力と覚悟
それからしばらくこの部屋で隠れていた。時々人の声が聞こえていたが、今は聞こえていない。
ミリシアが言うには、人の声が聞こえなくなるまで出るな、と言うことだ。
壁の外にまで耳を澄ませてみたが、物音は聞こえない。
俺は外に出た。
施設の外に出るのは初めてだ。しかし、俺が期待していたのは華やかな街道ではなかった。
道は血肉に塗れ、無惨にも人の形を留めていない死体が数多く散乱していた。
ここまでの惨状は予想していたが、実際目で見ると心臓がチリチリと痛む。世界のために何も知らないで犠牲になった国民を思うと胸が押し潰されそうになる。
ミリシアもアレクもレイも、おそらくユウナも。幼少期に共に訓練していたであろう人たちもこの血溜まりの向こうにいるのだろう。さらには俺の本当の生みの親もきっといるはずだ。
「ん?? まだいたのか。どうだ? 絶望の街は」
「ああ、確かに絶望だな」
「お前もこいつらの仲間になるんだよ」
二体、いやその奥の建物にいる魔族を合わせれば三体か。武器は短剣、大剣、棍棒だ。
編成としては普通といったところだな。
「残念だが、俺を倒すには数が少ない」
「頭でもおかしくなったのか?」
「知能のないお前らには理解できないのだろうな」
「うるせぇな!」
魔族の一人、大剣で俺に斬りかかってくる。しかし、遅すぎる。
俺は軽くそれを避けてみる。すると、案の定追撃してくる。
「なあああああ!!」
その直後、魔族の悲痛な叫びが聞こえる。治癒力が高いといえど、痛みは感じるようだ。
俺が相手の持っている大剣の重みを利用して反撃したことで、魔族の骨は砕けたようだ。
いくら魔族の骨だろうと物理の法則は作用する。筋力による反作用で自らの力で自分の骨を砕いたのだ。
無理な方向へ大剣を振ったことが原因だ。
最初に縦に振り下ろした大剣は下方向に力が加わっている。それを相手がギリギリ目で追える速度で俺は体を捻り上方向に避ける。
当然、魔族は避けられたと考えそれに追従しようと上方向へ力を入れようとする。大剣の重量と自分が加えた力の双方が自分の骨に負担としてかかる。それが骨折の原因だ。
強烈な力にはそれ相応の負担がかかるもの、何も考えずに重量級の武器を扱うからそうなるのだ。
「片腕の腕力だけで挑もうとするな」
「ふざけてんのか!」
もう一体が襲いかかってくる。それとほぼ同時に奥の建物からも一体魔族が現れる。
俺は近くの武器を手にすることにした。さすがに相手の武器を全て味方につけるようなことはできないからだ。
俺が拾った剣は直剣。一応俺が好きな武器だ。
魔族の攻撃をまともに受け止めれば、レイの一撃のように簡単に武器を破壊してくる。俺はそうならないように力を受け止めるのではなく、受け流すように防御する。神経を使うことだが、今の俺には関係ない。何がなんだろうと、この魔族を外に出してはいけないことだけを考える。
この三体の魔族が街中を荒らしまわった後、外の軍勢に連絡する。そして大軍が街の中を完全に制圧、そして拠点を築く。そうなれば今後の魔族と聖騎士団との攻防は激化する。
なぁミリシア、俺は約束を守れているのだろうか。本当にその意図を汲んでやれているのだろうか。俺にはわからない。
もう何時間、この三体の魔族と戦っているのだろうか。半日は経っているのだろうか。日も沈み始めている。
血肉が腐敗し始め、異臭が立ち込める。気が滅入りそうになる匂いだが、ここで手を抜く訳にはいかない。
この魔族たちと戦っているとうんざりしてくる。攻撃は与えられるもののすぐに回復されるため、俺は休むことができないのだ。
すると奥から一人の女性が現れた。軽装ではあるものの鎧をしっかりと身に纏っている。
しかし、そんなことよりもその美しい容姿に俺は驚いた。生まれて初めての感覚がしたのだ。
ブロンドの長髪は風になびいて、その美しくも可愛らしい顔をより小さく見せる。そして凛々しく輝いている碧眼の目は吸い込まれそうなほど綺麗だ。
それに見惚れていると魔族が飛びかかってくる。
油断したと勘違いしたのだろうか。それにしても無防備すぎる。
「オラァ!」
大きく振りかぶった大剣をそれの半分以上小さい人間用の直剣で無駄なく受け流す。
俺に向けられるはずだった剣先は強烈に地面を叩きつけ、地中を抉り出す。
「……こっちよ!」
その碧眼の美女が手招きする。俺は他の二体の攻撃を体を捻り躱すことで三体の包囲網を突破する。
そして、碧眼の美女の一振りで一体一体、確実に始末していく。
「綺麗な剣筋だ」
三体を難なく撃破したのは聖剣を持っているからだろう。そしてその剣筋はアレクを連想させるほどに美しい。
「ありがとう。でもあなたほど綺麗ではないと思うけれど」
「俺のは……とてもじゃないが褒められたものではない」
そう、俺を育成し保護するためにどれだけの人が犠牲になったのか、考えるだけでも背筋が凍ってしまう。
今の俺はセルバン帝国全ての国民を犠牲にして成り立っているようなもの、俺はそう考えている。
一人で、自分の力で手に入れたわけではない。
厳しい訓練ではあったがそれを努力とは認めない。認めてはいけないのだ。
本当の努力というのは自分で考え必死に鍛錬し続けること、誰かに押し付けられてするものではない。少なくとも俺はそう思っている。
「そうかしら、あなたの剣術はとてもじゃないけど私には真似できない」
「何はともあれ、この惨状を許したのは俺だ」
俺が最初から動いていればこうはならなかったのかもしれない。しかし、それまでの他の人の決意はどうなるのか、生き延びたせいでその決意は無駄になるのではないか。またその人が不幸になるのではないだろうか。
ある兵士の日記を見たことがある。その兵士は過酷な戦争を生き延びたそうだ。しかし、その兵士は常に苦悩していた。生き延びたことを幸せだとは思っていなかったようだ。
自分が仲間のために死ぬべきだった、臆病だった自分が恥ずかしいなどの言葉が絶えず綴られていた。
俺には何が正解で何が不正解なのかわからない。
ある人が愛する誰かを守るために死ぬ気で守り力尽きた。果たしてその人は幸せなのだろうか。自分がやり切ったと思えるのか。
また、ある人が愛する誰かを守るために死ぬ覚悟を決めた。しかしその覚悟は別の人の死によって無駄となり自分と愛する誰かも生き残れた。それもまた生き残れたとして幸せになれるだろうか。自分が早く行動していれば他人を巻き込まずに済んだと後悔するのではないのか。
人は何かを達成するために生きているのだと俺は思う。それは誰かを助けることや、守ること、または倒すことなど様々だ。しかし、それができずに生きていて幸せなのだろうか。
俺には何が幸福なのかわからない。
だから、俺はこうして誰かに守られてばかりいる。
「何があったのか知らないけど、この国から脱出しましょ」
碧眼の美女はそんな俺の懊悩など知らず、真っ直ぐな目で俺を見つめる。
しばらく俺は動かずに佇んでいると碧眼の美女は手を握って引っ張った。
「あなたがどんな人であれ、ここの生存者。私が全力で守るから」
碧眼の美女の言葉は真実だ。この人は全力で俺を守るのだろう。俺はまたこうして他人の命を削ってしまうのか。俺はまた苦悩する。
「大丈夫だからね。城門はあっちだから行きましょ」
そう言って俺を引っ張りだす。
ゆっくりと城門が大きく近づくにつれ、俺の苦しみもまた大きくなっていく。
「さ、ここから抜ければ外に……!!」
城門はしまっているため、横にある小さな扉を開けた。その直後、投石が飛んできたのだ。
碧眼の美女はすぐ扉を閉めようと即座に踵を返したが、間に合わず直撃する。
しかし、なんとか扉を閉めることができた。
「くっ……」
左足に力が入らないのか、そのまま体勢を崩して倒れる。
身体を見てみると投石は鎧の草摺、つまり腰部、大腿部を守るプレートが激しく破損していた。
俺は鎧を脱がし、容態を確認することにした。
「私はまだ……」
「動くな。じっとしてろ」
投石の直撃を受けたであろう左太腿から脚の付け根の部分を観察した。
「外には無数の魔族がいたの。私が来たルートにはいなかったのに……」
脚をうまく動かせないのか手で押さえている。
「ここの城壁は十分に強固なものだ。魔族とてそう簡単に侵入することはできない」
「それでも……っ!!」
俺は口を押さえてその発言を止めた。
「無理に動くと、損傷箇所によっては後遺症が残る可能性がある」
そう言うと彼女は軽く頷いた。
俺は腰の部分から太腿の辺りまで触診する。もちろん、この辺りは神経が通っている。刺激に弱い部分だ。慎重に行う。
「大腿骨、特に付根の辺りを酷く骨折しているな」
「触って分かるものなの?」
日常生活でも負荷のかかりやすい大腿骨頸部の骨折はよくある。しかし、今回は通常の負荷での骨折ではない。こぶし大の投石が高速で直撃し、骨を粉砕している。
腰の部分には多くの神経が通っている。そのどれもが脚の筋肉を動かすのに重要な役割を持っている。その神経に少しでも障害があれば歩行に支障が出るのは間違いない。
詳しく分析してみるまではわからないが、粉砕した骨片が神経を傷付けているのであれば、今後の歩行は難しくなる。
俺は多少医学的な知識はあるが医者ではない。俺ができる治療など何もない。ここは安静にするしかないのだろう。
「ある程度は分かるが、俺はこれを治療することができない」
「すぐに治療が必要なの?」
「もし骨折で神経障害が起きているのなら早く治療した方がいい。最悪歩くことができなくなる可能性があるからな」
「そ、そうなんだ……」
そう冷静に言っているが、内心は動揺しているのだろう。剣術に限らず武術において脚は重要な役割を持っている。それが障害などで思うように動かないのであれば剣士生命は絶たれたも同然だ。
今の状況であれば杖で軽く支えての歩行か、最悪車椅子での生活になる。
脚を自力で曲げられない時点で危険だ。おそらく足先の感覚もないのだろう。
「とりあえず、安静にしていろ」
「ここで?」
「俺が外の魔族を倒す。それなら問題ないだろ」
もう悩んでいる場合ではない。俺は決意を決めた。
「そうだけど、いくらあなたでも無理だよ」
彼女は否定するが、俺は何をどうするべきなのかよく理解している。
答えは単純だ。俺はここで生き残り、世界を魔族から救う。
この帝国国民の犠牲に見合った働きを俺がするべきだと言うことだ。生き残った俺が課された任務。
この国の人口分を助けるのではない。もう二度と、このような惨状を引き起こしてはいけないと言うことだ。手段などは関係ない。
何がなんでもやり遂げなければいけない。
「その聖剣があれば問題ない」
「あなた、引き抜くつもり?」
「これを使わないで戦えないだろ」
魔族は聖剣でしか有効な攻撃ができない。それはさっきの魔族でよく理解した。
俺は彼女の腰に携えてある聖剣を取り、柄を握る。
そして、ゆっくりと鞘から引き抜く。
「あなた、本当に……」
碧眼の美女は唖然としている。彼女もこれを引き抜くのに相当修行を積んだに違いない。
ゆっくりと引き抜かれた聖剣は細くサーベルのようだ。軽く曲がった曲刀は斬撃に特化している。
なるほど、これが聖剣か。
俺はもう止まれないのだ。
こんにちは、結坂有です。
素質のあったエレインは別の聖剣ですが、引き抜くことに成功しました。
果たして千の魔族の軍勢に勝てるのでしょうか。
そして、次で序章は終わりとなります。
それでは次回もお楽しみに。




