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超えるべきものは…

 この空間に来てから何時間経っただろうか。

 体感的にはもう三時間は経過しているような感覚だ。

 しかし、それでも俺は諦めていなかった。


「まだ、立ち上がれるんだ。体力は尋常じゃないね」

「うっせぇ!」


 幼少期の訓練がここに来て発揮されるとは思ってもいなかった。

 子供の頃に散々体力を上げる訓練を続けてきた。十歳の時点では朝に腕立て伏せ千回以上、腹筋など他の筋力トレーニングを含めれば一万を超える数の負荷を毎日与え続けていた。

 当時は無心だったために何も考えていなかったが、今考えてみればこの試練のためにあったのかもしれない。

 筋肉の疲労は未だ感じられていない。まだまだ戦える。


「オラァ!」


 力任せに攻撃する。

 それでもこの少女の力の方が優っている。

 当然といえば当然だ。リアーナの能力は超過、俺よりも強い力で挑んできているのだ。

 俺にはミリシアやエレインのように戦闘技能は高いわけではない。力で押し切っているような戦い方だ。

 ミリシアは馬鹿にしていたが、アレクやエレインは一定の評価をしてくれていた。


 どんなに技術が高いとしても、戦術が優っていたとしても圧倒的な力であれば意味はない。

 何事も想定外というものが付くように、想定以上の力はもはや無敵も同然だ。

 今までそうだったのだが、俺以上に力が強い奴に出会ったのは初めてだ。

 俺の異常な腕力を押し通すことができない。


「へへっ、本当に力任せね。でもボクには勝てないよ」


 そう余裕そうに微笑む彼女はどこか楽しそうでもあった。

 こいつも戦いを望んでいるのだろうな。

 精霊だかなんだかしらねぇけど気が合いそうな奴だ。


「黙ってろ!」


 正面から殴りかかっても意味がない。

 アレクのように関節技を駆使してもいいのだが、こいつも異常な筋力を持っている。そう簡単には技は通らないだろうな。

 ならどうするか、もちろん力任せにやるだけではおそらく意味がない。


「次はどんな手で来るのかな?」

「余裕ぶっているのも今のうちだぞ」


 俺がアレクやミリシアと戦った時のことを思い出した。

 あいつらは俺と違って技術で勝負を挑んでくる。素早い剣捌きは非常に厄介だったことを覚えている。

 なぜあのような攻撃をしてきたのか、俺は理解できなかった。意味のない攻撃だったからだ。

 それでも俺が負けていたのだ。当時は意味がわからなかったが、今ならわかる。

 あいつらは俺を操っていた。あの素早い剣捌きで俺の視線を誘導していたのだ。


「こっちだ!」


 俺が右方向に高速で移動する。技術ではなく単純な脚力での移動だ。


「へぇ」


 彼女が何か感心したかのような声を上げたのと同時に俺は攻撃を仕掛けた。

 相手から見て左方向のステップからの攻撃、普通なら防ぐことは簡単だ。

 しかし、単純に防ごうものなら俺の強烈なカウンターを喰らうことになるだろう。


「防いでみろよ!」

「ほっ」


 俺の拳とリアーナの拳が交差する。


「っ!」


 右ストレートの拳にリアーナも左ストレートで反撃してきた。

 そして、伸ばされた左腕に俺の左フックがめり込む。

 筋肉や骨が砕ける感覚がしたものの、音がしない。

 精霊だからだろうか。


「左腕はもう使えねぇだろ?」

「作戦を組んだってことか。でもこれからだからね」


 そう言ってリアーナはぶらっと力なく垂れ下がる左腕をそのままに突進してきた。


「嘘だろ」


 思わず、声が出てしまった。

 人間であれば激痛で悶えるところだ。それでも相手は関係なく突進してくる。そもそも人間ではないのだからその点は考えるべき点だったな。


「口を開けている場合じゃないよ?」


 そんな言葉が聞こえたと同時にリアーナが俺の眼前に現れた。

 瞬間移動に近いほどの速度だ。


「なっ!」


 一瞬の攻撃で防ぐことができず、顔面に拳がめり込んだ。


「アガッ!」


 左目の光はなく、平衡感覚も狂ってしまった。

 眼球が潰れ、さらには強烈な脳震盪が俺を襲っている。


「ちょっとやりすぎたかな?」


 人間離れし過ぎたその力はリアーナ自身も驚いているようだ。

 俺は人間の中でもかなり筋力がある方だ。それを超える力となれば、魔族に匹敵する力に等しい。


「……ってぇな!」


 平衡感覚は今や役割を果たしていない。

 だが、それでも俺には戦える術がある。幼少期に訓練をしていた感覚麻痺の状態での戦闘、俺は苦手な部類だった上にそこまで長く訓練を受けていなかったからな。

 とは言っても初めての経験ではない。

 両足に感覚を集中させ、均等に力を込める。それだけで立つことはできるのだ。


「その状態で立てるんだ。本当に君は特別なんだね」

「特別ってほどでもねぇよ。ただ、知っていただけだっ」


 力を込めてゆっくりと立ち上がる。

 意外とすんなり立てるものだ。


「でも、その状態で本当に戦えるのかな?」

「やってやる!」


 自分の限界を知る。そして、その限界を超える。

 そう簡単にできることではないが、しなければいけない状況なのには変わりない。

 今この瞬間に全てをかけることだけに集中する。


「どうするのかな?」

「歯を食いしばれよ!」


 平衡感覚を失ったままの戦闘はかなり危険だ。次の攻撃が外れれば大きな隙が生まれる。

 当然、その隙に強烈な一撃を喰らえば俺は完全に負ける。

 いや、人間離れした一撃なら即死することだってあるだろう。とは言っても運よく手に入れた命、今失ったところで変わりはない。


「見届けるよ。君の戦いを、君の実力を。その全てをこのボクにぶつけるんだ」

「うるせぇぞっ!」


 渾身の一撃を目の前の少女にぶつける。

 無心になったこの瞬間、体になんらかの異変を感じた。

 枷のような何かが外れる感覚、全身の重りがなくなったように体が軽い。

 これなら今よりももっと速く、もっと強くこいつを殴ることができる。

 おもしれぇ、死ぬ前にこんな感覚が味わえるとはな。


 ズウォン!


 俺の強烈な拳が周囲の空気を押し出し、一瞬の真空が生まれる。

 その一撃は完全にリアーナの胸に直撃していた。

 彼女の胸は完全に失っており、中身は黒くモヤがかかっているかのような空間が広がっていた。


「こらこら、精霊の中身を見るもんじゃないよ?」

「あ?」

「全く……」


 そう言ってリアーナはゆっくりと俺の拳を胸から引き抜いた。

 そして、俺の方を向いて少しだけ微笑んだ。


「ほんとに強いんだね」

「人の顔をこんなにしやがって」


 彼女の瞳の反射で俺は自分の顔がどうなっているのか、わかった。

 左半分が陥没していたのだ。


「それは君の力が強過ぎるからだよ?」

「っざけんな! 手加減ってもんがあんだろ!」

「殺し合いに手加減?」


 確かにお互いが殺し合いの場合、手加減なんかできるわけないか。

 いや、これは試練のはずだ。


「けど、これは試練なんじゃねぇのかよ?」

「え? そうだけど……楽しくなっちゃって」

「殺し合いが楽しいなんて飛んだ戦闘狂だな」


 てへっ、と舌を出して笑った彼女を見ると今までの苦労が癒されるようだった。

 不思議と子供の無邪気な笑顔というものは癒し効果があるようだ。


「とりあえず、お前は俺のもんなんだな?」

「うん。ボクを倒したんだからね」


 俺がそういうとリアーナは笑顔のまま大きく頷いた。


「あ、それとボクは聖剣じゃないからね?」

「どういうことだ?」

「正確には堕精霊、掟破りの精霊なんだ」

「掟破り?」


 精霊のことはよくわからない。

 まともに勉強していなかったからな。


「えっと、精霊族じゃないってこと。精霊には掟があっていろいろ制限があるのよね。それで、ボクは掟を破って自由になったの」


 つまりは法律を破った犯罪者みたいなものか。

 まぁ別に悪い奴ではないのなら問題ない。


「まぁなんでもいいけどよ。俺の味方だっていうなら問題ねぇ」

「へへっ、ありがと」


 無邪気な表情を俺に向けてくる彼女、それを見つめていると光がまた失っていく。

 そういえば、ここは現実ではなかったな。


「起きたら貧血になってると思うけど、気にしないで。契約のためにほんのちょっとだけ、血を抜いただけだから」

「あ? どういうことだ?


 俺がそう聞き返したのだが、強烈な眠気が襲いかかってきた。

「まぁ大丈夫でしょ。じゃあまたね」


 そう言って彼女は小さく手を振る。

 まだ聞くことがあるのに、眠気が酷い。

 リアーナの少し寂しそうな表情を最後に俺はゆっくりと目を閉じたのであった。

こんにちは、結坂有です。


無事にレイは堕精霊の厳しい試練を乗り越えることができたようです。

そして、契約も交わすことができ聖剣……ではなく魔剣を手に入れることができましたね。

果たしてこれから彼はどう言った活躍をするのでしょうか。気になるところです。


それでは次回もお楽しみに。



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