3話 疑惑
私は結局、今この国にいる勇者が信じられず、城壁近くに逃げて朝方に再び並び直した。
その頃にはゴブリンの死体は回収されており、残っているのは染み込んだ血だけだ。
長蛇の列は私が並んだ時より伸びており、私の番になったのはお昼が回った頃だった。
「お一人ですか?」
新米っぽい若い兵士が、明るい調子で聞いてくる。
「一人です」
「入国の目的は?」
「素材の売却と旅の休暇です」
兵士はそのやり取りを紙に丸をつけたり、メモを書いていく。
「滞在期間は?」
「2、3日。気に入ったら延長するかもしれません」
「では一応滞在期間は3日としますね。延長される場合はここに寄って頂き、延長手続きをお願いします。最後にお名前と、入国費5銀貨をお願いします」
「レリアルです。入国費の後払いは可能ですか?」
「はい。では退国時にこの入国証明書を提出して入国費をお支払ください」
そう言い、メモを取っていた紙の下半分を切り取って私に渡した。
入国日や滞在期間、後払いの有無等の入国状況が書かれている。
私はなくさないように、腰につけたポーチに仕舞い込んだ。
「それではレリアル殿。旅の休暇をお楽しみください」
最後に兵士はそう言って、道を開けてくれた。
商人達と違って旅人や冒険者は審査内容が非常に少ない。
簡単に入れるのは良いのだが、その分入国費が多いのが難点だ。
「旅人の懐は寂しいのです」
門から少し離れたところで、入国証明書に書かれている『後払い 有』を『後払い 無』に書き換える。
どうせこの国に来ることはもう無いだろう。
というか、もう一度来ようと思っても来れる自信が無い。
そんなことはさておき!
やっと入れたグレドルフ国!
門の先には大きな街道が広がっており、この辺りは公園兼広場のようになっていた。
中央には噴水があり、その奥は街道に沿って市場になっているようだ。
ここからでも良い香りが漂ってくる。
だが寄り道は後回しだ。
「まずは宿……いや、ギルドに向かいましょ」
国には必ず大きなギルドがある。
村などにある小さいギルドもあるが、やはり大きい所に行くに越したことはない。
ふかふかのベットはグッと我慢し、ドラングベアーの素材袋を担ぎ直して歩きだした。
ギルドに行く目的は主に二つ。
一つは素材の売却。
魔物の素材は、ギルドで全て買い取ってくれるのだ。
荒い物も買い取ってはくれるが、痛んでいたり、状態がよくなかったりすると高くは売れない。
だから冒険者は剥ぎ取りを必死になって覚える。
私も色々と融通が利くので、剥ぎ取りはある程度出来る。
たまに剥ぎ取りのバイトをして、路銀を稼いだりするくらいだ。
二つはこの国の地図を手に入れるため。
これが一番重要。本当に重要。
何度これが無くて悲しい思いをしたか……。
ギルドでは銅貨数枚で地図を売っているのだ。
細かい道などは書かれていないが、主要な建物は全て載っている。
商人など、この国の人間以外でないと買う者はいないので、比較的に値段は安い。
「早くギルドで素材を売って肉を食べる……!」
この際勇者の件は後回しだ。
ドラングベアーの素材も、爪だけ残しておけば証拠になる。
いや待て、割と爪は良い値になるから牙にしよう。
そんな事を考えながら、行きゆく人々にギルドへの道を尋ね始めた。
ーーーーーーーーーー
「なんで?」
グレドルフ国に入国してはや一時間。
私は王城の客室にいた。
ギルドを探してウロウロしていた所、いつの間にか貴族街に入っていたらしい。
そのまま流れるように城に入ってしまい、兵士に事情聴取をされてこのザマである。
勇者の証を持っていなかったらヤバかったかもしれない。
「お腹すいた……」
キュウッと鳴るお腹を押さえて項垂れた。
お肉が楽しみだからと、朝を抜いたのが裏目に出るとは……。
「それにしても……」
私を連れてきた兵士を思い出す。
何をしている、と聞かれたときは肝を冷やしたが、勇者の証を見や否や態度が一変した。
「勇者の証……! それをどうされたんですか!?」
「え……わ、私を助けてくれた勇者様の形見です。ドラングベアーと刺し違えて……」
私は予め考えていた設定を口にした。
証拠もあれば証人もいないので、疑う人はまずいないだろう。
兵士はそれを聞いて、すぐさま私を城へと招いた。
それはもう嬉しそうに。
「普通は悲しがるもんだよなぁ……」
私の故郷でも、リーダーは危険な仕事を任せられることが多い。
それだけの強さと信頼があるこそなのだが、そのリーダーが大怪我をしたときは皆で涙を流したものだ。
それほど勇者という存在は大きい。
だと言うのにここの兵士は……。
昨日の件と言い、なんだか不穏な空気が流れているような気がする。
「気のせいなら一番なんだけどね」
その時、コンコンと短いノックがあった後、返事を待たずに兵士が入ってきた。
「レリアル様、国王がお待ちです」
「……はい」
城に招かれた時点でこうなることは分かっていた。
クロイドさんの勇者の証を持った人間が、普通に国で過ごせる訳もない。
私は渋々と言った感じで席を立った。
ーーーーーーーーーー
「よく来た。旅人レリアルよ。我はグレドルフ国の国王、グレドルフ・フォーリンダムだ」
兵士に開けられた扉を通ると、長い赤絨毯が玉座まで続いていた。
そこに座っているのは、ふくよかな男性。
よく分からないキラキラした衣装を身に纏い、指には極大の宝石指輪をしている。
髭を短く切り揃えているが、ぽってりと脂肪の乗った顔にはあまり似合っていなかった。
「こんにちは国王様、レリアルです。礼儀作法はあまり心得ていないので、不快にさせてしまったら申し訳ない」
「構わぬ。王城の礼儀など知っている者の方が少ないからな」
それはありがたい。
国王によっては礼儀作法を学んで出直して来い! と言ってくる人も少なくない。
学校で学ぶのは食事マナーくらいで、お嬢様学校にでも行かなければ礼儀作法は教えてくれないだろう。
とは言え、今の国王にとって礼儀なんてどうでも良いのかもしれない。
クロイド勇者が死亡した、と言う話は既に伝わっている筈だ。
国王は早くその証拠を私に聞きたいのだろう。
「早速で悪いが、勇者が死んだと言うのは本当か?」
私はポーチに入れていた勇者の証を取り出して、掲げて見せた。
国王は大きく目を見開いて、よく見ようと玉座から体を乗り出す。
だが、直ぐに脱力したように玉座に背を預け、小さく息を吐いた。
「……確かに、我が勇者クロイドに贈った証だ。何故お主が持っている?」
「兵士さんにはお伝えしましたが、私は旅の途中、ドラングベアーに襲われました。必死で逃げている所に、勇者様が助けに来てくださったんです。ですが私はその時足を痛めており……勇者様は私を守るように戦ってくださいました。そのせいで大きな魔法を使えず、彼はドラングベアーと刺し違えました……」
最後に足は勇者様が最後の力を振り絞って治してくれた、と付け加えた。
私が昨日からずっと考えていた勇者の悲劇設定。
さっきは急に事情聴取されたどたどしかったが、今回は上手くいった。
チラっと国王を見ると、「そうか……」と小さく呟いて何かを考えているようだ。
私への報酬だろうか? 情報料みたいな。
おっと、証拠を出すのを忘れていた。
私が鞄から再び取り出したのは、鋭利な白い欠片。
「ドラングベアーの牙です。私はドラングベアーを倒す力なんて持っていませんから、証拠になると思っても持ってきました」
「そうか。疑うわけではないが、後でギルドで確認してもらおう。自分で剥いだのか?」
「いえ、戦闘中に折れた牙を回収しただけです。本体は勇者様の手によって跡形も無くなりました」
勿論嘘だ。
実際死んだ魔物なら、余裕で血抜きから解体まで全部出来る。
流石にドラゴンの解体はやったことがないが、知識はあるので出来ないことは無いと思う。
まぁ私の境遇(仮)的には、襲ってきた魔物に近づきたくは無いだろう。
今は勇者様に助けて貰った、非力な女性を演じなければ。
ちょっと怯えたように両腕を擦る。
国王は何か言葉を探していたようだが、思い浮かばなかったらしくため息を吐いた。
「分かった。あの勇者が死んだとは到底信じられぬが……。旅人レリアルよ、勇者の最後を伝えてくれてありがとう。誰かを助け、看取られて死んでいったのであれば、勇者にとっては本望だろう」
あれ?と私は首を傾げた。
クロイドさんは人々から容姿で虐げられていたと聞いていたので、てっきり王も喜ぶものだと思っていたが……。
実際はその真逆の反応。
胸を手で押さえ、哀愁の漂う表情をしている。
うっすらと涙も伺え、本当に大切な者を亡くしたように悲しんでいる。
ちらりと横にいる兵士達を見やれば、悲しそうな顔はしているものの、口角は若干上がっていた。
「……嫌な国ですこと」
誰日も聞こえないくらい小さな声で呟いた。