新たな力、そして新たな……
「そこにいれば安全だ」
「普通は私が言うセリフなのにね」
彼女はそう言ってみせるが、その状態では何の意味もない。
俺はそのまま扉を開けた。するとやはり同じように投石が飛んできた。もちろん、予想していたためすぐに対応することができた。
俺はそれを聖剣で斬り込む。
綺麗に二つに斬れた投石は勢いを失い、地面に落ちた。切り口は滑らかで非常に切れ味が良いことを示している。聖剣の力は本物だと言うことだろう。
「さっきの女じゃねぇのかよ」
どいつもこいつも魔族は口の悪い奴ばかりなのか。そううんざりしながら敵を確認する。
数はざっと見て千を超えている。だが、不可能ではない。俺が負けると言う計算が立てられない。
「よく剣士は常に冷静であれ、と言うがこれは無理だな」
今だけは感情に任せても良いのだろう。
そう言って俺は駆け出した。聖剣は俺の無理な攻撃にも付いてくる。何もかもが流れるように斬れる。もちろん魔族は聖剣で受けた傷をすぐに治すことができず、力尽きていく。
「こいつ、吹っ切れてやがる!」
「吹っ切れている、か。お前たちにはそう見えるのだろうな」
生憎と自分の顔は見れないからな。俺が今どんな表情をしているのだろうか。そんなことを考えている暇はない。今は目の前にいる魔族を斬り倒す。ただそれだけだ。
そして、魔族の前線は崩壊、全滅した。何もかもが。
すると奥から一人の魔族がやってきた。どうやら遠くの方から高みの見物をしていたのだろう。
「見事だな。聖剣使いにも強ぇ奴がいるもんだな」
「決して強いというわけではない。俺を支えてくれた人たちのおかげだ。それにお前は俺に似ているな」
魔族は高笑いする。
「似ているだ?」
「帝国を滅ぼした罪は俺もお前も同じようなものだろ」
「つまりはお前も死ぬ、と言うことか?」
「俺にはまだ償い切れていない罪があるからな。まだ死ぬわけにはいかない」
「そうかよ!」
すると魔族は漆黒の剣を引き抜いた。今までの魔族が持っていた武器とは何かが違う。
見た目はもちろん違うのだが、その剣には何か特別な力を感じた。
そんな気配を感じていると、ギリギリ目で捉えられるかどうかの速度で魔族が迫ってきた。
咄嗟に構えた聖剣でなんとか斬撃を防ぐことができたが、この速度はミリシアを軽く超えている。
「どうだ、この速度は。魔剣の力は偉大だぜ」
聖剣が悲鳴をあげている。ギシギシと刃が削れていくのが実感できる。このままでは危険だと判断し距離を取る。
そして、魔族は続けて話す。
「聖剣使いにはこの魔剣が効果的なんだよな。俺らは知ってるんだぜ」
「そうか、無駄な研究をしているものなんだな」
「無駄かどうかは俺に勝ってから言え!」
また高速に迫ってくる。大きく隆起した肉体からは想像できないような速度だ。
俺は剣撃の隙を見て反撃する。ミリシアのお陰か十分に対策することができた。
魔族のみぞおちに深く斬り込んだ。その確実な攻撃は有効打のはずだ。
「ぐうぅ」
そして魔族は声を出せずに力尽きた。
俺は聖剣を鞘に納め、彼女の元に戻ることにした。そう踵を返した瞬間だった。
「が、はっ!」
背後に気配を感じた直後、自分の体温が奪われていく。
そして胸が痛み始める。周りを見ると自分の鮮血が大量に飛び散っていた。強烈な脱力感に俺は膝を突く。
「ふぅん……耐えるのかの」
幼い少女のような声に驚いた。しかし、それどころではない。後ろから突き刺さっているのは先ほどの魔族が魔剣と言っていた全身漆黒の剣だ。
刃先までも漆黒のこの剣は両刃の直剣で片手で持てるようなものだ。もちろん両手でも持てるよう柄もしっかりしている。
その剣は今、心臓に限りなく近い、いや掠っているのかもしれない場所を貫いている。その激痛は俺の意識を刈り取ろうとしている。
そして少女の声は続けて話す。
「強いってことはよくわかったぞ。わしの一撃に耐えたのじゃからな」
「……何が言いたい?」
俺はなんとか意識を保っていた。だが、これがあと何秒耐えられるかわからない。
「わしと契約するがよい。どうじゃ? いい話だと思わんかの?」
「結局俺には拒否権がないように見えるが?」
「まさしく詰みと言うわけじゃの」
仕方ない。ここは契約を結ぶこととするか。幸にもこの声の主は魔族ではないようだ。しかし、完全に信用できる相手とも限らない。
「契約しよう。だが、この聖剣ともすでに契約している。それでもいいのか?」
「好きにするがよい。千の魔族を倒したのじゃ。お主はわしよりも強いのだからの。それと、わしの名は”アンドレイア”じゃ。以後よろしくの」
アンドレイアはそう即答した。本当に俺に身を委ねるようだ。あまり警戒しなくてもよかったのかもしれないな。
「ぐっ!!」
そう思っているとアンドレイアは勢いよく魔剣を俺から引き抜いた。一瞬激痛が走るが、すぐに痛みが引いていく。
そして、傷も徐々に回復していく。まるで俺が魔族になったかのように。
「これは?」
「わしの能力”加速”じゃな。お主のあらゆる力を加速させることができる。治癒力を早めた結果じゃよ」
「さっきの魔族はなぜ回復しなかった?」
このような速度で回復されれば、腹部の深い傷も治ったのではないだろうか。俺はそう疑問に思った。
「あのデカブツはわしを引き抜く素質はあったのじゃが、血の量が足りなかったのじゃ。まぁわしみたいな美少女を手駒にするにはそれ相応の対価が必要じゃろ?」
「美少女、か」
俺は振り返り、アンドレイアの姿を確認する。
銀髪の長髪、そして燃えるように明るい灼眼は一瞬魔族を連想させる。犬歯が鋭く発達していることもあり本当に魔族の子かと思わせるほどだ。その点を除けば確かに美形を十分に維持している。まぁ自分で美少女だと自負している理由もわかるか。
魔族のようで、そして人間の美少女にも見えるが、実際は元精霊だ。
アンドレイアの容姿を確認した後、俺はあることに気付く。彼女の持っている魔剣はさっきまで全身漆黒の剣だった。しかし、今は鍔の部分に大きく赤い結晶のようなものが埋め込まれている。
「ああ、これかの? お主の血で作られた結晶じゃ。これが契約の証となる」
「俺の血が、か?」
「そうじゃよ。その聖剣だってそうじゃ」
俺は聖剣の方を見る。すると先ほどとは大きく姿が変わっていた。古くから東洋で作られていたとされる”日本刀”と呼ばれる姿に酷似している。
白と銀でシンプルではあるが、しっかりと装飾されている。美しい柄の部分から伸びる刀身は片刃で綺麗な流曲線を描いている。そして、特徴的なのは刀身の鎬筋部分が大きく肉抜きされている。
そんな変わった刀身を持った聖剣は非常に軽い、いや持っている感じではないような感じだ。
「その聖剣は大聖剣へと進化したようじゃの。大聖剣イレイラと言うようじゃな」
「聖剣とは不思議なものだな」
俺はゆっくりと大聖剣イレイラを鞘に納めた。
「どうじゃ? わしのも持ってみるかの?」
そう渡された魔剣を持ってみる。こちらはイレイラと違って重たい。しかし、先の魔族との戦闘で俺の使っていた聖剣が刃こぼれを起こし始めていたところを見ると非常に強力な武器なのは違いないようだ。
「重いな」
「なっ、わしは太ってなどおらんぞ」
一度アンドレイアの身体を見てみる。確かに太ってはいないようだ。
「確かにそのようだな」
「お主……わしの身体で欲情したのかの? このロリコンめ」
「どうやら自分をロリと勘違いしているようだな」
そう俺は反論する。
「に、人間共はこの容姿をロリと呼ぶのではないのか?」
「少なくとも少女はそのような口調ではないと思うがな」
「そ、そうなの!?」
少し不自然さの残る言い回しになっている。
アンドレイアはやり切ったような顔をしているが、決してうまくいっているわけではない。長年の癖はそう簡単には変えられないのだ。
「少し無理があるが、とりあえず俺は戻る」
「まぁお主とはいつでも話せるしの。わしは刀身に戻るとするか」
どうやら口調を変えるのは諦めたようだ。なんとも面白く愉快なやつだ。
するとアンドレイアは魔剣に吸収されるように姿を消した。
城門の扉を開けるとそこには碧眼の美女が座っていた。
「お、遅かったわね」
「すまないな。少し手間取ってしまった」
「私の剣は?」
俺の剣を見て彼女はそう言う。確かに持っていった剣は随分と変わってしまったからな。
「魔族と戦った後、俺の血を浴びたのか形状が大きく変わってしまってな」
俺は大聖剣イレイラを彼女に見せることにした。
「まさか、進化させたと言うの?」
「申し訳ない。大切なものを奪うような真似をして」
彼女は深くため息を吐いた。
「謝る必要はないわ。あなたの方が持ち主として適していると思うし」
「……」
俺がしばらく黙っていると彼女は両手を振った。
「あ、ため息はその、感心したと言う意味だからね」
どうやら自分に失望したと言うことではないそうだ。
「それならいいのだが」
彼女は横目でこちらを見て、沈黙を破る。
「その代わり、養子になりなさい。お父様には私が説得するから」
「どう言う意味だ?」
「帝国が滅んで、家族もいないでしょ? フラドレッド家が引き取るから養子になりなさいってこと。そ、それに聖剣の他人への譲渡には色々とめんどくさいからそれの省略よ」
少し早口で言ったが大体はそうなのだろう。裏に隠れた本心まで読み解くことはできないが、ここは従う方がいいと判断した。
そんな話をしていると、城門を叩く音が聞こえた。
あの後、城門を開けるとそこには百人規模で構成された聖騎士団が来ていた。
それから彼女と俺を馬車に乗り込ませる。
彼女は今、一枚布を隔てた場所で治療を受けている。
すると、馬車を操っている団長が話しかけてきた。
「俺はエルラトラム聖騎士団団長のブラドだ。あの千体以上の魔族を倒したのは本当か?」
「ああ」
真実だから正直に答える。
「にわかには信じられないが状況証拠から見ればそうなる」
少なくともあの状態では俺が一人で倒したように見える。まぁ実際そうなのだからな。
「まぁそうだろうな」
「アレイシアを先行させたのは間違いではなかったのかもしれないな」
「名はアレイシアというのか」
「名前はまだ聞いていなかったか?」
とてもゆっくりと名前を聞ける状態ではなかったからな。
「色々あって聞けなかった」
「そうだな。千の軍勢だからな」
それからエルラトラムへ着くまで馬車に揺られることになった。
エルラトラムに着くとすぐに彼女の治療が行われた。しかし後遺症が残ってしまったようだ。
怪我の後遺症から当分は車椅子での生活になる。改善していけば歩行を補助する杖で生活できるまでは回復するかもしれないが、依然として剣士の道は閉ざされたままだ
それから色々と事情を聞かれたが、全てアレイシアやブラド、また俺の養親であるアーレイクが済ませてくれた。
さらに俺の名前も正式に決まった。これからは”エレイン・フラドレッド”として生きていくことになる。
フラドレッド家現当主であるアーレイクに書類上養子として引き取ってもらうことで聖剣の譲渡に関しても省略、全てがうまく片付けられた。
実際はアレイシアが事実上の保護者となっているが、その点は議会も目をつむってくれるようだ。
ただ、一つだけ。俺が経験した第三次魔族侵攻はこの国の一般市民には知られていなかった。
この国では一切被害がなかったからそうなのだろう。
セルバン帝国の滅亡も他国と合併したという形で報道され、真実は歴史の闇に葬られたのだ。
たった二日の出来事、エルラトラム国民の誰の記録にも残らなかった。
しかし、俺の脳裏にはしっかりと焼き付いている。あの惨状は二度と起こさせない。
そのためには手段を選ばない。大聖剣イレイラや魔剣アンドレイアはもちろんフラドレッド家としての地位や権力、財力も使わせてもらうことになるだろう。
全てはミリシアやアレク、レイ、ユウナ、そしてその他大勢の国民たちの決意が俺に託されているのだ。
彼らを決意を無駄にさせないために、俺は魔族に勝ち続けなくてはいけないのだ。
そして、もう何も失いたくないのだから……
こんにちは、結坂有です。
なんとか千軍勢に勝つことができたエレインですが、思わぬ契約を結ぶことになりました。
その契約でとても強力な力を得ることができたようです。
そして、新たな家族をエレインは手に入れることができました。
今回で序章は終わりとなります。
エレインはこうして強くなってきたのですが、まだまだ彼の力は計り知れません。
次章は少し雰囲気が明るくなります。
それでは次回もお楽しみに。
追記:先日は投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
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