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人々魔旅  作者: 影打
第一章 肉の国
7/21

6話 複合

「なんてこったい」


 この言葉を口に知る日が来るとは思わなかった。

 まさか呪系と増強系の複合薬だとは……。

 存在するとは聞いていたが、こんな形で出会えるなんて……。形は最悪だが。

 因みに、回復系に反応する発光花(はっこうばな)の蜜はなんの反応も示さなかった。


 複合薬とは読んで字の如く、3つの系統が混ざった薬だ。

 簡単に言えば、一つの薬で回復しつつ攻撃力が上がると言えば分かるだろうか。

 かなり希少なもので、作る素材も薬剤師の腕も一級品でなければ作ることはまず不可能。

 勿論解析なんてそれ以上の腕がいる。

 今の私では材料も道具も不足しすぎており、複合薬だと分かっただけで奇跡だ。私凄い。


「……でもここからは難しいな……」


 茶薬自体はまだ残っている。

 町の人々はこれを飲んで生活しているだろうし、飲んだからと言って死ぬことはないだろう。


 なら思いきって飲むか……? 明らかに呪われると分かっていて?

 店員の言っていた通り、代謝をあげるとかそういう系の呪いならまぁ分からなくもない。

 一応呪系も使い方次第では良薬になる。だがそれはどちらかと言えば増強系……。


「よし。決めた」


 無理かもしれないが調べよう。一応こんな成りでも薬剤師の端くれですからね。

 だが調べれるのは呪系か増強系のどちらかになってしまうだろう。


「まぁ増強系かな」


 呪系は解析難易度が基本高い。

 道具がないことも考えれば、増強系を選ぶのは自然だった。

 それに、不思議なのは呪系なのに増強系の効果があるという事。

 呪系はそもそも相手の弱体化を狙うものの筈なのに、何故耐性を上げるようなことをするのだろうか……?

 そういう理由でも、増強系を調べる価値は十分にある。


「まずは火だね」


 小さなコンロを鞄から取り出し、マッチで火をつける。

 室内でやるのは基本やめようね。今回は例外。


 魔素感知薬を入れた茶薬は三つ作ったが、一つはゼリー状になって使えない。

 小皿に移して正解だった。

 使える二つの内の一つを火にかけ、沸騰するまで待つ。

 複合薬が従来の解析方法で上手く行くかわからないので、取り敢えず弱火でコトコト煮込んでいく。


 増強系には様々な効果があるのはご存じだろう。

 強化、防御、俊敏、隠密、体力、耐性、etc……。

 これらは使用する材料などの関係で色が決められており、加熱、冷却する事で青色から効果に見合った色になるのだ。

 もちろん加熱、冷却以外にも圧縮だったり電流を流したりと解析方法は非常に多い。

 今私ができるのが加熱くらいしかないので、ほぼ賭けだ。


「頼むぞー……?」


 ゆっくりと暖まっていく茶薬の変化を見逃さまいと、ブヨブヨの腕を組んでじっと見つめる。

 普通の増強系なら色が変わってもずっと同じ色のままだが、呪系も混ざった複合薬なら一瞬しか色が変わらない可能性の方が高い。


 早く変わってくれと願いながら、頬に伝う汗を拭った。


「顔熱っ」



ーーーーーーーーーーー



 あれから何分たっただろうか?

 既に日は高く昇り、窓から暖かな日差しが入ってくる。

 それくらいには時間がたったが、茶薬に変化は起きていない。

 沸騰すらしない。なんでだよ。


「誰だよこんな薬作った奴……」


 強火にしたり弱火にしたりを繰り返したり、時折混ぜたりもしてみたが全くの無反応。

 どうすればいいんでしょうか。

 私は一生この太った体のままなんですか?

 この体に合う服ないですよ。服を買いに行く服がない状態ですよ。


「はぁ~……解呪薬あるし飲んでもいいかな……」


 この考えになったらもう末期かもしれないと思いながら、コンロの火を消した。

 大分使ってしまった。燃料が勿体ない。

 だが元の体に戻れるなら飲んでも構わない。

 確証はないが、町の人々を見れば少なくとも死ぬことはない筈だ。

 呪われたとしても解呪薬がある。

 体を戻してさっさと町から出るのも一つの手。

 だがずっとこの町の人々は呪われたまま……うぅぅん……。


 うんうんと悩んでいると、ピンっと頭に思い浮かんだものがあった。


「……あれ、解呪薬って……呪われた人にしか使えないのかな……? 薬の解呪とか……出来ない?」


 一応解呪薬も万能薬に匹敵するほどの貴重な薬だ。

 これを解析材料にできないだろうか。

 具体的には茶薬の呪系要素だけを取り除いて普通の増強系の薬にするとか。

 それが出来たら従来の方法で増強系薬の解析が出来るのでは?


「……いけそう!」


 再びコンロを用意し、熱した茶薬は捨てて新しい茶薬をセット。

 結構この体でも俊敏に動けるな、なんてどうでもいいことを考えながら解呪薬を数滴小皿に移す。

 流石にこんな貴重な薬をドバドバ入れる勇気はない。

 効果も高いだろうし、数滴で十分効果が期待できる。


 さっきみたいに滑らないように丁寧に拭いて、慎重に……慎重に……。

 ポタタ……とほんの数滴、解呪薬を茶薬に入れた。その瞬間。


 カッ!!!


「うわっ!?」


 圧倒的光の暴力が私に襲いかかった。

 瞼一枚では到底耐えきれない強さで、慌てて手で顔を覆う。

 それでもジンジンと痛みが続いた。


 暫くすると、光が落ち着いてきたようだ。

 恐る恐る目を開ければ、なにも変わらない茶薬があるだけで茶薬自体に変化はない。

 変わったことと言えば……。


「……何?」


 部屋中を駆け回る、小さな光があった。

 だが目に見える速度ではなく、一瞬であっちに行ったりこっちに行ったりと超高速で移動している。

 光は次第に小さくなって行き、最後にはフッと消えてしまった。


 茶薬に入っていた呪いが解けた効果なのだろうか?

 あれを調べれば、もしかしたら呪いの正体が分かるかもしれない。


 だが、それは後回し。

 気を取り直してコンロにボッと火をつける。今回は強火だ。


「さぁどうだ!」


 チャンスはこの一度きり。これで分からなければもうお手上げである。

 分かったとしても呪系の方が分かっていないため、半分詰みの状態なのは置いておく。


 先ほどと同じように、コトコトと加熱されていく茶薬を瞬きも忘れて見つめる。

 少しの変化も見逃さないように。

 すると……。


「あっ!! 変わった!!」


 紺色だったのが、スーッと銀色に変わっていくのがはっきりと見えた。

 解呪薬を使ったのは正解だったと、思いっきりガッツポーズをした。やった!

 ありがとうクリュエイドさん。あなた本当に凄い人だったのね。

 その後は銀色から変色することはなく、ゆっくりと固まっていった。


「銀色で固まる増強系薬……聞いたことないなぁ」


 はて、と首を傾げながらボロボロの本を取り出しす。

 祖母の形見でもある、祖母が筆者の調合、解析本だ。

 祖母がボケ防止にと書いていたものだが、そこらで売っている本より数十倍は詳しく丁寧に書かれている。

 故に非常に分厚いが、何度もこれに助けてもらった。


 パラパラと捲れば、中身は朽ちている様子もなく問題なく読める。

 探すのは解析項の増強系……変色……銀、凝固……。


「あった! 紺からの変色後、銀色になり凝固するのは無痛効果のある耐性薬の可能性が極めて高い……」


 ……無痛耐性?

 また結構貴重な薬ですこと。


 無痛耐性は痛覚を遮断する少し危険な薬だ。

 一切の痛みを感じなくなる上に格段に防御力も高くなる。

 ただし、無敵と言う訳ではなく、防御力以上のダメージは普通に通るし、痛覚が遮断されているため骨折しても気づかない。

 折れた骨が内蔵を突き破っても気づかずに戦い続け、死亡したと言う事例もある。

 昔はよく戦士を奮い立たせるためのドーピングとして使用されていたようだ。

 今では材料などの調達が難しくなり、持っている人はほんの一握りだろう。


 こんな危険な薬だが、使用が禁止されている訳ではないのがまた厄介なところ。

 だがこれを複合薬に混ぜるとは……。

 と、言うことはだ。


「この茶薬、結構ヤバイものなのでは……?」


 無痛耐性効果のある増強系薬を使用しているならば、呪系は確実に強い痛みを伴うものだろう。

 だが何故それを無痛耐性で消しているのだろうか……?

 痛みがなければ呪いとも分からない。

 制作者にメリットもない。ならばまた別の理由が……?


「わかんねーー」


 バターんとベットに倒れ込む。

 メキメキッとベットの足が泣いたが知ったことか。

 増強系の効果が分かったところで解決するわけもない。

 ただの自己満足だ。うん、私大満足。

 だが根本的な解決には一切至っていない。

 はっきりした効果も分からず、対策すら練れない。


 一番の問題はこの急激に増えた脂肪だ。

 寝巻きが一枚使えなくなったが、寝巻きならまだなんとでもなる。

 既にあの肉自体が呪われているのだろうか?

 そうだとしたらこの茶薬になんの意味が……?


 いや、今色々考えるのはよそう。

 調べるにしてもこの体をどうにかしなければ、調査どころではない。


「……賭けにでるか……」


 私は残しておいた、手付かずの茶薬に手を伸ばした。

 飲んでも死なないことは町の人々で証明されている。

 調べた意味が一切なくなるが、即座に解決できそうな選択肢がそれしかない。

 ……非常に危険な選択肢だが。


「それでもここで脂肪にまみれて死ぬよりはマシだ」


 後悔するならやって後悔だ。

 薬の制作者の思い通りに進んでいると思うと腹が立つ。

 絶対に正体を暴いてやるからな……。

 同じ薬剤師として人々を呪いに掛けるなんて許せない。


「薬剤師かどうかは知らないけどね」


 ふぅっと息を吐いて、一気に茶薬を飲み干した。

 その瞬間、すさまじい眠気が襲ってきた。

 ほぼ気絶するのに近い感覚で頭が真っ白になり、ベットに倒れ込む。

 最後に覚えているのは、どこかから聞こえた何かが折れる音だけである。

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