運命の出会い
「アリス」
また突然あだ名を呼ばれてびくりとする。千翔くんがこちらを見ていた。
「朝高で同じ中学出身の人はいるか?」
「え、なんで」
全く関係ない質問に困惑する。先ほどまで謎のバースデーカードの話をしていたはずだ。たるとたちも不思議そうに千翔くんを見ている。
「なんでも」
「中学までここから遠いところに住んでたから。たぶん、いないよ。少なくとも同じ学年にはいないと思う」
「そう。じゃあ、他のクラス、他の部活で接点のあるやつは?俺ら以外で」
「なんでそんなこと⋯⋯」
「なんでも」
高圧的な態度に答えざるを得ない。
「たぶんないかな。まだクラスになれるのでも精一杯だし」
「ほんとに、一言も?」
「いや⋯⋯ぶつかっちゃってごめんとか、そういう程度なら」
「それ、だれ?」
なんでそんなことを答えなくてはならないのだ、とだんだん反抗的な気持ちになってくる。一方で、あれは誰だっけ、とぼんやりと記憶の中を探っていく。
名前が思い出せない。けれど⋯⋯
(薄紅色)
今日みたいな、じめっとした雨の日だった。
「薄紅色」
千翔くんがつぶやく。ぎょっとして目を向けた。
「が、どうしたの?」
真坂くんも首を傾げる。
「あ、いや⋯⋯」
無意識に声が出ていたようだ。あの不思議な感覚を他人に理解されるとは思い難い。
「名前が思い出せないんだけど、バスケ部の、イケメンって有名な人」
千翔くんと青鳥先輩が同時に真坂くんを見た。真坂くん自身もきょとんとしてから、苦笑いで自分を指差して首を傾げる。
「真坂くん、バスケ部なの?」
「うん。もしかして俺⋯⋯っていうのは冗談だけど、俺なら知ってるかな?」
「加藤優樹」
唐突にぽつりとその名前を呟いたのは、ずっと仕事をしていると思っていた亜紗美だった。どこから聞いていたのだろうか。私たちが驚いて見つめる中、彼女は相変わらずの無表情でこちらを向いていた。そして私はその名前にはっとしていた。
「そうだ、そんな名前。亜紗美、あの時見てたんだね」
亜紗美はこくりと頷いて再びパソコンの画面に向きなおる。
「加藤か、あれはイケメンだね」
そう言った真坂くんにたるとが頷いて同意する。
「あの時っていうのは?薄紅色って?」
千翔くんが何を知りたがっているのか分からなかったが、聞かれるままに1ヶ月程前の出来事を話し出す。
廊下で加藤優樹とぶつかったこと。さらに1ヶ月程前にも同じようなことがあったこと。鬱々とした雨の中で薄紅色を感じたこと。色の話は人には説明しづらいので笑って誤魔化しつつ。
「すごい、漫画みたいな話だね。だって最初にぶつかったのって、入学したばっかの時だよね?運命の出会いじゃん!」
青鳥先輩が興奮したように言う。彼はさっきのラブレターの反応を見ても、ロマンチストかもしれない。
「でも、あんまりいい記憶じゃないですよ」
「なんで?」
「最初にぶつかったの、健康診断の日だったんです。個人カード見られて。たぶん体重見られたから」
この場の人にその話していることも恥ずかしくなってきた。たるとだけが、それは嫌だ、と賛同してくれた。
「えーでもでも、さらに漫画チックな情報」
青鳥先輩が元気よく手を挙げて、私たちの注目を集める。
「加藤優樹ってなんか聞いたことあると思ったんだけど、1学期の間しかこの学校にいないらしいよ」
1学期しか?まだ1年生なのに?
「えっなんで?ていうか、そんなこと誰に聞いたんですか」
「先生」
驚く真坂くんにドヤ顔が見えそうな声で青鳥先輩が答える。
「親の都合とかなんとかで転校だって。漫画にありそうでしょ?」
青鳥先輩の情報源は生徒だけでなく先生も含まれていたようだ。教師というものは意外と生徒達の噂に敏感だ。情報収集するならば、教師と仲良くしておくのは得なのだろう。
「親の都合って⋯⋯まだ入学したばかりなのに」
「ほんと、可哀想な話があるもんだよね、せっかく受験して入ったのに」
「通えないほど遠いのかな?」
「日暮町って言ってたかな?知らなかったから遠いんだと思う」
私たちはへぇ、と相槌打ってそれ以上言うこともない。加藤優樹と仲良い人はこの場にいないので、所詮みんな人ごとなのだ。
「2回目にぶつかったとき、加藤の他に誰かいたか?」
何をそんなに考えているのか、千翔くんはまたずれた方に話をもっていく。しかし、意図の分からない質問に答えることも、抵抗なくなってきた。
「うん、短髪のツンツンした髪の男子⋯⋯多分バスケ部だと思う」
真坂くんなら分かるかと思って、彼を見る。真坂くんはすぐにピンときたようで頷いた。
「もしかして陸かな?石川陸。加藤と仲良いから」
「そうかも」
「ふうん」
千翔くんはまた、自分から聞いたのに興味なさそうな返事をしている。興味なさそうに見えるだけなのかもしれないが。
千翔くんの質問攻めが止んで沈黙が流れる。それを破るように、こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえた。それが誰のものか察した瞬間、私はたるとと顔を見合わせて身体を竦ませる。もはや最初に何を話していたのか覚えていないが、ずいぶんと長い時間ここにいる気がする。
「そろそろ帰ろうかなぁ。ね、千翔くん」
たるとが足元に置いていた荷物を手に取る。
「え?なんで?」
本当に彼は恐れ知らずだ。しかし、意外にも青鳥先輩と真坂くんものんびりとした雰囲気のままだ。
「もう帰るの?久しぶりに楽しかったのに」
「真坂くんと青鳥先輩は仕事あったのでは?」
「仕事なんてあってないようなもんだよ。ね、秀くん」
そこで会長に振る青鳥先輩も、恐れ知らずだ。
「俺はある」
「それより、京介でいいよ。たるとちゃんと朱音ちゃんだっけ?千翔の表情を崩せる女の子は貴重だからね。仲良くしよう」
「なんだそれ」
それより、と言える京介くんも恐ろしいものだ。私はずっと背中に冷気を感じているというのに。言葉の内容がちゃんと頭に入ってこない。しかし、小言の1つや2つ言われると思っていたが、真田先輩は何も言わない。そもそも、こんなに長く話している間も口を挟まなかった。
「ずるい、京くん!ずるい、同い年!俺も満で!」
あ、はい、その、とたじたじになりながら、たるとと出口へ向かう。
「忙しい中お邪魔してすいませんでした」
仕事を邪魔した自覚はあったので、丁寧に頭を下げる。しかし、やはり真田先輩は冷たい目でこちらを一瞥しただけだった。意外と許容しているのかもしれない。考えてみれば、最初来たときから、千翔くんは堂々とトランプをしていたのだ。
「全然邪魔じゃないよ。千翔ちゃんもここに入り浸ってるし。ここは君たちみたいに喋る女の子が不足してるから、いつでもウェルカム!」
満先輩は元気いっぱいに親指を立てて見せる。
「待て満。全然ウェルカムじゃない」
「で、ですよね」
「少なくとも、もう少し声量は落とすべきだな。情報がダダ漏れだぞ」
なるほど、と納得する。やや不満そうに顔を上げた亜紗美もそうだが、仕事をするフリして全て聞いていたらしい。実際仕事はやっていたのかもしれないが。真田先輩のその寛容さを見る限り、それなりに面白く聞いていたのかもしれない。
「ここは本来部外者立ち入り禁止だがな」
そうでないのかもしれない⋯⋯。
「ごめんなさい⋯⋯。すぐに出ていきます」
肩をすくめて、千翔くんを引っ張るたるとと、そそくさと出口へ向かった。




