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運命の鎖  作者: 桔梗
金糸雀色の秘密
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再び会う

 5人でクレオメを出たとき、思わぬ人がその前を通りがかった。目に飛び込んできたのは、胸元に描かれたインドの国旗だった。


「亜季ちゃん⋯⋯」


 私よりも早くその名を呼んだのは、朔だ。亜季さんはカフェから出てきた私たちを、豆鉄砲をくらった鳩のような顔で見ていた。正確には、朔を、だろう。


「亜季さん。偶然ですね」


 私は珍しく戸惑っているような朔と、目と口を開けたままの亜季さんを見て、咄嗟に口を開いた。明るく言おうとして、若干わざとらしくなってしまった。


 それでも、彼女は我に返ったようにこちらを見て、笑みを浮かべた。


朱音あかねちゃん。ほんと、偶然。⋯⋯友達?」


「はい」


「だれだれ?」


 満先輩が後ろから、興味津々に言ってくる。彼は小声のつもりなのだろうが、亜季さんにもばっちり聞こえていたようだ。今度こそ、彼女は力が抜けたようにふっと笑う。


「初めまして。朱音ちゃんの大親友の宮島亜季です」


「そうでしたっけ?」


「ええっひどい」


 亜季さんはわざとらしく頬を膨らます。


「もう少し話していきたいところだけど、ごめんね、急いでて」


「こちらこそ、呼び止めてすいませんでした」


「いいえ。まあ、また私とも遊んでね、朱音ちゃん」


「はい」


 嘘だと思った。彼女は、最初に名前を呼ばれたとき以外、ちらりとも朔の方を見なかった。にこやかに手を振って去っていこうとする彼女に、私も努めて明るい笑顔を返した。


 亜季さんが完全に向こうを向くと、私は横目で朔を見る。朔はまだ、僅かに口を開けて、真っ直ぐに彼女を見ていた。私ははっとして朔の名を呼ぼうとする。


「まって!」


 朔の声に、亜季さんが驚いたように振り向いた。彼女とは反対方向に去ろうとしていた満先輩たちも、何事かと振り向く気配がする。


 朔は、亜季さんの方へと数歩踏み出す。私は、何か気持ちが急いでいるような、そんな自分に自分でも驚いているような朔の横顔を、目で追う。


 変化だ。


 私は変わろうとする何かを見逃すまいと、朔を見続ける。


「朔くん⋯⋯」


 亜季さんは戸惑ったように小さく呟く。しかし、すぐに僅かに笑みを浮かべた。


「久しぶり、って、そうでもないかな。元気だった?」


「うん。亜季ちゃんこそ」


「もちろん、いつだって元気よ」


 複雑な色を隠しきれない亜季さんの笑顔に、心がざわつく。


「どういう⋯⋯?」


 満先輩が、今度こそ小さい声で聞いてくる。私も小さく、あとで説明します、と小さく返す。


「本を」


 朔が言う。


「本?」


「亜季ちゃんが持ってた赤い表紙の本、僕が間違えて持ってっちゃったみたいで」


「あ、それどこいったのかと思ってた。朔くんが持ってたんだね」


「うん、ごめんね。今は持ってないから、いつか返したいんだけど」


 亜季さんの目が僅かに泳ぐ。


「そしたら、朱音ちゃん経由で返してもらえればいいよ」


 彼女は朔を見て言った。朔の方が戸惑っているように、こちらを振り返る。私と目が合う。彼女を見ると、眉を下げて笑みを浮かべながら、顔の前で手を合わせてきた。


 ここで頷くのは簡単だ。両親の家で朔に頼まれた時も、了解するのは造作もなかった。


 けれど、あのとき目を伏せた朔に感じた違和感が忘れられない。さっき、亜季さんを呼び止めたときの朔の横顔が目の奥から消えない。


 もう既に、昔とは違うと感じるのだ。私も、朔も。このまま変わらずにいようとすることは、また同じ過ちを繰り返すことのように思える。


「言ったでしょ、私は面倒だから」


 私は朔に真っ直ぐに言い放つ。朔も亜季さんも、予想と反する答えに驚いているようだった。


「だめだよ、朱音ちゃん」


 亜季さんは何かを恐れるように呟く。


「だって、朔くんは⋯⋯」


「亜季ちゃん」


 朔が彼女の言葉を遮るように、その名を呼ぶ。その目はもうこちらを向いていなかった。


「アリスは頑固なところあるから。連絡先だけ、教えてもらえないかな」


「え、交換してなかったの?」


 驚いて、思わず口を挟む。


「今まで必要性を感じてなかったから」


 こちらを振り返って苦笑いする朔を、呆れて見る。


「だめかな、亜季ちゃん」


 もう一度朔に視線を向けられた亜季さんは、目に見えて狼狽うろたえていた。当然だろう。自分の元を離れていった元彼が、今更連絡先の交換を申し出てきたのだから。


「だめじゃ、ないけど⋯⋯」


「じゃあ交換しよう」


 朔は亜季さんの様子を気にしていないように笑って、携帯を取り出す。


「暑い⋯⋯」


 連絡先を交換し合う2人をよそに、私の後ろで呟く声が聞こえた。振り向くと、千翔くんが心底つまらなそうに目を細めている。


「帰っていい?」


 私の視線に気づくと、そう言ってきた。確かに、満先輩も亜紗美も、関係ないのに留まらせてしまった。


「うん。なんか、ごめん」


「ううん。面白いもの見ちゃった感じ」


 満先輩は楽しそうに笑う。亜紗美もこくりと小さく頷いた。しかし、その顔は炎天下で赤くなっている。


「帰ろうか」


 私がそう言う前に、千翔くんは背を向けて歩き始めていた。私は朔と亜季さんの方を振り返る。ちょうど携帯をしまって、こちらの様子に気づいたところのようだ。


「あ、待って。じゃあ、またね、亜季ちゃん」


「うん⋯⋯」


 亜季さんは眉を下げて、こちらにも小さく手を振ってくる。あとで、先程の発言について追求されるのだろう。


 手を振り返しながら、心の中で謝る。


 あの判断は、直接彼女のことを思ってのことではなかった。私は、朔だけのために、あのように言った。それでも、結果的に彼女の悪いようには絶対にしたくない。私は、彼女の望みをもう一度聞くべきなのだ。


 彼女の不満そうな視線を振り切って、千翔くんたちを追いかけるように歩き出した。



 その日の夜、千翔くんから、満先輩と亜紗美と私宛にメールが届いていた。


『明日の午後1時生徒会室に集合』


 亜季さんと話をする前に、まずは目の前の問題を片付けなければならない。

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