再び揃う剣士たち
学院の近くを通り、俺はリーリアとともに閑散とした商店街を歩いている。
この商店街は以前まではこの時間帯でも活発であったが、今は堕精霊の襲撃があったために店は開いていない。
ここで働いていた人たちはアーレイクのおかげでほとんどが無事に避難できたそうで、あと数日で普段通りに戻ることだろう。
「ここも早く戻って欲しいですね。ここでの買い物は好きなので」
「そうだな。学院の生徒たちも戻ってほしいと思っているだろうな」
そんなことを話していると、奥から女性が走ってきた。
「エレイン様ー!」
そう声をかけてきたのはユウナであった。
ミリシアといつもいるはずの彼女だが、何があったのだろうか。
「ユウナか。どうしたんだ」
彼女は息も絶え絶えになりながらも走ってきた。
ここまで全速力で来たようだ。
「はぁはぁ……。あれ、ミリシアさんは?」
「見てないな」
俺がそういうとリーリアも同じく首を振って否定する。
「うーん。おかしいな」
「何かあったのか?」
「えっと、魔族が襲撃してくる可能性があるのですよっ」
ユウナは少し焦りながらもそう話してくれた。
確かにそれは緊急の要件なのかもしれないな。
「ミリシアさんが物凄い速さで走って行ってしまって、追い付けなかったのです……」
自分の実力不足だと彼女は思っているようだが、ミリシアの俊足は常人では追いつくことはできないだろう。
それにしても先に行ったミリシアが俺と合流できていないことからどこかで何かに巻き込まれているかもしれない。
俺と同等かそれ以上の方向感覚の持ち主だからな。
「……エレイン様、霧が濃くなってきましたね」
そういってリーリアが周囲を見渡す。
ほんの少しだけ霧が立ち込めてきたように見える。
まだ遠くを見ることができるが、気象状況からしてこの時間帯に霧が発生するのは妙だ。
さらに言えば、先ほどから薄気味悪い気配がする。
人間でも魔族でもない特異な気配、精霊の類だ。
「エレイン、さま?」
「ミリシアがこの霧のせいでたどり着けていないかもしれないな」
俺はその霧を無視するかのように帰路に着く。
周囲の建物ははっきりとは見えないが、輪郭だけはわかる。それを頼りに帰り道を辿っていく。
何も起きないといいのだが、やはりこの霧を発生させている正体が俺たちを付けてきているのは明らかだ。
少しひらけた場所で俺は立ち止まった。
「エレイン様、やはりこの気配は……」
「精霊、それも堕精霊だろうな」
「そうですよね」
そういってリーリアは警戒態勢に入った。
「えっと、どういう意味ですか?」
「悪い精霊が俺たちに悪さをしているようだな」
「え? 精霊は悪いのですか?」
「ああ、人間にも悪い奴がいるような」
「そうなんですね」
ユウナは一般的な剣を持っているとはいえ聖剣や魔剣ではない。
その状態で堕精霊と戦うことは無謀に等しい。
今回は彼女を護衛しながらの戦いになりそうだな。
「エレイン様、気配が強まってきましたね」
「そうだな」
俺は目を閉じ、空気の流れに注意を向ける。
物体としてあるわけではないが、存在はしている。そういった精霊は音では判断できない。
空気の流れと気配だけが頼りになってくる。
俺たちの後方からの攻撃を狙っているようだな。
背筋を視線がなぞっている。
「っ!」
やはり、ユウナが先に狙われた。
もちろん聖剣を持っているわけではないが、それでも地下施設で訓練を受けていた。甘い攻撃では通用しない。
「弱そうな顔して受け止めるんだね?」
「私だってエレイン様と同じ訓練を受けていますからねっ」
「へぇー」
そういって金髪の女性の形をした堕精霊はユウナから距離を取った。
「リーリア、背後には気を付けろ」
「はい」
俺がリーリアに忠告すると、その堕精霊は俺の方を向いた。
「そこの男、余裕そうに見てるけど大丈夫なのかな?」
「何がだ?」
すると、瞬きした瞬間に眼前へと迫っていた。
なるほど、こいつもさっき出会ったやつと同じく距離を縮める能力を持っているのか。
「ほらっ、首が飛んじゃうよ?」
「どうだろうな」
相手の剣はショーテルと呼ばれる刀身が大きく弧を描いている剣だ。。
元々は盾などを避けながら攻撃できるようにと作られたそうだが、その形状から非常に殺傷能力の高い武器となっている。
当然、そんな形状の剣で首元を斬られたら致命傷となることは間違いないだろう。
しかし、腕がなければ意味がない。
俺は神速でイレイラを引き抜いた。
「えっ」
堕精霊の腕が地面に斬り落とされていた。
彼女は俺の目の前に張られている糸のようなものを凝視している。
「まさか”剣撃の追加”っ。そんな、そんなはずはないわ」
「悪いが、事実だ」
「っ! どうしてっ」
そんなことを話していると周囲の霧が晴れてきた。
「……あいつ、もう死んだのね」
「何のことだ?」
「この霧の正体よ。私の役割はもうなくなったも同然ね」
そういうと堕精霊は落ちた腕を拾い上げて、くっつけた。
存在だけの彼女らは怪我の概念などがない。存在力が強ければ不死身も同然のようだ。
それにしても先ほどから彼女から強く放たれていた殺意のようなものは今は感じられない。
もう俺たちに敵意はないのだろうか。
「これからどうするんだ?」
「私に役目はないの。あいつみたいに人間が嫌いってわけでもないし、ただの暇潰しだったの」
「暇つぶし、か」
「って言ってもダメよね。あなたたち人間は命があるんだから、死んだら最後だもんね。だから謝るわ」
そういって彼女は美しい金色の髪を整えて頭を下げた。
「別に誰かが死んだわけではない」
「……優しい、のね」
「あの事件から堕精霊の立場が怪しくなったのは確かだからな」
「同情、ってわけね」
そう彼女はあからさまに落ち込んだ。
堕精霊たちが決起したあの事件、そのせいでこの商店街の活気が無くなったと言ってもいい。
最後には率いていた堕精霊が罪を認めて消えてその事件は終わったのだが、確かにそのせいで印象が悪くなったのは確かだ。
すると、横にいたユウナが口を開いた。
「あ、あの……」
「何?」
「私はよくわからないのですけど、何かやりたいからこんなことをしたのですよね?」
「そうね。暇だったし、自分の力試しにもなるかなって思ったのよ。それで人を傷付けることになったのは悪かったわ」
そういってまた小さく頭を下げた。
「今回は悪かったかもしれませんが、今度はいいことにその力を使ってみてはいかがでしょうか」
「え?」
「力試しでしたら……例えば、魔族と戦ってみる、とかですかね」
「ふふっ、あなたは弱いのよ?」
「わ、私だって頑張ればエレイン様のように華麗な一撃はできます」
そういってユウナは胸を張ってその言葉を言った。
しかし、実際のところ彼女には無理だ。
「……ほんと、馬鹿ね」
「馬鹿ではありません」
「馬鹿よ。そんなできないことをできるって言うんだから」
「っ! でもできます!」
確かに何百回も剣を振ればその一つは綺麗な斬撃を繰り出すことができるだろう。
俺だって人間だ。同じ人間であるユウナができないわけがない。
「……負けだわ。好きにしたら」
「え、どういうこと?」
「私を使っていいのよ。ほら」
そういって堕精霊はユウナにショーテルを渡したのであった。
彼女が柄を持つと、金髪の堕精霊は剣の中へと消えていった。
「ユウナの意志が強かったんだろうな」
「よくわかりませんが、これが私の武器なんですね」
「そうだな」
すると、堕精霊は自分の自己紹介を始めた。
「私の名前はライメア。能力は”移動”よ」
どうやらユウナとの相性がいい能力のようだ。移動というのは戦場においてかなり優位に働くことだろう。
相手の目の前に即座に移動できれば、奇襲も簡単にできるからな。
そんなことを考えていると、奥から三人の足音が聞こえてきた。
「あ、エレイン!」
「おぉ!」
「本当に生きてたんだ」
そう言ってミリシアとアレク、そして意外にもレイが俺の方へ走ってきた。
またこうして帝国の人と出会うのは自然と涙が出そうになるな。
これが”旧友との再会”というのは本当に感動的なものだと強く実感したのであった。
こんにちは、結坂有です。
地下施設で厳し過ぎる訓練を生き抜いてきた五人が揃ってしまいました。
そして、全員が聖剣や魔剣を持っているまさしく最強の集団ですね。これから魔族が攻めてくるそうですが、一体どうなってしまうのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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