入学を考える
第三次魔族侵攻から一年半が過ぎた。俺を養子として引き取ってくれたアーレイク・フラドレッドを当主としたフラドレッド家に今の俺は生活している。一年半も過ごしているが、まだアーレイクに会ったことすらない。まぁその点は別に気にしていない。議会もどうやら黙認しているようで、問題はないようだ。
俺は養子でありながら、先の魔族侵攻で深傷を負った次期フラドレッド家当主のアレイシアという娘の介抱をしている。
彼女は車椅子生活を続けていたが、最近は杖での歩行に移っているところだ。それでも神経に障害が残っている状態ではまともに歩くことは難しいため、俺は世話をしているのだ。
そんなある日のことだ。俺はアレイシアと食事のためにショッピングに出ていた。フラドレッド家は貴族家系であるが、議会に所属しているわけでもないため特権なども持っていない。当然メイドと呼ばれる人も少なく、こうして俺たちが外に出て買い物をすることは珍しくない。
「ねぇ、そろそろエレインも十五歳よね」
「そうなるな」
「だったら、剣術学院に進学しないとだね」
「剣術学院、か」
世界で唯一の聖剣生産国であるエルラトラムは聖騎士団の本拠地としても機能している。そして、その騎士団の育成にも力をかける必要がある。そのための剣術など戦い方を学ぶ剣術学院なるものがいくつか存在している。
「すでに聖剣を持っているから、高度剣術学院になるね。私もそこに通ってたんだよ」
アレイシアはどこか嬉しそうな顔をしていた。
高度剣術学院は十五歳までに聖剣を持っており、使いこなしている人が通う学院のようだ。一般の剣術学院では木剣や模造刀を使った訓練を行うのに対して、高度剣術学院では自分が所有している聖剣を使った訓練や対人戦を行う。
「アレイシアも通っていたのか。それで聖剣の扱いが上手だったのだな」
「さすがにエレインには負けるけどね。でもそこでかなり上位にいたのは確かよ」
「一年以上剣をまともに握っていないからな。今の俺の実力は落ちてるかもな」
第三次魔族侵攻があった後、俺は剣士として剣を振るっていない。たまに握って訓練をしたりするが、それがどの程度感覚を保てているのかわからない。
「でも、幼い頃から鍛錬していたのなら身体は覚えているはず。エレインならきっと首位になれるよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。そう言えば、二本の剣を持っている剣士はいるのか?」
俺は今二本の剣を所有していることになっている。今も俺は左側と後方に剣を携えている。
このように複数の聖剣を持っている人は聖騎士団の中にも数人はいたが、学院にそのような人がいるとは考えられない。経験や実力が少ない学生が聖剣を複数持つのは相当難しいからだ。
「あ、その点は大丈夫だよ。来年入学する人の中に二人、聖剣を二本持っている人がいるはずよ」
アレイシアは食材を選びながらそういい、そしてカゴに入れる。
「正直多いのか少ないのかわからないな」
「多いと思うよ。私の頃なんか一人もいなかったんだから」
まぁ一人もいないよりかは目立たないでいいのかもしれない。
何にせよ、目立つと後々面倒になりかねないからな。
「そうか。なにはともあれ、高度剣術学院に入学することには変わりないんだ」
聖騎士団になる最も一般的な入団方法としては剣術学院で高い成績を残すことだ。それ以外は聖騎士団直属ではなくなる。聖剣を持っているだけの剣士、魔族に対してある程度攻撃力がある人ということだ。
もちろんそのような人には仕事がしっかりとあり、路頭に迷うことはないだろう。
「でも、そうなるとエレインは一人暮らしになっちゃうよね。それは嫌、かな」
「手伝ってくれる人がいなくなるからか?」
「違うよ。その、ちょっと寂しいっていうかそんな感じかな」
一年以上一緒に生活していればそうなるのも必然、か。
俺もアレイシアがいなくなれば、寂しくなるのだろうな。
「学院の規定では基本は寮での生活になるが、学院の近くに家があるならそこから直接学院に行けると聞いた事がある」
「じゃあその家があれば、一緒にいれるって事だよね?」
「そうなるが、そこまでして一緒にいたいのか」
なにも新しく家を買うまでしてしなくてもいいのではないだろうか。たまにある長期休暇の際は実家の方に帰ることも許されているため、その日に会うというのでも十分な気がする。
だが、それでも彼女は一緒に暮らしたいそうだ。
「うん、愛しい義弟なんだから近くで成長を見守りたいでしょ」
「家を買うまではしなくてもいい」
「大丈夫、学院の近くには別荘があったから」
別荘は聞いていたが、まさか学院の近くにあるのだろうか。
それともこれは嘘だという可能性もある。
「分家がいくつかあるって言ったでしょ? その人に頼めば住んでもいいかもしれないから」
「別荘というか、それはただの他人の家ではないか?」
「いいの。私こう見えても顔が利くんだからね」
アレイシアがそこまでいうのなら、俺は引き止めることはしない。ただ、アレイシアには無理をして欲しくはないだけなのだ。経緯はどうあれ、俺の恩人だからな。
そうして俺たちは食材を買い、帰路についた。
俺が重い食材を片手に、アレイシアの歩行も手伝う。まだ階段には慣れていないらしく、降りるのが少し怖いようだ。
「いつもありがとう。こんなことに付き合わせちゃって」
「そんなことはない。この階段が悪いだけだ」
アレイシアは俺の言葉が面白かったのか、少し笑う。
「こういうの、バリアフリー?じゃないよね。この辺は」
古くから地形が複雑なこの地域は階段がどうしても多くなってしまうものだ。スロープにするにしても今からでは難しい状態といったところだろう。
正直なところ、俺もこの階段については少し面倒だと感じている。
「確かにそうだな」
「前まではトレーニングでお世話になったけど、今はただただ厄介なだけよね」
現役の頃はこの階段の多さで体力作りに励む事ができたのだろうが、一般人からすれば面倒な道以外何物でもないからな。
そうアレイシアは昔を思い出すように話す。
「とりあえず、今は無事に家に帰るだけだ。使用人も待っている事だろう」
「そうだね。私が食材を買いに行くって言ったんだからね。責任持って帰らないと」
そうして俺たちはゆっくりと一段一段確実に階段を降りていく。
家から食材を買いに出て、また家に戻るまで三時間半近くかかってしまった。普通の人なら歩いて報復で一時間もかからないような距離だが、足が不自由でさらに階段も多いと慣ればそうなるのも当然だろう。
家の玄関を開けると、使用人が待っていた。
「お嬢様、ご無事でしたか」
使用人は別の用事があるため、食材の買い出しが遅くなると言っていた。しかし、アレイシアが買い物ぐらいは自分が行くと言い、買い物に出たのだ。
結局のところ、使用人が用事を済ませてから買い物に行ったのと同じぐらいの時間になってしまったのは言うまでもない。
「ええ、全然平気よ。いいリハビリになったから」
「無理はいけませんよ。身体を大事にしてください」
使用人がそういうが、本人は大丈夫と言っている。
俺がそばで見ていたからわかるが、階段を登るのは簡単そうではあるものの降りる際に少し躊躇してしまうところがある。
長い階段の時には最初の一段降りるのに数秒ためらっていたのが側から見ていてよくわかった。
もちろん、俺がいるため転倒したとしてもすぐにカバーできるが、それでも怖いものは仕方がないのだろう。
「私は大丈夫だから、早く夕食にしましょ」
アレイシアがそういうと使用人は俺から食材を受け取り、厨房に向かった。
使用人は終始、俺と目を合わせようとはしなかった。
もちろん、それは俺はあくまでフラドレッド家の養子であって従うに値しないからという事だ。
それを見ていたアレイシアは申し訳なさそうにこちらを見る。
「ごめんなさい。あの人はまだエレインのこと、私たちの家族だとは認めていないみたいね」
「アレイシアが謝ることはない」
日変わりで使用人は代わっている。今日の使用人はどうやら俺のことをあまり信用していないようだ。
それはアレイシアから当主であるアーレイクの耳に入れているそうだ。
「向こうの家の使用人はユレイナだけにしましょう」
「どういう意味だ?」
「学院の近くの家のことよ」
どうやらアレイシアの中ではすでに決定してしまっているようだ。こうなってしまっては俺は止めることはできない。まぁ別に寮だろうと家だろうと俺には全く問題ないのだからな。
アレイシアを部屋に連れて行った後、俺も自分の部屋に戻った。
自分の部屋に戻ると、俺の剣の一つから灼眼の美少女が現れた。普段は魔族に見えてしまう人間離れした容姿から剣の中に待機してもらっているが、俺の部屋の中では自由に具現化してもいいと許可している。
「全くアレイシアという小娘はなんじゃ。あれではお主を狙っているのが丸見えではないか」
「別にいいだろ。それより学院への入学のことだ。くれぐれも学院ではそうやって具現化するなよ」
「わかっておる。じゃがワシとお主とはすでに一心同体じゃ。お主が死ぬ事があればワシも自然と消滅してしまう。そして、ワシも消滅してしまえば、お主も危険な状態になる。それはわかっておるじゃろ?」
俺とこの剣、アンドレイアとは血の契約で繋がっている。俺の命はこの剣と共にあると言っていい状態だ。
「だが、不用意に具現化するのはよくない。緊急の事態でなければ具現化はするな」
「緊急の事態であれば良い、ということじゃな。わかった、それでいいじゃろ」
そういうと、俺のベッドに座り込む。
そして枕を抱くようにしてこちらを見つめてくる。
「なにが狙いだ?」
「どうじゃ、何かそそるものはないかの?」
「残念だが、なにもそそられるものはないな」
アンドレイアはムッとした表情をしたが、続けてその体勢で話し始める。
「それにしてもあの小娘は注意しなければいけないの」
「またそのことか……」
俺はため息を吐いた。
こんにちは、結坂有です。
新しく章が始まりました。
エレインはこれから高度剣術学院で聖騎士団になることを目指すようですね。
それでは次回もお楽しみに。
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