を構えた。




 それからしばらく木刀で打ち合った。

 彼女の素早さは変わっていないが、キレが上がったように見える。

 一打一打が以前よりも明らかに重くなっている。


「前よりも攻撃が重いように感じる。何かあったのか?」

「あなたに言われた通り、少し積極的に動こうと思ってねっ」


 体を回転させ、より素早くより強力な一撃を俺に繰り出してくる。

 俺はそれを素早い動作で避ける。


「かかったわね」


 強い一撃を囮にした攻撃か。

 変則的で非常に有効な攻撃手段ではあるが、読み切られていては意味がない。


「えっ!」


 一撃目を避けた俺はすぐに飛び上がり、その追撃してくる剣先を蹴り飛ばし着地と同時にセシルの首元に木刀を添える。

 そして、少し遅れてカランッと木刀の乾いた音が訓練場に響く。


「今のはいい攻撃だ」

「……今までで一番速い追撃だったのに」


 自分の全力を出したのに軽く躱されたことが少しショックだったのだろうか。


「いや、俺も危ない状況だったからな」

「嘘でしょ」

「……」


 正直なところ、あの程度の攻撃なら俺でなくともアレクやミリシアにも避けることができただろう。


「まぁいいわ。今よりももっと強くなれるのなら楽しめるからね」


 そう言って彼女は落ちた木刀を壁に戻した。




 そして、翌日。

 授業を終えた俺とセシルはミゲルに連れられるがままに進んでいく。

 この先は観客が入れる訓練施設となっている。

 普段は解放されていないが、試合手続きを済ませれば借りることができる。


「ここで戦うのかしら」


 セシルがそう聞くとミゲルは大きく頷いた。


「ああ、お前が無様に負ける瞬間を観客に見せるためにな」


 彼は俺の方を向いてそう言った。


「自分が負けることは考えていない」

「へっ、雑魚のくせに口だけは達者だな」


 彼が扉を開けるとそこには何十人もの観客が来ていた。


「これほどの人がどうして?」

「知り合いにこの話をしただけだ。口伝てで広まったんじゃねぇか?」


 そうとぼけるように彼が言う。

 明らかに根回しがあったのは間違いないと言っていいだろう。

 まぁ観客がいくら増えたところで試合内容に影響がないのなら問題ない。

 ただ、観客の方から悪意を持った視線が飛んできているのは気がかりだがな。

 すでにエイラは準備を整えていたようで、中央に立っていた。


「エイラ、待たせたな」


 彼はそう言って彼女の横に立った。


「準備はいいわね?」

「ああ」


 セシルとともに中央へと立つ。

 依然として観客側からの妙な視線は変わらないまま、正面のエイラは剣を構えている。

 そして俺に奇襲を仕掛けようとしているミゲルはまだ剣を構えていない。


「準備はできたか? カウントを始めるぜ」


 すると、会場の上の方に設置されたモニターのカウントが進む。


「昨日の作戦通り、エイラを狙うわ」

「わかった」


 試合開始の三秒前、俺は妙な感覚に陥る。

 体が浮くような感覚だ。さらに視界までもぼやけてきた。

 すでに目の前のエイラやミゲルの輪郭が崩れてきている。盛り上がりを見せていた観客の声も聞こえなくなっている。


「……」


 横にいるセシルが何か話しかけているようだが、次第に視界が真っ白になり無音の世界に入った。

 なるほど、奇襲と言っていたが感覚を遮断する能力か。

 俺は目を閉じ、思考に走る。


 あと一秒後に正面からミゲルが奇襲を仕掛けてくる様子だ。

 おそらく相手は俺に感覚がないと踏んで得意な下段から攻撃してくるだろう。

 感覚がない状態で長くは戦えない。最初の一撃目の予想ができたとしてそれ以降は次第に難しくなっていく。

 全てを予想して防ぐことは難しいからだ。

 それにしても、エイラの動きが単調だったことに違和感を感じるな。


   ◆◆◆


 横にいるエレインの様子が少しおかしい。

 あと二秒で試合が始まるというのに目を閉じているからだ。

 構えは崩していないことから戦うつもりでいるのだろう。

 どちらにしても、私がするべきことはエイラをなんとしても食い止めることだけだ。


 そしてブザーが鳴り、試合が開始する。

 エレインは下段に向けて防御態勢を取っている。

 もちろん、ミゲルは姿勢を低くして突撃してきている。彼ならあの程度の攻撃は受け止めれるはずだ。


 私は……っ!


 エイラの方へと視線を向けるがすでに視界に彼女はいなかった。


「こっちよ」


 彼女はすでに私の後ろに立っていたのだ。


「悪いけど、私の能力を忘れていたのかしら?」

「くっ!」


 確か彼女の能力は幻影を生み出す能力、斬り込んだ地点に自分の影を生み出す能力だ。

 すっかり忘れていた。

 このことにエレインは気付いていないはずだ。


「ふっ」


 私は体を高速に回転させ、剣を引き抜く。

 かなりの速度だったが、それでも背後のエイラを斬ることができなかった。


「速い速い……。以前より強くなったのかな? それよりも相方の援護をしなくていいの?」

「っ!」

「へへっ」


 エレインはミゲルの一撃目をすでに受け切っていた。

 当然、ミゲルは驚いた表情をしているが、すぐに距離をとって二撃目へと移る。

 いや、これはエイラの罠。視線を逸させるための罠だ。


「せいっ!」


 左方向からの攻撃に私は二本目の聖剣を取り出して防ぐことにした。


「二刀流、ね。ほんと、厄介なんだからっ!」

「お互い様でしょっ」


 私が片方を防御に、片方を攻撃に使い分ける二刀流だ。

 相手は直剣の一本だけで剣術的にも私の方が優位だ。


「せい!」


 彼女が斬り込んでくる。

 キャリンッと金属音を響かせて、私はエイラの攻撃を防ぐ。

 それと同時に片方の剣で斬り込む。


「甘いわね」


 その攻撃を彼女は距離を取ることで避ける。その瞬間、地面を切り込んで自分の幻影を作り出す。

 自分の今の体勢のままで幻影が生み出されているが、それでも厄介なのには変わりない。

 エイラはその幻影を突き破りながら追撃してきた。

 彼女は幻影の裏に隠れることで攻撃のタイミングをずらしてくる。


「くっ」


 だが、その追撃もエレインほど速くはなくなんとか受け止めることができた。


「遅いわね」

「へぇ、ならもっと速く斬ってあげる」


 そう言ってまた距離を取った彼女はまた地面を斬り込んで幻影を発生させる。

 しかし、同じ方法で攻撃してくることはないだろう。


「いいわ、そっちがその気なら私にだって考えがあるわ」

「なら見せてもらおうかしら?」

「サートリンデ流奥義、大蛇の構えっ」


 私は攻撃用を鞘に収め、防御用のベルベモルトを両手で構える。


「見飽きたわ。その構えはっ」


 そう言ってエイラが幻影を突き破って攻撃してくる。もちろん、先ほどよりも素早くなっているが、この構えの前ではその攻撃は通らない。


「大蛇崩し……」


 ベルベモルトにエイラの剣先が触れると同時に、私は片手で攻撃用のグランデバリスを引き抜く。

 もちろん、これは完全なる我流だ。

 サートリンデ流でこのように自ら構えを崩す戦い方はしない。


「うそっ」

「終わりよっ!」


 グランデバリスがエイラの直剣を弾き飛ばす。


「これで一本……」

「だったら……こいつを!」


 そう言ってエイラは防具の裏から小さなナイフを取り出した。


「なっ、それは!」


 試合のルール上、仕込みの剣などは使ってはいけないルールだ。

 すると、エイラは私から逃げるように走ると、エレインへとそのナイフを突き立てた。

 私が走ったところで間に合わない。これが奇襲、ミゲルが言っていたことが実際に起きてしまう。


「これで……ぐぶっ!」「ふざけっ!」


 エレインは美しい動作でイレイラを引き抜くと全方位に草原のような淡い若草色の一閃が走る。

 その綺麗な光はイレイラの剣閃だったのだ。

 それが前方のミゲル、そして右方向からナイフを突き立ててきたエイラを吹き飛ばした。

 もちろん、刃のある方で斬れば二人は二つに斬り裂かれていたかもしれない。

 相手の二人が戦闘不能になったと同時にブザーが鳴り、試合終了となる。


   ◆◆◆


 ブザーが鳴ると次第に感覚が戻ってくる。


「エレインっ!」

「勝ったのか」

「ええ、勝てたわ」


 どうやらセシルはしっかりと戦えたようだ。

 そして大体予想していた位置に二人が倒れている。

 すると、倒れているミゲルが怒鳴り始めた。


「てめぇ、無感覚でなんで戦えるんだよ!」

「無感覚?」


 一瞬セシルが鋭い視線を彼に浴びせる。


「無感覚だろうと剣の腕が鈍るわけではない」

「そんなことがあるかっ!」

「不正は後でゆっくり聞くわ。エレイン、今日は戻りましょう」

「おいっ! 待てよ!」


 ミゲルは立ち上がろうとするが、激痛が走ったようですぐに膝を突いた。


「っ……。くそがっ」


 そう言って彼は床に拳を叩きつけた。


 まぁ一つ言うとすれば、初めから二人がかりで俺に挑んでいたらもう少しいい勝負ができたのかもしれない。

こんにちは、結坂有です。


今回は戦闘パートが長くなってしまいましたね。

ですが、かっこいいシーンに仕上がったと思っています。

エレインの最後の一撃、一瞬で全方位を斬り裂く攻撃は『瞬裂閃』とでも名付けましょうか。

そして、次回でこの章は終わりとなります。


それではお楽しみに。



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