隠された最強の人材
洞窟での戦い。
ミリシアとアレクを逃すために俺は大剣を握って魔族へと立ち向かった。
あれから何回こいつを殺しているのだろうか。
腹を貫いても、頭部を破壊しても、手足を切断してもすぐに再生しやがる。
やはり、聖剣がなければこいつを倒すことはできない、か。
「グルルァ!」
魔族が傷を再生し、また立ち上がる。
それにしてもこいつ、弱いな。
もし俺が聖剣を持っていれば、こいつなんか一瞬で殺しているんだがな。
「オラッ!」
大剣を振り下ろすと魔族の肩が一瞬にして破壊される。
しかし、肩を破壊されたとしてもこいつは死ぬことはない。また再生するまで距離を取るんだろうな。
そう思っていた矢先、魔族が肩を引き剥がして俺の方へと掴みかかってきた。
「嘘だろっ」
流石にこの判断は俺にも対応はできない。
魔族の人間離れした腕力に俺の腕が振り上げられる。
「くっ!」
俺はそれでも体勢を崩さないように姿勢を低くする。
ただ、このままではいずれこいつの肩が再生し、俺が持ち上げられることだろう。
そうなれば俺はどう足掻いてみても死んでしまう。
もともと捨て身で挑んだのだ。これぐらいは覚悟のこと。
「ふっ!」
女性の美しい声とともに剣筋が現れた。
その次の瞬間、魔族は半分に斬り裂かれてしまった。
助けてもらったのかもしれないが、流石に今の攻撃は俺も危なかった。
「てめぇ!」
「何?」
振り向くとそこには薄い金髪の美しい女性が立っていた。
ミリシアかと思ったが、あの剣撃は普通のものではなかったからな。
「今のはねぇだろ」
「死にたかったのかしら」
「……」
その冷たく透き通るような声でその女性はそう言った。
「助けられたのだから感謝してほしいのだけど」
「……助かった」
「それでいいわ。ところでこんなところで何をしていたのかしら。あなたの聖剣はそれ?」
女性はそう言って転がっていた大剣を持ち上げた。
この大剣を持ち上げるなんて、対した腕力だな。
「……重過ぎるわ」
そう言って女性はその剣を落とした。
「見たところ聖剣には見えないわ。よくその剣で魔族と戦えていたわね」
「あ? 聖剣だろうがなんだろうが、戦えるだろ?」
「これを扱うと言うことは相当な腕力ということは確かね。でも魔族はそれだけでは倒せないわ」
それは俺が現に経験したことだ。
一体相手でも相当体力を消耗してしまった。
こいつが三体も四体もいれば今頃、俺は死んでいたかもしれない。
「それぐらいわかっている。こいつらすぐに再生すんだからよ」
「ええ、まぁいいわ。とりあえず、私に付いてきて」
「なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、助けるためよ」
こいつ、何を企んでいるのだろうか。
俺はここでいい。
自分には帰る場所があるからな。
「助けなんて必要ねぇよ。俺には帰る場所があるんだ」
「帰る場所? 今更帰る場所なんてあなたにはあるのかしら」
「あ? あるに決まってんだろ」
セルバン帝国、俺をここまで育てた国だ。あまり思い入れはないが、仲間がいる。
それに何よりもその国を守るために俺は今まで訓練を続けてきた。
俺が帰らないわけにはいかないのだ。
「とりあえず、ここをでましょう。敵がまだいるかもしれないからね」
「ちょっと待てよ」
「何?」
「毛布か何かあるか」
「ほんと、わがままね」
そう言いながらも女性は鞄の中から毛布を取り出して、俺に渡してきた。
それからはゆっくりとした足取りで洞窟を出ることにした。
確かにこいつは人間だ。
それは話していてわかることだし、それに隙を見せても襲いかかってくる気配がない。
本当に俺を助ける意図でここに来たのだろうな。
「まだ警戒しているのね」
「まだ名前を聞いてねぇからな」
「聞かれなかったわ」
普通、自分から名乗るものだろう。
まぁいい。こいつに俺を殺す意思がないのは見ていてわかっているからな。
「俺はレイだ。姓はない」
「そう、私はフィレス・グラデリアよ。エルラトラム隣接都市のパベリから来たわ」
彼女はフィレスと言うらしい。
「フィレス、わかった」
「気安く呼んで欲しくないわね」
「じゃなんて呼べばいいんだよ」
「そうね……命の恩人なら許してあげるわ」
「そんなふざけた名で呼びたくねぇよ」
誰が人前で命の恩人って呼ぶんだよ。
確かにその通りなのだがな。
こいつなりのユーモアなのかしらねぇけど、ミリシアの方がよっぽどマシだ。
洞窟から出るとゴゴゴッと凄まじい地響きが聞こえる。
「なんだ、地震か?」
すると、フィレスは口元に指を当てて「しっ!」と静かにしろと指示してきた。
「魔族の軍勢ね」
そう言って俺を崖裏に隠れさせた。
フィレスはそこから顔を出して、地響きの方へと目を向けた。
「っ! 流石にこの数は相手できないわ。少し遠回りだけど、こっちからいくしかないわね」
「一体何体いたんだよ」
「目視できただけで数百はいたわ。もしくは千体以上いるかもしれないわね」
それほどの数は聖剣一本では無理があるだろうな。
「 いや、それよりもこいつらは一体どこに向かっているんだ?」
「方向的にセルバン帝国……やはり時間の問題だったようね」
「どう言うことだ?」
「いいわ。レイ、今からあなたをパベリへ連れていく」
そう言ってフィレスは俺を引っ張っていこうとする。
だが、俺は帝国の人間だ。その国を守るために今まで訓練をしてきたんだからな。
「なんでだよ。俺には帰る場所があんだよ」
「あれほどの魔族が向かっているのよ。聖剣を持っていない帝国にあれほどの敵を防ぐことはできない」
「ふざけんな。俺一人であんな雑魚ぶっ潰してやるよ」
「無理よ」
フィレスはそう断言してきた。
無理、それは俺も知っている。
洞窟の一体でも殺すことができなかったのだからな。
「それに洞窟の敵は魔族の中でも下位の存在、そんな相手に手古摺るようでは到底あの軍勢を倒すことはできないわ」
「ちっ、そうかよ」
「力が欲しいのよね。なら私に付いてきなさい」
「なんでだよ」
「あなたにぴったりの聖剣を渡してあげるわ」
そう言ってフィレスは天使のような微笑みを浮かべた。
何かを企んでいるのは確かだろうが、俺にはそもそも力がない。
天使だろうが悪魔だろうが関係ない。力を手に入れてからでも遅くはない。
「帝国は助けられない。でも世界を守ることはできるわ。あなたと私ならきっと最強よ」
「へっ、あんたが最強かよ」
「何?」
怒りを含んだ目で俺を見つめてくる。
俺が認める最強の剣士とは一人しかいない。そいつの名はエレインだ。
だが、そのことを言ってもこいつは認めないだろうな。
「それにしてもこの軍勢では帝国も全滅ね」
「あの国には強い奴が俺以外にもいるからな。何人かは生き残るだろ」
「楽観的ね。まぁそのことは後でわかるからいいか」
「なんだよ。何か知ってんのか?」
フィレスが少し考え込んでから呟いていた。
こいつ、帝国が魔族に狙われている原因を知っているのだろうか。
「状況を整理していただけよ。早くここを離れましょ」
そう言って彼女は俺の腕を引っ張っていった。
「ってぇな。離せよ」
「命の恩人にそんな口を聞くの?」
「少しは黙ってろよ」
「ふふっ」と俺との会話を楽しんでいる彼女は天使のように美しい表情を浮かべた。
そして、ふんわりと香る匂いが鼻腔をくすぐってくる。
くそ、こいつは一体何者なんだよ。
俺は彼女に引きずられるようにエルラトラム隣接都市パベリへと向かうのであった。
こんにちは、結坂有です。
本日二本目ですが、いかがだったでしょうか。
洞窟で別れたレイは一人で生き残っていたようですね。
Twitterやコメントなどで予想してくれている人が何人かいました。展開が予想しやすいのでしょうか…
それでは次回もレイの物語が描かれていきますので、お楽しみに。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
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