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人々魔旅  作者: 影打
第一章 肉の国
3/21

2話 交代



 結局城壁が見える場所までクロイドさんに送ってもらった。

 森自体はあれだけ迷っていたのが嘘のように、10分程で出ることができた。

 もう少し粘ってたら自力で出れたかもしれない。おしい私。


 クロイドさんとはもうお別れして、城壁に真っ直ぐ向かっている途中だ。

 流石の私でも見えている場所に向かえないなんて事はない。


 歩いていて気づいたが、しっかりと舗装された道が作られていた。

 しかもさっきの森の中にまで続いている。

 近道だからと言って森を突き抜けなければ、あんなに迷うことはなかったようだ。

 数日前の私許さない。


 ふと前を見れば、城門が見える程の距離になっていた。

 だが、その前に並ぶ無数の小さな人影が私の足を重くする。


「うげ、あれ全部入国審査待ちの列……?」


 目を凝らして見ると、誰もが大きな荷物を持っている。馬車を引いている者もいた。

 中には軽装の人物もいるが、おそらく冒険者か私と同じ旅人だろう。


 入国審査は国によって様々だが、時間がかかる場合が多い。

 貿易が盛んな国なら尚更だ。


 森の中でずっと野宿だったのに、国の前でも野宿ですか。

 だが文句を言って入れる訳でもない。

 私は大きく溜め息を吐きながら行列へと急いだ。



----------



 行列の最後尾に並んだ時には、既に日が傾いていた。

 夕日を反射する城壁が眩しい。

 大体入国審査は夜が更けると明日に回される。

 城門を開けっぱなしにしていたら、突然の襲撃や夜の警備が怠ってしまうためだ。


「あっ」


 遠くの方でガラガラガラ、という鎖を引く音が響きながら、橋が上がっていった。

 あぁ……ふかふかのベットが……。

 回りの人々も、「もう閉まっちまったのか?」「また野宿かよー」と言った声が聞こえてくる。


 何度も経験している事とは言え、やはり目の前で城門が閉まってしまう瞬間というのは非常に悲しい。

 言うなれば、大好きなおもちゃを取り上げられた感覚だ。


 門を潜ればそこには楽しい町の風景が広がっている。

 店頭に並ぶ美味しそうな果物、良い香りがする食堂、あちこちに目移りしてしまう服屋や雑貨屋。

 考えるだけでもワクワクするその門がピッシャァンと閉じたら普通に悲しい。すごく悲しい。


「ま、お預けも旅の楽しいところか」


 門が閉ざされる度に、自分に言い聞かせる魔法の言葉を呟き鞄を広げる。

 入国が明日になったからと言って、なにもせず朝を待っている訳ではない。


 ちょっと夕食には早すぎるので、私は鞄から三つほどのパックを取り出した。

 パカッと蓋を開けると、青臭い草の香りが鼻をつく。

 他にもすり鉢や水、加熱用のフラスコ瓶等様々なものを出していった。

 私が今からするのは、薬作りだ。


「敷物は後でいっか。汚したくないし」


 旅をする上で路銀を稼ぐ方法は必ず必要だ。

 方法は様々あるが、個人的に一番安定するのが薬だと思っている。

 技量で値段は変わるだろうが、全く効果がない薬というものは中々無いのだ。

 言ってしまえば強いお酒だって、使い方によっては気付け薬になる。


 祖母から教わっていて良かったと思ったのは、旅を続けて一年が経った頃だったか。

 当時お金に相当困っていた私は、自分しか使わないと思っていた薬を薬屋に売ってみた。

 その薬が意外と高額で買い取って貰え、それ以降薬を売りながら旅をしている。


 私が今日作る薬は、冒険者達からはポーションと呼ばれている物だ。

 飲むとたちまち傷が癒える万能薬。冒険者になくてはならない一品。

 ポーションと一概に言っても全てが同じ性能ではなく、大きく分けて四つのレベルがある。


 下級ポーション。

 一番安価で手に入り、傷だけではなく風邪薬として使用されることもある薬だ。

 製薬方法も混ぜるだけと非常に簡単なので、味はすごぶる悪い。


 中級ポーション。

 下級より効果が高く、即効性もある程度ある。

 外傷だけではなく、内蔵の損傷さえ直してしまうのが中級ポーションだ。

 だが、あまりに傷が酷いと効果がない。


 上級ポーション。

 下級、中級の上位互換。

 骨折や内蔵破損ですら癒してしまうのが上級ポーションだ。

 速効性があり、飲んだ途端からみるみる傷が消え去っていくまさに魔法の治療薬。

 そこらの冒険者では到底買えないだろうが、一つは持っておきたい薬だ。


 そして最後に特級ポーション。またの名を秘薬。

 切断された四肢や、あらゆる病ですら癒すと言われる伝説の薬。

 勇者を命の危機から救ったという言い伝えがあるくらいだ。

 見ることすら叶わない薬だが、しっかりと実在する。


 この中で今から私が作るのは、最も多く使用される中級ポーション。

 ランクが高い冒険者もよく買うので、割と高く売れることが多いのだ。

 多少の疲労回復効果もあるし、私もよく世話になっている。


「まぁ不味いけどね」


 ポーションの元になる癒草(いぐさ)をすり鉢で水と共に擂っていく。

 水が療草のエキスで深緑になったところで、太陽草を染み込ませるように擂る。


 癒草はその名の通り回復効果のある薬草だが、これだけでは効果が薄い。

 そこで太陽草という、太陽を向いて咲く花を入れて効果を上昇させるのだ。

 本当は太陽草の花粉が良い材料になるのだが、これ自体のエキスでも構わない。


 因みに癒草だけで作れば下級ポーションになる。


「さてと」


 ある程度混ぜたところで容器にエキスだけを移し変え、加熱して殺菌する。

 あとは冷まして完成なのだが、私は加熱時にハーブの葉を少量入れて臭みを軽減。


 味は然程変わらないが、香りだけでも良ければ飲み易くなるものだ。

 祖母は蜂蜜を入れていたが、生憎そんな高価なものは持ち合わせていない。


 ポコポコと言い始めた辺りで火から取り出し、水に沈めた。

 はい。ちょっと香りの良い中級ポーションの完成。


「ま、ポーションなんて作らなくても、ドラングベアーの素材があるからお金には困らないんだよねー」


 元勇者から譲って貰った大きな袋を眺めながら呟いた。

 割とレア素材だから高く買い取ってくれる筈だ。

 それでまずはお肉を絶対食べる。

 あの体型になるほどのクロイドさんが言うのだ、絶対美味しいに間違いない。


 そうなると、このポーションは完全に暇潰しということになる。

 私も使うからあって困るものじゃないが、かさ張ってしまうのがちょっと辛い。


 私はその後、追加の中級ポーションを3つ作った。

 売るわけでもないし、このくらいあれば十分だ。


 作業も一段落し、道具を片付けて寝床を整えていると、後ろに並んだ商人が声をかけてきた。


「お嬢さん、旅の方かい?」

「ですよ」


 当たり障りの無い返事をしながら振り返ると、老齢の男性が目に入った。

 髪はすっかり白に染まり、皺だらけの顔が愛想の良さそうな印象を与える。

 ニコニコと杖を突きながら笑う老人は、手にバスケットを持っていた。


「随分と若く見えまするが、お一人なのかえ?」

「見ての通り若いですよ。一人で旅が出来るくらいには」

「ほほほ、逞しいお嬢さんじゃな。私はクリュエイドじゃ。エイドと呼んでくだされ」

「私はレリアルです。お薬要りますか?さっき作ったばかりで熱いですが」


 そう言うと、彼は少し目を見開いた。


「ほぉ、医薬師の方じゃったか。なにやらガチャガチャやっておるなとは思ったが……」

「うるさかったですか?」

「いや、見たことのない道具を使っておったから気になっただけじゃ」


 エイドは元々細い目をさらに細めて小さく笑った。

 確かに一般の人たちが薬の調合を見る時はまず無いだろう。

 大体の医薬師は技術を秘匿したがる傾向にあるから尚更だ。


 私は医薬師と言う訳でもないし、別になんのプライドもないから隠そうとは思わない。

 調合は簡単だし、むしろどんどん教え、作れる人が増えれば良いと思っているくらいだ。


「では一つ頂くとしよう。だが今は持ち合わせがあまりなくてな」

「入国前ですしね。私も似たようなものです」

「物々交換ではダメかの?」


 基本入国前に大金を持って入国審査に並ぶ人はまずいない。

 盗まれる可能性が高い上、商売道具を持ってきている場合が殆どだからだ。

 全員が持っていないなんて事はないだろうが、商人は基本お釣を返せる程度のお金しか持ってきていないだろう。


 だが商人にとっては入国前も商売時間。

 今でも周りを見渡せば、屋台を開いている者は少なくはない。


 商売以外にも、近くの国の物価などの情報を交換する場所でもあるから非常に大事な時間だ。

 だからこうした物々交換は、商人同士の挨拶みたいな物になっている。

 勿論物々交換自体を嫌う商人もいれば、普通にお金で購入してくる人もいるが。


 私は色々な国を回るために旅をしているので、断るという選択肢はない。

 それに良いものが手に入る時もあるから、こういう話は大好きだ。


「是非。何があるんです?」


 そう聞くと、エイドさんは笑みを深めて手に持ったバスケットを軽く持ち上げた。


「私も似たような商売をしておりましての。ポーションなどと言う高価なものではないですがな」

「それは楽しみです。ではお先にどうぞ」


 私は一番初めに作ったポーションを水から引き揚げ、水気を飛ばしてから手渡した。

 エイドもそれを丁寧に受け取り、キュポッとコルクを外して鼻を近づける。


「おぉ、香りは上級ポーションにも引けを取りませぬな。普通の中級ポーションより効果は高めなのではないのかえ?」

「ただの香りづけですよ。味も効果も変わりません」

「そこらの医薬師では、ポーションに香りを付ける事すら至難の業の筈なのですがのぉ」


 このエイドと言う老人は、多少薬の知識はあるようだ。

 だが、私にとって香りづけは文字を読むのと同じくらいの感覚でやり続けてきた事。

 これを特別だと感じたことは無いが、薬が高く売れるなら何でもいい。おばあちゃんには感謝だ。


「では私からはこれを」


 そう言ってエイドがバスケットから取り出したのは、花瓶のような細い瓶に入った液体だった。

 瓶自体が紫色なので液体の色は分からないが、ドロドロで粘性の高い液体だという事は分かる。

 私は思わず目を細めて、眉間に皺を寄せた。


「これは?」

「見た目は悪いが、あらゆる呪術を解呪する万能薬。解呪薬じゃ」

「……ん!?」


 解呪薬。その名を聞いた途端驚きで体が浮いた。


 私は齧ったほどしか聞いた事は無いが、確か呪術師が好んで使用する呪詛の媒体だった気がする。

 解呪薬自体はエイドの言う通り、様々な呪術を解呪してしまう程の力がある薬だ。

 だがそれを媒体に呪術を使うと、想像を絶するほど強力な呪いになるらしい。


 現在解呪薬はあらゆる国で使用が禁止されており、使えるのは国から許可を貰った魔導士様くらいだ。

 製薬方法も並みのそれではなく、材料を揃えす事すら難しい。

 別名魔物の秘薬とも呼ばれているそれを、何故こんな老人が持っているのだ。


「なんでそんなもの持ってるんですか!」

「何故と言われても……解呪師(かいじゅし)だから、としか言えませんがの?」

「解呪師?」

「呪いや呪術品を解呪する職業ですじゃ。あまり世間には広まっておりませんでな。解呪薬も私らしか作ってはならんのです」


 つまり、解呪薬を作る許可を貰っている解呪師だから、持っていてもおかしくないと言う訳か。

 私は恐る恐る解呪薬を受け取った。


「お嬢さんなら知っておると思うが、解呪薬は非常に特殊な薬でな。呪いのかかった者に使えば、あらゆる呪詛を取り去ってくれまする。ただし、健康な者に使えばあらゆる呪術の耐性が消え去ってしまう効果がある。使いどころは見極めねばなりませんぞ」


 エイドは私の事を過大評価しているようだが、そんな物騒な薬の効果までは知らない。

 だがここで断っても私が損をするだけだ。

 分厚い麻布にくるんで、鞄の奥底に仕舞い込んだ。


「だ、大事に使いますね……」

「私も大事に使わせていただこう」


 非常に危険な物を貰ってしまったが、使わなければいいだけだ。

 そもそも呪いにかかるなんて滅多にない。使うことはまず無いだろう。

 ……無いことを信じたい。


「ところで、お嬢さんはどこから……」


 そのエイドの声を掻き消すように、後方から悲鳴が聞こえた。


「うわぁぁああ!!」

「ゴブリンだ!!」


 ゴブリン? 城壁近くに近づくなんて珍しい。

 ゴブリンは森や洞窟で集落を作っては、近くを通った冒険者や商人を襲う魔物だ。

 集落の近くに人間の村があれば、そこも襲うだろう。


 ここは森から離れているし、目立った洞窟もなかった。

 もしかしたらエリートが居て、テリトリーが広がっているのかもしれない。

 私は慌てて荷物をまとめ始めた。


「何を慌てておられる?」

「いやいやエイドさん。ゴブリンが出たんですよ? 城壁に出来るだけ近づかないと死にますよ?」


 冒険者ならともかく、私は非力な旅人。逃げる以外に生きる手段は持っていない。

 本来なら入国審査待ちの人達を守る兵士がいるはずなのだが、この国にはないようだ。


 つまりそれは守ってくれる者がいないと言うこと。

 だと言うのに、エイドは笑顔を崩さないまま座り続けていた。


「大丈夫じゃよ。お嬢さん」

「何が大丈夫なもんですか。私は殺されるのはごめんです」

「その心配はいりませぬよ。なんせ、この国にはとても強い"勇者"がおるからの」


 荷物をまとめていた手がピタリと止まった。

 同時にあの森であった出来事が脳裏を過る。

 確かに勇者はいた。

 だが、今は……。


「エイドさん。ここではこの国の勇者が入国審査で待つ人々を守っていたんですか?」

「あぁ。何度もこの国に足を運んでおるが、魔物が襲ってくる度に勇者様が助けてくださるよ」


 エイドはさも当然かのように言い放った。

 確かに勇者や兵士は民を守ることが仕事だ。それに頼っていても何の問題もないが……今は勇者がいない。

 しかも最悪なことに、その事実を知っているのが私だけだ。


 周りを見渡しても逃げようとしている人達は極僅か。

 このままでは大きな被害が出てしまう。


「エイドさん! 今勇者は……」


 急いで事実を伝えようとした時、悲痛な叫び声が耳を劈いた。

 犠牲者が出てしまったのか!? と胸に辺りがサッと冷たくなる。

 だが、同時に歓声も聞こえてきて私は混乱した。


「グギャァァアアァア!」

「おおぉお!」

「勇者様の矢だ! また助けてくださった!」


 勇者の矢……?

 もう勇者はいないはずだ。

 私が国に言わない限り、勇者はドラングベアーの調査に出掛けている事になっている。

 ふと叫び声がした方を見やれば、赤黒い血を吹き出すゴブリンが痙攣していた。

 喉元には金色の矢が深々と刺さり、微かに発光している。


 一体どこから放たれたのだろう?

 周囲に兵士らしき人物はいない。

 だが、キョロキョロしていると城壁の上で一瞬何かが光った。


「ギャアァァアアァ!」

「おおぉおー!」


 再び断末魔と歓声が上がる。

 まさか……あそこから?


「ほら、大丈夫でしょう?」


 エイドがまるで子供を諭すように微笑んだ。

 私はそれに、複雑な顔をするしかなかった。

本当は半分くらいで切った方がいいんだろうな~と思っています

訳7000文字は長いですよね

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