8話 出所
困りました。
困った上に謎が増えた。
あれからおじさまには色々質問をした。
養殖では伝わらないか? お肉はどこから? キューカウが有名なのでは? 魔物を食用にしないのか?
全て知らないで一蹴され、最後に至っては……。
「魔物を食用に飼うだって? 聞いたことないし考えられないなぁ」
と鼻で笑われてしまった。
あまり衝撃に立ち去りたくなったが、踏ん張って聞いてみればこの国は輸入が盛んだそうだ。
あちこちの国から良いお肉ばかりを仕入れ、いつしか肉が有名な国になったのだとか。
「いやいやおかしいでしょ」
明るくなってきた街を歩きながらぼそりと呟いた。
輸入が盛んなら何故この国は肉ばかりなのか。
本当に輸入に食材等を頼っているのなら肉だけではなく魚や穀物、野菜だって揃っている筈だ。
だがこの国の料理は味付けこそするものの、調味料はお肉に使うものばかり。
魚が不味いのも納得だ。
あとはお金。
当たり前のように肉屋にはキューカウ特上肉がおいてあったが、他国から取り寄せるだけでもかなりの金額がかかるはず。
だがこの国は特産品も全て肉。観光客で賑わうような街でもない。
しかも牧場は無いと来たものだ。特産品どこ行った。
まぁつまり、肉の出所が分からないということだ。
特産品でもなく牧場もないなら肉は作れない。
輸入しているとしても、輸入する莫大な金額を仕入れる手段が無い。
「肉が有名なのに肉を作る手段がないってどういうことよ」
しかも輸入なんておじさまは抜かしたが、他国から貰った肉を自国の有名なものですってのはあまりにも酷い。
まぁ輸入は明らかにしていないだろうけど。
何故って? 国に入るとき並んだ審査待ちの列にそれらしき荷台がなかったからだ。
これだけ肉を消費する国なら毎日とはいかずとも、ほぼそれに近い感覚で運ばれてくるはずだ。
だが街に入ってもそれらしき荷台は見ていないし、運ばれる所も見たことがない。
憶測にすぎないが、この推測は合っていると思ってもいいだろう。
とりあえずこの国に牧場がないと言うことは分かった。
ならば聞き込みだ、と私は街の肉屋に片っ端から突っ込んでいった。
その結果。
「撃沈」
8件くらい回ったが、企業秘密だの個人には教えられないなどさんざんだった。
普通に考えてわかるだろ私……! 何年も肉の国として続いてるってことは、その期間一度もばれていないということ。
そう簡単に分かるわけないじゃない。
はぁ~と大きなため息をつきながら落ち込んでいると、遠くの方でドンッという重低音が響いた。
だが銃や魔法の類いの音ではない。
振り返って見上げれば、上空に白い煙が風に流されているところだった。
するともう一発。ドンッ。
上空でなにかが破裂した跡だけを残し、煙が再び風に流される。
「空砲かな?」
なにか今日はお祝い事でもあっただろうか?
お祝い事の前であれば、大体は町中で告知されているはずなのだが。
「……あ、クロイドさんのお葬式か」
そういえば、国王が国全体で葬式を執り行うとか言っていたような気がする。
勇者の葬式。
私にはそれが意味のない葬式だと分かっているが、国から疎まれていたクロイドさんに対し、これだけ大きな葬式をするのは何故だろうか?
クロイドさんはどう国民に思われていたのだろうか。
そもそも……クロイドさんは国民に認知されていたのだろうか?
「国王とお話したいな。王城以外で」
私はすくっと立ち上がり、葬式が行われている方へと体を向ける。
多分いるんじゃないかな。と軽い気持ちで足を踏み出した。
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まず分からない、というか疑問点を上げていこう。
まとめるのって大事。
一つ。クロイドさんともう一人の勇者。
クロイドさんはあの体では勇者として相応しくないと国から嫌われ、半分追放みたいな形で国を出た。
だが国民は昔から守ってくれている勇者は、光の弓を使う勇者だという。
それはつまり、クロイドさんは元から勇者として国民に認知されていなかったのではないだろうか。
存在を隠されていたか、実力だけ買われて秘密裏に依頼をさせていたとか、そういうのであれば納得できるのだが、まぁ現実は悪い方がよく当たる。
とは言え、これはまだ重要な問題ではない。
二つ。茶薬。
国民は全員あの茶薬を飲んでいるそうだ。
お茶だけがあの効果ではなく、そこらに売っている飲み物ですら同じ効果があるようだ。
呪われていて、無痛耐性効果があるあの薬が。
考えるだけでゾッとする。
国民が当たり前のように飲んでいるものが、呪われた飲み物なんて誰が考えるだろうか。
私も口にしてしまっているので、その仲間入りな訳だが……。
誰が何のためにあんな物を広めたのだろうか。
呪われているとは言え、至ってメリットもデメリットも思い付かない。
解析も上手くいかなかった。どうにかして出所を掴めないものだろうか……。
三つ。肉。
出所と言えば肉もだ。
キューカウの肉が当たり前のように出回るこの国は、勿論肉が有名だ。
だが有名と謳っているのに、この国には牧場がない。
更に家畜という言葉すら知らないようだ。
牧場がないのに、家畜という言葉すら知らないのに、どうして肉が有名なんて言えるだろう。
全て肉は野性動物を狩って手に入れているとでも?そうだとしたら今頃全ての動物が厳重保護獣扱いだ。
以上が、私がこのグレドルフ国を回って思ったことだ。
本当は国王に直接話をしたいが、おいそれと会える相手ではない。
葬式には参加しているだろうが、護衛付きでは難しいだろう。
それなら次行く場所は……。
「商業ギルドかな」
肉の仕入れ先を知れる場所と言えばもうそれくらいだ。
とは言え、私はギルドにすら登録していない一般人。
それに、教えてくれるかと言えば可能性は非常に低い。
まぁ、商売道具教えてくださいと言って教えてくれる人はそうそう居ないだろう。
それでもフワッとした情報なら教えてくれるかもしれない。
例えば、南の大地から取り寄せた~、とか我が国で育てた~、とか。
「流石に闇ギルドにまで手を伸ばす話じゃないしね」
あまり期待はせず、私は地図を広げた。
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商業ギルドは全国に展開する大型ギルドの一つで、その名の通り商売をする人達が必ず足を運んでいる場所である。
一般的に言う『ギルド』は冒険者ギルドのことであり、一番利用者も稼ぎも多い。
大型ギルドは他にも開拓ギルドなんてものがあり、未開の土地を調査して資源や国の拠点作りに励む人達もいる。
大型ギルドはこの三種類だけだが、中型ギルドになると、闇ギルドや運送ギルドなんてものも存在するのだ。
「まぁ私がお世話になるのはギルドなんだけどね」
地図を貰えるのはギルドなので、私は圧倒的に利用数が多い。
商業ギルドには、手に入れた換金出来そうな物の相場と、高く引き取ってくれる店を紹介してもらうくらいだ。
あまりお世話にはならない場所だが、今日は売る用の薬もある。薬屋も一緒に紹介してもらおう。
そんなことを考えながら、大きな建物に私は向かった。
木造で出来た立派な建物で、屋根は藁のようなものが重ねられて作られている。
大きな木材をいくつも並べているのをみると、どうしてもログハウスを思い出してしまうが、玄関の上には商業ギルドのシンボルである扇子が飾られていた。
何故扇子なのかは知らない。
玄関を開けると、ガランガラン♪ と来客の知らせを伝えるベルが鳴った。
同時に聞こえるお出迎えの声。
『いらっしゃいませー!』
ギルドの人たちは書類を漁ったり、物をあちこち運んだりと忙しそうな雰囲気だ。
発注や運送などは全て国の商業ギルドが行っているため、慌ただしいのも無理はない。
お客さんも多くがカウンターに並んでいる。目的はそれぞれ違うだろう。
私はぐるりと見渡して、比較的空いてそうなカウンターを探すと、一ヶ所だけ誰も並んでいない所があった。
こんなに人がいるのに……と首を傾げていると、そのカウンターには【魔】と一文字だけ書かれた看板が立て掛けられていた。
「魔……? 魔女かなにかかしら……」
そんなわけはないだろうが、私としては契約などがしたいわけではなく、話を聞きに来ただけなので誰もいないのはありがたい。
真っ直ぐそのカウンターに向かうと、受付嬢っぽい人が顔をあげた。
「………どうも」
非常に小さい声は意外と透き通っており、すんなりと耳に入ってくる。
受付嬢は服装こそ制服であるものの、帽子を目深に被ってマスクをしている為、素顔はほとんど見えていない。
だが、書類を用意する手から若いと言うことは分かった。
「……どのようなご用件で」
「旅の者でして、少し商業ギルドの方にお話を聞きたくてですね」
「……? あぁ、お仕事で来られたわけではないんですね」
「無所属ですよ」
「……そうですか」
受付嬢は用意した紙を机の隅に置いて、代わりにペンと紙を取り出す。
「……私は、観光地などに疎いので、上司にお伝えしますね」
確かに見た目からそんな感じはした。
新人さんなのだろうか?
「いえ、私が聞きたいのは仕入れ先についてですよ。この国は……お肉が有名でしたっけ ?どこから仕入れているのかなーって。次はその国へ行く予定なんですよ」
あらかじめ決めていた口上をすらすらと言葉にした。
私が商売人であればまず教えてくれないだろうが、旅人なら寄った国と交流のある国へ行くのは割と自然だ。
大きなメリットは無いが、迷うことなく次の行き先を決めれる。
優しいところなら地図も貰えたり。
仕入れ先なら近い場所も多いだろうと、受付嬢の返答を期待していた……が。
「……お肉は仕入れていないですよ。全て自国で生産しています」
おっと、この受付嬢はギルド側だった。
ギルドは大きく肉の宣伝を行っているようで、大々的に牧場で育てた~と謳っている。
そのギルドの人間が仕入れ先は~、なんて簡単な話になるわけもない。
しまったなぁと思いつつも、私は次の作戦に移行した。
「あれ? この国には牧場はないって聞きましたけど?」
所謂質問攻めってやつだ。
この受付嬢が新人なら、ボロを出してくれるだろう。
こちらには色々と手札がある。確信をつける話が聞けたらいいな。
受付嬢は私の返しに驚いたようで、少しだけ顔をあげた。
上げたところで目元すら見えないが。
「……ありますよ。観光地としてもご紹介させていただいています。 ……ですが国の端にあり、移動は少し大変かと」
「行ったんですよ国の端まで。でもなんにもないですし、牧場なんて知らないと言われるし」
「……本当にいかれたんですか?」
「嘘と思うなら門番さんに聞いてみてください。随分と渋いお声の方でしたよ」
そこまで言うと、受付嬢は俯いてしまった。
別に責めているわけでも、怒っているわけでもないのだが……。
とは言え、流石にだんまりを決め込まれるのは面白くない。
ここは追撃と行きましょう。魚雷発射!
「あと、これの仕入れ先も知りたいですね~」
鞄から取り出した小さな魚雷、もとい茶薬を取り出した。
コトっと中身の少なくなった解析の余りだが、受付嬢を狼狽させるには十分な威力だったようだ。
「……これ……は?」
「茶薬、と私は呼んでいます。正式名称は知りませんが、この茶薬と、この国で売られる肉が…………呪いの品であるのはわかっていますよ」
呪い~からの部分は小声で囁いた。
もう全てお見通しだぞ、と圧をかけたが、実際何も分かっていない。
とは言え、受付嬢は私が全てを知っているかのように聞こえているはずだ。思い込みは一番怖い。
「何か、ご存知ですよね?」
「……」
再び受付嬢は俯いてしまった。
この様子だと、何か知っているのは間違いないだろう。
この受付嬢がどういう立場かは知らないが、安全にこの国から出るために私は心を鬼とする。
あわよくばこの薬の製造法方を知りた……ではなく、この薬が出回らないようにしたい。
正義の味方になりたいわけではなく、薬を使って悪事を成しているのが私は許せないのだ。
戦争の時代こそ去ったが、未だに残る化学兵器や麻薬……。
先程は製造法を知りたいなどと口走りかけたが、作り方を知れれば特効薬などの製造がかなり簡単になる。
まぁ、完全なエゴではあるのだが、それが人助けだろうが自分のためだろうが、やりたければやるのだ。
そうじゃないと、後味が悪いし……旅人って自由なものじゃない? 猫と一緒で。
さてはて、こんな自分の下らないプライドは置いておいて、まずは目の前に転がってる問題を解決せねば。
いや、実際問題を抱えているのは受付嬢だけども。
その受付嬢はと言うと、どう答えようか迷っているのか周りをキョロキョロと見渡している。
「……どうなんですか?」
痺れを切らして聞いてみても、執拗に周りを確認している。
なんだ? 確かにこの受付嬢のカウンターには誰も並んでなかったし、近寄ってくる輩すらいない。
どうしたの? そう聞こうとした途端、受付嬢は帽子を少しだけ上げた。
「……関わらない方がいいですよ。旅人さん」
「それは知っていると言う解釈でいいのかな?」
「……」
流石に薬まで出されて隠し通せるとは思わないか。
端から見ればただのお茶にしか見えないが、知っている者からすれば爆弾のようなものだ。
お茶の仕入れ先なんてどこでも聞けるしね。わざわざ商業ギルドに聞きに来る必要もない。
受付嬢は大きく息を漏らした後、席を立ってこう言った。
「……ついてきてください」
私の意識はここで途絶えた