4話 疑惑
町を歩いていれば嫌でも目につく人々達は、揃って非常にスタイルがよかった。
太っている人は勿論、がたいが良くて大きく見える人も見受けられない。
流石に顔の容姿はピンからキリまであるが。
「お肉が有名って聞いてたから、太ってる人は多いと思ってた」
私は国王にある程度の金貨を頂いて、王城からギルドへと向かっていた。
国王は優しいことに、ギルドが見えるところまで馬車で送ってくれ、現在は徒歩だ。
遠くからでもはっきり見えるくらい……というか、屋根の形状が独特で見失うことがない。
北の国でよく見られる鋭利な屋根で、周りの建物と比べて明らかに異様なのだ。
パッと見れば、ログハウスに見えないこともない。
だがそんなことはどうでも良い。それがギルドなら一直線に向かうまでである。
やっとこの重いドラングベアーの素材をお金に変えれる。
しかもまだお昼を食べれていない。
少し遅めの昼食になるが、食べれれば良い。できればお肉。
勿論道中である程度の店は確認してきた。
シェフや評論家も認める! とか、国王様がおいでくださる! 等と言った文句が店の前に張り出されていた。
メニューもいくつか見せて貰ったが、最高級のキューカウの肉を取り扱っていない店が無くて少し焦ったのは内緒だ。
だが値段は良心的で、一般人でも食べることが出来るほどだった。
肉が同じなら何件肉屋があっても変わらないと思ったのだが、料理と料理人の腕で美味しさは相当変わるらしい。
その違いを楽しむのもありだな、と思いながらギルドの扉を潜った。
「やっと着いた~」
ギルドに入ると、数人の冒険者が珍しげな表情で私を見るが、直ぐに興味がなくなったように視線を戻す。
中は食堂兼ねギルドになっているようで、昼間から酒を仰いでいる冒険者も目に入る。
ギルドの中に酒場があるのは割と普通なことで、無い方が珍しい。
ギルドの奥ではカウンターに受付嬢がそれぞれ立っており、買い取りから依頼の受注等様々なことを引き受けてくれる。
私はまっすぐ買い取りのカウンターに向かった。
基本受付嬢は女性のみで、私としてはとても話しやすい。
だが、冒険者達の中には野蛮な物言いをする人も少なくはない。
故に、かなり気の強い女性が対応するときもあるので、少し話しかけづらい時もしばしばだ。
「すみません」
「はいはぁい」
私の声に、柔らかな返事が返ってきた。
緑色と白を基調とした華やかな服を纏っている女性だ。
頭にちょんと乗った三角帽子がギルド職員の証で、それを直しながら笑顔で挨拶をしてきた。
「こんにちは! 買い取りですか? それとも解体依頼ですか?」
「買い取りで」
「はいはい! では素材をこちらにお出しください」
彼女は自身の前のカウンターに手を広げるが、流石にこのカウンターだけでは全てを出すことはできない。
綺麗に解体してくれたドラングベアーだが、肉もあるので量は結構あるのだ。
「ちょっとカウンターには全部出せないと思います」
「でしたら解体場に出していただくことになりますが、よろしいですか?」
なるほど、倉庫とかではなく直接解体場に出すのか。
割と広いギルドだとは思ったが、裏にそんなのもあるらしい。
受付嬢に連れられ解体場に来ると、薄いが獣と血の臭いが漂っていた。
中には解体器具が一式並び、大きなフックがいくつもぶら下がっている。
「ここなら全部出せますか?」
バサッと簡単な敷物を広げながらどうぞ! という感じに手を広げる。
これだけ広ければ大体の魔物は入るのでは無いだろうか?
天井も高ければ奥行きもかなりある。体育館のようだ。
私はクロイドさんに貰った麻袋を開けて、中身をどんどん出していった。
この袋は次元袋と呼ばれる物の劣化版だ。いくらでも物は入れられるが、質量はそのままなので非常に使いづらい。
まぁただで貰っただけありがたいと思わねば。
中から出てくるのはほぼ最高品質のドラングベアーの素材。
綺麗な毛皮に丁寧に取り外された牙や爪、更には血抜きされた肉まである。
全て出し終わったところで受付嬢に顔を向ければ、驚きつつも素材を見て何かを書き続けていた。
「すごい綺麗ですねー、ドラングベアーは気性が荒いので傷がつきやすいはずなんですが……暗殺スキル持ちですか?」
「いえ、友人に頼まれて持ってきただけですよ。私は冒険者ではないので」
「でしたらその友人さんは凄い解体スキルをお持ちですね!」
そりゃあ勇者だから。という言葉は無理やり飲み込んだ。
「はい! では買い取り金額はこの通りです!」
受付嬢は一枚の紙を広げて見せる。それには部位毎の値段が書かれているのだが、合計金額を見て首を傾げた。
「金貨18枚……?」
少なくはないが、相場と比べてずいぶん安い。
特に肉の買い取り価格が銅貨数十枚と、極端に少なかった。
「この国ではあまり肉類の売買が盛んでなく、どうしても肉の値段が下がってしまうんですよ」
「お肉が有名な国なのに?」
「だからこそですよ。肉料理店をご覧になりましたか?」
そりゃあ見てきましたとも。キューカウの肉を取り扱っていない店が無い程この国は肉に困っていない。
おそらく牧場かなにかに成功しているのだろう。
非常に飼育の難しいキューカウだが、量産するとしたらそれしかない。
牧場があるなら行ってみるのもありだな。
「我が国では様々な肉を量産していて、売る事はありますが買うことは無いんです。ですのでお肉だけこのような値段になります」
むぅ、肉じゃなければ別の国まで持っていったが、腐ってしまったら元も子もない。
国王から貰った謝礼金もあるし、渋々その値段で売ることにした。
まぁこれだけあれば二国くらいは持つだろう。
後は受付カウンターでお金を受けとるだけだ。
それにしても、この量の肉がこの値段か……と渋い顔をしていると、肉の隙間になにか白いものが挟まっているのが見えた。
身に覚えの無いそれを引っ張れば、綺麗に折り畳まれた紙。
なんらかの魔法がかかっているようで、血は染み込んでいない。
「なんだこれ?」
そっと開いてみると、印刷されたような綺麗な字でこう書かれていた。
『水を飲んではダメ』
紙の端には『K』の文字。クロイドさんだろうか?
解体したのは彼だし、その時以外に挟めるタイミングもない。
そもそも何故こんな紙を残したのだろう? 直接言っても問題ない内容だが……?
「どうされました?」
首を捻っていると、お金を用意していた受付嬢が不思議そうな顔をしていた。
私は小さく首を振って、ポケットに紙を押し込んだ。
「いえ、地図を買いに来たのを思い出しただけです」
今日二度目の嘘だった。
ーーーーーーーーーー
ギルドを出た私はただ良い香りに誘われていた。
「ここも美味しそう……あぁ、あっちも……」
お腹が暴力的な音を立てて食い物を要求している。私だって早く食べたい。
お店はピークの時間をとっくに過ぎていると言うのに、お客が並んでいる所もある。
本当はそういうお店に行きたいが、流石に私の体が黙っていない。
「まだ二日ある……二日あるから今日はここ!」
と勢い勇んで入ったのは、割と穏やかな空間を持つ店だった。
名前はよく見ていないが、レーダンだった気がする。
少し暗い木材を使用しているようで、一瞬カフェに入ってしまったかとも思った程だ。
だが確実に感じる肉の香りと、油が鉄板で踊る音。
視覚で感じる前にここが肉屋なのだと確信できる。
入り口近くにあった呼び鈴を軽く叩けば、奥から快活な声が返ってきた。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
「旅の途中なもので」
「分かりました! 一名様ご案内しまーす!」
奥から再び「いらっしゃいませ!」と聞こえてくる。
建物の雰囲気に対して、割と元気なお店だ。
案内されたテーブルは四人用で、大きな鉄板が机の真ん中に埋め込まれている。
上には煙を吸い込む換気扇のような物があり、煙が広がることはなさそうだ。
「ご注文がお決まりになりましたらお声かけください」
手渡されたメニューには、それはもう様々な肉が載っていた。
最高級のキューカウの肉は勿論のこと、小さすぎて一体から取れる肉が極端に少ないカパドルや人間が入るには危険な山脈に生息するオーペレンジ。更には魔族の下僕であるダークブルネイまである。
ちなみに全部牛の仲間だ。豚や鳥もあるが、この店は牛肉がメインらしい。
「これは他のお店も今から楽しみじゃないですかぁ……すいませーん!」
注文をしてドカンと置かれた肉の山に、私は今凄まじくだらしない顔をしているだろう。
油がひかれて熱を持った鉄板の上で踊る肉達。
皿の上で順番待ちをしている肉でさえも、極上の油で輝いている。
お好みで、と用意された塩やタレも上質なものらしく、まるで高級料理店のようだ。
焼き上がった肉を素早く箸で掴み、迷わず塩につけて口に放り込んだ。
「~~~!!!」
舌に触れた途端溶けるように味が広がる。
肉の味はしっかりとキープしながらも、油が口に残らない。
気づいたときには口には既に何もなく、箸が再び動いていた。
「これが食べ放題で銀貨2~3枚ですと……」
女性にも優しいさっぱりとした種類の肉を選んだが、まさかここまで食べやすいとは……!
因みにキューカウのモモだ。
「わぁ、このお肉甘い! わっ、こんな分厚いのに柔らかっ! 溶けたっ!わぁぁあーーんむんむ」
そんな調子で、気づいたときには、山盛りあったお肉の代わりに、空になった皿がいくつも積まれていた。
満腹になったお腹を擦っていると、店員が横からスッと冷たいお茶を出してきた。
「私頼んでないですよ?」
「食後のカロリーを軽減するお茶です。うちではサービスで出しているんですよ」
「……ありがとー」
やんわりと返事をして受け取ると、随分と冷たい。
店員は渡し終えると、直ぐに自分の持ち場へと帰って行った。
「なんで飲んじゃダメなんだろ」
クロイドさんが残したであろうメモを思い出す。
口頭で言ってもいいと思うのだが、勇者の考えていることはわからない。
だが彼が言うのだから、何かしら理由があるのだろう。
私はお茶の香りを嗅いでみる。
「……水草の匂い」
随分と抑えられているが、微かに生臭い水草という植物の匂いがした。
水草は魔法薬の調合に多く使われる薬草であり、MPを回復するマナポーションは勿論、複雑な調合を要する俊足ポーションにも使用される。
特性として簡単な調合で使用する分には臭みが無いが、調合難易度が上がれば上がるほど臭みが強くなる。それを抑える調合法もあるが……。
「……確実に複雑な調合の薬だこれ」
このお茶は臭いを押さえているのだろう。
でなければ飲料水として出せるわけがない。
クロイドさんのメモの理由が一つ分かった。
これを飲んだらどうなるか分からない。
流石の私も臭いを嗅いだだけで効果が分かるような、化け物じみた嗅覚は持ち合わせていない。
この国はこれを飲料水として飲んでいるのだろうか? 確実に何かしらの効果がある茶薬を?
しかもお店が普通に出しているというのはどういうことだ?
「とりあえず、飲み物だけに注意すればいいのね」
お茶を空瓶に移し、鞄の奥に仕舞い込んだ。
どんな効果があるのかは後で調べるとして、絶対に水は飲まないようにしよう。
水の確保がこの国で出来ないのは致命的だが、謎の薬品を飲むほど餓えていない。
次の国までどのくらいだろうか? 国外の地図をもらわないといけないな。
そう考えながら、私は会計を済ませて店を後にした。
肉は美味しかったが、お客に薬を盛ろうとする所なんて星一つだ。
十分な満足感と若干の苛立ちを覚えつつ、宿探しへと向かう。
この後、自分の身に悲劇が起こるなんて、誰が想像できただろうか。