越えるべき境界線
俺を真似をした何者かが砂塵を巻き上げて逃げていった。
俺たちだけで追いかけたとしても追いつくことは不可能、それであれば今から拠点に向かって情報を伝達した方がいいだろう。
それに相手の魔族は今まで見たことのない奴らであった。当然ながら、得体の知れない相手と何も知らずに戦うのは危険な行為である。
一旦、体制を整えると言うことも含め拠点に戻ったのだ。
それから聖騎士団の拠点に到着した俺たちはすぐにアドリス隊長らにその事実を伝えた。
「おそらく、君たちと出会ったのは魔族ではないね」
どのようなことが起きたのかをアドリスに伝えると彼はそう言った。
俺もあのように体格を変化させる生命体など聞いたことがない。それに力も俺と同等にまでは上がっていたように思える。
「じゃ、あいつらは一体なんだよ」
「あまり信じられないけれど、堕精霊の可能性がある」
「あ? 精霊が魔族と結託してるって言うのかよ」
「それは考えられないね。でも何かの目的のためにそうしているとしたら可能性としてはないわけではないかな」
「アドリス隊長、そのことはエルラトラム議会は知っているのでしょうか」
すると、フィレスが口を開いた。
議会が知っているかどうか、それだけでも色々と変わってくるからだ。
「僕もしばらくは本国に戻っていないからね。どこまで知っているかはわからないな」
「っんだよ。あんたがしらねぇでどうすんだよ」
「それはわかっているよ。でも議会が全て教えてくれるわけではないんだ」
「どう言うことだよ」
「僕たち聖騎士団に彼らはそこまで協力してくれないからね。今までの関係からしたら当然なんだけど」
情報がしっかりと回っていないと言うことだろうか。
軍を動かすには情報が重要になってくる。これは地下施設で学んだことだ。
確実で詳細な情報があれば戦場を優位に動かすことができる。全てが理解することができれば何もかも思い通りに操ることができるからだ。
ただ、そうするにはしっかりとした情報共有が大切だ。
小さなミスで情報が破綻してしまうことだってある。
もちろん、伝達しないとなればその情報は無意味となってしまうだろう。
「そんなことして許されると思ってるのかよ」
「僕も団長も許されないことだと思ってる。それでも僕たちには変えられないからね」
彼は険しい表情を維持したままそう言った。
確かに苛立つ内容ではある。議会の勝手な行動で自分たちが振り回されているとなれば怒りを覚えるのも無理はない。
「……それで、堕精霊のことはどうするのかしら?」
「僕たちが優先するべきは本国であるエルラトラム以外の支援。本国に入ってしまった以上、僕たちの管轄ではないからね。一応、電信で情報は伝えておくよ」
そう言って隊長室から彼は出て行った。どうやら電信室へと向かったのだろう。
その様子を見てフィレスは少し考え込んでいた。
「どうしたんだ?」
「……なんでもないわ」
そうは言っているが、何か不安が残っているような表情をしている。
腑に落ちねぇ部分はあるとはいえ、俺たちの管轄ではないのは確かだ。
本国のことは聖騎士団本部の方でなんとかしてもらう必要があると言うことだ。
それから数十分ほど経つとアドリスが戻ってきた。
「またせたね」
「別に構わねぇよ」
俺がそう返事をすると、彼は上着をフックに掛けて椅子に座った。
「これから私たちはどうするのかしら?」
「そうだね。捜索の方なんだけど、残党が数体いた程度だったんだ」
まぁ俺たちが出会った相手は特別だっただけだがな。
他の捜索部隊は何事もなく任務を遂行したようだ。
「それはよかったわ」
「うん。それで別の任務へと向かう予定なんだ」
「どこに行くんだ?」
「パベリの近く、マリセル共和国の方が狙われる可能性があるからね。そっちの支援にもう一度向かう予定だよ」
確か、この聖騎士団の部隊は共和国の方から来ていた。
と言うことは、共和国の防衛をやめてまでこの国の支援に向かったのだろうか。
臨機応変と言ったら聞こえはいいが、なんでもするボランティアのようなものだ。
それでも彼らは人命を大事に考えている。
一人でも多くの人を助けたい、そんな思いがこの部隊の活動を見ているとよくわかる。
「君たちも来るかい?」
「もちろんだ」
「ええ、お供させていただくわ」
俺たちがそう返事をすると、アドリスはどこか嬉しそうに微笑んだのであった。
マリセル共和国に来てから一週間ほど経っただろうか。
俺たち外国支援部隊のもとに本部から連絡が届いた。
『明日までに本部に戻ってこい』
その命令は今までなかったようだ。
当然、他の聖騎士団の人たちは戸惑いを隠せないでいた。それは隊長であるアドリスも同じだ。
そして、俺たちはここで待機と言う命令になっている。
詳しいことは教えてもらっていないが、本国の問題だと言っていた。
確かに他国の出身である俺たちが関与することではないのかもしれないな。
ただ、それでも聖騎士団に半分所属している状態であるのは変わりないのだ。
「本部に戻るって……私たちは付いていくことはできないようね」
「ああ、それにあまりいいことでもねぇみたいだしな」
本部に戻れると言うことはつまり休暇が取れることと同じはず。それなのに他の部隊は嬉しいそうな表情であったり、安堵に浸っているような雰囲気でもない。
何か悪いことでもあったかのような暗い空気が漂っている。
「あまり詳しいことは教えてくれなかったけれど、それでも私たちがするべきことは人と精霊の安全を守ることよ」
聖騎士団の信念は人と精霊の安全。魔族などの脅威から守ることが俺たちの仕事でもある。
とはいえ、俺たちは正式な聖騎士団ではないからな。ただお手伝いとして同行しているだけだ。
「そうだけどな。俺たちは聖騎士団でもねぇからな?」
「ええ、わかっているわ」
「じゃどうすんだよ」
「決まっているでしょ。なんとしても彼らに付いていく、それしかないわ」
覚悟を決めたのかフィレスの目は真っ直ぐに俺を見つめていた。
それに、俺に何かを求めているかのような意思すら感じた。
「……わかったよ。付いて行ってやるよ」
「自分勝手でごめんなさい」
「気にすんな。俺も似たようなことを考えていたからな」
俺がそう言うと普段表情をあまり変えない彼女は少し目を大きくした。
それほど意外なことだったのだろうか。
まぁ、なんにせよ。俺たちがするべきことというのは決まっているのだからな。
こんにちは、結坂有です。
これにてこの章は終わりとなります。
次章からはエレインとレイの二人が共闘する場面が多くなると思います。
今まで以上に戦闘シーンが激しくなるので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
それでは次回もお楽しみに。
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